第19話 ヴォルスの異能
まだ若干薄暗い早朝。
少しばかり肌寒く、地平線の向こうからは青い光が伸び出始めていた。
空気は透き通るように澄み渡り、外から見える樹海は朝露でキラキラと星空の様に輝いている。
瞳に映るそれは神秘的で美しく見る者の目を奪っていく、そんな景色だ。
―――――だがそれは瞞し。
鮮やかな冠とは裏腹に、足先には猛毒を持つ花のように……。
漆黒の闇の中、ほのかな灯りに誘われた獲物を喰らう魚のように……。
その広大な樹海は捕食者の如く、静かに彼らを待ち受けていた―――
◇ ◇ ◇
日が昇ってから間も無い頃、クランタから発った者達が居た。
それは冒険者だ。
実力を認められた精鋭と呼べる者達が何組もおり、それぞれが樹海に潜って行った。
その精鋭達に混ざり、ヴォルス、セツ、リンシー、アスロンの4人も同じ様に樹海に潜っていた。
樹海内部、普段より奥地にある目的のエリアまで来たヴォルス達。
周囲の景色は奥地であってもそこまで変わらない。
樹冠が空を覆わんとする程の大樹がそこら中に聳え立ち、そのせいで陽が出ているにもかかわらず薄暗さがある。だが同時に上からは点々と木漏れ日が差しており、あちこちを照らしていた。
普段との違いを挙げるなら、奥地に来た事で森が深くなったという当たり前の事実くらいだろう。
ただしそれは景色の話だ。
空気感は明らかに変わり、異様な静けさと不気味さが、居心地の悪さを漂わせていた。
「……うん、この辺りで間違いなさそうだねー」
幸い、何の障害にもぶつからずに目的のエリアまで到達したヴォルス達は早速、課された依頼のため動こうとしていた。
ここに来るまで地図を確認しながら先導していたリンシーは、目的のエリアに入った辺りで足を止め、地図を畳んでからそう言った。
4人は樹々が並び立つ中、速度を落とす事無くそれを躱しながら駆け抜けた。
目的地が奥地と言えど出発してからずっと走っていたため、現在はまだ朝に近い時間帯であった。
「ふう……邪魔も入らなかったし、思ったより早く着いたわね」
「ただ、邪魔が入らなかったのは異変の影響もあるでしょうし偏に安心、とはいかないでしょうね」
「ならすぐに準備しようか……館を出す。少し離れてくれ」
到着して早々にヴォルスが何かしようと、樹があまり無い少しばかり開けた空間の方を向いた。
3人は何をするかすぐに察し、巻き込まれない様に後ろに下がる。
それを確認したヴォルスは無言で手を前に突き出した。
すると、掌にちょうど収まるサイズの四角い物体が、ヴォルスの突き出した手に現れた。
それはヴォルスの意志とは関係なく、その場でゆっくりと不規則に回転している。美しく金色に光りつつも、黒く濁った靄らしき模様が、四角い物体に沿って泳ぐように蠢いていた。
「―――《禍いの匣-第三深層域》解放」
ヴォルスがそう呟くと、四角い物体はその輝きを増す。
回転も速くなり、光がさらに速くなったその瞬間―――――
目の前に出現したのは小屋だった。
こじんまりとしたサイズだが小屋にしてはやたらと豪華で、どこか妖しさや不気味さを感じさせる。
魔女でも住んでいるような、そんな感想を彷彿とさせる見た目をしていた。
「じゃあ俺は荷物取って来るよ」
「あ、ならボクも一緒に行くよー。念のため装備の予備の追加欲しいし」
「だったらアスロンとセツはすまないが少し待っててくれ。万が一他のパーティから連絡があった時対応出来ないのは不味いからな」
「では預からせて頂きます」
「ああ、頼んだ」
ヴォルスはギルドから支給された連絡用の魔道具を取り出すとアスロンに渡した。
そして小屋の中に入るべく扉の前まで向かった。
「それじゃ私達は待ってるわ。なるべく早くね」
「はーい!」
元気の良い返事をしながらリンシーはヴォルスの後を追う。
ドアノブに手を掛けていたヴォルスは、リンシーが追いつくのを待ってからノブを捻り、そのまま扉を開いた。
