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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
32/56

第31話 もう一つの戦い (3)

 異形の魔物は、今まさに攻撃を仕掛けて来ている人間を見ながら、沸き立つ焦燥感に襲われていた。



 ミライラの魔術によって魔物は大きなダメージを負ってしまった。

 魔物にとっては非常に良くない事態だ。


 特に、脚をやられたのが致命的だった。


 ダメージを負ったのだって、相手の多い手数を躱しきれなかった結果なのだ。なのに魔物にとって機動力の要である下半身、そこがやられてしまった。

 ここからはより攻撃を受ける事になってしまうだろう。

 もう、悠長に()()などと考えている余裕は無い。



 異形の魔物は、後で暫く動けなくなるだろう事を覚悟した―――。




 ◇



「―――っ!」


 アレクレートは自らが振るう大剣の攻撃が当たる直前、己へ訴えかける危険を感じ取った。

 

「下がれっっ!!」


 咄嗟にドリドへとそう叫ぶと、アレクレートは大きく後ろに跳び下がる。


 その声と同時にドリドも盾を構えつつ下がった。

 魔物から危険な威圧感を感じたのはドリドも同じで、声を掛けられずとも間違いなくそうしていた。

 ただ一つ違ったのは、パーティーの盾役としての意識も働いているドリドは大きくは下がらず、すぐに魔物を抑えれる距離しか取らなかった事だ。



 それが不味かった。


 視界に居た魔物がブレると、次の瞬間には魔物がドリドを吹き飛ばしていた。


「―――かはっ」

「ドリドッッ!!!」


 押し潰される衝撃に肺から空気が一気に押し出され、ドリドは一瞬息が出来なくなる。

 そのまま体が浮く感覚があったかと思うと、無造作に放り投げられたかのような飛び方で宙を舞い、そこに生えていた樹に叩き付けられた。


 樹が大きく揺れ、木の葉が雨のように降り落ちる。

 ドリドは盾を構えていたおかげで何とか致命傷は避けられた。

 しかし、落ちる木の葉の間から現したその姿はボロボロだった。


 盾を構えているはずの右手はだらんと垂れ下がり、盾が意味も無く地面を向いている。身に付けた鎧は特に左脚部分が(ひしゃ)げ、一部破損している箇所もあった。

 額から流れる血が頬を伝う。苦しげに顔を歪ませながらもドリドは何とか立ち上がろうとしていた。

 だが片膝を立てたまま、そこから動けずにいた。


「ドリド! 無事か!」

「ぅぐっ……!」


 頭が揺さぶられた影響だろう。視界が揺れ上手く力が入らない。アレクレートの声もどこか遠くに響いて聞こえる。

 鈍る思考の中、外傷を考えても復帰自体は出来ると、ドリドはそう自己判断していた。

 しかしそれには、決して短くない時間が必要だった。




 ◇



 魔物の魔力は突如、膨れ上がっていた。

 2人が感じた危険とはそれだ。大気をビリビリと震わす圧を、肌で直に感じたのだ。


 そして、その膨れ上がった魔力は()()に変化していた。


 圧の増した魔物の身体は、常にあちこちがバチバチと電気を走らせている。これまで使っていた雷の魔術の応用だろうか。身体強化の類いなのは間違いない。

 急に俊敏性が上がったことで対応し切れず、ドリドは魔物のタックルを喰らってしまった。更にはぶつかった時、接触部からは強く弾けるような電撃が発生しており、それもドリドに強烈なダメージを与えていたのだ。

 


「―――このっ……!」


 エリーナは仲間をやられた怒りを滲ませながらも、変わらず矢を次から次へと降らせ続けていた。

 だが強化された魔物は速かった。

 降り注ぐ矢は、魔物の居た場所へ遅れて着弾していく。矢など気にも掛けていない様子で、エリーナの上空からの攻撃は全て無意味に終わってしまう。

 

(何、急に!! ドリドのサポートが無いとは言え―――)



「速過ぎでしょうが……!」


 怒りの感情に焦燥が混ざる。

 何か策を練らねばと思考が訴えて来ていた。


 しかし焦りで逆に少し冷静にもなったエリーナは、これ以上はいくら《降り注ぐ豪矢(アローバースト)》を撃っても無駄と悟り、方法を変える。


 アレクレートとドリドが魔物に張り付いていないのなら、行動の阻害は上空からでなくても良い。

 弓を空ではなく魔物に向けて引き絞ると、魔力を込めて矢を放った―――。



 ◇




 一方、アレクレートはドリドの元へ駆け寄りたい気持ちで一杯だったが、状況がそれを許してくれない。

 ここで自分までもが離脱するわけにはいかなかった。


(ドリドの奴は無事か!? クソッ……! 行きてぇけど……このバケモンを抑えてねぇと……!)


