第41話 杯を掲げるは (2)
「―――って事で!! 2人共やっぱり私達のパーティに入らない?」
いきなり放たれた場違いで遠慮の無い一声。
誰かを問うまでもなく、こんな時こんな事を言うのはルビアしかいない。
せっかくの良い雰囲気がぶち壊しだ。
話題が出たのをいいことに、ルビアは前のめりになりながら2人を交互に凝視し誘っていた。
期待に満ちた目を向け、今か今かと2人の返答を待っていた。
まだ諦めていなかったのかと言いたくもなる。
ネリアもそうだったらしい。『目は口程に物を言う』とは正にこの事。これほどまでに分かりやすく人の目に感情が出るものなのかと思うくらい、ネリアはその2つの眼で語っていた。
「今までの話は何だったんだよルビア……」
「それはそれ、これはこれ。イケる時に言っとかないとね」
「もう好きにしてくれ……はあ」
酒の影響もあるのだろうか。
しかしいつも以上の『ルビアらしさ』に頭を抱え、ネリアの方が諦めてしまった。
一応そのまま隣で気にしているのを見るに、度が過ぎれば無理やりにでも止めてくれそうだ。義務感からかもしれないが、何だかんだ面倒見は良いのが表れている。
……本人に言えば「身内の恥」とでも言いそうだが。
「だってもう旅立っちゃうって言ってるしさ~。……ねえ、ウチ来ない~?」
今度はしくしくとしながら、そう言ってルビアは擦り寄って来た。
冗談なのか本気で言っているのか―――しかしいずれにせよ答えが変わることなど無い。
「残念だけど、旅を辞めるつもりはないからさ。諦めてね」
「わたしもリンシーと同じく。―――ていうか私欲入りまくりじゃない……情緒もどうなってんのよ」
一部困惑はあったものの、どちらからも変わらないあっさりと、そしてきっぱりとした否定が入る。
2人共これだけは譲れなかった。
頑とした態度にどうあがいても断れるのを理解したらしい。
ルビアは机に突っ伏すと何やら唸り出した。
「うぅっ……振られた……!」
不貞腐れていじけるルビア。
普段周囲からは才色兼備だなんて謳われているはずだが、今の姿にはその欠片も感じられない。大の大人とは思えないあり様だった。
「……酒そんなに飲んでたっけ? ちょっと酔い過ぎなんじゃないのこれ……」
(いや、割といつも通りでそうでもないんだよ―――とは言いにくいなぁ)
一応本人には聞こえない様に声を抑えたセツだったのだが、どうやらネリアの耳には届いていたらしい。
ネリアは気まずそうにしながらもある意味好都合だと口をつぐみ、あまり言いたくはない真実を心の内にしまい込んだ。
そんなこととは露知らず、ルビアは突っ伏したまま顔を横に向けると、悲しげにため息を吐く。
「そっかあ……ダメかー。どっちもヴォルスと行っちゃうのかあ……」
「諦めるんだね、ルビア。しつこいと2人に嫌われるよ」
「……うん、悲しいけど仕方ない……」
まるで捨てられた子犬を彷彿させる、本当に悲しそうな声を上げるルビア。
思わず同情しそうにもなるが、それを見るネリアの冷めた目が現実に引き戻してくれた。
「―――でぇ? その当人はさっきから見当たらないけど、一体どこ行ったわけよ?」
直後、急にむくっと顔を上げたルビアが、何やら若干トゲのある口調でそう言う。
またもや感情の一転。振られたのが気に食わないのか、嫉妬気味な感情がヴォルスに向けられていた。
ある意味「こんなのに同情などいらない」と分かりやすく思わせてくれる、良い例と言えるかもしれない。
完全に筋違いな逆恨みだった。
だがその一方でルビアの言った通り、辺りをキョロキョロと見渡してもヴォルスの影は見当たらない。
『仄火の誓い』のように囲まれ、埋もれて見えないというわけでも無さそうだ。あちこちで盛り上がる声に耳を澄ましても会話している声が聞こえたりもしない。
近くに居ないのは間違いなさそうだった。
