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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
38/57

第37話 魅了の大母

※8/30追記

6話と7話の間に幕間を追加しました。

―――静寂。

 吹く風が、周囲を樹々を揺らす。

 その中で1人と1匹は、振るい終わった武器を構えたまま互いに背中を見せていた。


 真っ向から突撃し合った、すれ違いざまの斬り合い。

 一瞬の出来事にどちらが勝ったのか、負けたのか、或いは相打ちか、判断出来ずにいた。

 だがそれも瞬きほどの間。

 



 ドサッ―――


 静寂を破ったのは、そんなオーガの倒れ込む音だった。



「ふぅぅーーー…………、よし」


 大きく息を吐き、ルビアはそう呟く。

 それに伴い、纏っていた《緋剣》の魔力がルビアを離れ、再び周囲に2本が現れた。


 倒れたオーガは蹲ったまま動かない。ルビアに大きな傷は無く、逆にオーガには深い一太刀が刻まれていた。

 言われずとも明白だろう。


 一騎打ちは見事、ルビアが勝利していた。




「―――ルビア! 行ける?」

「当たり前っ!」


 しかし慌ただしく、高まった緊張感は冷める事無くそのままだった。

 オーガは前座なのだ。目的の本命はこの先で待ち構えているはずだ。勝利に安堵し、喜ぶことはまだ出来ない。


 休む間もなく、急かした口調のネリアに向かって、ルビアは走り出しながら答えていた。

 ネリアも《小転移》で隣に飛ぶと並んで走る。


 目の前に待ち構えるは、暗く先の見えない洞窟の大穴、その入口だ。

 2人はそこへ向かって急ぎ走り出していた。



 だが一方で、その2人とは正反対の行動を取るものが居た。


「そっちは任せた!!」


 ガネッタがそう勇ましく言い放つ。

 2人に背を向けて立つその姿は、先ほどの洞窟を護ろうとしていたオーガに似ていた。


「すぐに戻る!」

「ここはお願い……! 気を付けてね、ガネッタ!!」


 遠くなるルビアとネリアの声。

 それを後ろに、ガネッタは両手で握り締めたハルバードを構え、通すまいと立ち塞がっていた。

 ガネッタの正面には、魔物の群れがもうそこまで迫って来ている。洞窟の中に待ち構える本命を叩くためには、誰かがこの群れの足止めをしなければならなかった。

 まるで”殿(しんがり)”の様な役目。


 ガネッタはその役を、相談するまでもなく当たり前のように請け負った。それは任せた2人も同じであり、押し付けたのではなく適材適所が分かっているが故の行動だった。

 そしてガネッタならば大丈夫という、言葉要らずの信頼の証でもあった。



 立場が逆転したな―――。

 兜の下、誰にも聞こえない声量で呟く。その声色は状況に反して、どこか明るくも感じる。


 洞窟の中に消えていった2人を背にガネッタは、自身の握る手にぎゅっと力を込めた。






 ◇



 洞窟内に足音が響く。

 奥からはこれまで感じていた魔力(フェロモン)が流れて来ていた。


 ルビアとネリアの間に会話は無く、息遣いだけが聞こえる。

 幸いなことに洞窟内は、曲がり道はあるものの至極単純な一本道の作りになっていた。

 2人はその中に充満する魔力(フェロモン)を掻き分けるように進む。手元に魔術で灯した拳大の小さな火を頼りに、ただ奥へ奥へと駆けていた。



 そこへ至るのに時間は掛からなかった。

 所詮は洞窟、長さなどたかが知れている。加えて構造上迷いようがないのだから、それも当たり前とも言えるだろう。


 ルビアとネリアはついに辿り着いた。

 明かりを掲げ、それを照らす。


「―――いた」


 ぼそりと、漏れ出すような囁き。探し求めていた元凶をやっと見つける事が出来たという、正も負も混じった心の呟き。

 その場に立ち尽くし、少し見上げた視線が真っ直ぐに向いたまま、いつの間にか口が開いていた。



――――――そこには、ジッと鎮座する不気味な魔物(バケモノ)がいた。




「こいつが……」


 そいつがいたのは、通って来た通路よりも少し開けた空間だった。専用の部屋―――いや、この洞窟そのものがこの魔物専用なのだろう。それくらい他には何も無かった。


 そんな部屋の真ん中で、動く事もなく、そいつはただ佇んでいた。

 唯一、呼吸と思しき上下の揺れだけがあり、その度に身体から煙の如く魔力が噴出する。それが空間全体に濃密なガスの様に充満しきっており、2人は肌にまとわり付く様な気味悪さを感じていた。


