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渡り世のストレンジャー  作者: 瓜橙 南
クランタ都市圏/はじまりの渡り世人
13/56

第12話 大襲来

 12年前――――





◇ ◇ ◇




「えー! トリィ、もう帰っちゃうの?」

「今日はお母さんのお手伝いしなきゃいけないから」

「そっか……じゃあ、また明日ね!」

「うん! また明日!」


 昼も過ぎた頃、2人の少女がいつもの様に遊んでいた。しかし、今日は例外の様で普段より早い別れになったらしい。

 互いに手を振り、バイバイ、とそう言い残し片方の少女が帰路についた。

 



 (もっと遊びたかったなぁ……)


 今日は母親の手伝いがある、早く帰らないといけない―――そんな事を考えていた。

 いつもの帰り道だが、いつもとは違う。遠回りしたり、複数の露店をふらふらと見て周ったり……そんな道草は食わずに、今日は真っ直ぐと帰路を走っていた。


 時折、露店の人に声を掛けられる。顔馴染みで普段よく話す人達だ。たまに善意で食べ物を貰ったりと、お世話にもなっていた。

 しかし、今日はそうはいかない。声を掛けられても止まることなく、一言返すくらいだった。


 (ちょっとギリギリまで遊び過ぎたかも……)


 息を切らしながら走る。家に着くまでにはまだもう少しかかりそうだ。


 そんな時だった。





 突然、遠い背後から激しい鐘の音が、轟音のように何度も何度も響き渡った。


 

 街の隅々にまで聞こえる鐘の音。危機感を煽るこの轟音は誰しもが気付き、例え寝ていたとしても飛び起きるだろう。


 帰路を走っていた少女、幼きイトリスはその轟音に驚き、思わず足を止め声を上げた。

 顔をしかめ、頭の奥に響く音を抑えるかの様に耳を擦りながら、音のする方を向いた。

 

「この音ってもしかして……」


 今もなお激しく鳴り続ける鐘の音を、イトリスは産まれてから一度も聞いたことが無かった。

 しかし、この音が何なのかは知識だけだが知っている。両親や、もっと上の世代の人から何度か聞いた事があった。知っておかなければならないが、滅多に鳴る物でもない。

 そんな記憶が脳裏をよぎった。


「――――間違いない、緊急事態の鐘だ!」


 ドクドクドクと、速く激しいリズムを心臓が刻む。

 口から飛び出てしまうのではないかと心配になる程だった。原因は急に鳴った鐘の音の影響か、それとも危機感からか、或いはその両方かもしない。


 激しく動く心臓をなだめる様に両手で抑えるイトリスは、鐘の方を向き固まっていた。

 それはイトリスだけでは無く、周囲の人も同じだった。だが、その内の一人がハッとし動きだすと、それが伝染する様に広がり皆避難を始めた。


 (……あっ、 私も早く逃げないと……!)


 周囲の慌てた動きが目に入る事で、自分が鐘の音に釘付けになってしまった事を自覚した。

 不安な気持ちで溢れるが、なればこそ止まっている余裕は無い。


 危機感を煽る音を背に、まるで逃げるようにいざ走り始め、一歩踏み出そうとした途端―――






 今度は、鐘の音とは()()()()()()で何かが大きく壊れた。



 (また!? ……いや違う! これ、もっともっと近い所!)


 思わず足がすくみ、また一瞬固まる。

 しかしこれは2度目。何度も同じ事を繰り返したりしない。

 すぐにもう止まらない意志を固め走り出した。


 だが、どうしても気にはなる。

 イトリスは必死に足を進めながらも、恐る恐る音のした方を見てみた。



 そこで瞳に映ったのは、建物の向こう、少し離れた通りから立ち上る煙だった。


 建物で遮られているせいで何があったのかは分からない。だが、何かが崩れる音や人々の悲鳴が、煙の上がる方から聞こえてくる。


 何か大変なことが起きている事を実感するには、それだけで十分だった。


 イトリスは言い表せない程の恐怖に怯えながらも全力で走る。何度も転びそうになるが、それでも足は緩めない。もうよそ見する事も無く、ただただ逃げる事だけを考えていた。


 



「―――えっ」


 しかし、そうはいかなかった。

 視界の先に見える十字路、その通りに建つ建物の陰から突如、大型の魔物が飛び出して来たのだ。


 四足で歩くその魔物は、建物の屋根にこそ届かないが、それでも人と比べると遥かに大きい。唸る口からは長く伸びた鋭い牙が、足先には鉄如きなど簡単に裂けるであろう爪が生えている。