「アスロンだったら、さっきからずっとそこに居るんだけどねぇ」
―――そう。
実はアスロンはずっと視界の中に居た。
ここからは少し離れた所に立って、そこを陣取る様に沢山の冒険者の注目を一心に集めていたのだ。
セツやリンシーの元へ来る冒険者が少なかったのは、実はこっちが大きな理由だった。
そのおかげでこうしてゆっくりと話せているのはあるが、逆にアスロンの方へその分が大量に押し掛けている。
セツからすればそれは全力で逃げるであろう状態だった。
「……ホントよくやるよ、あいつ。わたしにはあんな対応無理だわ」
「うーん……私としてはちょっと申し訳ないかも。こっちで2人を独占してるせいでねー。……でも、アスロンって人当たり凄い良いよね。見てる限りずっとにこやかに対応してるし、人が集まるのも分かる気がする」
ただただ呆れるセツに対し、ルビアは申し訳なさそうにしつつもその対応に感心していた。
今も続く人の波に囲まれたアスロンの対応は、最初から変わる事なく誰にでも同じ様に接していた。物腰柔らかく、言葉遣いも丁寧で気配りも十分。話していてとても心地よいと思わせるためか、人が人を呼び続け、結果今も終わらない人集りがそこに出来ていた。
―――自分達にあそこまでの対応が出来るだろうか?
疲労すら感じさせないその姿にルビアだけでなく、ネリアやガネッタも、感心どころか賞賛したくなる程だった。
だがしかし、アスロンの真意は別にあった。
「ああ、あれはそういうヤツじゃないよ」
「え?」
セツはルビアの言葉をバッサリと切り捨てる。
それは有り得ないという言い回しだった。
あまりにもな否定に、ルビアも思わず聞き返していた。
ただ『アスロン』という人物を知っているセツからすれば、あれがそんな大層なものではないと分かっていたのだ。
「あれは全部――――――全部ヴォルスのためにやってるだけなんだよ」
―――何が?
頭に浮かぶ疑問。
そう言われても『緋刃舞踏』は要領を得ない。あの囲まれているのがヴォルスとどう関係するのか、だとして何故そんな事をしているのか―――
突拍子もない理由に理解が追い付いていない3人を前に、セツは説明を続けた。
「別に難しいことじゃなくてね。注目を集めてヴォルスのところに誰も行かないようにしてんのよ」
「……いやまあ、確かにあれだけ人が集まるならねえ。そりゃあヴォルスの方には中々行かないだろうし……なるほど、それは分かったけど……」
「なんでそんなことしてるんだー、って事でしょ? うんうん、分かる分かる。ボクもそんなのよくやるねって思ってるし」
困惑するルビアに、リンシーは口を挟み笑いながら頷く。自分も同意だと、何度も首を縦に振っていた。
そして頷き終わったリンシーはそれに加えて―――
「アスロンはねー、歪んでるんだよ」
―――躊躇うことなく、そう言い切った。
きょとんとするルビア。
しかしそれを放ってセツとリンシーは会話を始めてしまった。
「んー……歪んでるというか、ある意味真っ直ぐというか……」
「でも間違ってないでしょー?」
「否定はしないけど……もっとさ、言い方ってものがねえ―――」
そんな押し問答が続く。
ルビアを含め、この場にいた3人は置いてけぼりにされていた。
分かるのはアスロンは一癖あるという事だけ。一応セツがフォローを入れているが、リンシーの遠慮なさがその意味を成していなかった。
「ええと……ここ数日交流した私としては好青年、って感じたけどそんなに違うのかい?」
2人の世界に入りかけたところで、困惑のままネリアはそう尋ねる。
聞きたい様な、聞きたくない様な、少し恐る恐るといった感じだった。
「―――っと、ゴメンゴメン。置いてけぼりだったね」
リンシーはえへへ、と笑って謝る。
声を掛けられた事で我に返ったようで、改めて疑問の答えを話し始めた。
