第35話 緋色の輝き (1)
「はあっっ!」
「―――ゴォアッ!?」
頭上から降ろされた鋭い一撃をその身に受け、魔物は真っ二つに割ける。
断末魔を最期に上げると、そこに力無く崩れ落ちた。
「よし! まず一匹!」
細剣による一撃を繰り出したルビアはそう言うと、すぐさま次の魔物へ目標を変える。周囲にはまだ魔物が迫って来ていた。
もう数えきれないほど魔物を倒している。
あちこち投げ捨てられた様に転がる死体が、これまでの戦いを物語っていた。
「覚悟してたけど、これほど多いとはね……」
「いやぁ、集まる集まる! ぼーっとしてたら群れに呑まれそうね!」
真剣にネリアに対し、ルビアは語り口がどこか軽い。はっはっは、と笑いながらこんな時でもいつもの調子だ。
「―――君が望んだ結果だけどね! 冒険者になってそれなりに経験は積んだけど……この量は初めてだよ、全く!!」
そう声を張り上げるネリアも負けじと、両手に携えた2本の剣で魔物を斬り倒している。魔物の隙間を縫うように駆け巡った後には、まるでその軌跡を教えるように魔物が順に倒れていく。
あまりの速さに魔物は目で追う事すら叶わなかっただろう。
集まっていた群れはひとまず倒し切った。少しすれば、また次の群れがここまで戻ってくるだろうが、僅かでも猶予が出来たのは確かだ。
だが今ネリアが倒した魔物は、この場では雑兵でしかない。
本命は別にあった。
それが『オーガ』と呼ばれる魔物だ。
一体はルビアがたった今倒したが、まだ2体残っている。
そしてこのオーガこそが、件の魔物を守護する護衛だった。
『オーガ』。
リンゲルス樹海においてそれは、やや見かける事がある赤ランクに認定された魔物である。
ギルドから依頼が来る時は基本的に赤ランク以上、つまり赤か金ランクの冒険者へ依頼が割り振られる事になる。
体格は大柄で成人した人間2人分くらいの身長があり、全身が筋肉の塊の様な肉体だ。肌はゴブリンの様にやや緑がかった暗めの色で、頭部からはグニャグニャと不定形に捻れた2本角が不揃いに生えているのが特徴である。
―――余談だが、肌色がゴブリンに似ているのはオーガとゴブリンが近縁種だからだ。代表的なゴブリンをはじめ、オーガやオークなどがこの『醜鬼種』に分類されている。ヒト型の魔物といえば『醜鬼種』、と言われるくらいにはメジャーな種族だったりする―――
さて、そのオーガにはとある習性がある。
それは自らが作った武器を持っている事だ。
材料は様々で、樹木や岩石、鉱石など、それぞれが合ったものを使う。ただし樹海では大半が樹木で作っていた。
例に漏れず今戦っているオーガも、持ち手から先端までを使い易く加工した、丸太の様な樹で棍棒を作っている。そしてその武器には、オーガ自身の魔力が時間を掛けて練り込まれ、より硬く、より鋭く、より強く育っていくのだ。
これが厄介なもので、並の武器では太刀打ち出来ない。鍛冶職人の腕を測る指標の一つに「オーガの得物で試し切り」、なんてものがあるくらいだ。負けるようじゃ、まだまだ二流と。
樹で出来ていたのだとしても、武器として十分過ぎる得物だった。
そしてオーガは、それを使って狩りや縄張り争いなど、戦を積極的に行っているのだ。
「ガアァァッ!!!」
「ふんっ―――!」
はち切れそうな程に発達した腕で、オーガは自慢の棍棒を叩きつける。敵を潰さんと下ろされた棍棒に、負けじとガネッタも力強い振りでハルバードをぶつける。
ガァアン!ガァアン!と震えるように鈍く響く、武器同士が何度も接触していた。
まさに力と力の応酬。
衝突は衝撃を生み、ぶつかる度に周囲に余波が広がる。
一撃で相手を葬れる攻撃にもかかわらず、互いに臆すること無く連続でそれを浴びせ続ける。近寄れる者は無く、一騎打ちの状態が保たれていた。
「ガネッタの方は――――――大丈夫! 鍛えられたオーガの得物とも張り合えてる! 流石、うちのメイン火力担当は伊達じゃないね」