 もどかしくもドリドへ向いていた視線を戻すと、丁度エリーナが魔物へ向けて矢を放ち出したところだった。

 一点で狙っても当たらないため空間にばら撒くように、魔力で出来た矢が無数に飛んでいく。


 これもエリーナの使える異能、その武技の一つだった。

 無数の矢が飛ぶのは構えて放つ度ではあるが、魔物は避けるために右に左に動かされていた。


「エリーナ! 今行くっ!」

「早くお願い! こいつ……動きが目に見えて変わってる……!」

「分かってらぁっ!!」


 そう気合を入れて吠えたアレクレートは魔物に突撃する。エリーナの放つ矢と連携しながら、血気盛んにどんどん攻め立てる。

 だがいくら大剣を振ろうとも、矢を悠々と避けていた魔物にアレクレートの刃は当たらない。単純に高過ぎる身体能力のせいで、矢も大剣も掠る事すらなかった。



「……チッ、マズイな……」


 攻撃を続ける中、アレクレートは汗を滲ませながら、ボソリとそう漏らす。


(ドリドの離脱はやっぱデカいか……。俺もだが、それよりもエリーナの方も魔力消耗が激しい……あんだけ矢を連発してりゃ、すぐ魔力も尽きるだろうな…………それからミライラは―――)


 離れた位置に居るミライラに一瞬、目線を向ける。

 そこには皆と同じく、焦った表情で杖を構えるミライラがいた。

 そしてその近くには展開中の魔術、《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》によって出来た火の球が2つ浮かんではいたが、魔物を追うミライラの視線に合わせて左右にふらふらと揺れている状況だった。

 

(……ただでさえコントロールが大変な魔術だってのに、魔物の動きも速くなってる……狙いが定まらないのは無理もない―――だが、《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》は必要だ! 別の魔術じゃあ、連携しても結局足止めがせいぜい……いや、既にかなりの魔力を消費した今じゃあ、どちらにせよミライラの魔力が持たなそうか…………悔しいが、もう撤退をし―――っ!)



 突然、魔物が一直線に動き出した事でアレクレートは思考を遮られる。


「―――ミライラ! そっちだ!!」

「っ!!」


 アレクレートの必死な叫びが聞こえる中、ミライラは焦りを見せたままの表情で目を見開いて驚く。


 魔物は、ミライラに向かって迷いなく接近し出していた。



 魔物は狙いは一つ。

 自身に大怪我を負わせた魔術を操る人間、ミライラである。


「クソッッ!!」


 焦るアレクレートは苛立たしげにそう吐き捨てると、魔物を追いかけるため駆け出した。

 だが、既に手の届く距離ではない上、そもそも魔物の動きの方が速い。

 むなしくも2人の間はただ開いていくだけだった。



 だが、それを眺めたままのエリーナではない。


「―――させるわけないでしょ!」


 番えた矢を強く引き絞ったエリーナは、無視するなと言わんばかりにそう叫ぶと、魔物の進行を阻むように矢を放つ。


 矢は放たれた瞬間、帯びた魔力を分裂させながら増殖すると横へ落ちる鋭い豪雨の如く無数の矢となり魔物へ襲いかかった。



「《篠突く裂矢(ストームアロー)》ッッ!!!」



 それは、先程まで魔物に撃っていたのと同じ武技だ。


 しかし込められた魔力の量は多く、放たれた後の矢の数は先程と比べてもさらに増え、より広い範囲へ及ぶ攻撃となっていた。

 そんな怒涛の勢いを持った矢を避けるのは至難で魔物の進路を阻み、牽制にもなる…………はずだった。



「―――なっ!」


 しかし、その目論見は外れる。

 魔物は矢がいくら迫ろうとも、躱すどころか速度を落とす気配すらなかったのだ。


(あいつ……! 正面から受けようっての!?)