 だが、それすら些細な事だと言わざるを得なかった。

 光に照らされた魔物が、その全体像を現す。


「何、これ―――」


 目に映った魔物は、言葉に詰まってしまうくらい不気味だった。


 ブヨブヨとした薄ピンクの肌で、肌下に通っている全身の血管がやたらと透けて見える。そこには薄皮すら無さそうだ。

 原因は透明感があるせいだろう。しかし勘違いしてはいけないのは、その透明感は「きめ細かさ」や「潤い」などではない事だ。

 文字通り、若干透けていた。

 もう少し透ければ臓器すら見えてくるだろう。その見た目から真っ先に思い浮かぶのは脳や内臓、或いは胎児といった、より生々しいものだった。


 その姿も実際胎児に似ているかもしれない。

 胎児をそのまま大きくし、太らせ、短い尻尾を生やした様な見た目。胎児の様な手足こそ無いが、代わりに切り株の様な短い脚が、体の下に8つも存在していた。



 ルビアとネリアには―――いや誰が見たとしても、この魔物は生物として不気味と感じざるを得ないものだった。


「動かない……ホントに生きてる?」


 ルビアは出来るだけ魔物全体を照らしながら、訝しげに観察する。冗談でそんな事も言ってみるが、それだけ魔物に動きがないのも事実だった。


「警戒は怠らないでよ。何か仕掛けてくるかも」

「大丈夫、分かってるって」


 ネリアが注意を促すがそんなこと百も承知だ。これだけ魔力を撒き散らしておいて、生きていないわけがない。

 いつでも戦えるよう、最大限に警戒しながら武器を構える。


 何をして来るか分からない。

 こうして静かに反撃の隙を狙っているのかもしれない。

 推測では、元凶の戦闘能力は乏しく、護衛がいるだろうと、確かにそう考えてはいた。そして実際に護衛らしき魔物もいた。

 だが推測は推測。現実がどうかは分からない。


 だからこそ警戒を怠らずにいるわけだが―――どうやらそれは杞憂だった様だ。



「いや? 違う、こいつ……」


 魔物は微々たるものではあるが動いていた。

 短い足でモゾモゾと、その巨体を亀の様にゆっくりと運んでいたのだ。


「壁際に下がろうとしてる……これは、私達から逃げてるのか」

「……だね」


 逃げながらでも魔物は、威嚇のつもりか鳴いている。喉奥からこすれた様な、すり潰す様な、そんな甲高いギギギという声が聞こえる。

 しかしそれはとてもか細い。洞窟の様な音の響く場所であってもうっすらと聞こえる程度だった。


「…………ホントに魅了の能力にだけ尖ってるんだ……それ以外が退化……ううん、機能してない。こんなのって―――」


 ルビアは思わずそんな感想を口走ってしまう。それほど目に映る魔物が、()()()()()()()()だった。

 ネリアも特に応えはしなかったが、否定もしなかった。いや、出来なかったのだろう。

 ただ2人とも、複雑な顔をしていたのは同じだった。



 だが、敵は敵。

 この魔物が今回起きた襲来の元凶である事は明白。


「やるよ、ネリア」

「うん。本体が無抵抗なだけであらゆる原因はこいつにある……。こいつの調査は後回しだ。今はまず―――」

「―――ええ……分かってる」



 雑念は捨てた。

 ネリアが見守る中、ルビアは魔物へ向かって、その刃を振り下ろした―――。






 ◇



 ルビアとネリアの2人が洞窟から外へ出た時、ガネッタの戦闘は終わっていた。

 周囲に魔物が絶命した散乱するその真ん中に、ただ一人ガネッタだけが立っていた。



「―――ガネッタっ! 無事!?」

「ただの雑兵が相手だ。なんら問題無い。……そっちは終わったか?」


 洞窟から飛び出したルビアが声を掛けると、ガネッタは体を前に向けたままで、鎧に覆われた顔だけを少しこちらに向けて来た。そこから発せられた声は普段と変わらず冷静だった。


