死んだら終わりのデスゲームVRMMO ※ただしどうしてもという場合はログアウトしてもよい。
『本ゲームで死んだ場合デスペナルティとして現実世界でも同様に死んで頂くサービスを開始致しました』
今日の正午に始まった世界初のVRMMOの初心者エリアで、小一時間狩りをしていると唐突に最初の街に転移された。
そしてそのままゲーム内メッセージで運営からこのメッセージが来た。
広場に集められた多くのプレイヤーがどよめき、騒ぐ人もいる。
訳がわからなかった。
そりゃそうだ。
ゲームを遊んで、死んだら現実でも死ぬ? 意味不明だ。ゲームは負けても死んでももう一回遊べるもんだろう。
だが同時に、このメッセージが本当だったら、と考えてしまう。
……死にたくない。
まず考えるべきはこのゲームを脱出する方法だろう。
さっさと仮装世界から現実世界に戻って俺の肩から上を覆っているフルダイブ専用ヘッドセットを外すのだ。
やる事を決めると、気持ちが少しだけ落ち着いた。
どうすればログアウトできる?
このメッセージにその条件は書かれていない。
例えば、こう、ゲームをクリアしてエンディングを見るとか。
…………MMOのエンディングってなんだ……?
考えて、メニューボードを開いてその条件の手がかりを探すことにした。
メッセージを開くも、さっきのあれ以外にメッセージは無い。
あと運営から何か情報があるとすれば……【ヘルプ】だろうか。
ヘルプを開くためにメニューボードの【その他】を押した。
すると【オプション】やら【ログアウト】、【クレジット】に並んで、【ヘルプ】も見つけた。
ん? あれ……?
……いや、まさか、そんな訳…………。
誰かが叫んだ。
「おい! ログアウトできるぞ!!」
ログアウトできるんかいっ!!!
いや、このゲームでは敵モブに探知されてない場合はいつでもログアウトできるのだから、当然か。
…………いや、当然ではないような……?
うーん、どうなんだ……?
少し様子見したが、安全かつ確実にログアウトできそうだった。
ログアウトを押したと思われるプレイヤーはβ版の時と同じエフェクトで消えたし、そのプレイヤーはゲームの外からSNSアプリの電話機能で自分の安全を示した。
それに釣られる様にプレイヤー達はそれぞれログアウトをした。
一人、また一人と消えていった。何故か歩いてこの広場を出ていく人もいた。
俺は迷っていた。
このゲームはβ版の頃から楽しみにしていたゲームなのだ。β版でも面白かったし、小一時間だけしかできなかったが正式版も楽しかったのだ。
だけど、命には変えられない。
俺も【ログアウト】を押した。
霧のようなエフェクトで消えていく自分の手をぼんやりと見てると、ふと前にいた少女が目に入った。
青ざめた顔をしていた黒髪の少女は、覚悟を決めたような顔でうなずくと、メニューボードを閉じて広場の外へ走っていった。
◇ ◇ ◇
今回の一連の出来事は『デスゲーム事件』としてワイドショーやネットを騒がしている。
原因は未だに不明だそうで、運営会社と警察が合同で調査してるとか何とか。今日も専門家と芸能人がどーたらこーたら語っている。
経済学者が、今回の事件の影響で運営会社を筆頭に多数のVR系ゲーム会社の株価が暴落してるとか言って。
芸人が、まだヘッドギアを付けたまま意識が無い人が数百人数千人の規模でいるとか言って。
情報系の専門家が、AIが原因なのではないかとか言っていて。
だけど、俺はそんな事よりゲームの中で最後に見たあの子が頭から離れなかった。
ぼけーっとなんとなくテレビを見てると、テレレレンと音が鳴り、画面の上の方に速報のニュースの字幕が流れた。
『デスゲーム事件の被害者が確認される』
ぼけっとしていた頭が急に覚醒して、目を見開く。
続報が流れる。
『被害者は40代男性。午前9時頃、意識不明の状態で発見。ゲームプレイ中と思われる意識不明の人とは違い、ヘッドギアのロックは外れていたため、救急搬送された』
プレイヤーの現状は大体2つに分かれている。
1つ目は普通にログアウトした人で、俺含めてほとんどの人がコレだ。
2つ目はヘッドギアを外さずゲームに残った人で、さっきのテレビで芸人が言ってた数百人がコレだと思う。
ヘッドギアが外れているこの人はゲームから離脱しているはずだ。それなのに意識は戻っていない。
……この人はゲームの中で死んだんだろうか。
ゲームの中では今なにが起こっているのだろう。
あの黒髪の子は、なぜログアウトをしない事を選択したのだろうか。
