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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
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第20話 一時の帰宅

「ディア、ただいまー」


 ディアと呼ばれた女性はロングスカートのメイド服を身に纏っていた。首元に付いたリボンは紫色だが、それ以外は黒のワンピースに白のエプロンと、シンプルなデザインで出来たメイド服だ。

 歩く姿から一礼までその立ち振る舞い全てが凛としており、また人形かと思わせる整った顔つきに陶器の様な肌からも『美しい』という表現がぴったりな女性だ。


「ただいま……と言いたいんだが急ぎでな。またすぐに出る用事があるんだ」

「おや、左様でございましたか。承知致しました。では他の者にもそのように」


 そう言うとディアはスッと壁に寄り、ヴォルスとリンシーが通れるように道を空けた。

 2人が礼を言い再び急足で進みだすとディアは一定間隔を空けて2人に付き従い、一緒に歩いて行った。




 合流したディアを含め、軽く話しながら歩いていた3人は目的の部屋に到着した。

 ドアを開け部屋に入るとそこは、倉庫として使用しているらしくあらゆる物が綺麗に整頓して置いてあった。


 何処に何が置いてあるか分かり易い様にそれぞれ種類ごとに分けて置いてある。だがディアの様な館に住んでいる使用人が、ちょっとした角度のズレなどのやたらと細かい所まで丁寧に整頓していた。

 そのため余計に綺麗に見え、何か物に触るのを躊躇わせてしまいそうになる部屋だった。


 なぜそんなに細かい所まで気を使っているのか、と聞けばそれは「他にやる事が殆ど無いから」と返されるだろう。


 まず、このヴォルスの創り出した館に住んでいる者は少ない。

 ディアを含めた姉妹メイドの3人。それからこの異能で出来た、館本来の役目を果たすために館と同時に生まれ住んでいる者達5人―――「人」と数えない者も含まれているが―――の合計8人だけだ。


 館の広さに対して人が少な過ぎる、というのは感想として間違いない。

 だがこの館ではそれは当てはまらない。


 本来メイドの仕事と言えば料理、掃除、教育などと様々あるが、その殆どがここでは必要の無い事なのだ。

 衣類などは魔術で保護されているため頻繁に洗わずとも良い。それに洗濯も魔術を使用するためそこまで苦労はしなかったりする。

 料理も館に人が少なく、食事を必要とする者が居ないというのもそうだ。娯楽として食べる時もあるが、基本的には主人達が帰って来た時に必要ならするくらいになっていた。

 他にも主人達はあまり帰って来ない、もてなす客人はそもそも来ない、躾や世話をする様な子供などいるわけもない。


 そういった理由から他にやる事が殆ど無い、なんて事になっていた。



「……ポーションは少し多めに持っていくか」

「ボクも予備の装備持って行くんだけど……どこまで持っていこうかなぁ……うーん、この辺の消耗品って今は慎重になっちゃうよねー」

「製作するにも素材を一から探すところから始めなきゃいけないしな……ポーションの(たぐい)なら類似品が簡単に見つかりそうだが―――」

「問題はボクの魔工機だよね〜……」


 はぁ、と心配そうに溜息を付いたリンシー。握った物を手の中で遊ばせながら意味も無く眺めている。

 表向きは普段の陽気さが残って困り気味にしか見えない。だがその内心は不安が拭えない状態だった。


「素材は万が一があるから溜め込んでるけどさ、やっぱ何があるか分かんないし……でもいざこの状況になってみると結構困るもんだね~……」

「今の仕事が片付いたらそっち優先にするか。最低限欲しかった情報はある程度手に入ってるしな」


 ポーションを見ていたヴォルスは、後ろで唸りながら持っていく装備を選別していたリンシーに向かって言った。

 だがこういった素材の事が頭から抜けていたのも事実だ。情報を集めると言いながら忘れていたのだから反省しなければならない。



 そんな事を考えていたヴォルスは、振り向いた事で部屋に置いてある様々な魔工機が目に入った。

 これらは全てリンシーが作った魔工機で貴重なものだ。

 元の世界でもこの魔工機を作れる技術を持った者は少なく、本来であれば簡単に手に入らない無い物になっている。

 理由としては新しい技術で発展途上だったため利用者も技術者も少なかった事が大きい。普通に暮らしたとしても、戦いの中に身を置いていたとしても、まず必要は無いものだが……。

