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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
35/56

第34話 襲来をもたらすモノ


 リンシーが巧みに操る樹に再び囚われてしまった巨猿は、目の前から放たれる恐ろしい剣圧に焦りを膨らませていた。


 剣から嫌でも感じ取れる魔力は、巨猿が経験したこと無いほどの高まりであり、その上で魔力はまだ強くなって行っている。

 色濃く感じる自身の死の臭いに巨猿は恐怖すら覚えていた。

 しかしここで恐怖に飲まれてしまえばそれまでだ。


 巨猿は腹を括る。

 もうやるしか無いと―――



「ッ――――――グオォォッッッ!!」


 気合を入れるように激しく咆哮した巨猿は、自身の魔力で全身を《超強化》した。


 それは、よくある異能である肉体を一時的に強くする《身体強化(フィジカルブースト)》の一種。

 より瞬間的にしか強化出来ない代わりに、信じられない程の強化を施すという、巨猿が習得していた強力な異能だった。




 咆哮と一緒にバキバキと割れ砕ける音が響く。

 超強化した巨猿にとって、纏わり付いていた樹々は熟れた果実の様だった。少し力を加えただけでその形が崩れていく。

 そうして一瞬で拘束から逃れると、今度はその超強化した腕で思い切り、地面を叩き付けた。




 ドゴオオォッッッ――――――!!!



 手から地面がバラバラになる感触が伝わる。

 巨猿はその感触を味わいながら、内心「一先ずよし」と落ち着いて喜んだ。

 直前に確認出来たヴォルスの驚く顔を見るに、上手く行ったのだろうと。



 巨猿は、経験で理解していた。

 どんな相手であっても、予想だにしない不意を突く攻撃は有効であると。

 こちらに気付いていない相手への攻撃が致命的に働く様に、ずっと気を伺って隠していた奥の手にも同じ効果があるのだと。



 巨猿はそれを知っていた。

―――だからこそ、まずは視覚を潰したのだ。



 爆発の如く広がる衝撃で起こした砂埃は、自身の動きを悟らせないためだ。それは隠していた《超強化》という異能の甲斐あって見事、不意を突く形で成功した。

 更には足場が崩れた影響で、ヴォルスの動きを止める事にも成功していた。


 巨猿にとってこれ以上無いと言っても過言では無い程のチャンスになっていた。




 巨猿は迷う事なく狙いを定める――――――目の前のヴォルスではなくリンシーに。


 そう。

 巨猿はこの状況で、真っ先にリンシーに矛先を向けたのだ。


 これまでの戦闘で樹々、もといリンシーが仲間を護るだろう事は読めていた。たとえ砂埃で見えていなくても……いや、見えていないからこそ護るだろうと確信していた。

 そしてそれは実際にそうだった。


 巨猿の狙い通りだった。



「ガアァッ―――!!」


 自分の動きは砂埃で隠れて見えていない。

 敵は不意を突いた事で咄嗟に仲間を護る方に意識を割いている。


 リンシーを仕留める準備は出来た。



 巨猿は、()()()()()()()


 《超強化》で高めた魔力も流用し、それを掌を中心に集める。

 吸い込まれるように集まっていく魔力はすぐに、バキバキと音を立てながら岩石に変化していく。そしてそれに比例して、岩石も急速に巨大化していった。


 あっという間に大きくなった岩石は、巨猿の顔の倍以上のサイズになってやっと止まった。

 そもそも巨猿は大人3、4人分の全長を持つのだ。完成した岩石は、人一人くらいならば余裕で覆い尽くせてしまう程に巨大だった。

 そんなものがぶつかれば、ただでは済まないのは想像に難くない。




 巨猿はその岩石を、全力で、リンシーへ投げつけた――――――





◇ ◇ ◇



―――同刻。

 樹海の奥の奥。

 ヴォルスなど等が戦う最前線よりも更に奥。

 

 襲来により数多の魔物がいる筈のその場所に、一組だけ冒険者が居た。


 一組だけしかいない、というのは不自然にも思える。

 ヴォルス達の様に同じ場所で戦う冒険者は存在しない。客観的に見ればその一組だけが、魔物の群れの中に放り込まれた様に見えるからだ。


 しかし実際は違う。

 その一組の周辺は、既に絶命した魔物が無数に転がっていた。


 それはオークや大柄な四足獣などで、ヴォルス達の戦線でも徐々に増えて来ていた、群れの中でも強力な魔物ばかりだ。逆にゴブリンなどの数が多い代わりに弱い魔物は殆ど見当たらない。

