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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
39/56

第38話 一刀に伏す

※9/17文章を少々修正、追加

 『緋刃舞踏』がオーガと戦い出す直前のこと。


 4人とは離れた位置で群れと戦っていた冒険者のカークは、その瞬間をたまたま目が捕らえた。


 立場上、戦線を出来るだけ正しく把握しておく必要がある……というのもあるが、何よりも気になってしまう。結果が良い方向に転ぶとしても、悪い方向に転ぶとしても、今後にかかわるからだ。


 ただ勝ってくれと願っていた。

 しかしカークは、それを目にしてしまった。



(―――!)


 気付いた時には巨大な岩石がリンシーに襲いかかっていた。




 ◇



(―――やば)


 投げられた岩石がリンシーの視界に入った時にはもう既に手遅れだった。

 回避するには距離が足りず、自身が操る樹で防ごうにもヴォルスを護るために全力を尽くした。進路上に小さく樹を生やすくらいなら出来るだろうが、それで止めるにはあまりにも足りない。

 何か手はないかと考えたいが、その思考する時間すら無い。


(やらかしたなぁ、これ―――)


 リンシーには、自身の体を覆い尽くすこの岩石を止める手段は無かった。

 諦めたかの様な、達観したかの様な、そういった感覚で目の前に迫る岩石をただ見つめていた。




 だが、()()()()()()()()()()()()()



「―――《トキシック・ジャベリン》」


 そう唱えられた魔術はリンシーの後方から、岩石にも劣らない速度で飛来していた。

 リンシーが振り向くまでも無く、声で分かる。


 唱えたのは他でもない――――――アスロンだった。



 それは「槍」だ。

 正確には、ゴツゴツとした結晶で形作られた、毒槍だった。


 怪しい紫の色彩を持つ毒槍は、棒の先に円錐状の刃を模ったものがくっ付いた様な形だ。刃となる円錐の部分には、刺されば抜けない返しも複数付いており、凶悪な形状をしている。


 そんな毒槍が、豪速で回転しながらリンシーを追い越すと―――勢いそのまま岩石を突き穿った。



(―――っ! アスロンの……!)


 風を切って飛来した毒槍は、迫る岩石の中心を削り刺さる。

 ほんの僅かなタイミングにもかかわらず、そこへ見事に命中していた。




 この光景が視界に入っていたカークも、その支援の速さに驚愕する。

 カークでは、何とか思考だけなら置いて行かれないくらいのやり取りだった。たまたま目に入っていたからこそ見れた光景で、これには畏敬の念を抱くしかない。



―――なのだが、毒槍が刺さっても岩石は止まらなかった。


(なん―――!)


 相当強固に出来ているらしく、岩石は毒槍が刺さっただけで砕ける様子は無い。本当にただ刺さっただけだ。

 むしろ速度すら殆ど変わらずにいた。


 今度こそダメか―――



 そう思われたのも束の間。


「爆ぜよ―――」


 アスロンのその掛け声と共に、刺さった毒槍が爆発でもしたかのように()()()()



 ガラスが割れ弾けた様な、そんな爆音を轟かせた毒槍の威力は凄まじかった。

 刺さるだけではびくともしなかった岩石を、次の瞬間には木っ端微塵に砕いていた。


 リンシーのもとへ、岩石が届く事は無かった。




 ◇



 何とか無事に済んだリンシー。

 その場から逃げる様にサッと跳ぶと、アスロンに声をかけた。


「―――ふぃーー…………いやぁ、ありがとアスロン! 助かったよー!」

「ええ、ご無事で何よりです。しかし油断し過ぎではないですか? 相当危なかったですよ」


 悠々としたアスロンに慌てた様子はまるでない。日常会話かのようにニコリとしながら、ただそう語った。仲間が直前までピンチだったとは思えない、そんな雰囲気を醸し出していた。

 一方で焦りを落ち着けたリンシーは、そのアスロンの揶揄うような口振りが不満らしく頬を膨らませて抗議していた。

 

「えー!? だって今のは仕方なくない!? こっちに来るとは思わなかったんだもん」

「おや? 状況を考えれば十分にあり得る可能性でしたよ」

「むぅ……だから感謝してるんでしょー? じゃなきゃいくら何でも間に合わないもんね」



―――『間に合わない』と、リンシーの言った通りだった。

 岩石に気付いてから《トキシック・ジャベリン》を発動し止めれる時間があるのなら、そもそもリンシーが回避くらい出来る。だが実際は、リンシーに回避する時間は無かったが、アスロンの魔術は間に合った。

 つまりアスロンは、これを予期していたのだ。


 自分の仕事―――周囲の掃討をしつつも、アスロンは巨猿の行動をよく観察していた。

 後衛で戦う魔術士として司令塔の役割も担って来たアスロンにとって、それは特段珍しい事柄ではない。むしろ日常茶飯事であり、この戦場を把握する情報処理能力は他の3人にとって欠かせないものだった。


