第32話 一報
『仄火の誓い』の戦いにけりが付いた頃。
ヴォルス達の戦っている戦線は、奥地から数多くの魔物がなだれ込んで来た事で混戦を極めていた。
怒号があちこちから聞こえる。剣戟がそこら中で鳴り響き、魔術の応酬が戦場を彩る。
魔物の屍が幾つも散乱しているそこは、まさしく戦場だった。
(一気に激しくなったな……流れ弾には気を付けないといけないが―――幸い、魔物がこの大猿を避けてくれてるのは助かるな)
巨猿と戦っているヴォルスは、雪崩れ込んで来る魔物達が巨猿から距離を取ってくれるのおかげで、多少は戦いやすくなっていた。同じ様に戦うセツもそうだ。
巨猿の動きによっては距離を取った魔物を巻き込む事もあるが、ヴォルスとセツへの影響は少なかった。
だがリンシーとアスロンは別だ。
操る樹木で攻めるリンシーと、毒の魔術でサポートするアスロンは巨猿からは離れた場所に居たため、迫り来る大量の魔物にも意識を割かなければならなかった。
「―――ホントにっ! 邪魔だなぁ!」
魔物達の攻撃を器用に避けつつも、数え切れないその量にリンシーは口調が荒くなっていた。
魔物の攻撃は大した事なく何の脅威にもならない。しかし無視出来ないほどに多いため、ただただ面倒でうっとうしかった。
「流石にここまで多いと意識を割かざるを得ませんね」
「すっっっごい距離詰めたいよ! ボクはっ!」
「それは駄目です。分かってるでしょう? 群れの影響から外れるまで近づくという事は、あの巨猿の射程に入るという事です。それではサポートがままならなくなります」
「そんなの見りゃ分かってるから困ってんでしょーよって! これ何とかならないのアスロン!」
「こればかりは仕方ないでしょう。幸い、群れ自体は脅威になり得ません。―――それより、巨猿の対応を怠ってはいけませんよ」
「分かってる―――ってい!」
リンシーは近づいて来た魔物を蹴飛ばすと、巨猿に向けて更に樹を伸ばした。
巨猿に近寄れば確実にリンシーを優先して狙って来るだろう。リンシーの操る樹にかなり行動を制限されている事を考えると妥当だ。だがそれが分かっていても愚痴をこぼさずにはいられないくらいには魔物が群れていた。
ただそれは逆に言えば、巨猿への攻撃は有効に働いているという事でもある。
(……最悪、私の魔術は無くても問題はない。私が周囲の掃除に徹すればリンシーは巨猿に集中出来ます。優先度はそちらが圧倒的に高い)
しかし―――とアスロンは戦場を俯瞰して考える。
周囲では冒険者達の戦闘が続いている。
予めこの地で準備をして構えていたおかげで、魔物らは進んで来た先から倒せている。魔術による罠や、魔道具など、簡単には戦線が下がらないように色々備えてあった。
一見優勢に思える。
だが終わらない群れに、じわじわと消耗もして来ていた。
(―――やはり懸念は、襲来がどこまで続くか、ですね)
硬さは分かった、そう言ったヴォルスが巨猿を倒すためにやろうとしている事は分かっている。アスロンのサポートはそれの補助になるのだが、それがないとヴォルスの負担が増える。
具体的に言うと、ヴォルスがより多くの魔力を消費してしまう。
流石に何も出来なくなるなんて事はない。
しかし頭を空っぽにして戦えるような状況でもないのだ。巨猿を倒したとしても、群れの終わりが見えない以上、戦いがいつまで続くか分からない。群れる魔物の質も少しづつ上がって厄介になっている。ここの戦線だっていつまで持つか分からない。
そして何より、巨猿の様な大物が他にいないとも言えないのだ。
既に巨猿を含めて2体の報告が上がっている。ならば3体目、4体目が居ても何ら不思議ではない。そうなった時、自分達が対応しなければならない可能性も十分にある。
余力を残せるのなら残したい、それが正直な感想だった。
◇
先の展開に不安を抱えていたのはカークも同じだった。
ここの戦線の隊長を任された身として、押し留めれるのならそれがベストだ。
しかし未だに終わりは見えない。
怪我を負った者は既に何人もいるが、下がって魔術なりアイテムなりで治療して再び前線に戻って行っている。こちらの戦力はまだ保てているが、それも時間の問題だ。
重症になると現場治療では復帰が難しく、少数ではあるが死者も出てしまっている。
カークは全員を生きて帰せない事を悔しく思う。
覚悟は出来ているつもりだったが、実際に目の当たりにするとどうしても感情を揺さぶられる。自分の判断次第で救えたのではないかと、そんな風に考えてしまう。
(―――ダメだダメだっ! 誰もが覚悟して来てんだ! 俺が弱気になってどうする!?)
責任ある立場ゆえ色々考えてしまうカークは、それでも強く保とうと自らを奮い立てる。
(戦線はまだ下げれねえ……! 此処は引いたらもう次がクランタなんだ! まだまだ奥から来てる魔物をこのまま城壁まで連れてけねぇよ!!)