「でもそれと張り合えてる樹の棍棒って鍛えられ過ぎじゃない!? ―――って思いはするけど、よくよく考えたらこのオーガ達は選りすぐりでしょうから。同じオーガの中でも上澄みってことね……!」
協力して一体目のオーガを倒したルビアとネリアは、ガネッタの状況を見て不安は残りつつも、一先ずは安心する。
「忌々しい事に、元凶のヤツにとって近衛騎士だ。オーガの群れのリーダー格を集めたんだろうさ」
「……まあ、強さから考えてそうでしょうね―――で、残ったオーガの群れは、余すことなく自分の群れに取り込んだと……」
「ああ。この重たくて、べたつく魔力……思った以上にマズイかもだ」
眉をひそめるネリアは、視線を魔力の出処へ向かわせる。
自然に出来たわけではないだろう。恐らく、操った魔物に掘らせたもの。
そこには洞窟があった。
闇に塗り潰され、光は届かない。目を凝らしても洞窟の奥に何がいるのかは見えなかった。だが確かに、魔力はそこから溢れ出ていた。
草木で入口を隠そうとはしているが、穴が大き過ぎる。だからせめてもの処置なのだろう。最低限で諦めた様に止まっていた。
「近い所為かやたらと濃い……。基本、この手の精神干渉は知性が高いと効き辛い。それに加えて私達は持ってる魔力の強さ、それにルビアの異能のおかげで耐性が上がってる」
ネリアは赤い魔力を纏う自分達を差しながらそう言った。
精神に影響する異能、魔術は少なからず存在している。
よくある例を挙げると"牧畜"だろう。放牧している動物を誘導したり、反対に外敵への牽制に使えたり、日常でも見かける事がある。
しかしそれは一般人にすら影響が出ない極めて弱いものだ。動物にすら誘導し易くなる程度のものが殆どだ。
それを考えればこの魔力は、相当に強力である事は明白だった。
自分達でさえ不安になる程に。
「―――けどそれも長時間だと分からない。私達だって影響を受ける可能性もある」
ルビアは話を、ネリアに変わってそう続けた。
3人が焦り、討伐を急ぐのには、共通としてこの認識も追加されていた。
しかしどっちにしろだ。
早急に討伐したいのは依然変わりない。自分達に影響が出るかもしれないのもあるがそれ以上に、今も遠くで戦っている他の冒険者の事を考えていた。
彼女らが取る行動は一つ―――なのだが、事はそう単純じゃない。
「出来れば、先行して洞窟に行きたいんだけど……ねぇ?」
「こいつを倒さないと―――そりゃあ、行かせてくれないか」
洞窟の前には、仁王立ちで立ち塞がるオーガがいた。
他の個体よりも一回り大きい。一番強いのはすぐに分かった。
オーガは立ち塞がり、2人を睨みつけながら唸り威嚇している。今にも飛び掛かって来そうな雰囲気だが、そういう指令があるのか入口付近から離れる様子はない。
ただ好戦的に、いつでも戦えるよう戦闘態勢を取っていた。
「隙を付いて先に洞窟行けたとしても結局追い付かれる! 1人で足止めは無理!」
「分かってる! 次の群れが戻ってくる前にさっさと倒すよ、ルビアっ!」
「オーケー!」
返答と同時に2人は大地を蹴った。
別方向へ跳び出した2人は、左右から挟み込む形でオーガへ接近した。ルビアが上半身、ネリアが下半身に狙いを定め、疾風の如き剣戟を叩き込む。
瞬きする間に起きたそれはオーガの意識を置き去り、2方向からの攻撃で思考を分断する。
そういう目論みだった。
だが、オーガにそれは届かなかった。
ただ一振り。
巨大な棍棒を片手で握りしめ一回転。オーガは剣戟が来る直前、その場所を通るように棍棒をブン回した。
「くっっ!」
「―――っ!?」
ガネッタならまだしも、2人では力で勝てないのは十分承知している。だから2人は棍棒が来るのを察知した瞬間に急停止した。
しかし、目の前を通った棍棒の余波が想定を上回る。すぐに再び飛び掛かろうとした2人に、体が浮く様な風圧が襲い掛かった。
しかも明らかに攻撃は当たらなかった筈だ。だと言うのに、武器を振るうため前に出していた腕が、幾つも細長い切り傷を受けていた。
