第16話 初の依頼
「セツ!そっち行ったよ!」
「了解!」
依頼の品を探しにさらに森の奥まで来ていた2人は、目的地付近で魔物に襲われていた。
敵はゴブリンの一団。自分達で作ったであろう不格好な装備を身に付け、魔物を従えている。周囲には既に倒した魔物が何体か転がっており、現在も戦闘中だ。
リンシーが合図した魔物は唸り声を上げ、地響きを鳴らしながら猛スピードで突き進んでいた。
それは『チェイスボア』と呼ばれる四つ足の魔物だ。進路上の障害物はその硬い頭と牙で壊しながら、獲物を直線的に追いかける。さらには急な方向転換をして来た相手にも、その強靭な脚力で反射するかのように跳びながら執拗に追跡を繰り返す習性がある。
しかしそんなものセツには関係無い。
迫り来るチェイスボアを紙一重で躱しながら、流れるような動きで刀に掛けた手に力を込める。
刹那、手元に刃の煌めきが視えたかと思うと一閃が走り、静かな空気の切れる音が鳴った。
相手はいつ斬られたのかも分からなかっただろう。突き進む勢いそのままに力尽き、事切れた。
チェイスボアが倒れるのを後ろにセツはリンシーの方へ目を向けた。そこには複数の敵を相手するリンシーの姿があった。
杖を持ち魔術を使う、見るからに上位格のゴブリンが指示を出し、武器やチェイスボアに乗ったゴブリン達を襲わせている。
どうやらまず最初に体の小さなリンシーを仕留めるつもりだったようだ。
だがそれも上手くいっていない。
リンシーはその身軽な体であちこちに飛び跳ねながら回避し、かく乱している。ゴブリン達が攻撃を仕掛けようとも当たらず、むしろ味方同士でぶつかり合ってしまっていた。
その隙も利用し、着実に敵を減らしていく。
手に構えた2本の短剣で斬り、刺し、投げたりとアクロバティックに動くリンシーは余裕の表情をしていた。
「手を貸す必要は無さそうね、リンシー?」
「無いよ、って言っても勝手に貸すつもりでしょ―――っと!」
リンシーは攻撃の手を止めることなく答える。
半分棒読みで言ったセツが、最初から返事を聞く気が無かったのはすぐに分かった。それは付き合いの長さ関係無く、誰でも分かる程露骨な態度だった。
「あら、よくお分かりで」
セツはその通りだと言わんばかりにニヤリとしながら、その腰に下げた刀に手を掛けた。
◇ ◇ ◇
ゴブリンは焦っていた。
狙い易そうな獲物を見つけ、手下に指示を出し、いざ襲ってみると手も足も出ない。次々と味方がやられていくだけだ。
外見は何も強そうに見えない小さな人種。自分達と比べると大きいが、樹海で出会う魔物には及ばない。外見だけで言えば、普段襲う獲物の方が余程恐ろしい。
いつもの様に後ろから指示を出して、魔術で援護しながら追い詰める……その予定だった。それが常套手段でいつも上手くいっていた。
何も通用しない。
手下が武器を振るっても、手懐けたチェイスボアを利用しても、自分の魔術でさえも意味が無かった。ただ淡々と味方が倒されていくだけだった。
最初こそ中々仕留める事の出来ない手下にイライラとしていたが、もうそれどころでは無い。
今更、自分達が何に手を出したが理解した。
このままでは自分が率いる群れは確実に全滅するだろう。しかし、何も出来ないのもまた事実だった。
それを理解したゴブリンの行動は一つ。
逃げる。ただひたすらに。
全てを捨て、生き延びるため無様に走るしかない。その考えで頭がいっぱいになる。
同じ様に怯え逃げ腰になっている手下も、自分が逃げるための囮くらいにはなるだろう。
ならば今のうちだ。
そう決心した上位格のゴブリンはただひたすらに逃げるため慌てて振り向く。
だが後ろを向く途中に視界に入ったのは、背景でしかない木々などでは無く―――――陽の光を反射し輝く刃だった。
◇ ◇ ◇
「これで片付いたかな」
セツは軽く辺りを見渡した後、リンシーに向かってそう言った。
2人は襲って来ていた魔物達を全て倒し終わっていた。辺りにはその死体が転がっており、周囲の静けさから全滅した事が確認出来る。
今見れば小規模と言えど、統率の取れたゴブリンの群れはそれなりの数が居た。
「もう、結局良いところだけ持って行ったじゃん」
「1人だけ逃げようとしてたから。……それに暇だったし」
「えー、そっちが本音でしょ!」
リンシーは短剣を鞘に戻し、臨戦態勢を解いてセツと合流する。
不満げな様相ではいるが、2人とっては珍しくも無いやり取りだ。本心からでは無いのは分かり切っている。
「で、あっちだったよね?」
「うん、そうそう。早く終わらせよ~!」
おー、と言う掛け声と共にリンシーが腕を上げ歩いていく。セツもそれに続きリンシーの隣に並んで進む。
2人とも疲労した様子は一切無く、何事も無かったかのように目的の場所へ向けて歩いて行った。
それからは何事も無く、あっさりと依頼の目的であった薬草の群生地まで到着した。