地形の問題でこの戦線が要地として構えられるのは此処が最後だった。此処を過ぎてしまえば次はクランタの城壁前で迎え撃つしかない。そこはそこで準備もしているが、それは背水の陣だ。
樹海でカバーし切れず漏れて来る魔物は、その時々で差はあれど大体存在する。それは視界の悪い樹海という性質上仕方ない。
そのため最後の砦である城壁では万全の準備するわけだが、準備していてもその状況は決して望ましいものではない。
それにクランタには来ず、逸れて樹海から出た魔物が周囲に存在する村を襲った例もある。
今こんな早い段階で戦線を下げる―――味方の消耗が分かっていてもカークにそんな選択はまだ出来なかった。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「ぅくっ……足が……!」
最前線で戦っている冒険者の1人が脚から血を流しうずくまる。呻き声を上げ、脚を押さえたまま動けなくなっていた。
それに気付いた近くの仲間が急いで駆け寄ると、肩を貸し避難させようとしている。
だが戦場で待ったは効かない。
2人に向けて、ゴブリンが火の魔術を放っていた。メラメラと燃える火が真っ直ぐと2人に襲い掛かる。
もう直撃は免れられない。
「クソっっ!!」
「――――――《水流壁》!!!」
だがぶつかる直前、突如水の壁が現れた。
「―――これ、は―――っありがとうございます! 隊長!!」
「いいからさっさと下がれっっ!!」
礼を言う冒険者を無視し、カークは避難を促す。
どうやら間に合ったようだ。2人は無事、後方に下がって行った。
「はぁ……良かった」
咄嗟に魔術を行使したカークは安堵する。
気付いたのが魔術の届く距離、間に合うタイミングで良かった。
何とか2人を救う事が出来た。
しかし、このままではジリ貧なのは変わりない。
戦場を見渡すカークにはその変化がよく見えていた。
ゴブリンの部隊が群れの多数を占めていた最初に比べ、今では人型で大柄のオークや、ばらつきはあるがゴブリン数匹を背に乗せれるサイズの狼や猪などの四足獣に昆虫。更にはゴブリンでさえも魔術を使う様な強力な個体が増えて来ていた。
(クソッ! こんなの此処だけじゃなくて他もヤバいぞ!? いつまで耐えれりゃいいんだ? ―――この調子じゃ、俺の魔力も……!)
カークが隊長を任されたのは比較的戦場を俯瞰し易い魔術士だからだ。それに加え川辺という事もあり、水の魔術を得意とするカークが隊長に選ばれていた。
それ故に戦場を見渡し、指示を出しながら戦っていたカークだったが、本人も例に漏れず消耗が続き、味方を見ても徐々に押されているのが見てとれた。
(とにかく、今は出来るだけ耐えて倒していくしかない……! んでもって引き際だけはしっかり見定めないと――――――ただ唯一、あっちが上手くいってるのは朗報か……)
自分達が苦戦している一方で、遠目に見えるヴォルス達にカークは少し安心を覚える。
カークの見る限り……いや、実際にあちらはヴォルス達が優勢だった。
巨猿の振り下ろした豪腕は大地を割るように砕き、その巨躯に似合わぬ俊敏さで跳び回る。
何度見ても目を疑う身体能力なのだが、それを制しているヴォルス達にいたっては更に上なのだろう。遠目で見ていてもその動きを捉えるのは至難で、巨猿が自由に動き回れていない事からやっと優勢と判断出来ている。
そんな中でも煌めく剣の軌跡から、彼らも負けず劣らずなのが分かる。
右から左へ―――かと思えば上から下へ。
その動きは予想だに出来ない。
幾つもの残光が巨猿を取り囲み、その度に巨猿に切創が増えていく。
絶え間ないその煌めきは、荒ぶる巨猿の四肢を綺麗に躱しながら、縦横無尽に包囲し続けていた。
(すげぇ……。流石、あの『緋刃舞踏』のお墨付きなだけあるな……)
言ってしまえばヴォルス達はぽっと出だ。非常時に加え『緋刃舞踏』の紹介だからこそ奥地の調査を任されただけだ。
内心その実力を疑っていた者も当然それなりにいた。
しかし今は違う。
疑心は晴れ、力の証明はここに示された。
その事実が、この場で懸命に戦う冒険者を少なからず勇気付けていた。
そして、更にそこへ一報が入る。
「《―――ギルド本部より全体へ! 最奥地で調査中の『緋刃舞踏』から報告! 今回の元凶となる魔物を発見っ!! 現在、討伐に取り掛かっているもよう! 繰り返す! 元凶の魔物を発見―――》」
「―――マジかっ!?」
突然の吉報にカークは声を張り上げる。
やっと届いた良い知らせに気持ちが昂ぶってしまった。
そしてそれは通信越しの相手もそうだったようで、少し興奮気味のまま続けて話す。
「《―――更に、魔物の群れも終わりが近いとの報告あり! 奥地は群れの密度が少ないらしい。つまり、ここが踏ん張りどころだ! ……それと、『緋刃舞踏』からの伝言がある―――「クランタを頼んだ」―――だそうだ……皆、幸運を祈る!!―――》」
そう言うと通信が切れる。
連絡のための魔道具を持っている冒険者は多くない。
高ランクや指揮系統を担う冒険者などだけだ。
しかし、この一報が与えた影響は大きかった。
それは吉報だからでもあるが、それだけではない。
『緋刃舞踏』に頼まれたのだ。
誰もが憧れる、あの金ランク冒険者に。
今なら何でも出来る気がする―――
通信を聞いた誰もがそう感じていた。無限に力が湧いて来る気さえした。
そしてそれだけでなく、その伝言は口伝でも色褪せる事なく伝播して行く。
たった一言が、戦いに参加する全ての人の背を押した。