◇ ◇ ◇
扉を抜けるとそこに広がっていたのは、外装と同じく豪華な造りの空間だった。
内部と小屋のサイズを比べると、明らかに内部の方が大き過ぎる。何も知らなければ同じ建物内とは思わないだろう。
それもそのはず。
ヴォルスが生み出したこの建物はその不思議さ通り特殊なものだった。
「やっぱりいつ見てもヴォルスの『武装』はズルいよねー」
改めてキョロキョロと内装を見渡しながらリンシーは言った。
ズルいとは言うが口調は褒める様な話し方で、マイナスの感情はどこにも無い。
「ボクもそういうの欲しかったなー」
《禍いの匣》――――
それはヴォルスが持つ異能で、《武装》って呼ばれてる種類に属している異能。
でもヴォルスの《武装》はよくある《武装》とはちょっと違う。
一般的な《武装》は武器や防具を顕現するのに対して、ヴォルスの持つそれは言ってしまえば武器庫―――そう、使える武器は1つじゃない。
全6層で出来た《武装》で、1層につき1つの武器が入っている。
ギルドでやった試合の時に使ったのも異能で出した武器だし、今いるこの場所もその一つ。
……初めて見た時は「建物が《武装》ってどう言う事?」って思ったけどね。どういうものか知ったらまあ理解はした。
一応は武器というか、分類的には道具になるのかな……いや、建物なんだけどさ。
なんでも元々は1層だけだったらしい。
ボクが初めて会った時には既に5層まであったみたいだけど。
でも層が増えるにつれて段々と増えづらくなってるんだって聞いた事ある。
それはその通りで、それなりに努力と年月を掛けて6層まで増やしてるのはボクも見て来たし、もしヴォルスが人間だったなら寿命が短くてここまでは行けないだろうな、とも思う。
それに壊れたらしばらくは顕現出来ない、っていう《武装》の基本的なルールはヴォルスも同じだし、6つ持ってても1つでも顕現してたり壊れたりしてる時は他の武器が顕現出来ないって制限もあったり、万能では無いんだよね。
何にせよ単純に《武装》としてズルいのは間違いないけど。
「―――って言うかそもそも《武装》って異能自体が便利だよねー。常に武器構えてるみたいなもんだし」
「まあ便利なのは否定しないが……武器を扱う以上その武器についての練度でかなり変わるし、一概に良いとも言えない異能ではあるけどな」
「それはもちろん分かってるよ。何年一緒に居ると思ってるのー?」
軽口を交わしながら、スタスタと慣れた足つきで進んで行く。
2人が並んでも余裕を持って歩ける程の廊下には窓は無く、壁に付いた暖かい色のブラケットライトが辺りを照らしている。床には赤の絨毯が敷かれ、洋館らしいデザインがされた壁には様々な絵画が飾られていた。
「でもやっぱり羨ましいって思っちゃう部分はあるよね」
「それは『隣の芝生は青く見える』ってやつだな。……俺からすればリンシーの技術も大概なんだがなぁ」
リンシーの言いたい事は分かる。ヴォルスも同じように思う事は何度もあった。
しかし今は本気で言っているのではなく、ちょっとしたじゃれ合いの一環で言っているのは明白だ。
足取りこそ急ぎ気味ではあるが、どちらも呑気な様子なのがそれを証明していた。
「ふふん、それはもちろんそうだよ? ボクは自分の技術にはそれなりに自信あるんだから!」
リンシーは胸を張って得意げにそう言った。
ヴォルスはそんな様子のリンシーが微笑ましくも、頼もしくもあった。
その自信から来る実力が本物である事は理解しているし、彼女の向上心に底が無い事も知っている。微笑ましいのは置いておくとして、ヴォルスが頼もしく感じるのは必然だろう。
そうして話していると、正面から足音と共に人影が近づいて来て2人の前でピタリと足を止めた。
「お帰りなさいませ」
そう落ち着いた声と綺麗なお辞儀で出迎えたのは、メイド服を着た女性だった。