そこは若干ではあるが水気の多い土地で、湿地とは呼べないものの他よりは多めに水分を含んでいた。樹木の数も他より少なく比較的開けた場所だ。
目的の薬草も周囲を見渡せば群生しており、頼まれた量は余裕で確保出来るだろう。
今回の2人が受けた依頼は薬草の採取だ。
現在、来たる襲来に向けてギルドがポーションの貯蔵を行っており、その一環でギルドから出された依頼だった。
襲来が来る事は依頼を受けた時は知らなかったが、先程ネリアから聞いた情報で2人共今回の依頼理由を察していた。
本来、ポーションを作っている職人達は様々な薬草の栽培も行っているため、このような依頼が出る事は少ない。しかし今回は別だ。通常のポーションに加え強力なポーションも多くの数を確保しておきたい。
だから栽培している薬草だけでなく、天然の薬草も集めて大量にポーションを製作していた。
さらに栽培は強力なポーションに必要な素材は育てるのが難しかったりと、あまり多くの数を調達出来ない現状がある。
そんな理由からギルドは薬草採取の依頼をいくつか出し、その内の一つをセツとリンシーが受けたという背景があった。
セツとリンシーはそれぞれ薬草の採集を進めていた。
あまり激しく動くと水が跳ね泥で汚れそうになるのが嫌らしく、セツは少し動きがぎこちない。だがリンシーはそうでも無く鼻歌でも歌いそうな雰囲気で着々と採集をしていた。
「この辺ちょっとぬかるんでるし、ジメジメしてるしあんまり長居したくは無いわね」
地面を確かめる様にそっと踏みながら嫌そうに言った。
「ボクはそうでもないけど……でもボクの子達くらいは連れて来ても良かったかもねー」
「……そうね。次からはそうしましょうか」
さらっと何でも無いように言うリンシーは、本心ではどっちでも良いのだろう。だがセツは違うようで割と本気で思案していた。
そんな風な雑談を続けていた2人だったがある時、リンシーがふと思い出したように襲来について話し出した。
「そう言えばさ、襲来の事どう思う?」
「んー……どうって言われてもね。大変そうとは思うけど……」
セツは質問の意図が読めず微妙な反応をした。
「ほら、大規模って言ってたじゃん? そもそもどんなのか知らないし大規模って言われても……って感じなんだよね」
「うーん、襲来ねぇ……」
そう呟き考え込む。
セツはさっきネリアに聞いた事、それからギルドでイトリスに聞いた事を思い出していた。思考を巡らせ少し整理してみる。
「……樹海の異変の事も考えると、多分今回の襲来は魔物を従えるタイプよね。大規模っていうのもそういう事だろうし」
「この辺の魔物も集まるわけだもんね~」
「その割にはさっき出会ってるけど」
「あはは、確かに!」
忘れていたとでも言いそうな顔でリンシーが笑う。
「でもこの世界に来た時見たあのゴブリンに比べたら随分と違う……」
「今回会ったのは従えられてるゴブリンで、前に会ったのがはぐれじゃない? 痩せてたし食べ物持っていかれてたのかもよ」
「……あー、なるほど。さっき会ったみたいな統率の取れてるのが周辺の食料を独占してるのね」
「多分だけどねー」
「そうなら元凶の魔物は結構賢そうね」
顎に手を添えた考えるような姿勢で言った。確信がある訳では無く、予想でしかないが。
「統率の取れる部隊を作って、食料とかの資源を確保する……。それを従えてる魔物達に分けて、自分の部隊をどんどん強化してるのかもしれないわね」
「ギルドも元凶の魔物は探してるだろうけど見つかって無いみたいだし、早めに解決しないとホントにまずいかもねー」
「ま、わたし達は詳しい訳じゃないし出来る事やってればいいでしょ」
「そうだねー。それこそギルドが専門なわけだし……」
会話のキリが良いこのタイミングで必要な量の採集が終わった。その手には依頼には十分な量の薬草が握られている。
2人は薬草を一定本数毎に紐で纏め、それをあらかじめ用意していた袋に詰めていった。
後はこれをギルドまで持っていけば依頼は完了だ。
「よし! じゃあ帰ろうか」
薬草で膨らんだ袋を抱えたリンシーがセツに向かってそう言った。
この地に長居したくなかったセツは勿論大いに賛成だ。そそくさと去って行こうとしていた。それを見たリンシーはその行動が可笑しく、少しばかり笑いながらセツの後を追いかけて行った。
ギルドに帰った2人は依頼の報告を終えた。問題は何も無く無事、初の依頼は達成された。
日が暮れるにはまだ時間があったため、2人は昨日と同じく少し街を見て周ってから宿に戻る。そこで今日聞いた『緋刃舞踏』からの要請をヴォルスとアスロンに共有し、問題無く受ける事になった。
次の日、要請を了承した旨をギルドに伝えた際にたまたま居合わせた『緋刃舞踏』の面々に礼を言われたり、前日とは別の依頼をこなしたりして過ごしていた。
そしてその数日後。
ギルドから『大襲来』が来る可能性があると、そう正式に発表が行われた。