 鎧に汚れはあるものの傷は見当たらない。流石はガネッタといったところ…………ではあるが、連戦に続き一人で戦っていた事もあいまって、疲労が溜まり少し息を乱している。それでも少ししか乱していないのは驚異的なのだが、たった1人にかなりの苦労をかけたのは違いない。

 ルビアは感謝の念を送り、労わなければと思っていた。


 しかし先に気になるのは遠巻きに見える魔物の群れ。

 いがみ合い争っていたり、逃げ出すもの、焦った様にキョロキョロとしているもの。

 群れは散り散りになりつつあるが、その中で魔物は三者三葉の反応を見せていた。


「こっちは推測通りであっさり終わったよ。それよりこの状況は……」

「急にこんな感じだ。様子が変わったあと少し蹴散らしたんだが、怯えて近寄られなくなった。十中八九、『魅了』の影響だろうな」


 ネリアの問いかけにガネッタは淡々と答える。


「指令が届かなくなって、『魅了』も切れて正気に戻った……ってことね。やたらと無鉄砲だったのもやっぱそれが原因だったわけか……」


 目の前の惨状は、今回の襲来の核心を露わにしていた。仲間割れにも思えるが、樹海においてはこれが本来の姿だ。

 いくつもの種族が同じ目的を据えて群れていた事こそが、異常だったのだ。



 そしてルビアの言った通り、元凶が倒れた事で統率の取れなくなった群れは徐々に崩壊を始めていた。時間差はあるだろうが、そのうち全ての魔物が元に戻るだろう。


 ルビアは《緋剣》による強化を解いた。




―――ああ、やっとだ。


 調査をしていた期間も合わせれば、それなりの時間を費やした。その間は寝ても覚めてもずっと抱えていた。

 明けない夜の様な感情を。


 だがしかし、長らく胸の内に渦巻いていたその感情が嘘のように晴れていく。

 解放感が身体を軽くする。


 やっと終わるんだ―――と、ようやく実感が湧いて来ていた。



「……ギルドに連絡入れなきゃね。それから急いで戻らないと」


 そう言ったルビアの声からは安堵で覇気が薄れていた。ずっと気を張っていたことを考えると理解も出来る。

 しかしそんなルビアの変わり様に、ネリアは笑わずにはいられなかった。


「ふっ―――ルビア、気ぃ抜け過ぎ。気持ちはわかるけどね」

「休んでて良いぞ? ルビアが一番消耗してるしな。……後は私達2人でやるか」

「うん、良いんじゃない?」


 珍しくガネッタも一緒になってルビアを揶揄う。その兜の下はネリアと同じように笑っているのだろう。


「そ―――んなわけないでしょ! まだまだやれるって、もう!」


 一瞬呆けたような声が出た気もするが、ルビアは元気そうに笑うと全力で否定した。


 本当は帰ってすぐにでも寝たいくらい疲労が積み重なっていた。魔力も殆どを消耗し、普段ならとっくの昔に休息を取っていることだろう。

 だが今のルビアにその選択肢は無い。


「出来ることは残ってるんだから、やらないわけにはいかないでしょっ!」


 そう言い残し、真っ先に駆け出していった。


 《緋剣》の強化はしていない。使えば確かに速いが、残存魔力に余力は無い。移動で枯らすわけにはいかないだろう。

 それでもその足取りは軽かった。


「はぁ……一人で先走ってさ……。ガネッタ、私達も行くよ」

「ああ。終わった瞬間倒れそうだからな」

「ふふっ―――違いないね」



 2人も大地を蹴ると、急いで後を追う。

 ルビアの背中にはすぐに追い付くだろう。




―――かつて無いほどに大規模だった襲来は、ついに解決を始めていた。




やっっと一段落しました……こんな長くなる予定は無かったんだけどなぁ。


次回は主人公組の続きになります。が、今回は時系列で言うと少し先まで進んでるので、次回は時間軸が元に戻ります。

『緋刃舞踏』が戦闘中辺りまで戻るかな?

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