第40話 杯を掲げるは (1)
「「乾杯!!!」」
―――あれから数日後。
冒険者ギルドでは、祝勝会として宴が開かれていた。
あの襲来の後、しばらくは皆その後の処理に追われていた。
魔物の死体をそのままというわけにもいかず、大物は新種のためその回収と調査、消費したり破損などした物資の確認。他にも負傷者の治療や死者の弔い。
戦いが終わっても数日はクランタ中が忙しなさに包まれていた。
しかし、それもある程度落ち着いた今、盛大に祝勝会が行われていた。
「―――よお! 飲んでるか?」
「おうよ、飲んでるし食ってるぜ! 今回ばかりは大いに盛り上がらなきゃな!」
「何言ってんだ! お前は毎回そうだろうが!」
「ハッハッハ! そうだっけか? ……だがまあしかし、今日こそは良いんじゃねえか?」
「おいおい、毎回酔いつぶれてるアンタが言えた台詞かあ?」
そうは言いつつも男は酒を片手に席へ着く。
するとそのまま2人で楽し気に会話を初めてしまった。飲むペースも早く、数時間後には会話通り潰れていることが容易に想像出来る。
人によって差はあれど辺りは大体がそんな感じだ。
誰もかれもが、此度の勝利に杯を掲げていた。
一方で、一部静かに飲んでいる者もいた。
中央に杯の置かれた机を数人が囲んでいる。何かを話しているようだが、大きく盛り上がったりはしていない様だ。だが他の者と同じく勝利を喜んでいるのには違いない。
悲しくはあるが一人一人が覚悟のうえ全力を賭して戦った。得られたこの勝利に後悔などある筈がない。
まっとうした友人の為にも、いつまでもしんみりとするわけにはいかない。ずっとそんな調子ではそれこそ、その友人に叱られるというものだ。
―――護ったんだ。胸を張って前を向け―――あいつならそう言うだろう。
だからこそ、立派に戦った友人への最後の手向けとして、追悼の杯を捧げていた。
手にした勝利に歓び、今あるこの瞬間に喜ぶ。
これは12年前の最悪を経験したからこそ、皆が余計に強くそう感じていた。クランタ中がそんな雰囲気で、活気に満ち溢れていた。
要は普段よりも更に盛り上がっていたということだ。
そして、そんな盛り上がりを見せる宴には『主役』がいた。
その一組が『仄火の誓い』。
アレクレート、エリーナ、ドリド、ミライラ、その4人だった。
「ありがとう! あんたらのおかけだ!」
「ホントによくやったよ。ここまで成長するなんてな……」
「お怪我は大丈夫ですか? せっかく参加して頂いた主役ですので―――そうですか……良かったあ」
「同期がこうも先を行っちまうと、やっぱ思うとこあるな……ま、それ以上に嬉しいがな!」
ガヤガヤと4人の周囲にはたくさんの人が集まっていた。中には知り合いなのか長めに話す者もいるが、大体は入れ替わり立ち替わりで4人を取り囲む。その人だかりは中々減る様子がなく、向けられる感情に4人は嬉しい様な困った様な表情を浮かべていた。
照れ臭さはあるが、気持ちは分かる。自分達だって逆の立場なら同じ様にしていた。皆ただ、今回の功労者を労おうと声を掛けて来ていただけだ。
だがそれが嬉しく、どこか誇らしい気持ちが、胸の内にじんわりと灯っていた。
◇
「あっちは大変そうだね~」
「人柄なんでしょうね。初めて会った時も親しみやすそうな感じだったし」
そんな大勢に囲まれた様子を、離れた席で他人事のようにリンシーとセツは見ていた。……自分達は宴を楽しみながら呑気に。
一応この2人も主役ではあるのだが、『仄火の誓い』とは違い積極的に近づこうとする者は少ない。そのため、この様にのんびりと過ごせていた。
「つまりセツが怖いから誰も寄ってこないわけだ」
「それならそれでいいんじゃない? 囲まれて持ち上げられるより今の方が良いしね」
「や〜い、ぼっちー」
「―――子供かっ! 何ならアンタもこっち側でしょうが……全く」