「―――なに!? 避けた筈なのにっ!」
危険を感じ、即座に距離を取った2人。腕を伝う血がポタポタと地面に流れ落ちる。
ルビアは感じる傷の痛みを無視してそう叫んだ。
「敵の能力だ! 異能か魔術か不明だけど、棍棒に竜巻みたいに風が渦巻いてる!!」
「―――!!」
ハッとして棍棒を注視する。
ネリアの言う通り、オーガの持っている棍棒は竜巻に包まれていた。
竜巻は轟々と空気を鳴かせ、巻き込まれた木の葉は細切れに散っていく。オーガが棒先を下へ向けると、竜巻をまるで避ける様に大地すら削れていく。
「なんて威力……! 元々当たれなかったけど、これじゃ掠るのもダメそうね……」
「全部を完全に、余裕を持って避けきるしかない。ヤツの風には注意していくよ!」
「ええ!!」
これまでに会った事のあるオーガと比べても、間違いなくこいつは最強の個体だ。
しかしだとしても、『魔物』という括りで見ればもっと強い魔物とは何度も戦って来た。この程度で怯むことはあり得ない。
2人は武器を強く握ると、再度オーガへ突っ走る。
今度は同時では無い。タイミングをずらしたネリアが先に接近していた。
「グォォッ―――!!!」
「来いっ!」
オーガは正面から迫るネリアに吼えると、何度やっても同じだと言わんばかりに、竜巻を纏った棍棒を頭上から振り下ろす。狙い澄ました一撃は風を撒き散らしながら、過剰な威力で大地を穿った。
一瞬大地を揺らし、爆風を伴ったそれは、近づいたネリアを叩き潰したように見えた。
やった――――
オーガはそう思っただろう。
だが、それ以上にネリアは素早かった。
振り下ろされた棍棒の先にもうネリアはおらず、まるで消えたかのよう。見えなかったが、いつの間にか躱した後だったらしい。
更にオーガがそれに気付いた時には既に、2本の剣を構えたネリアが横から斬りかかって来ていた。
「はあっっ!」
「ッ!!」
懐まで入られてしまっては避けようが無かった。
ズバッと切れた傷口から血が吹き出る。ネリアの振るった剣が、オーガの上腕を斬りつけていた。
「―――ッガアアァ!!」
その瞬間、オーガも暴れ振り払おうとしたが、ネリアは既に通り過ぎた後だ。無駄な空振りに終わった。
内心、舌打ちをするオーガだったのだが、そんな暇さえ与えられない。
「ッア……! グゥゥッ!!」
すぐに反転して来たネリアに、今度は脚を切られていた。
痛みが走る。
戦闘に影響は無い程度だが、傷口はじんじんと脈打っていた。
そしてそれを感じた時にはもう、ネリアは目の前で、次なる一撃を振り下ろしていた。
速い―――とオーガは驚く。
なんとか体を捩り致命傷を避けてはいるが、それだけだ。見違えたように動きが機敏になったネリアの、怒涛の剣戟に呑まれてしまっていた。
しかもそれだけではなく。
「――――――《緋剣》!!」
魔力で形成された緋色に輝く剣が、切っ先を喉元目掛けて飛んで来た。
タイミングはベストだった。
オーガは嫌でも選択を迫られる。防げるのは一つだけ。ネリアの剣か、ルビアの剣か。
であれば、選択肢はあってないようなもの。
オーガは高速で飛来する《緋剣》を、棍棒で弾き飛ばした。
流石に喉元を狙われてはそちらを優先する他ない。まともに受けてしまえば致命傷どころか即絶命だろう。
そして―――
「ゥガァッ……!」
ネリアが放つ2つの斬撃をその身に受けた。
覚悟はしたが強烈な剣に呻き声が漏れてしまう。それでもオーガは食いしばり痛みに耐える。まだ思考は冴えている必要があった。
なぜならオーガには、《緋剣》の後ろから同じ様に飛んで来る、もう一つの《緋剣》が見えていたからだ。
「ッァアアア―――!!」
緩慢な世界の中、自らを主張するようにバクバクと波打つ心臓。研ぎ澄まされた意識の内でオーガは、自身へ必死に命令する。
頭も上体も後ろへ反らし、間に合うよう祈りながら、僅かでも身体を動かす。
―――ギリギリだった。ほんの薄皮一枚、傷が入る。
緋剣は、喉の表面を撫でる様にかすめていった。