 驚くエリーナを嘲笑うかのように迷い無く駆ける魔物は、矢の接触直前にまたも魔力を大きく膨れ上がらせた。



――――――バチバチバチッッ!!



 眩い光が点滅し、何度も弾けるような激しい音が鳴り響く。

 魔物は突き出した腕の先から電撃を放出することで矢を掻き消していた。


「あれは……ドリドがやられた時のと同じ! ―――駄目っ、威力が足りない……!」


 電撃が及ぶ範囲はそう広くないが、威力に関しては見ての通りだった。

 エリーナの武技によって増えたはずの矢は、魔物の放つ電撃を前に次から次へと消されていった。


「くっ! 止められない……!」



「―――ミライラ! 逃げろっ!!」


 アレクレートは叫ぶ。


 魔物からすれば現状で一番の脅威なのだ。ミライラを一直線に狙うのは当然の行動だろう。

 そもそもドリドに邪魔されたせいで狙えなかっただけだ。魔物からすれば、真っ先に潰しに行くのは最初の予定通りでしかない。


 アレクレートはなぜもっと早く気付かなかったのかと、後悔の念が押し寄せる。

 あの時こうすれば、ああすれば良かったと、己を戒める様にいくつもの考えがグルグルと脳内を巡る。


 ゆっくりに感じられる時間の中、アレクレートは遠ざかる魔物を必死に追いかけながら、届かない手を仲間の元へ伸ばしていた。




―――時間がゆっくりに感じられていたのはアレクレートだけではない。

 ミライラもそれは同じだった。


 引き伸ばされた思考の中、ミライラは緩慢な世界で魔物をしっかりと見つめていた。

 しかしそれは、迫り来る魔物にただ動けなかったわけではない。



 ()()()()()()()()()()()()



 相手の狙いが分かっている――――――ならば、やることは一つ。


 魔物に気圧されないよう、睨む様に魔物を見据えたミライラは、改めて強く杖を握りしめる。

 猛り荒ぶる圧を纏い接近する魔物を前にして尚、逃げるどころか動くことすら無かった。


(ミライラっ、何を……!? ―――いや、そうか! あいつ…………()()()()()()()()()()()!!)


 しかしそれに気付いたとてアレクレートに出来ることはない。出来るのは少しでもその歩みを進める事だけ。

 この時ばかりは、弓や魔術のような遠距離に届く何かが欲しかった。




 ◇ ◇ ◇



「―――」


 気丈な心持ちで構えたミライラは、無言で魔物を見つめる。


(――まだ早い……もう少し…………。早すぎても駄目、遅すぎても駄目……まだ……まだ――――――)



 一度きり、命懸けの策。

 ミライラは未だかつてないほどの集中力と緊張感で精神が削られていく。

 側から見れば一瞬の出来事でも渦中のミライラからすれば、この瞬間だけは特に長く感じられていた。


 そして、その時は来る。




「―――点火(ファイア)ッッ!!!」



 その叫びと同時に《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》が爆発する。


 ギリギリまで引き付けてからの点火は、狙ったタイミングとして完璧だったと言えるだろう。


 轟音と共に熱波が広がる。魔物を傷つけた一つ目の時と同じだ。

 《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》は急速に膨張すると太陽のようにメラメラと燃え盛り、触れるもの全てを焼き尽くす。


 ミライラ自身も至近距離で点火したため熱波の影響は受けており、肌を突き刺すような熱さに思わず顔をしかめる。

 それでも魔物を視界から外すことは無い。


 だからこそ、それを捉えてしまった。



 激しく燃え続ける《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》の向こうには、それを直前で回避した魔物がいた。



「―――っ!」


 それは点火する直前―――いや、同時だった。

 魔物は、地に着いた前脚の筋肉が隆起する程にぐっと力を入れると、瞬時に後方へ数歩分跳んでいたのだ。


 駆ける速度を考えても身体には相当な負荷が掛かっただろう。魔物の優れた身体能力を利用した、無茶苦茶な力技だった。

 現に、地面には衝撃で窪みが出来ている。


 魔物にとってもミライラが直前で点火してくる事は予想していた。ミライラの近くには2つの《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》が浮かんでいたのだから当然とも言えるが、その結果の行動だった。