 そして何より、その両方には何かの血が付着していた。滴る血はまだ新しく、何の血であるかは考えるまでも無く明白だった。


 イトリスは一瞬、目の前の現実が理解出来なかった。いや、脳が理解しようとしなかった、と言うのが正しいだろう。

 時間が引き延ばされ、今見えている景色がとてもゆっくり流れていた。



 全てを理解し、思考が動き出した頃にはもう遅かった。急ぎ止まろうとするが、全力で走っていた事も相まって足が絡まり、盛大に転んでしまう。


「痛っ! ……うぅ……」


 咄嗟に手を付き顔は守れたが、手や足など身体のあちこちが痛む。どうやら頭も少し切ったようで頬を血が伝っていく。


 全身砂にまみれ、ジンジンとした痛みで眼に涙が溜まるが、今はそんな場合では無い。

 我慢し急いで顔を上げ立ち上がる……上がろうとした。



 その顔を上げた先に視線が捉えたのは、こちらを射殺すような眼力で睨む魔物の姿だった。




 殺される――――――


 そんな考えで頭がいっぱいになる。

 目が見開らかれ、恐怖で顔が歪む。喉は張り付き、パクパクと動く口からは声にならない声が漏れるだけだった。



 早く逃げるべく手を付くが、力が入らず上手く立てない。恐ろしい魔物を目にし、腰が抜けてしまっていた。

 イトリスは正面に佇む恐ろしい魔物から目を離せず、それでも何とか逃げようと後退る。


 腰が抜け、脚が震え、まともに力が入らずほとんど動けていなかった。

 だが、イトリスが後退るのに合わせるように魔物が一歩、また一歩と近付いて来る。


 ただでさえ歩幅が大きい魔物が、まともに動けないイトリスに追い付くのは容易だろう。

 その鋭い眼光で狙いを定め、いつでも喰らいつける、そんな状況だった。




「―――待て!」


 唐突に声が響いた。

 その声で、両者の動きがピタッと止まる。 


 魔物は声の主の方へ、ゆっくりと首を動かした。


 そこには居たのは、魔物が出て来た通りに立つ1人の少年だった。

 一本の剣を両手で握り、魔物に向け構えている。

 どうやら彼は、魔物を追いかけて来たらしかった。 


「お前の相手は俺だ!」


 再び大きく叫んだ。 

 そんな少年の勇敢さに応えるかの如く、魔物は巨大な体躯でのしのしと地面を響かせながらそちらに向く。

 少年は強い威圧感を感じながらも、一歩も引く事無く立ち向かっていた。

 そして完全に対峙した頃にはもう、魔物は目の前の少年しか見えていなかった。

 

 魔物から解放され一先ず安堵するイトリス。だが、状況はあまり変わっていない。今の彼女には祈ることしか出来なかった。



 始まりは魔物の咆哮だった。

 耳をつんざく様な声で空気が震える。

 思わず目を瞑り耳を塞いだイトリスに対し、少年は苦し気ながらも剣を握ったまましっかりと魔物を見据えていた。

 

 だが魔物の動きは、その巨体に見合わずかなり速い。苦し気な少年を真っ二つに切り裂かんと爪を振るう。


「くっ! コイツ―――」


 速さに追いつけずギリギリで回避した少年だったが、次の瞬間にはもう攻撃が迫って来ていた。

 魔物の攻撃は建物を巻き込みながら止まる事なく縦横無尽に襲い来る。

 どうにか反撃の隙を伺うが、その前に魔物が次の攻撃を繰り出している。隙などは無く、少年は必死に避け続けることしか出来なかった。





 そんなもの長くは続かない。ほんの一瞬の出来事だった。

 魔物の大きな横薙ぎが少年を吹き飛ばしたのだ。


 血が宙を舞い、直前まで少年が立っていた場所に散らばる。そして飛ばされた本人は建物に衝突し、砂煙が舞って見えない。だが大怪我をしているのは見るまでも無く理解出来る事だった。




 魔物は空に向かって勝利の雄叫びを上げる。そして後は作業だ、と言わんばかりの動作でイトリスの方へゆっくりと距離を詰めて来る。


 今度こそダメだ―――そんな思いが脳をよぎった時だった。



「いたぞ! あいつだ!」


 複数の声と鎧が擦れる金属音が聞こえる。1人や2人では無さそうな事が分かった。


 魔物もそれに気付いたらしく音の方を振り向く。だが、その前に飛び掛かった人らによって斬りつけられた。

 半ば不意打ちに会い、痛みと怒りで咆哮を上げる。


「囲んで叩くぞ!」

「余裕がある奴は救助に回れ!」


 助けに来たのは冒険者達だった。

 彼らは暴れる魔物をなるべく住民のいない方へ引き付けながら戦っている。さっきの少年とは違い、歴戦である事は一目で感じ取れた。


 イトリスには徐々に遠ざかる魔物と、こちらに走って来る冒険者が見える。

―――ああ、これで助かった。


 そう安心したせいか、急に脱力感に襲われ力が抜けていった。




◇ ◇ ◇






 私が覚えているのはここまでです。


 私はあの後、救助に来た冒険者の方々によって無事助かりました。

 ですが―――あの少年は残念ながら既に遅かったらしいです。

 しかもまだ冒険者になったばかりだそうで……。目が覚めた後、救助に来てくれた方が教えてくれました。


 事の顛末を話すと、勇敢だった、そんな奴中々いないぞ、と言っていました……。


―――私もそう思います。

 少しの時間だったけど、彼があの時、あの場所にいてくれなければ私は今、生きてはいないでしょう。


 だからこそ私にとって彼は一番強く憧れの人であり、そして――――英雄なのです。



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