「アスロンの行動原理は至極単純でね、ヴォルスを中心に回ってるんだ。今あそこで人を集めてるのも、崇拝するヴォルスのためなのさ」
「崇拝って……」
随分と誇張して聞こえるがリンシーに嘘を言っている様子はなく、お得意の悪戯で冗談を言っているわけでもなさそうだ。
セツすらも同意しているのを見るにそれは正しいのだろう。
「大袈裟だと思う? でもこれがそうでもないんだ。あの笑顔は純粋なものじゃない……裏にある本質は『崇拝』とか『狂信的』とも言える――――――『執着心』、なんだから」
その台詞に『緋刃舞踏』は誰も言葉が出なかった。
―――しかし、そうとなると少し不安にもなる。
果たしてアスロンは本当に大丈夫な人物なのか、安心して交流してよいのか。そこは気になるところだった。
そんな3人の葛藤を知ってか知らずか、リンシーは安心させる様な明るい声を放つ。
「とは言えね? その本人は自分が変わってる自覚があるからさ。思ったより大丈夫だよ〜」
そう言ってハハハと笑い飛ばした。
―――自覚があってそれなら駄目なのでは―――と率直に言いそうにもなった『緋刃舞踏』だったが、そこは呑み込んでおく。
付き合いの長いリンシーやセツが大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
それに、ただそう言っているだけではなく、しっかり根拠となる理由もあった。
「そもそもアスロンが影響されてるのが、あのヴォルスだし。そうである以上無害も無害よ」
そう強調するセツ。
無害と言いつつも、この場に居ないヴォルスへ向けられた、何やら含みのある言い方だった。
そんな言い方をされれば、アスロンだけではなくヴォルスにも"変わったところ"があるのではないかと、身構えてしまうのは当然の反応だろう。
ルビアはどうしたもんかと振り向く。
だがそこには、ネリアとガネッタから向けられた「お前が行け」という、無言の訴えがあるだけだった。
(―――くっ! こういう時はいっつも私に押し付けるんだから……!)
内心涙目になりながら不満を募らせるが、これも普段の行い、意趣返し。
2人の視線を感じながら、ルビアは仕方なく自分から話を切り出した。
「へ、へぇ~、そっかぁ。…………ヴォルスの方にも実は何かあった、り?」
「逆にルビアから見て、ヴォルスはどう写った?」
「―――! ……あー、えーーっとぉ……」
予期せぬ返しにルビアは驚く。
まさか聞き返されるとは思ってもいなかった。しかもセツの表情には動きが無く、どういった意図で聞いたのかも分かりかねた。
もしかすると何かしら地雷でもあるのだろうか?
だとしたら返答は慎重にしなければならない。
そんな心配も頭をよぎったが、そうは言ってももう素直に答える以外ないルビアは、落ち着いて最近の記憶を振り返ってみた。
「そ、そうねえ―――」
顎に手を当て、冷静にヴォルスを思い出してみる。
―――言葉数は少なめで、比較的に寡黙気味。感情の起伏も乏しめで態度や表情には表れにくい。
しかしそれは他人に無関心というわけではなく、今回の様に見ず知らずの人へ迷い無く手を差し伸べられる人物。それに共に旅する仲間への想いは、仲間の前でだけ見れる柔らかい雰囲気に表れている―――
そこまで考えた時、ルビアは気付く。
「―――ん? なんか……うちのガネッタに、似てるかも?」
ガネッタへ振り向きながらそう言った。
よくよく考えてみれば、常に冷静で落ち着きがあり、その一方で内に熱いものを秘めている。両者のそういう面はとても似ていると言えるだろう。
一度それに気付いてしまったルビアは、もうそうだとしか思えなくなってしまった。
だがしかし、どうやらその考えは違うらしい。
ルビアの答えにがっくしと項垂れたセツはため息を吐き、反対にリンシーは面白かったのか大笑いし出した。