 戦場の苛烈さは他の比ではないだろう。


 だがこの一組の冒険者は、赤い魔力を纏ったこの冒険者達は、その戦場を圧倒していた。

 それが誰なのかは言うまでもない。


 金ランク冒険者、『緋刃舞踏』の3人だった。




「ねえルビア、良かったの?」


 そう言ったのは二振りの剣を携えたネリア。

 足元でまだ僅かに息のあった魔物に止めを刺すと、隣に立つルビアに向けて真剣な面持ちで問い掛けた。


「大丈夫だって! 嘘はついてないし?」

「いやそうじゃ無くて……!」


 ルビアはあっけらかんと答える。

 そんな様子にネリアは呆れつつ怒りも滲ませてしまい、語調が強くなる。



「魔物の群れの終わりが近いって―――そりゃそうでしょ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」



 ルビアがギルドへ入れた一報は、本人が言った通り嘘はない。

 だがそれはここにいる《緋刃舞踏》視点の話では無く、現在進行形で襲来を食い止めている冒険者達から見た視点の話だった。



 しかしルビアは、ネリアに強く言われても落ち着いていた。


「―――分かってる。でも、状況的にはこれが最善でしょ? 人員も多くは割けないし、魔物も樹海に戻って来るんだから。……2人に何も言わずに決めたのは悪いと思ってるけど……」

「私達の事はどうでも良いんだよ……そうじゃ無くて! 君はいつも1人でどうにかしようとする!」

「…………1人じゃ無いもーん……ネリアとガネッタがいるし……」


 それでもネリアは強く言い返してくる。

 それはルビアにとっても耳の痛い話だったらしい。口を尖らせて、ぼそぼそとささやかな反抗をする姿は、まるで拗ねた子供の様だった。


 そんな姿を見せられては気も削がれるというものだ。

 すっかり熱も冷めたネリアはため息をつくと、顔を上げて真っ直ぐとした目でルビアを見た。


「はぁ……何度でも言うけどねルビア。そういう君の、責任感が強い所は美点だと思うよ―――けど、もっと周りを頼る事も覚えた方が良い」


 優しそうにも心配そうにも聞こえる。

 彼女の抱いていた怒りは、ルビアを想っての事だった。



 "金ランク"という頂点である証。

 富も名誉も多大に得られる。

 それに見合った実力が必要であり、責任が伴い、誰からも頼られる存在。



 ルビアにはそれが揃っていた。

 ただ揃い過ぎていたが故に、無茶をしがちなのも確かだった。しかもタチが良いのか悪いのか、大体何とかなってしまうためどんどん背負ってしまう。

 ネリアはいつもそれが心配で仕方なかった。


 しかしだからこそ、大事な友人として支えて行くと、そう心に決めていた。



「でも、割といつもの事ではあるからね。慣れたもんだけど―――だったら私達だって、いつも通り勝手に背負わせて貰うよ」

「……ありがと。ネリアのそう言うとこ、好きよ」

「はいはい」

「ふふふっ……」


 呆れた様に相槌を打つその顔は、何処か嬉しげだった。 

 そんなネリアにルビアも笑みが零れる。

 そしてその笑みを浮かべたまま、ネリアの方では無い、隣に顔を向けた。


「―――ガネッタだってそうよ? 分かった上で、黙ってついて来てくれるとこ好き」

「度が過ぎれば止めるがな」


 兜でその表情こそ見えないが、声色がガネッタも同じ気持ちだと示している。

 告げたのがその一言だけでもはっきりと伝わって来た。


「……今回も度が過ぎると思うんだけど?」


 肩をすくめたネリアが一応ツッコミを入れる。だがガネッタはすくみ返すだけで、「言っても聞かないだろう?」と、そう言いたげだった。

 思わずネリアはフッと笑うと、アイコンタクトで肯定する。その通りとしか思えず、何処か可笑しかったのだ。





「まあいいや。―――さて。それじゃ、状況を整理するよ」


 切り替えたネリアは話を戻すと、改めて現状の事態について話を始めた。



 『ここら一帯には、嫌な魔力が漂っている』


 始めそれに気付いた時、3人は周辺の調査を開始した。

 その魔力は移動すると濃くなったり、薄くなったり、場所によって濃度が違っていた。

 ただそれの原因はすぐに分かった。


 何かを中心に広がっている―――



 そして嫌な魔力が何なのかも判明した。

 精神に干渉し、生物を()()する。魅了された生物は隷属し、操り人形の様になってしまう。

 それは、一種のフェロモンの様な魔力だった。


 幸い、その魅了は『緋刃舞踏』の3人には効かなかった。元々持っている魔力が強力で魅了を弾けるのに加え、更に彼女らの全身を覆う赤い魔力―――ルビアの異能であるそれが、より強固な耐性を与えていた。