「ふっふっふ、そりゃあねえ。こうやってセツと話してる方が好きだよ?―――あ、コレ食べる? 美味しかったよ?」
「貰うわ」
そう言ってセツは何事も無かったかのように差し出された皿を受け取った。
これもいつも通りのことだ。2人の間ではよくある、揶揄い揶揄われる光景である。だがそれは逆に言えばリラックス出来ている証拠でもあった。垣間見える表情も普段より柔らかいかもしれない。
いずれにせよ、セツもリンシーも今この時を十分に楽しんでいた。
「―――いやぁ〜。ほんと、仲良いわねぇ」
そこへ突然、ニコニコとした上機嫌な声が混ざる。
同じテーブルで頬杖を付くその人物は、2人の様子を眺めながら幸せそうに酒を嗜んでいた。
「そりゃまあ、わたしが子供の頃からの付き合いだし。結構長いこと一緒にいるからね」
セツは軽く過去を思い出しながら、そうしみじみと答える。
その答えの先にいたのは上機嫌な声の主、そして宴の主役でもある―――『緋刃舞踏』のルビアだった。
ルビアの隣にはネリアやガネッタもいる。立ち話と言うわけでもなく、腰を据えて5人がテーブルを囲んでいた。
セツとリンシーはこの宴を、『緋刃舞踏』の3人と一緒に過ごしていたのだ。
積極的に近づく者が少ない理由もこれが一つだろう。尊敬と憧れの的である『緋刃舞踏』が、功労者ではあるがよく分からない人物らと楽し気に交流しているのだ。
気を使って話しかけるのは後で、となった者が多いようだった。
因みに、メルースも主役ではあるのだが、襲来の影響で予定より長くクランタに滞在してしまった。そのため祝勝会には参加せずに、自分の拠点である冒険者都市に帰っていた。
「へえ、そうだったんだ。じゃあ2人は幼馴染とか?」
「んーにゃ。違うんだなあ、これが」
「そ。年はリンシーの方が普通に上。しかもコイツ初めて会った時から見た目変わんない不思議生物だし、幼馴染って言うには離れ過ぎてるのよ」
リンシーを指を差しながら、おかしなものを見るような目でセツはそう説明する。だがそんな目を向けられてもリンシーは悪戯っぽく笑みを浮かべるだけだった。
どうやら詳しく語る気は無いらしい。
(もしかしたらセツは思ったより若いかもしれなくて、逆にリンシーは思ってたより上だったわけか……ま、リンシーは獣人みたいだし、そりゃ人とは違うか)
ただ、ルビア達も話すつもりがないのなら無理に聞きはしない。何かあるのだろうと納得し、もうそこには触れずに話を続けた。
「だったら子供の頃から一緒だし、『家族』ってのが正しい?」
「―――『家族』?」
セツは目を丸くして繰り返した。
そう言われるのが予想外だったらしい。その様子は考えもしなかったという雰囲気だった。そしてどう返答したものかと、困って僅かに言い淀みはしたが、それでも一応肯定の意志は見せた。
「……家族かぁ…………まあ、家族か……」
「そういうわけじゃ無いんだ?」
「いや間違っては無いけど……」
はっきりとした答えは帰って来ない。
セツはただ上を向いて、何かを考えているようだった。
その代わりと言ってはなんだが、黙ってしまったセツの隣にいたリンシーが口を開く。セツとは違い、リンシーの物言いははっきりとしていた。
「ニュアンスの問題だよ。『家族』ってよりかは『仲間』が近いんじゃない?」
「ふむ、なるほど。―――そうなの?」
「―――え? ……あぁ、まあそうだね。『仲間』って言われた方がしっくり来る」
間はあったが今度ははっきりと肯定した。
ただ、セツはそれに続けて言う。
「でも、言われてみればそうかも。考えた事なかったけど、仲間との違いを聞かれても多分答えられないけど―――『家族』……うん。家族って言っていいかもね」
穏やかな口調で言ったその顔は、周りから見てもわかる程度には優しく見えた。
ただそれも少しの間だけ。
セツはすぐにいつも通りに戻ると、それはそれとしてと話を続けた。