「はぁーー……そっかぁ、そうだよねー……」
「アハハハッ! 無理だってセツ。見てくれだけはしっかりしてるんだから!」
「うん、分かってた。まあ数日の付き合いじゃ、普通こんなもんか……はぁ」
この反応でルビアの考えが明らかに違うのは分かる。話を聞く限り、表面上の部分が見えただけなのだろう。
セツは再び疲れた様なため息を零したが、すぐにパッと顔を上げると、ルビアの顔を真っ直ぐと見つめて力説し出した。
「あいつ―――ヴォルスは、今言ったガネッタみたいなクールなやつじゃない! 口数だけは少ないからそう見えるかも知れないけどねぇ……あいつはいっつもホントに……!」
机から立ち上がり、拳を握り締めて語るセツ。興奮で段々と声も大きくなっていく。
我を忘れて次から次へと不満を吐き出していた。
「ま、まあまあ落ち着いて。ね?」
幸い、何とか宥めようと優しく声を掛けたルビアによってまもなく落ち着いた。
放っておくと次から次へと不満が出ていたことだろう。
まだ人の話を聞く耳が残っていて良かったと、ルビアは胸をなでおろした。
ただそんなセツの荒れようを見ていたネリアは、ふと思い至る。
(―――ああ、そっか。なーんかセツに既視感あるなと思ってたけど、これ……うん、そうだ。私と同じ苦労人の匂いか―――分かる、分かるよセツ……)
自分と似た境遇に、普段からしているであろう苦労をしみじみと感じる。まるで自分を見ている様で変な仲間意識すら芽生えていた。
同じ立場に立たされた者として、その気持ちは甚く共感出来た。
「ごめんなさい。落ち着いたわ……多分」
ルビアのおかげもあり、ひとまず冷静になったセツは謝罪を告げると椅子に腰を下ろした。
―――本当に大丈夫なのだろうか?
ため息を吐きながらも息を整えているが、不安を残す言い方だった。
「はぁ……ヴォルスの何にこうなってるかって言うとね。あれは凄い"マイペース"なの。旅してると行動が自由過ぎてよく振り回されてるわけ。……今回は事態が事態だからそういう面は出て無かったけど」
今度は落ち着いて、ただし呆れ顔でセツはそう言った。
今回の事態―――つまり4人が『渡り世』に遭ったことだが、『緋刃舞踏』は勿論それを知っていた。
旅慣れてるとは言え、流石にこんな「別世界への旅」などという常識から外れた現象となると、普段通りとはいかないだろう。それに加え『襲来』にも巻き込まれている。それでいてあの落ち着きようは、ルビアがガネッタの様だと思うのも仕方のない事なのかもしれない。
クールに感じたのはそれが理由かと、ルビアは一人納得した。
そこへ、リンシーが口を挟んで来た。
フォローをするつもりでは一切無かったが、しかし事実として言う。
「でもでも、今回は抜きにしても最近はマシになったでしょ?」
「別にそれを否定はしないけどね……! 元が元だからマシになったってこっちの気苦労は変わんないのよ」
「ふーむ。ボクとしては、面白くて良いんだけどなー」
「っ……」
相も変わらないリンシーを前にセツはこめかみを抑え、怒りか嘆きか分からない表情で震える。ただ、一度宥められたのもあって今度は自制し何とか抑えきったようだ。
しかしそれでも我慢しきれない部分はあったらしく、『緋刃舞踏』へ向けて以前あった事を語気強めに話し出した。
「―――あれは、わたしが一緒に旅をし始めて間も無い頃なんだけど……その時は目的地だったとある観光地に到着してね。宿だけ取って各自好きに行動しよう、ってなったのよ。まだ昼前で時間もあったし、わたしもわたしでやりたい事あったから単独行動は賛成だった」
特段なんて事はない。聞く限り別に珍しくもない普通に旅する一行、といった様相だ。
しかし―――
「―――ここまではいい……でも問題はそのあと! わたしは用事も一区切りついて宿で待ってたんだけど、夕方過ぎても、陽が落ちて夜になるまで―――誰一人! 帰って来なかったの!」
