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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
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第33話 巨猿の狙い

 巨猿との戦闘は河原で起きていた。

 川の水に足を取られるより、砂利や石の方がマシと言う判断だ。それに小川や、それを挟んだ向こうにいる他の冒険者を巻き込まない様にわざと、河原で足止めして4人は戦っていた。



 そんなヴォルス達にも、ギルドからの一報は届いていた。

 ここに来るまではカークの部下が中継して連絡が来ていたのだが、それは通信の届く距離に限界があるからだ。


―――因みに、カークが他の元凶についての連絡の時、直接受け取らず一時的に部下に任せていたのは、まもなく訪れる魔物の群れに対処するため冒険者への指示を優先していたからである。それも戦闘中は厳しくなるため、今回の一報はカークも直接聞いていたという経緯があった―――



 この一報はヴォルス達にとっても間違い無く朗報で、迷いがあった方針を固めてくれた。


「よし、だったら出し惜しみの必要は無くなったな」

「そうね―――じゃ、とどめは任せた」


 ヴォルスとセツは戦いの最中、互いに近寄ってそれだけ話す。簡潔だが悠長に会話する暇がないのも事実。

 2人は直ぐに再び武器を構え、視界に映る巨猿へ立ち向かう。


 真っ先に突出したセツは瞬き一つで巨猿に迫ると、腰に差した刀に手を掛けた。


「―――フッ!」


 すれ違いざまの刹那。

 抜刀した刃が残像を描きながら巨猿の脛を斬りつけた。


 スパっと斬れた傷口から血が飛び散る。深くはなくとも、無数にある全身の傷がまた一つ増える。

 相変わらず巨猿の肉体は鋼の様だが、それでもダメージは確実に蓄積していた。


「ガァァッッ――――――!!!」


 繰り返される通り魔のような所業に巨猿は怒りに任せて咆える。

 このままでなるものか、と怒る巨猿は通り過ぎたセツへ、振り返りながらの裏拳で薙ぎ払う。


「―――!」


 ガリガリと地面を削りながら巨木の様な腕がセツに迫る。

 通り過ぎた直後のためセツは巨猿に背を向けていた。しかしこの程度に気付かず当たる様なセツではない。

 背を向けたまま、腕が来るのが分かっていたかのようにその場で跳躍した。


「甘い。そんなのに当たるわけ―――」


 だが巨猿もそれでは終わらない。


 空中へ跳び、無防備なセツを今度は巨猿の拳が襲う。

 薙ぎ払ったのとは逆の腕から突き出された拳は岩石の様で、振り返る勢いが乗ったそれは恐ろしい威力とスピードを有していた。



 当たる――――――そう思えたその一撃が、しかし実際に当たる事は無かった。




「だから甘いって」


 無防備に浮くセツ。その足元の地面から、いきなり飛び出るようにして樹が生えてきたのだ。

 それは言うまでも無くリンシーによるものだった。


 生えた樹はぐんぐん伸び、迫る拳よりも速くセツに届くと、それを足場にしてセツは横に大きく跳んだ。


「グゥゥッ……!」


 当たると思われた拳は空を切り、足場となった樹を砕くに終わった。


 またこれか、と巨猿は苦虫を嚙み潰したような顔で唸る。

 的確に生えてくる樹にもう何度も邪魔をされている。


 更にそれだけでは無い。

 たった今砕いた樹の断面から新しく樹が生え伸び、それが巨猿に襲いかかっていた。


「……ケッ!」


 まるで舌打ちかの様に喉を鳴らすと、巨猿は拘束しようと伸びる樹から跳ねて逃げる。

 新しく生えて来る樹もあったがそれにすら当たらずにいた。

 だが―――


「―――ッッガア!」


 突然目の前に現れた毒液の球が巨猿を襲った。


 いつの間に紛れたのか、飛び生えて襲い掛かる樹の影に毒液は隠れていた。

 驚きながらも、的確に顔を狙ったそれを躱そうと巨猿は試みたのだが、急な出来事に対処しきれず、顔の半分を毒液が直撃してしまった。

 当たった顔左半分からは焼け溶ける音と感覚がする。一応、反射的に瞼を閉じたおかげで目玉は無事だ。

 しかしほんの少しだけ入った毒液のせいで、巨猿は視界の左半分が歪む状態に陥ってしまっていた。


 正直なところ、毒自体は問題無かった。

 これは魔物に限らずだが、巨猿ほど強力になると魔術による毒では中々やられない。それが持つ自身の強い魔力で十分に抵抗出来るからだ。

 巨猿の場合、皮膚は爛れる前の少し焼けた様な痕を残して止まり、目に入った毒も僅かなのも相まって暫く安静にすればよくなる範囲だった。



 だから、問題があったのはそこではなく。

 視界の左半分が鈍った影響で、伸びて来た樹に気付けなかった事だ。



「捕まえた!!」

「―――ッ」


 巨猿を左から襲った樹が足首に巻き付く。

 リンシーの操る樹が、がっちりとその太い足首を捕えていた。



「余所見でしたが上手く行きましたね」

「ナイス、アスロン! そっちは頼んだからねっ!」

「―――ええ。分かっていますとも」


 アスロンはギルドからの連絡が来た瞬間から、周囲に群れる魔物を相手する方にシフトしていた。

 巨猿と戦う2人へのサポートはリンシーに任せ、邪魔な群れは自分が相手する。更に余裕があれば巨猿への攻撃も……と考えていたのだが、それが上手く噛み合ってくれた。


 アスロンは背中を預けた様な気持ちでリンシーに返答すると、巨猿を気にしつつも再び集まって来た群れへ意識を戻す。

 しつこい魔物を蹴散らすためと意気込むと、アスロンはまた毒の霧に液体を、周囲の敵へ向けてばら撒き始めた。



 そんなアスロンを尻目に、リンシーは更に拘束を強固にしようと樹を操る。今がチャンスだとリンシーもまた意気込むと、より多くの樹を巨猿の四方から一斉に伸ばした。

 

