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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
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第30話 もう一つの戦い (2)

 詠唱が終わり、ミライラの魔術が発動するとそこには、球体状の小さな火の球らしきものが3つ現れていた。

 それは太陽の周りを回る惑星の様に、ミライラを周囲を回っている。

 見た目で言うのならば頼りなく見えてしまうだろう。

 しかし見る人が見れば、如何にその火の球が如何に強力なものかなど、一目瞭然だった。


「皆んな! お待たせしました!」

「―――っ!! はぁ……はぁ……よし……! 反撃開始だ!!」


 ミライラから届いた朗報に、アレクレートは少し顔をほころばせてそう声を上げた。

 息も絶え絶えで相当疲労をしていたが、何とか息を整える。そしてそれは、エリーナとドリドも同じだった。

 しかし誰もその目は死んでおらず、ほころばせた表情からも分かる通り、まだまだやる気に満ちていた。


(体力はまだ問題無い……怪我も殆どかすり傷……。エリーナもドリドも似た感じか―――上々だ、十分にやれる……!)


 アレクレートは状況からそう判断する。実際、大きな怪我などはまだ無い。

 だが油断はもちろんしない。小さなミスでそれが崩れる可能性もあり、体力が有り余っているわけでもない。

 それに何より、ここからが本番なのだ。


「攻撃に転じるぞ! ドリドはそのまま、エリーナは遊撃を頼む!」

「おうよ!」

「了解!」


 消極的な防御一辺倒だったのを攻撃主体に変える。

 防御一辺倒だったためこれまで耐えれていたのだろうが、ここからはそうは行かない。

 優れた肉体を持つこの異形の魔物相手に、ミライラの魔術を当てる必要があるのだ。耐えのままではまず当たらないだろう。

 そのためにも攻撃を主体にし、より大きな隙を作りたかった。

 しかし―――


「―――なっ!」


 今の今までそんな素振りはなかったにも関わらず、魔物は急にミライラの方に向かおうとしていた。


 よく考えれば当たり前だ。

 ミライラの周りを回る火の球、《内包する恒星(エクスペンド・フレア)》はかなりの魔力を有している。異形の魔物が優先的に狙うには十分な理由だ。

 だがそれは逆に考えれば、この異形の魔物がミライラの魔術を危険だと、そう判断したという事になる。

 チャンスはある―――なればこそ、まずはミライラに向く魔物を止めねばならない。


「―――お前の相手は……俺だろうがっ!」

 

 怒鳴り立ち塞がったドリドは、魔物を阻むように大盾を叩きつけた。

 何としても、こいつにはこれ以上進ませない。

 自身を無視しようとする魔物を行かせまいという、揺るぎない意志がそこにあった。



 魔物は力強く叩き付けられた大盾によって進行を阻まれた。

 魔物にとってそれは、ただただ鬱陶しいものでしかない。

 邪魔をするなと言わんばかりに体当たりを繰り出す。先程の様に跳ね飛ばさんと―――



 ガンッ―――と激しくぶつかる音が鳴る。

 だが次の瞬間、魔物は驚愕していた。


「―――っ!」


 そこには体当たりを受けてなお、大盾を構えるドリドがいた。


 あっさりと退けた先程とは打って変わり、しっかりと攻撃を受け止めている。返ってきた衝撃に少しの痺れすら感じたほどだ。


「―――《堅牢(フォートレス)な砦(・シールド)》……ありふれた異能だが練度には自信がある。何のために出来るだけ魔力温存してたと思ってるんだ? ……俺の盾を、簡単に抜けると思うなよ……!」

「ガアァッ―――!」


 ドリドに対し苛立ちを露わにすると魔物は暴れ出す。

 魔物から見てもあの火の魔術は危険だ。真っ先にそれを操るミライラを潰しに行きたい。少し足止め出来る程度では、その方針は変わらない。

 ただ、それを邪魔されたのが気に食わなかっただけだ。

 

(くっ……! 吠えたは良いが……これは持たん……!)


 数度打たれただけで既に武技による盾の輝きが失われつつあり、踏ん張っても後退(あとずさ)るように押し込まれていた。

 だが足止めは足止め。それで仕事は十分にこなしていた。


 魔物に向かって《内包する恒星》が突撃して来る。

 ミライラが操る魔術が射出され、魔物を襲おうとしていた。



 あれに当たるわけにはいかない。どうするべきか―――。

 一瞬、魔物の脳内に魔術で相殺するという選択もよぎったが、それはすぐに捨て去る。魔術を遠くに飛ばすのは魔物の得意とするところではない。つまりは近くで相殺する事になるのだが……魔物には、押し負ける未来しか見えなかった。