 積極的に研究をしていたのは国の機関くらいなものだった。




 ではその『魔工機』とは何なのか―――

 一言で言うならば、魔道具の一種と答えれるだろう。


 例えば火を着ける魔道具があるとする。

 これは魔力を供給する事で、「火を着ける」命令と「火を消す」命令が出来る様になっている。

 簡単に言えばそれを可能にするために土台となる素材と、魔術を起動するための回路を組み合わせて作られた物が魔道具だ。

 今、ヴォルス達が物を選んでいる部屋にもそういった魔道具が多数保管してある。



 そして、その命令を下せる回路を複数持った魔道具のことを『魔工機』と言うのだ。


 回路となる魔術を素材に刻み、それをいくつも合わせる事で完成する。

 魔道具で回路が複数の物もあるにはあったが、それは複数の魔道具を合わせただけで魔工機とは呼べない代物だ。

 あくまで回路同士を組み合わせた物が魔工機と呼ばれていた。


 一つの回路に刻む魔術の容量が大きくなると素材が崩壊するために回路を分ける必要があるのだが、そうすると組み合わせた時に魔術同士で干渉して壊れたり、動かなかったりする。

 だからその刻む魔術が互いに干渉しないよう、干渉しても大丈夫なように細かく書き換えていく必要があった。

 結果回路が増え、複雑になればなるほど製作難易度も上がっていく事になるのだ。

 


 因みに元の世界では魔道具自体は様々な用途で普及していた。それも魔工機が必要とされにくかった理由の要因になっていた。

 今のこの世界でも魔道具はかなり普及しており、一般の家庭でも使われている。

 他にも特殊な効果がある武器や防具、いわゆる魔剣などと呼ばれる様なアイテムも似た原理で出来ていたりする。

 壊れにくくしたり防御力を上げたりなど、簡単な効果であれば付いている事は珍しくない。むしろ実力のある者ならば基本的にそれが当たり前になるくらいには普及している。

 ただその分、手に入れるにはそれ相応の値段もする代物だ。

 



「うん、素材探し優先してくれると助かるよー。皆にはボクの用事優先させちゃって悪いけどね」

「気にする事は無いさ。他に用事があるわけでもなし……。―――誰かのやりたい事をやる、行きたい所に行く、が方針だしな」

「あはは! いつもの有って無いようなボク達の方針だね」

  

 リンシーもこれが分かっているため、不安が残るのは間違い無いが焦ってはいなかった。

 もういつも通りの明るいリンシーに戻り、迷いながらも引き続き装備を選んでいる。

 


 ヴォルスにはそんなリンシーの抱いた不安がよく分かっていた。


 どうしようか、などと独り言を呟きながら装備を手に取って悩んでいるリンシーに向いていた視線を横に動かす。

 その視線の先に居たのは邪魔にならないようドアの横で待機している、メイドのディアだった。


 背筋をピンと伸ばし、まるで背景になったかと思う程に気配を消していた。

 そこに視線が向けられるとディアは用事ですか、と問いかける様な視線を送り返してくる。

 だがふとディアを見ただけのヴォルスは首を振るとまた作業に戻った。


 (俺達もそうではあるんだが……特にリンシーにとっては、三姉妹は大事な存在だからな―――不安に駆られるのも、その気持ちもよく分かる―――)