 来た道を僅かに戻り、安全圏まで下がった魔物。

 しかし隙を与える筈も無く、次の瞬間には再び勢い良く前へ跳び出していた。

 今度こそ、ミライラを仕留めるために。




 ただ、その一連の行動は『仄火の契り』にとっても、新たなチャンスになっていた。


「舐めんなっ―――」


 一瞬の出来事ではあるが魔物は距離を取ったのだ。僅かに出来た猶予、エリーナはそこを突く。

 歯を食いしばり、強く番えつつも素早く引ききると、残っている魔力のありったけを注いだ。


「―――《発射(ショット)》ッッ!!!」


 小細工なし。純粋に魔力を込めただけの一矢。

 だが、それ故に鋭く速い。

 一点集中の一撃ではあるが、間違いなく今日一の速度と威力をしていた。


 流石の魔物も、既にかなりの負荷が身体に掛かっている状態でこれを躱す、そういった急な方向転換は出来なかった。せいぜい止まるのが限界だった。


「―――ッガァアア!!」


 魔物は纏っていた電撃を急いで掌に集中させると、その場で踏ん張り矢を防ぐ体勢を取った。



「よし―――()()()()()()()……!」


 それを見たエリーナは不適に笑う。


(そうよね……!止まると思った――――――けど……! ホントに止まっていいの?)


 エリーナの視界には映っていた。




「―――――――――届いた!!」



 全力で駆け続け、追いついたアレクレートの姿が。



「《牙穿孔》ッッ――――――!!!!」


 間合いに届いたアレクレートは突き進む勢いそのままに武技を繰り出した。

 武技を発動した際の加速に、その勢いが乗る。追いつくために走った事が助走となり、武技の威力を何倍にも底上げしていた。


「食らええぇぇぇぇっっっっ!!!!!」

「―――ッグウゥッ!? ッィアアアアア゛ア゛ア゛――――――!!!」



 魔物がけたたましい叫声を上げる。

 その声に魔物の強さや恐ろしさは感じられず、ただの悲鳴でしかなかった。

 


 アレクレートの繰り出した武技は見事、四足で立つ魔物の下半身、その胴部分を突き刺していた。



「ギギィアア゛ッ……!」


 大剣の刺さった傷口からは血が溢れ、魔物の喉奥から苦悶の声が漏れ出る。

 エリーナの放った渾身の矢は何とか止めれたが、その代償は大きかった。


 しかし流石にしぶとい。

 明確に刺さりはしているのだが、強靭な肉体はまるで鋼鉄で出来た鎧の様。ここまでしても深くは刺さっておらず、刀身の半分以上を余していた。

 さらには傷口を塞ぐためなのもそうだが、何より抗うために、力を込める事で大剣がうんともすんとも言わない状態になっていた。


(また剣が―――!)


 魔物は走る痛みを我慢し、咄嗟にアレクレートを視線に捕らえる。

 刀身の半分以上を残していると言っても、ここまで近ければ魔物にとって攻撃の間合いとしては十分だ。

 即座に巡る魔力を高め、仕返そうと動き出した。



 だが攻撃に入るよりも先に、意識の外からそれは()()()()()


――――――ガァァン!!


「ァグッ!?」


 意識外からということもあり、魔物は大きく怯む。

 魔物の上半身となる人型の部分、そこに向かって真っ直ぐと飛来したそれは、それなりのサイズでかなりの衝撃を伴った。


 何事かと、慌てて確認した魔物が見たのは、『()』だった。


「―――!?」


 つい先ほど自分が倒したはずの相手が持っていたものだ。


 吹き飛ばした後、動く気配が無かったため放置していた。

 戦い方から見てもドリドが前衛として敵を引きつける役割を担っているのは明白だ。ミライラに近づく際に距離が離れたため、もう無視しても問題ないと捨て置いたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。



 不意をつかれたのはアレクレートも同じだ。


「これは―――」


 ドリドは離脱したものと考えていた上、魔物ばかりを見ていた。そのため背後から飛んで来た盾が魔物にぶつかるまで気付けなかった。


(―――ハハッ……まさか、本当にこれを使う時が来るなんてな……!)