 僅かな思考の末、魔物がその答えを出そうとした直後だった。

 後方から詰め寄ったアレクが並外れた動きで、大剣をまるでナイフでも振り回すかのように素早く斬りつけて来た。 

 その速度に魔物はまたも驚く。

 大剣を軽々と扱っているというよりは、全体的な動きそのものが見違えるほど速くなっていた。


 その正体は《身体強化(フィジカルブースト)》。

 これもありふれた異能であり、その中でも特に素早さを強化する事に主体に置いた《身体強化(フィジカルブースト):加速(アクセル)》という異能だった。


 だがそれでも、魔物にとっては追えない速度ではなかった。

 驚いたのは一瞬で、ドリドの大盾に動きを邪魔されつつも、連続で襲い来る大剣の一閃を時に躱し、時に弾きながら見事に捌いていた。



「チッ!」


(分かってたけど《身体強化》してもか……!)


 悔し気にアレクは舌打ちした。

 格上と理解はしているが、やはり悔しいものは悔しい。まるで今までの積み上げたものが否定されている気分だった。


 そしてそれを感じていたのはアレクレートだけではない。


「―――撃ち抜け!《降り注ぐ豪矢(アローバースト)》!!」


 魔物には、エリーナからも矢の嵐が飛んで来ていた。エリーナの異能だ。

 上空に放たれた幾つもの矢が弧を描き、天から穿つ矢となりて魔物に降り注ぐ。矢は仲間に当たる事は無く、相変わらず的確に魔物のみを襲っていた。

 しかし魔物は身体と魔術を巧みに使い、アレクレートとドリドの攻撃の中で降り注ぐ矢すらも的確に防ぐ。


―――やはり強い。

 魔物もやられるばかりではなく反撃もして来ている。少しでもこちらが下手すれば、間違いなくやられるだろう。


「―――でも! あいつにだって隙は必ずある……そうでしょ、ミライラ……!」


 そんな圧倒的な強さを見せつけられても、皆まだまだ闘志は燃えたままだ。

 距離的に聞こえていないのは分かっているがエリーナはミライラへ、そう力強く語り掛けるように呟いた。




◆ ◆ ◆


(ああ……! 本当に私は未熟です……!)


 ミライラは強い悲憤に駆られる。

 未熟な自分に悲観し、未熟な自分に憤慨していた。


 展開出来る《内包する恒星》は、現状3つが限界だった。今も魔力のほぼ全てを消費し発動している。

 その火の球を操り魔物に当たるよう誘導しているのだが、それの制御が中々に難しい。感覚的に言うと非常に重かった。進ませるのも疲労が伴うが、軌道を変える時が一番キツい。振り回されそうになるのを必死に抑え操っていた。

 その上、同時に操れるのは1つまでで、あまり離れた場所にも飛ばせないという欠点もあった。制御出来る距離がまだ短く、本来は後衛だというのに、ミライラは安全圏にいるとは言えない位置に居ざるを得なかった。



 やりましょう―――そう啖呵を切ったにもかかわらず、この体たらく。

 本当に自分が嫌になる。


 確かに勝機があると判断したからそう言ったのだが―――。

 自分がこの程度だなんて十分に理解していたのだが―――。


 それでも、そう思わずにはいられなかった。


 だが下なんか向いている余裕は無い。今やるべき事、それを確実に成功させるためミライラは、決死の覚悟で残る魔力を振り絞った。




◆ ◆ ◆


 矢と剣閃、魔術に打撃が飛び交う。

 広大な樹海の中、ここではその戦いの音だけが強く轟いていた。

 時間にして僅か。

 取るに足らない間だったが、本人達にとってはとても濃く感じていた。

 小さなミスでもそれがパーティの崩壊に繋がる。そんな状況が身体だけでなく、思考の疲労も急速に積み重ねる要因になっていた。



 かすり傷が少しずつ目立ち始めた頃、互いに続く一進一退の攻防―――その均衡が崩れた。


 いくら優れた身体能力を持っていたとしても、手数の多い相手に対応し続けるのは難しいものがあったのだろう。

 魔物の下半身、その後ろ脚のつけね辺りに、上空から穿つ一矢が突き刺さった。


 しまった、と魔物が気付いた時には既に手遅れ。

 衝撃と共に鋭い痛みが走っていた。


「―――ッ!」



 その痛みがほんの一瞬、魔物を硬直させた。


「―――《牙穿孔》!!」


 アレクレートは遂に訪れたチャンスに、武技を即座に発動する。

 顔の高さで地面と並行に構えた大剣と共に、残像を描きながら魔物に肉薄すると、そのまま鋭い一撃を突き出した。

 はっきりとした残像すら残すその武技は、真っ直ぐに伸びる刃の煌めきが残像と一緒に軌跡を描いていた。



「―――ゥガアァッ!!」


 魔物は本来ならリスクを取って受けたりはせず、躱す選択肢を取りたかったが、隙を作ってしまった今の魔物には受け止める以外の道は無かった。大盾や矢が動きを制限していたのも要因の一つだろう。

 吠えた魔物はアレクレートを真正面に見据えると、その大口を開く。


(まさか―――!)