 だが一方で、並の冒険者では影響を受けてしまうだろう、というのが3人の総意だった。

 発見したのが抵抗できる自分達で良かったと少し安堵すると共に、その危険性に緊張感が高まっていた。



 ともあれ、広がる魔力の中心には原因となる魔物がいる可能性が高い。

 そしてその魔物こそが、今回起きた襲来の元凶だろう。


 魅了の影響を受けた魔物はその魔力に操られ、3人に襲い掛かって来ている。それは魅了する魔力のより濃い場所、すなわち広がる魔力の中心に向かうほどに激しくなっていた。

 つまり、3人の下にわざわざ魔物らが集まって来ているのは、この広がる魔力が原因だった。



「急に進行方向変えて私達に寄って来た、この明らかに意志のある群れの動き……中心には原因が居て、近寄って欲しくないんだろうね。―――って事は多分、本体はそんなに強くはない。で、そいつが襲来の元凶となった魔物だと思われる」

「ええ。やたらと規模の大きな襲来……大規模にもかかわらず一斉に始まったという、ある程度統率も取れた動き……。今回の襲来は魔物達がこの魔力(フェロモン)の影響を受けていたと考えれば、この規模も納得出来る理由になるわ」


 ルビアは、整理しながら推測を立てたネリアの意見に同意する。

 今回の襲来の全貌を少しずつだが掴みかけて来た。


「ならば襲来のきっかけは食糧不足になるか?」

「……恐らく、ね」


 食糧不足―――そう言ったガネッタと同じ事をルビアも考えていた。


「元々は樹海奥地に住んでた魔物だろうし。もしかしたら戻ろうとしたのかもしれないけど無理で、けど群れを維持するための資源が足りなくなって、樹海の外を目指したってところかもね」


 ヴォルス達がこの世界に来てすぐに出会ったオオカミの魔獣が、やけにお腹を空かせていたのはこれが原因だった。

 大きくなった群れが食べ物を独占した事で、魔力(フェロモン)の影響を受けずに済んだ数少ない魔物が食料不足に晒されていたのだ。


 そして今回の襲来でヴォルスと同じ戦線に居た隊長のカーク。

 彼が他の元凶と思しき魔物の報告を受けた際に感じた疑問―――

 『襲来の規模のデカさは奥地から来た魔物が複数いるため。しかしならなぜ、襲来に至るまで発見出来なかったのか?』

―――これの答えが、奥地の魔物の中に操って統率を執る個体が居たから、だった。


 群れを作った魔物は実は、本来の住処である奥地にその群れを率いて一度戻ろうとしていた。しかし結局それには失敗し、結果樹海の外を目指す事になるわけだが……。

 それが樹海を一時的に静かにした要因であり、襲来の発見が遅れた原因だったのだ。




「―――最悪なのは、この魔物が元凶じゃない場合だけど」

「それならまたあちこち駆け回るだけ。それに魔物の群れに関してはそいつを倒せば、元を断てるのは確実でしょ?」


 懸念はあるものの、決して致命的ではない。

 むしろこの魔物を討伐出来れば、今回の襲来は解決へ大きく前進するだろう。

 ルビアはやっと掴んだ糸口に気合が入っていた。



「へぇ……だから連絡に嘘はないって?」

「―――おっとぉ? 今掘り返しますかネリアさん……」


 だがここでネリアは急に含みのある言い方で最初の話を掘り返す。いきなり刺して来たなと、ルビアは目を丸くし思わず敬語で返してしまった。

 いつもツッコミばかりのネリアから珍しく揶揄われた。そりゃ驚きもするだろう。


 顔を向ければ、珍しく流し目でほくそ笑むネリアが居た。


「だから私が悪かったってば~……」

「うん、反省してね」


「はぁい………………後悔は無いけど……」


 ルビアは最後に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、そう付け足した。

 その声をネリアがハッキリと聞き取れたか定かではないが、ただ視線は鋭くなっていた。


「ん?」

「ん~……?」


 その視線を受けたルビアは、斜め上に目を向けてとぼける。

 どうやら知らぬ存ぜぬで通す気らしい。

 ネリアもそれ以上は何も言わなかった。


 そんな様子を隣で静かに見ていたガネッタは、兜の中でクククと笑う。

 多くは語らない彼女もこの状況を面白がっているようだ。




 少し場の雰囲気が和む。

 どうやら精神的に少し余裕が出て来たらしい。

 もちろん油断をするわけでは無いが、長く調査を続けていた3人は人一倍焦り、気を張っていたのだ。

 好転に向かいそうな状況に気も高まる。


 後は、自分達が為すべきを為す。

 それだけだった。



 顔を見合わせ互いに頷き合うと、魔力(フェロモン)の中心の方を見つめる。


「手下を戻してまで自分を守ろうとするなら本体は強くないかもだけど……護衛くらいは常に手元に残してそうだね」

「それなりに強い魔物だろうな」

「ちんたらしてたらどんどん群れも戻って来るし、早くけり付けないとダメね」



 視線の先は暗く怪しく、蠢く様な不気味さがある。

 3人は武器を構え戦闘態勢を整えると、その先へ飛び込んで行った。



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