 アレクレートはこの飛来する盾を見た瞬間、眠っていた記憶がよみがえり懐かしさで溢れる。

 まるで片付けの最中に、幼い頃の玩具を見つけた様な気分だ。


 それは随分と昔、まだパーティを組み立ての頃にドリドと一緒に半分悪ふざけで身に付けた武技だった。使う機会はないだろうと、そんな風に話していたのが懐かしい。


 だが、十分に役に立った。

 ふらふらになりながらも立ち上がり、痛みに耐えながら全力でドリドが投げた盾は、見事に魔物を捉えた。



 今魔物は、大きな隙を晒していた。



(よくやってくれた、ドリドッ!! だったら―――!)


 怯み隙だらけの魔物を前に、アレクレートは脚に力を入れた。

 そして―――


――――――()()()()()()



 何故と、それが視界に映った魔物は疑問を抱くかもしれない。いや、そうだとしても自分に迫る状況にそんな考えも吹き飛ぶだろう。

 しかしその暇もなく、アレクレートは叫んでいた。

 

「行けえっっ!! ミライラァァ!!」




「―――点火(ファイア)ァッッ!!!」



――――――ドオオオォォォォォンンン―――!!



 3度目、最後の爆音が鳴り響いた。


 今度こそ全力だった。

 ミライラの操る最後の《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》は魔物を真中心に捉え、ゼロ距離で爆発した。

 近くにいるミライラ自身もその爆風と熱で後ずさる。爆発時の光もあり、最初思わず顔を背けてしまうも気合で前を向いていた。


 そして受け身の事など考えず、逃げるように跳んだアレクレートも案の定、着地出来ずにこける。

 しかしその視線は《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》の方を向いていた。



 爆発時の強い光で、その場の誰もが一瞬視界を奪われる。

 その間も《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》は燃え盛り、周囲に熱を放ち続ける。

 その勢いはまだまだ収まる事無く、それよりも先に光が落ち着いて来た。




「―――は?」



 そこに魔物は居なかった。


 忽然と消えた魔物に理解が追いつかず、アレクレートから呆然とした声が出る。思わず出たそれは代弁するかの様で、誰もが同じ感情を抱いていた。


(いない……何処―――っ!)


 だがそれも僅かの間。

 燃え盛る《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》を中心に影が落ちる。それは近くに居たアレクレートとミライラにも落ちていた。

 ハッとして空を見上げると、目を見開く。



 魔物は空に居たのだ。



(―――嘘だろ……!?)


 魔物が怯んだ様に見せかけていたのか、それとも怯んで尚避けて見せたのか、それは分からない。


 ただ跳ぶ魔物を見上げながらアレクレートは思い至る。

 どちらにせよ魔物にとって脅威となったのは《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》だけだ。ならばその手札を切るまでは大きく仕掛けて来ないだろうという事だ。

 恐らくアレクレートとドリドの足止めは、《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》があったから成り立っていただけだ。今みたいに空に逃げては良い的になる。

 高く跳躍したのも《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》を使い切ったからだろう。



 魔物の魔力が高まるのが分かる。

 纏う電撃がどんどん激しくなり、青白い光がより強くなっていく。


 デカい一撃が来る―――


 一目瞭然だった。

 このまま勢い良く落下されてしまえば、この周辺ごと自分達も消し飛ぶだろう。今から離れようにも間に合うわけがない。

―――塵も残らないのではないか?