 三姉妹の正体―――それはリンシーが作り出した『自動人形』だった。


 リンシーの持つ魔工機士としての知識と技術をふんだんに使い、幾年もかけて完成した人形。

 『自動人形』という名の通り自らの意志を持ち動いている。人と同じ様に生活し、実際に会って会話をしても人としか思えないがその中身は間違いなく機械で出来ている、そんな魔工機だった。

 館に食事を必要とする者が居ないというのは、外から来た唯一の存在である三姉妹が魔工機であるのが理由だ。


 リンシーが心配しているのは、その三姉妹のメンテナンスやもしもの時の修理に必要な素材だ。

 何かあった時に直せないとなると気が気ではいられない。

 それは自ら作り出したからというのもあるにはあるが、要因の一つでしかない。本意は別にあった。


 ただ何にせよだ。

 その感情はリンシーにとって、三姉妹が大切な存在故なのは確かだった。




 暫くしてあらかた欲しい物を詰め込んだヴォルスは、まだ選んでいるリンシーに声を掛けた。


「持って行く物は決まりそうか?」

「んー?そうだねぇ、大体決まったかな」

「ならいいが……俺達もサポートするしあまり深く考え過ぎなくても大丈夫だ」

「うん、ありがと……。―――じゃあこれと、これと……こっちは無くても良いかな……」


 ヴォルスの言葉もあってかリンシーは何を持っていくか決めたようだ。もう殆ど迷う事無く必要な物を魔道具に詰めていった。




 そうして作業も終わりかけた頃、足元の方から何か声が聞こえてきた。


「にゃぁ」


 ヴォルスが声のした方に振り向いてみるとそこに居たのは、艶のある真っ黒な体毛をした猫だった。

 いつの間にか部屋に入ってきていたようで、足元に座りそのくりっとした愛らしい目でヴォルスを見上げている。 


「ああ、シアシャか。ただいま」

「にゃ」


 シアシャと呼ばれた黒猫は再び鳴くと、ぴょんと跳び上がりヴォルスの肩に乗った。そしてヴォルスの身体に顔を擦りつけている。

 傍から見れば帰って来た主人に甘えているかのようにも見えた。


「悪いな、またすぐ出て行かなきゃならないんだ」


 申しなさげにそう言いながらヴォルスはシアシャの顎を撫でる。シアシャは喉を鳴らし目を細めて気持ち良さそうに身を任せていた。

 だがすぐに満足したらしい。合図のつもりか一鳴きすると軽やかな動きで跳び下り、ゆらゆらと尻尾を揺らしながらドアの方へ歩いて行った。

 ドアの足元には小さな出入口、所謂ペットドアが付いている。入って来る時もこれを使ったらしく、同じ様にそこから出て行った。

 

「相変わらず自由な子だねー」

「シアシャらしいけどな。それになんだかんだやる時はやってくれる、頼りになる子だよ」

「ボクももっと撫でたいんだけどなぁ……すーぐどっか行っちゃうんだよね……。―――ってそうじゃなくて。ヴォルス、準備完了したよ」

「よし……なら行くか」

「うん、ちょっと時間かけちゃったしね。早く行こー」


 その言葉通り、すぐに部屋を出て玄関まで来た道を戻った。

 ディアも玄関まで一緒に付いて来ており、見送りをしに来たようだ。


「またしばらく出てくるよディア」

「一段落ついたら帰って来るね」


 ヴォルスはドアノブに手を掛ける。

 そしてその手を捻る前に、振り向いてディアの方を見た。


「じゃあ行ってくる」

「行ってきまーす!」

「はい。お気を付けていってらっしゃいませ」


 別れの挨拶を告げたヴォルスとリンシーはディアに見送られる。

 ディアの表情は変わらず凛としたままだが、2人の事を想っているのは優しい声からも分かった。感情が分かり辛くはあるが、大事に思っているのはディアも同様なのだ。



 お辞儀をするディアに手を振り、ヴォルスとリンシーは扉の向こうへ消えて行った。


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