言い放った最後のその言葉には、やたらと感情がこもっていた。
とは言え、帰って来ないだけでこれほどになるとは思えない。これまでのセツの反応でもっと何かあるのは想像に難くないことだった。
ルビアは確認する様に聞いた。
「確かに宿取ってて帰って来ないのは気になる。でも観光で遅くなったりはするんじゃ―――と思ったけど……それだけじゃないのよね?」
「ええもちろん。実際、夜になってすぐくらいに戻って来たしね」
「ん? 戻って来たの? それなら良―――」
「―――アスロンとリンシーだけ、ね! ヴォルスは行方知れずのまま。しかもアスロンに行方を聞いたら何て返ってきたと思う!? ―――「数日は帰ってこないと思いますよ。いつもそうですから」―――って、当たり前の様に言ったんだから!!」
「おおぅ……」
食い入るように遮って捲し立てるセツ。
その勢いも合わさってこれにはルビアも言葉が出なかった。
正直なところ、ルビアは常日頃の自分が変わっている自覚はある。しかし今日は圧倒されっぱなしだ。
人のことをとやかく言えた義理ではないが、随分と『個性的』だと思わざるを得なかった。
「それが当然って信じられる!? 他にも一緒にいたって突然消えて1人で行動始めたりするし……! 酷い時なんか用事が出来たからって、いつの間にか一人で隣町にまで行ってた事もあったのよ!? こっちがどれだけ探したかっ……!!」
「いやー、あの時は大変だったね〜」
「リンシー! だいたいね、あなた達2人がそれまででヴォルスを自由にさせ過ぎてたのが原因でしょ!」
「ごめんごめん。だからあの時から流石に反省して、皆んな連絡はしようって約束したじゃん」
「―――そもそもそれは当たり前でしょうがっ!!」
セツの嘆きが響き渡った。
もう話を聞いているだけでセツの苦労がよく分かる。
全肯定のアスロンに、楽観的なリンシー、自由人のヴォルス―――これまでさぞ振り回された事だろう。
ネリアは自分がしている気苦労が、実は楽なのかも知れないと錯覚してしまいそうになるほどだった。
「全く……ちゃんとしてるガネッタが羨ましいよ。うちの連中にも少しは見習って欲しいんだけどねえ……」
セツは不満そうにドンっと頬杖をつくと、羨まし気な視線をガネッタに向けていた。
だがそんなセツの姿を見たガネッタは、少し考えたようなそぶりを見せた後、久しぶりに口を開く。
その一言は、場の空気を大きく変えた。
「―――私は私だ。誰がどう言おうと」
感情をあらわにし頬杖をついていたセツも、他の3人も冷静になる。
久しぶりに喋ったからだけではないだろう。何か考えながら語ろうとしているガネッタの真面目さが、全員の耳を傾けさせていた。
「……私は自身が真面目だ、クールだ、などと評されている事を知っている……そう言って持て囃してくれる人々がいる事も知っている―――しかし、それは私がそうなりたいと求め、そうなったわけではない。私には私なりの『信念』があり、『矜持』がある」
そう言ってガネッタは瞼を閉じ、想い、一呼吸置く。
少しの時間が流れ、その間も皆黙って待っていた。
やがて、ガネッタはその曇りなき眼をゆっくりと開くと、それをセツへ向けて注いでいた。
「私が受けている評価はただの結果に過ぎない。ゴールも知らぬまま、自分が進むべき道を歩んで来た先が今だ。表面的なものだけが全てでは無い―――それは、君の方がよく分かってるのではないか?」
いつにも増して真剣にガネッタはそう語った。
その言葉には、周囲の喧騒やさっきまでの感情など忘れてしまうくらい、何か心に響くものがあった。
誰もが閉口したまま、沈黙が続く。
決して重い沈黙ではない。どこか心地よい、悪くない雰囲気に浸っていた。
そんな、いつまで続くかと思わせた沈黙を破ったのはガネッタ本人だった。