「―――でもその認識なのは、わたし達の旅の始まりから来てると思う」
「旅の始まり?」
「そうそう。リンシーなら分かるでしょ?」
そう言ってセツは同意を求め話を振った。『緋刃舞踏』の視線も自然とリンシーに集まる。
その視線からは、説明不足による疑問符が浮かんでいた。
3人に見つめられたリンシーはただ一言セツに「分かるよ」と同意だけすると、それの意味する所を話し出した。
「言ってしまえばボク達はみんな、ヴォルスに付いて来てるんだよ」
付いて来ている―――
その言葉で、ルビアは2人が言いたかったことを察した。
「元々ヴォルスが一人で旅してたんだよね。そこにボクが出会って付いて行ってさ。その次にアスロン、最後にセツが。徐々にメンバーは増えたけど……みんな変わらずヴォルスに付いていこうと思って、一緒に旅を始めたんだよ」
―――『家族』ではなく、目的を同じとする『仲間』。
最初の印象というのは、その者の心に強く残りやすい。それが変わるには何か大きなきっかけや、或いは時間などが必要になってくる。
既に『仲間』以上の関係が築けているのだとしても、その印象だけは刷り込みの様に染み付いてなかなか消えない。
セツが言いたかったのはそう言うことだった。
「―――ま! ボクはもう十分大事な家族で友達だと、そう思ってたけどね」
真面目に語っていたリンシーの口調が突如変わった。
「…………」
「いや~、そっかぁ。セツはボク達のことを一緒にいるだけの存在だと思ってたかぁ。いや~、悲しいなぁ」
一転して急に揶揄いだしたその様は、まるで水を得た魚のよう。いつものおちゃらけた調子に戻っていた。
顔を抑えしくしくと、わざとらしい噓泣き。明らかに演技でしかなく、手の隙間から見える口角は上がっている気さえする。
一気にこれでこそリンシーという感じの雰囲気になってしまった。
だがしかし、そんなリンシーに対し帰って来た返答は思っていたものとは違っていた。
「……へぇ、そう。なら改めて―――これからは『家族』としても、ヨロシクね」
「―――えっ!? ……えっと……うん、よろしく……?」
勝手に不意を突かれたリンシーは、こういった場面では珍しく驚いてしまう。そのせいか語尾も曖昧になってしまった。
さらに何故か、少し困惑を見せるリンシーに対しセツはにこやかな顔を向けていた。
セツにとって今がこの瞬間が、変わるきっかけだった。
心の奥底にあった少しの恐怖。それが自分でも気付かぬうちに家族、友達と考えない様に目を逸らしていたらしい。
だがセツは気付いた。
もう気付いてしまった。
そんなちょっとした恐怖など消し飛ぶほど、共に旅する3人を『家族』と呼ぶ喜びに―――
納得いかなげに眉をひそめるリンシーと、それを見て微笑むセツ。
その様子は、ヴォルスやアスロンでさえ珍しがるであろう光景だった。
「うんうん、心の栄養心の栄養。いいもの見させてもらった気がするわ~」
ルビアはそんな様子を見ながら酒を飲んでいた。
その姿は心底幸せそうだ。
こちらはこちらでルビアらしさが分かりやすく出ていたのだった。
「でもそっか、言いたいことは分かったわ。私達とその辺は違うのね―――ねぇ、ネリア?」
「ん……急に振るね」
ルビアは先程から後ろで黙って聞いていたネリアと、それからガネッタにも顔を向けてそう言った。
突然話しかけられネリアは少し面食らっている。
「だってさっきから一言も話さないし」
「こっちはとしては、ルビアがやたらと楽しそうにしてるもんだから邪魔しないよう黙ってたんだけどね」
「あー……へへへ、ごめんね?」
そう言われてしまえば心当たりしかないルビア。頭を掻きながら、誤魔化すように笑って謝る事しか出来なかった。
とは言え、ネリアも怒ってるわけではない。ただ「またやってるよ」と、いつもの様に呆れるだけだった。
「構わんさ。気にするな」
