第4話 渡り世
「これで今必要な説明は終わりだ。まだ他に何かあるか?」
男は4人が余計な事には興味が無いのを感じ、必要な事を伝え話を終わらせにかかる。自分もまだ一応仕事が残っていたり、本来する仕事ではないからだ。
男が視線を手元に戻し、また書類を片付け始めようとした所でヴォルスが遮る。
「ああ、聞きたい事がある。」
そう言いながら懐から手のひらサイズの小袋を取り出す。ヴォルスはその小袋に手を入れると、中から1枚の硬貨を取り出した。
その様子を見ていた男は硬貨を見て、少し不可解な顔をする。
「それは……もしかして銀貨か?」
「その反応を見るに知らない銀貨らしいな」
「聞きたい事ってのは、そいつが使えるかどうかって話か?」
「そうだ。使えるか?」
見せてくれ、そう言われてヴォルスは銀貨を渡す。
硬貨を手に取った男はひっくり返したり、光にかざして見たり、模様をよく観察したりしている。
だが終始難しい顔をしており知らなそうだった。
「その感じはどうやら知らない様ですね……」
「そんなことあるの!?」
男の様子にアスロンは知らない事を察し言葉に詰まる。リンシーもその事実に驚き、少し大きな声を出してしまった。
急な大声に何事だと周囲の一瞬視線を集めるが、それどころでは無かった。
男の様子を見てヴォルスは考え込んでいた。
渡した銀貨はヴォルス達のいた場所の共通硬貨で国を跨いで複数の国家で使われていたものだったからだ。
――――――知らない? そんな事があるのか?
有り得るのは、辺境が故に使われていない……、いやにしても知らないと言うのはおかしい……。
となると、俺達の知らない遠い地になるが、そんな距離を転移したのか? 果たしてそんな事が出来るか? 出来るならなぜ、わざわざ転移なんて――――――
「こいつは初めて見るが、ちょっと心当たりがある」
先程まで難しい顔で硬貨を見ていた男は何かに思い当たった様に、急に真剣な顔になり言った。
ヴォルスは顔を上げ、本当かといった表情で言葉の続きを待つが、男はそのまま席を立つと、
「すまん、少しこいつ借りるぞ」
そう言って銀貨を持ったまま受付の奥へ行ってしまった。
なぜあの銀貨を知らないのか、知らないにもかかわらず心当たりとは何か……そういった不安が4人を襲う。
未知の土地という事には不安はない。今までも数多くの旅をしてきたのだから。
しかし、それらは全て自らの足で進んでしてきたものだった。今回は違う。気付けば見知らぬ土地におり、何が原因かも分からない。
不安の根源は其処にあった。
しばらくの沈黙の後、男が帰ってきた。
見ると先程と同じ真剣な顔で立ったまま何か言いたげで、その手に銀貨が握られて無かったことだけが先程とは違った。
「悪いが、一度裏に来てくれるか?ここじゃ話しにくい内容なんだ」
「……分かった。案内してくれ」
4人は顔を見合わせると、ヴォルスが了承の意を示す。
武器に手を掛けたりはしないが、警戒を怠らないなようにとアイコンタクトで暗に伝えた。
戻ってきた男はヴォルスが了承したのを確認すると受付の外へ出てくる。そのまま付いて来いといった仕草をし、ギルドの奥へ進んで行く。
その案内に4人は警戒をしたまま付いていった。
4人が案内されたのはギルドの一室だった。
遠くから先程までの賑やかな声は聞こえるが、ここはそれなりに静かな場所の様だ。周囲から声は薄っすら聞こえるが、内容までは聞き取れない。
案内された一室以外にも周辺にいくつか部屋はあるみたいで、その中の使用されている部屋から聞こえていた様だ。
「この部屋だ。入ってくれ」
そう言って、ドアを開け先に部屋に入っていく。
それに続き、4人も警戒は解かずに案内された部屋に入った。
部屋には椅子と大きめの机が備わっており、ある程度人数が多くても大丈夫なようにしてあるようだ。部屋の壁に窓は無く、余計なものが飾ってあったりもしない。
とてもシンプルな部屋で、会議などで使われているであろうと感じ取れる。
その部屋にはどうやら先客がいたようだ。椅子に座っており、先程渡した銀貨はその先客の男が持っていた。
先客の男はギルド職員とは全く違う格好をしており、魔道具らしき片眼鏡を付け、銀貨を観察している。
銀貨の模様であったり、硬貨として贋作ではないかを軽く鑑定していた。
4人が部屋に入ってきたことに気付くと銀貨の観察を止め、立って挨拶をしてきた。
「はじめまして。私は商人のウェーラーと申します。こちらの冒険者ギルドと協力している商工ギルドの者で、普段はここで冒険者の方が手に入れた素材や遺物、貴重品などの取引をしております。どうぞよろしくお願いします」
ウェーラーと名乗った商人は綺麗な所作で頭を下げた後、手を差し出し握手を求めてくる。優しい笑みを浮かべており礼儀正しく、かなり商売慣れしているようだ。