急にふっと笑うと、やわらいだ表情で謝って来たのだ。
「上手く伝わったかだろうか? その上、場の空気も壊してしまった、すまない。……分かっただろうが、私は言葉が苦手でな。皆の様に和ませることは、中々出来ないんだ」
ガネッタは申し訳なさそうにもしながら言った。
それは、とてもガネッタらしい真面目さの表れだった。
だがしかし、これでこそガネッタだろう。
その”らしさ”が、逆に空気もよりやわらげてくれた。いつものガネッタだと、安心させてくれた。
「ふふふ、そうだね。玉に瑕だ思う時もあるけど、真面目な部分は君の良いところだ」
「やっぱり、ガネッタはこうじゃなきゃね!」
ネリアもルビアも、ガネッタのそんなところを全部含めて好きだった。
3人は見ての通り性格はバラバラで、実のところ出身も違うらしい。
だが彼女らを見るに、仲良くなってパーティを組んだというのも頷ける。傍から見ても、まるで最初から一つだったかのような、そんなピッタリと綺麗にはまった関係に思えてならなかった。
「……良い関係ね」
セツは呟く。
その声はとても穏やかだ。
「羨ましい?」
「いや、全然」
リンシーの問いにセツは即答する。
そこに躊躇いなど無かった。セツにとってそれは考えるまでもないものだったからだ。
セツはまだ申し訳なさげにしているガネッタに声を掛ける。
「―――ねぇ、ガネッタ」
「む? ああ、なんだろうか?」
「真面目だね……いや、大真面目と言っていい」
悪戯っぽく笑いかけ、クククと肩を揺らすセツは、何やら楽しげな様子だった。
「本当にすまない。私も冗談の一つくらい学ばねばと思っているのだが、どうも難しくてな」
「ハハッ、そういうところじゃない? ……でもガネッタなりに落ち着かせようとしてくれたんでしょ? ありがとう。今度こそ大丈夫」
「そうか、それならば良かった」
つくづく真面目な人だと思う。
セツは、先程ガネッタに言われたことを思い返していた。
―――分かっているのではないか?
それは、普段ルビアとネリアのやり取りを見ているガネッタだからこそ、そう言えたのだろう。
自分達のやり取りを見て、2人の仲間とどこか似たものを感じ取ったのだろう。
故に、その言葉はセツに深く響いた。
セツはぽつりぽつりと、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「……一緒に旅してるといつもそう。自由でマイペースで、行動が読めないもんだから、あっちこっち振り回される―――けど、それだけじゃない。ヴォルスは、いつだってのんびりしてて穏やかで……そして何より優しい」
―――あの時、ヴォルスは何も言わなかったけど、わたしは知ってる。
―――隣町にまで行った時、人助けのためにわざわざそうした事を、わたし達は知ってる。
別に今日吐き出した不満は嘘ではない。
それは事実だし、これからだって、これまでと同じ様に不満を言うことになるだろう。
それでも――――――
「全部含めて好きだから、一緒に居たいと思うんだよ」
それだけは紛れもなく偽りのない、心からの本心だった。
「―――ああ、それからアスロンとリンシーもね」
「なにぃ? ボクらはついでなの~?」
「あなたは調子に乗るから」
思い出したかのように言うセツの表情は明るい。
自分が作り出した良い雰囲気を誤魔化すような、茶目っ気のある話し方をしていた。
それに乗っかってなのか、ここまでの信頼を見せられたルビアが正常でいられるわけが無かった。
案の定、またもや嫉妬の炎を燃やしていた。
「くぅ……! やっぱり妬いちゃう!」
「ルビア? 君は一度……いや何度でも省みた方が良い」
「おや? ここは私もお返しに「ルビアはこうでなくては」と言うところかな?」
「ガネッタ!? それはもしかして冗談のつもりかい? 笑えないよそれ……!」