 そう思えてしまう程のものだった。



 走馬灯が走る。

 これまでの様々な思い出が呼び起こされる。


 しかしその最中でも、そこにある感情は後悔、悲嘆、無力感。そういったものばかりで、それは諦めの感情にも似ていた。




 もう誰も打つ手は無かった。

 誰もが空を見上げ、強大な存在感を放つ魔物を前に、ただ死を覚悟する事しか出来なかった。


 そして、止まらない魔物は無情にもそのまま落下し、近くに居たアレクレート、エリーナ、ミライラを消し飛ばす―――






―――ことは無かった。



 真っ直ぐに落ちて来るはずの魔物は突然軌道を変え、明後日の方にものすごい勢いで落下、いや墜落していった。


「―――」


 激しい衝突音が鳴り、土煙と共に強風が辺りを襲った。

 

 状況に理解が追いつかず、アレクレートは混乱して呆然と立ち尽くす。

 死の覚悟までしていたのだから無理もない。



「―――い、いや。何だ今のは?」


 かろうじて何かが魔物に衝突したのは分かったが、実際に何がぶつかったのかは分からなかった。

 すぐに正気を取り戻すと、何が起こったのか確認するため魔物が落ちた方へ顔を向けた。



 倒れ込み呻き声を上げる魔物。

 起き上がろうとする意志は見受けられるが、意識がハッキリしないのか視線がふらふらとしている。

 余程の衝撃だった事が窺える。


 しかしそれよりも真っ先に目に入って来たものがあった。




 そこには、魔物の上に立つ少女がいた。


 



「あれって―――」


 その少女、見た目で言えば『仄火の誓い』で一番背の低いエリーナよりも更に小さい。にもかかわらず、その手に握られた武器は少女より大きな大剣だ。

 分厚く重厚感のあるその大剣で上から魔物を抑えるその姿は、明らかに場違いな絵面だった。


 だが少女の正体を知っている身としてはそれに驚くことは無い。



「―――()()()()()()()……メルースさん」



 そう。

 アレクレートが呟いた通り、彼女こそ冒険者の頂点、その一角。

 最強と名高い金ランクの冒険者―――その一人だった。




「……よく耐えた……」


 メルースはちらっとこちらに視線を向けると、簡潔にそれだけ告げた。



 ただ一言。

 それだけで過剰な程の安心感に包まれる。

 もう安全だと、心の底からそう思えた。



「は、はは……」


 応援が間に合った―――。

 耐え切った―――。


 そう安堵で体の力が抜ける。

 精神的にも肉体的にも随分と疲労が溜まっていたせいで、そのまま座り込みそうになる。

 しかしそうなっても絶対に大丈夫と断言出来る、それくらい心強い味方だった。

 



「ガァァッ!!」


 正気を取り戻した魔物は、身体に乗ったメルースを振り払い起き上がる。メルースを新たな脅威として認識するが、当の本人は睨まれても何でもないようだ。

 それが癪に触ったのかすぐに魔物は猛攻を始める。


 だが結果は言うまでもなかった。

 その様子を見ていたアレクレート達から見ても、どちらが優勢かは明白だった。速さにおいても、純粋な力においてもメルースが圧倒している。少なくともアレクレートにはそう見えた。

 ただ確実に言えるのは、直に決着するだろうという事だけだ。




 もう、何も心配はいらなかった。




 ああ、助かったんだ―――。

 徐々にその実感が湧いて来る。


「そ、そうだ! 皆んなは……!」


 余裕が出来たアレクレートはハッとすると、慌てて仲間の様子を確認する。

 顔を向けた先にはエリーナとミライラが居た。疲労から座り込んではいるが、外傷も少なく無事らしい。

 互いに同じ様に顔を見合わせると、一同ホッと胸をなでおろしていた。


 そして一番心配なドリド。

 その後すぐにドリドが倒れた方へ、離れた所にいる彼へ視線を向ける。



―――そこには、笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへ歩いてきている姿があった。


 外傷が目立つ。傷は一番酷い。無事だとは中々言えないだろう。

 それでもアレクレートは、その姿に心底安堵していた。


 気付けば足は動き出し、ドリドの元へ駆け出していた。





――――――確かに自分達でこの魔物の討伐こそ出来なかった。

 だがそれでも、それでもだ。


 『仄火の誓い』は、与えられた役割を全員で立派に成し遂げたのだ。

~おまけ~

ドリドの盾を投げるだけの武技の発端

「……あんたら得物デカいけど侠所じゃどうすんの?」

「ん? ああまあ、俺は一応サブで普通の剣持ってるけど、ドリドは確かに」

「じゃあ……いっそ投げて武器にするか!」

「いや、タンクのあんたが役割放棄してどうすんのよ……」

「ハハハ! いいなそれ、俺もやるか!」

「ええ……」

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