 ガキンッ―――と金属の擦れる嫌な音が一瞬響くと同時に、アレクレートの身体が急激に停止した。

 無理やり停止させられた衝撃がアレクレートを襲う。だが、崩れそうになる体勢をアレクレートは何とか持ち直した。


「っく……!」


 周囲に舞った僅かな砂埃が視界を遮って来る。だがそれはすぐに晴れ、その状況を映し出した。



 魔物は、その鋭い刃の様な歯で噛みついて、ピタリと大剣を止めていたのだ。動かそうにもビクともしない程に。



 アレクレートは信じられないものを見る目を向けたまま呆気に取られてしまう。


 大樹に風穴を刻める威力はあるはずだ。

 自信の持てる一撃を出せる技の筈だった。

 確かに予感はしたが、()()という行動で止められた事実に脳の理解が遅れる。


 その威力の高さ知り、間近で見ていたドリドも同じだ。目を見開いた顔が「冗談だろ」と言っていた。



 驚愕する2人を魔物が待ってくれる筈も無い。 

 魔物は攻撃を防いだ後、すぐ反撃に移り出した。

 アレクレートを投げ飛ばそうと、大剣を咥えたまま身体を振り回そうとして来る。

 咄嗟に防げないと悟ったアレクレートは、宙を舞う覚悟と来るだろう衝撃に備えた。


 だが、その必要は無かった。








「――――――点火(ファイア)!!」


 ミライラがそう叫んだと同時に、魔物のすぐ後ろで大爆発が起こった。

 音と衝撃、それに刹那の光が一瞬辺りを激しく照らす。爆発の近くは熱も強烈で、全てを焼き尽くさんと荒々しく燃える。


「ィギガァァアアアア――――!!!」


 魔物の叫ぶような悲鳴が樹海にこだまする。



 爆発と言っても破裂して消えたわけではない。

 《内包する恒星》が突如大きく膨張した事で、爆発したように見えたのだ。衝撃は、膨張で大気を押し出したことによるものだろう。

 そこで燃える球体はまるで、小さな太陽のようだった。


 巨大化した《内包する恒星》は、強烈な熱を持ったまま触れたものを焼き続けると、今度は用が済んだと言わんばかりに急速に縮小して行き、やがて消えてしまった。

 


 しかしそれが与えた影響は大きい。

 直撃では無かったものの魔物の下半身、その腰から後ろ脚の上部辺りまでを呑み込んで燃えた結果、接触していた箇所は爛れるどころか黒く焼け焦げ、一部ボロボロと炭化した皮膚が崩れ落ちる様子も見受けられた。


 あれでは、動くだけでもキツイものがあるだろう。

 相当のダメージを与えたのは間違いない。魔物は今そこに立っているだけだが後ろ脚は細かく震え、力を込めて踏ん張っている状態だった。


 

 魔物が叫んだことで拘束から解かれた大剣、それを握っていたアレクレートは大剣と共に魔物から離れていた。巨大化した《内包する恒星》の余波に巻き込まれないためだ。

 だがアレクレートは、今の判断はダメだったと自分を責める。


(クソッ、やらかした……!! 何固まってんだよオレは! 止められた瞬間に剣なんか捨ててりゃ、直撃してただろ! オレの判断が鈍いせいで……巻き込まない為にズレただけじゃねぇか!!)


 アレクレートの激しい後悔の通り、ミライラが仲間を巻き込まないように少し早く点火をしたのは確か。

 しかし止められた瞬間に即離れる選択を取れたとしても、あれだけの身体能力を持つ魔物ならば危険を察知し躱していた可能性だってある。

 その場で固まってしまったからこそ、魔物は投げようとしたし、隙が出来たのも事実だ。

 ただそれを結果論だと、それだけのことと片付けれる様な相手では無かっただけだ。


 そんな反省と後悔がぐるぐるとアレクレートの胸の内を駆け巡りはするが、それは後からいくらでも出来る。魔物に僅かな隙も与えないためにも、ここで間髪入れず一気に攻め立てるべきであることは百も承知。

 アレクレートは自分の感情を一旦奥底に仕舞い込み、今は前だけを見ると気を持ち直した。


(……いや! そんなのは後だ―――)



「―――このまま押し切るぞ!!」

「言われなくてもっ……!」


 アレクレートに被る勢いでそう言ったエリーナの言葉通り、言い終わる前にはもう、それぞれが武器を振るっていた。

 


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