冗談めいてはいるが、ネリアの切実な叫びが上がる。もしかすると今後はここにガネッタも加わるのかも知れない。
ネリアの気苦労は、まだまだ終わらなさそうだった。
テーブルを囲んだ5人のわちゃわちゃとした楽しげな騒ぎが続く。話題が尽きることはなく、やがて他の冒険者との交流も始まった。
宴会も盛り上がり、誰もが時間を忘れて語り明かすことだろう。
―――今宵だけは、陽が登るまでクランタに静寂が訪れる事はなかった。
◇ ◇ ◇
見上げれば、視界に入りきらない程に広がる満天の星が煌々と輝く。
頭上の遥か先に存在するその一つ一つが、己を主張するかの様に夜を彩り、空を飾っていた。
それは思わず息をするのも忘れてしまいそうな絶景だった。
「良い景色だな……」
そんな星空の下、空を見上げず逆に見下ろしている者がいた。
その者は何を思ったのか、こんな日にクランタを囲う城壁の上でただ1人、静かに自分だけの夜を過ごしていた。
落下防止の塀にもたれ掛かり、リラックスしているように見える。視線は賑わう街にばかり向いたまま、星空など目に入っていないようだった。
―――その者の名はヴォルス。
盛大に開かれ、今もその最中の祝勝会から、誰にも告げず1人コッソリと抜け出して来ていた。
「……」
ボソリと呟いた言葉が風に乗って溶けていく。
周囲には静寂が戻り、遠くから活気ある賑わいだけが耳に届いていた。
手元にある2つのカップの水面が緩やかに波打つ。ヴォルスは心地良い夜風に吹かれ、穏やかな笑みを浮かべていた。
その目に写るのはあちこちで街を照らす灯りの群れ。
そして、人々が見せる満開の笑顔だった。
「変わらないな……いや、変わるはずもないか」
クランタに来て日の浅いヴォルスがそう言うのは可笑しく思えるが、それは自分に語りかけていた。
この世界に来て最初の夜を思い出す。
仲間に帰還を望むか問いたこと、自分に未練は無いと答えたこと。
そこに嘘はない。言ったことは間違いなく真実だ。
だがヴォルスには、小さくも拭えぬ一抹の不安があった。
―――彼女の足跡の無いこの世界で、果たして自分を見失わずにいられるのだろうか?
その不安は常に心のどこかにあり続けた。
多忙だったために隅に追いやりもしたが、結局消えることはなかった。そして、ふとした瞬間に心の真ん中に戻って来るのだ。
だから今日、此処に来た。
この光景を見てどうなるか、それを確かめたくて来た。
(……ああ、そうか。俺は―――)
しかし、いざこうしてみれば何てことはない。ただの杞憂だったようだ。
ヴォルスは片方のカップを手に持つと、もう片方をもたれ掛かった塀の上に置いた。
1つは自分に。
1つは彼女のために。
手にした杯を置かれた杯に軽く当て、ささやかながら乾杯する。
不安の消えた今、ヴォルスは晴れ晴れとした気持ちだった。
(君が教えてくれて受け継いだもの……ちゃんと自分のものに出来てる。ただの受け売りじゃなくて、しっかりと―――)
―――今日は、彼女の命日だ。
あれから随分と時が経った。
しかしいくら時が経っても、未だに色褪せること無く思い出せる。なぜなら彼女とした旅の経験こそが、今のヴォルスを形作ったものだからだ。今でも旅先へ赴けばより鮮明に当時の記憶が蘇る。
辛い時もあったが、それを乗り越えれたのさえ彼女の言葉のおかげだった。
ヴォルスは彼女から多くのことを学び得た。
そしてそれは、ただそう言われたからでは終わらない。今ではヴォルス自身がその意志で、心から為したいと思えることになっていた。
その事実をやっと、ヴォルスは自覚することが出来たのだ。
(新しい旅の始まりか――――――ああ……楽しみだな)
今夜の街はいつもより明るく、そして賑やかだ。
ヴォルスにとってそれは星空よりも、目を奪われるほどに美しいものだった。