ヴォルスは差し出された手を握り返す。
部屋に入るまで警戒していたが、ウェーラーは本人が名乗った通り商人だと感じた。
それは、その所作もあるが、何より戦闘が出来る様な感じがしなかったからだ。完全に警戒を解いたわけではないが先程までよりは、警戒が解けていた。
ただ、アスロンだけはそれでも警戒を全く緩めずにいた。
商人が座っている場所の正面にヴォルスは座った。
椅子はまだあったが他の3人は後ろに立っており、どうやら話はヴォルスと1対1で行うようだ。
因みに一緒に部屋に来た男は少し離れた椅子に座って口を閉じた。
会話に混ざる気はなさそうだ。
「ヴォルスだ、よろしく頼む。……で、俺達は何も聞いてないんだが結局その銀貨が何なんだ?」
「すみません。その前に確認なのですが、この銀貨はどこで手に入れたものですか?」
そう言ってウェーラーは丁寧な仕草で銀貨をこちらに返して来た。
ヴォルスは返された銀貨を受け取ると、銀貨は机に置いたまま懐から小袋を取り出し、銀貨の隣に銅貨と金貨を並べた。
「どこで手に入れたと言われても、普段から使っている、としか答えられないな」
「なるほど…………そうですね。結論から言いますと、ここにある硬貨はこの国では使われていません」
4人はやはりか、と言った顔をする。先程のギルドの男とのやり取りで薄々感じていた事ではあった。
ただウェーラーはそれに続けて言った。
「私も商人ですから過去に存在した物を含め、色々な国の硬貨を知っています。しかしこれは周辺国家どころか、そもそも見た事すらありません」
その言葉に流石に4人は驚きを隠せない。
ヴォルスの考え通りなら、とんでもない距離を転移させられたことになるからだ。
だがその様子見ていたウェーラーは落ち着いたまま話し続ける。
「少し、混乱されているようですが大丈夫です。見た事はありませんが"何"なのか……予測はつきます」
ウェーラーは一呼吸置き、核心を突く。
「―――皆さんは恐らく、『渡り世人』です」
それに聞き覚えは無かった。
顔を見合わせるが知らないのはヴォルスだけではなく、どうやら他の3人も同じ様だ。
「……『渡り世人』?」
「はい、正確には『渡り世』と言うのですが……」
『渡り世』とはこの世界に稀に起こる自然現象の一つである。
いつ起こるのか、どこで起こるのかなど、全く分かっていない。時間場所問わず、突然発生する。
こことは違う別世界から、あらゆるモノが渡って来る。それは遺跡のような建物であったり、剣や書物の様な小物であったり、ヴォルス達の様に生物であったり様々だ。
渡って来たものによって『渡り世人』や『渡り物』などと呼ばれている。
過去の文献によると、渡り世によってもたらされたものがこの世界に影響を与え発達した、なんてこともあるようだった。
しかし渡り世についての文献や記録はほとんど存在しておらず、さらに渡り世の数が昔に比べ大幅に減ってた。
そのため今では渡り世そのものを知らない人の方が多い。
理由の一つとしては別世界から渡って来ることはあるが、この世界から渡っていったという記録は無い事が関係している。
現在では希少価値の高い物として、渡り物が金持ちや研究者の間で取引されている。物によっては、内容が内容の為に国が買取、保管しているなどの噂があったりもするくらいだ。
「それで渡り世人なわけか……」
「そうです。そもそもこの世界の住人ではないのならこの硬貨の説明も付きます」
「硬貨を見ただけでその判断が出来る理由は?」
「硬貨に彫ってある模様、それに似た物を、渡り物を記録した書物で見た事があるのです。」
なるほど、とヴォルスは思う。
確かにこの硬貨に刻まれた巨樹の模様は、色々な物に使われている。
硬貨は何度か作り替えられてはいるが、共通の象徴物として元々使われていた巨樹の模様は毎回彫られていた。
『渡り世』なら、古くからあるその模様の付いた物がこっちに来ていてもおかしくはない。
「まさか見知らぬ土地で金が使えるか確認しただけで、問題が解決するとは思わなかったな」
ヴォルスは先程までの悩みがあっさり解決したのが馬鹿らしく、軽く笑ってしまう。
ウェーラーの言った事が必ずしも真実とは限らず、実はヴォルス達を転移させた関係者の可能性も確かにある。
しかしこの都市に来て、この建物に来て、硬貨を出したのは全てヴォルス達の意志だ。流石にそれだと偶然が過ぎる。仮に嘘だったとしても、渡り世の事を調べればバレてしまう。
そのことを考え、ヴォルスはウェーラーの言った内容を信じる事にした。
「皆さんの様子を見るに、この世界に来てまだ日が浅いのでしょう。早めに原因が分かったようで良かったです」
ウェーラーは先程までの真剣な顔を崩し、挨拶した時よりも優しい顔でそう言った。