「いい加減これで……!!」


 焦る巨猿は逃げようにも、足首を絞めながら徐々に登って来る樹がそれを許してくれない。無理矢理に引き剥がすより先に、樹が追い付いた。


 よし―――と心の中でガッツポーズを決めるリンシー。

 そう思いながらも気は緩めない。むしろ引き締める思いだ。


 巨猿と遭遇してすぐに捕らえた時、抵抗激しく拘束は長く持たなかった。

 だがそれもここまでの戦闘を経た今なら仕方ないと思える。

 巨猿の発揮する純粋な力は相当なものだ。今のリンシーが操る樹ではどうあがいても力負けする。何重にも覆い尽くしてしまえるのならばまた別の話だろうが、それが如何に困難かは語るまでも無いだろう。


 

 だからこそリンシーは、自分のやるべき事は足止めだと理解していた。




「―――行くぞ、《斬界剣(ザンカイケン)》」


 リンシーの視線の先。

 そこには、巨猿に立ち塞がる形で対峙するヴォルスがいた。



 両手で握られたその剣が青白く輝いている。

 魔力特有の輝きで光るそれは、留まる事なくどんどん強くなっていく。


 ずぶの素人が見ても感じられる。

 思わず目が離せなくなる様なその輝きは、異様なほどの剣圧を放っていた。




「ッ――――――グオォォッッッ!!」


 押し潰されそうな剣圧に恐れを見せていた巨猿だったが、その中に覚悟を決めた様な顔が混ざる。

 巨猿は、対抗し応えるかのように強く咆哮した。


 ヴォルスが何を喋ったか分かったわけではない。ただ目の前に立ち塞がる敵へ、自分を攻撃する4人へ向けての、巨猿が見せた気概だったのだろう。

 その咆哮が周囲に響く最中、ヴォルスの剣が届くより先だ。

 巨猿の全身がヴォルスの握るその剣の様に、膨大な魔力に包まれた。


(魔力が……! これは身体強化の類……それも、瞬間的な強―――)



 ヴォルスの考え通りだった。

 瞬間的に肉体を超強化した巨猿は、巻き付いた樹々を引き千切る様にして壊して来た。



「―――!」


 これには驚きを隠せない。

 確かに戦闘スタイル的にもそういった異能を使えて可笑しく無いが、これまでその片鱗は無かった。

 本当に、突然だったのだ。


 だがそれでもヴォルスが引く気は無く、身構えて巨猿を注意深く見ていた。

 何をして来ても対処し、握られたその剣でカウンターを決めるために。



 しかし次の瞬間、巨猿がとった行動は意外なものだった。

 巨猿は、その腕を大きく上空へ振り上げると――――――そのままそれを、思い切り地面に叩きつけた。



「―――っ!」



 ドゴオオォッッッ――――――!!!



 重く轟く粉砕音と同時に巨猿を中心として大地が砕ける。

 衝撃と砂埃が一帯に広がり、辺りが激しく揺れる。


 足場が砕けた事で足を取られたヴォルスは、さらに視界すら一瞬にして奪われ、一寸先すら見えなくなってしまった。


 ただその砂埃も長く続く様なものでもない。

 河原という水気の多い地形であるのに加え、ごろごろとした小石も多い。砂埃も僅かな間の目くらましがせいぜいだろう。 



 しかし、その僅かな間が危険である事は明白だった。


 視界を奪われた上、足を取られた事による硬直がヴォルスに多大な隙を与えていた。


「ヴォルスッ―――!」


 離れていたおかげでその影響を受けずに様子を見ていられたリンシーは、ヴォルスを助けるために動いた。


 今ヴォルスの姿は見えなくとも直前まで何処にいたかは分かる。

 リンシーは操った幾つもの樹を絡ませながら、それをヴォルスの正面から一気に生やす。勢い良く飛び出たそれは、ドームを縦半分に切った様な形でヴォルスを覆い護った。


(―――これはリンシーの樹か! 助けられたな……)


 ギチギチと複雑に絡み合った樹は高い強度を持ち、生半可どころか相当な力でも壊れない。

 一気に大量に出せるような技ではないが、ヴォルスを覆うだけなら十分出来る。それにヴォルスの後方は敢えて開けておく事でそこが逃げ口にもなっていた。


 咄嗟の判断でヴォルスを護るリンシーは、その樹を操りながら口を開く。


「これでひとまずヴォルスは―――」



 だがそれと同時だ。

 広がる砂埃を切り裂いて、()()()()が飛んで来ていた。


「―――は?」


 その岩石はぶれる事無く真っ直ぐと、明確にリンシーを狙っていた。





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