 普段は4人が4人共上手くサポートし合うため、アスロンのこの能力が秀でて目立つ事は無い。

 しかしそれは、影ながら仲間を支える、縁の下の力持ちの様な存在となっていた。



「フフフ。わざわざ可能性を考慮して魔術を構えていた甲斐がありましたね。おかげで間に合って、リンシーも無傷です」

「うん。砕けた岩の破片がちょっと当たったくらいだよ、傷にもならない」


 破片で少し汚れた服を払いながらリンシーは言う。


 その周囲では、霧散した毒槍の細やかになった結晶が空中で光を反射し、キラキラと煌めきながらゆっくりと落ちて行っている。

 目を奪われる、幻想的な光景だった。




―――だが、巨猿にとってはそうではないらしい。

 すっかり砂埃も晴れて姿を見せたその顔には、今日一番の歪みが浮かんでいた。


 ギリギリと歯を食いしばり、口を開けば呪詛でも飛んできそうな表情でリンシーを睨んでいる。

 驚愕、焦燥、憤怒―――或いはその全てでも足りないか。様々な感情の入り混じった複雑な顔を向ける巨猿は、ただそこに立ち尽くしていた。


「ッッ……!」



 余程大きな感情をそこに向けていたのだろう。

 《超強化》に《岩石魔術》と、続けて多量の魔力も一気に消費した。


 一瞬と言えど、巨猿は完全に集中力を欠いていた―――




―――故に、気付くのに遅れた。


「―――ッ!!?」


 背後からは息の詰まる刺す様な圧迫感を感じる。恐怖すら覚える急激な魔力の高まりに、巨猿は寒気が止まらなかった。

 思わずハッと振り返ろうと首を回した。

 それは無意識ゆえの行動だったが、見ずとも振り返りながらに正体の目星は付いていた。


 それもそのはず。

 それはつい先程も感じた魔力。


 背後には圧縮された魔力の塊の様な、そんな剣を携えたヴォルスが、巨猿をしっかりと捉えていた。

 



 しまった―――と思わず体が動いてしまった巨猿は、ヴォルスから来るであろう攻撃を何とか防げないか、頭をフル回転させ考える。

 しかしそのヴォルスは、巨猿に軽く投げかけるように口を開いていた。



「いいのか? こっちで?」

 

 言葉は通じない。

 だから放った言葉に意味は無い。

 それでも不敵に笑うヴォルスは、そう口に出さずにはいられなかった。


 ヴォルスの視線のその先に。巨猿を挟んだその向こう側に。

 両手で刀を構え、大きく振りかぶったセツが、鋭い眼光で巨猿を狙っていた。 


「《一刀――――――鬼断ち》ッッ!!!!」



―――一刀。ただ一刀。

 鋭い眼光の狙う先、繰り出されたその一刀は―――()()()()()()()()()()()()()



 巨猿が視線を外した僅かな隙。

 セツはその隙をずっと待っていた。


 それはセツの持つ『武技』の中で一番遅い技。咄嗟に出せるものではなく、本来であれば当てるのに一工夫必要な技だ。

 しかしその隙をヴォルスが作ってくれた。


―――待っていた甲斐があった。いつでも繰り出せるよう、ずっと構え備えていた甲斐があったというものだ。

 そしてその甲斐あって、大きく踏み込んだセツの武技は、”決着をつける”一太刀となった。



「!?」


 突然、左足首から下が消えた巨猿の身体が傾く。

 状況を理解するよりも痛みが来るよりも先に、困惑に襲われる。力が入らなくなったと錯覚し、何が起こったのか一瞬分からずにいた。

 だがすぐにそれは違うと気付く。


―――足が……無い!?


 目線が足元へ向いた巨猿はその事実に驚愕する。

 そして同時に、刀を振り切ったセツとそれに追従して飛び散る血が目に入ったことで、やっと何が起きたかを理解出来た。



 だかしかし、それが良くなかった。

 理解してしまったのが良くなかった。


 巨猿は状況を把握した事で反射的に地面へ手が伸びる。転ばぬようにと、無意識に体が動いてしまったのだ。

 それがどういうことか巨猿に分からないはずもなく。気づいた時にはもうどうしようもなかった。



 これ以上にない―――そう思わせる程に膨大な魔力の高まり。しかしそれは何故か一滴たりとも零れることなく、ヴォルスの持つ『剣』の内に留まっていた。

 まるで小さな刃の中に、巨大な湖が丸ごと押し込められたかのようだった。


 巨猿は内心激しく拒絶しながらも十二分に感じる。

 この『剣』は間違いなく自分を絶命させるに足るもので、もう手遅れでしかないと。



―――ヴォルスはそれを、真っ直ぐに振り下ろしていた。


「《斬界剣(ザンカイケン)》――――――」



 青白く輝く刀身が見せた稲妻のように走る一閃は、敵に声を上げる暇さえ与えなかった。激しく輝いたのは一瞬だが、その軌跡だけは空中に焼き付いたかのように強く残っていた。

 ……或いはそれは、息を吞むようなこの瞬間に、この場の全員が緩慢に感じていただけなのかもしれない。



 やがて、ゆっくりと、ゆっくりとその軌跡は薄れていく。

 そしてそれが完全に消えた時―――





―――巨猿はその場に崩れ落ちていた。


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