その一方でガネッタは……いやガネッタも、いつも通りに口数少なく端的に答えるだけだった。
―――ただ一点。
唯一見慣れないのは、普段から常に装備している頭部を覆う兜を、今は外している事だった。
「……分かりづらいけど、ガネッタってルビアに甘いよね」
「フッ、賑やかでいいじゃないか」
「全く……誤魔化してるのか、天然なのか……。まあいいけどね」
端的な物言い、声の抑揚、今なら見えるガネッタの表情。いずれからも感情は読み取りづらく、その真意は親密な者しか気付けないだろう。
しかし、流石にこういった場では兜を外してその顔を見せるようだ。何だかんだ襲来前後でそれなりに関りを持った筈のセツもリンシーも、このガネッタの素顔を見るのは初めてだった。
だがその素顔を初めて見た時、2人はギャップに驚いた。
ガネッタは身長も高く、そこに普段から全身鎧を身に付けて活動している。それらが相まって鍛えられた筋肉質な人物かと思いきや、全くそんな事はなかった。
むしろ整ったクールで女性らしい顔つきに加え、流れる様な長髪がサラサラとしている。更に銀髪のためか輝きが散りばめられて見える。手入れをしているのか天性のものかは分からないが、顔立ちだけではなく肌や髪質などあらゆるポイントが綺麗だった。
単純に美しいだけではない、確かな『品』を感じさせる雰囲気が醸し出ていた。
―――さて、そんな感想は兎も角。セツは今しがたルビアが言った事を聞き返す。
「それで? 仲良くしてるとこ悪いけど違うってのは?」
「ん? ああ、それはねえ……私達は仲良くなってから、パーティを組んだのよ。―――っぷはあ! 私達ってよりかは冒険者がー、って感じだけど」
ぐいっとカップの酒を飲み干すと、ルビアはそう付け加えて言う。
そしてそれに続く形で、今度はネリアも話し出した。
「この街、大体の冒険者はパーティ組んでるんだけどね。基本的には皆んな仲良くなってから組むんだよ」
「仲良くか……うーん、何となく分かるけど」
「お、察しがいいね」
短い期間とは言え、此処で冒険者として暮らした身としては分かるものがあった。それはセツだけでなくリンシーも同様だ。
ネリアはその様子に理解しているだろうと思いながらもそのまま続けた。
「やっぱり冒険者っていう職業柄、背中を預ける味方との信頼関係はどうしても大事になってくる。臨時で組むこともあるにはあるけどそれは例外。基本は信頼関係が築かれてから正式にパーティを組むんだ」
「私達も打ち解けてからこの3人で組んだのよ。その前は皆んなソロで冒険者してたんだっけ……それももう懐かしいね〜」
「君がいると毎日濃いからだろうさ。きっかけは臨時だけど、正式に組んだのはその後暫くしてからだったね」
ルビアも口を挟みつつ、ネリアはそう説明をした。
どちらも当時を少し思い出し、懐かしんでいる様だった。
「まあ、要するにだ。君達とは最初から目的が違うからね。意識の違いはそりゃあるだろうさ。『仲が良い』って言うのはどっちも同じだけどね」
「なるほど、確かに根本が全然違うわけだし。……"違う"ってそういうことか」
ルビアの言う"違い"を理解したセツは、自分も昔を思い出しながら、自らが旅に加わった当時を振り返る。
思い返せば随分昔の出来事のような気がする。実際の時間以上の時が経った感覚があったのだ。それが何故なのか、セツの頭を一瞬疑問が過ぎったが、気にするまでも無くすぐに解決した。
それは今ネリアが言ったように、セツにとってもこれまでの日々が濃いものだったからだろう。
その通りじゃないかと一人納得したセツは、しかし内心悪い気はしないなと、口には出さずただその代えがたい思い出に浸っていた――――――
長くなりすぎたので前後編になりました……。
文章量は3話分くらいなのですが、キリの良い場所が無かったので後編が2話分となってしまいました。
文章量バラバラで読みにくかったら申し訳ありません。