今もログインしている人達は、なんで彼らはそれを選択したのだろうか。
あのゲームは、プレイする時を待ちに待ったあのゲームは、β版をプレイしたとき面白すぎてのめり込み、現実世界で餓死しかけたあのゲームは。
――事件が解決したら出来ないのだろうか。
◇ ◇ ◇
戻ってきた。
……戻ってきてしまった。
VRMMOの世界に。
はぁ……どうしよう。
まあいいか、ログアウトはできる。
街を出ないなら危険は無いし、外に出ても初心者エリアなら死ぬ訳がない。
大丈夫、死にはしない。
心で言ったその言葉を、今度は念じるように声に出して復唱した。
「大丈夫、死にはし――」
「――あのっ」
「なああぁぁあうおおぉぉおおお!!」
「あっ、その、えっと、ごめんなさい。驚かせるつもりは無くて、その……」
悲鳴を上げながら振り返ると、そこには黒髪の少女アバターが申し訳なさそうに立っていた。
初心者用の防具に身を包み、初期装備の片手剣を腰に吊るしている。
というかこの子、前にログアウトしたとき最後に見た子だ。
「……? どうしました?」
「いや、なんでもないです。えっと、はじめまして、クガって言います」
「あ、わたしはソラと言います。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
そこで会話が止まった。
この始まりの街の広場は、デスゲームが告げられた時と違って静寂に包まれていた。
黒髪の少女アバターは、ゴクリと唾を飲んでから口を開いた。
「……あのっ! パーティーを組んでくれませんか?」
◇
つまるところ彼女の話は、ゲームの攻略を手伝って欲しいという話だった。
彼女はMMOどころかゲーム自体が初めてらしい。ソシャゲすらやった事ないだとか。とんでもなく珍しい人種だと思う。
そんな彼女はどうしてもこのゲームをプレイしたく購入した。と言ってもやり込むつもりはなく、のんびりとプレイするつもりだったらしい。
しかし、デスゲーム化によりゲームの人口が数百人程に落ちた事や、その数百人は命を落とす可能性があってもこのゲームをやりたいという頭のおかしい廃人しかいない訳で。
ゲームもネットも初心者の彼女はパーティーを組むことができずスタートダッシュを逃した。そして人がいなくなった始まりの街を散策していたところ、俺を見つけた。
この街を出られるチャンスだと思い、俺に声をかけたらしい。
それを聞いた俺は、ログアウトしろよと思った訳だが、ログアウトされたらされたで俺がソロプレイを余儀なくされるので黙っておく。
彼女にもどうしてもこのゲームをやりたい理由があるんだろうしな。
ということで、パーティーを組んだ俺たちは武器屋に向かった。
「ソラさんはステータスの成長補正はいじってないんですよね?」
「はい、よく分からなかったのでデフォルトのままです」
このゲームはレベルによって変わるステータスはHPとMPとSPの3つしかない。攻撃力とか防御力は装備で変わるし素早さはステータス上には無い。
んで、このゲームは男女の性別が選べて、女を選んだ場合は成長補正がMP寄りに設定されており、魔法職をやった方がいい。男ならその逆でSP寄りだ。
ただし、これはデフォルトのままの場合の話で、男女平等の観点からアバターを完成させる前ならSP寄りの補正にする事もできるし、サービス前の告知では成長補正を変えるアイテムもどこかにあるらしい。
アバターを作り直させるのもあれだし、俺がデフォルトより更に物理に補正をかけているので2人でパーティーを組むなら彼女には魔法職をやって貰いたい。
「ソラさんは魔法職に向いてるステータスなので魔法使いをやってもらいたいんですけど、いいですか?」
「……?」
ソラは物理と魔法もあんまりわかってなかったようだが、言われるがままに片手剣を仕舞って俺が買った杖を手にした。
まあ、その辺はゲームを続ければおいおいわかるだろ、多分。
そんなソラに杖での攻撃方法を教えてから、俺たちは始まりの街を出た。
◇
「おお……! これが外の世界……」
ソラが初心者エリアの草原を見てそう言った。
初心者エリアの敵なら囲まれない限り俺1人で対処できるから、ここで練習して次の街を目指すつもりだ。
プレイヤーがどの辺りの街に集まっているのか知らないが、出来るだけ早く追いつきたい。2人だけだと限界もあるだろうし。
「そういえば説明書とか攻略サイトとかは見てないんですか? β版のときの攻略情報とか知っとくと便利ですよ」
「あー……買ってからすぐにゲームを始めちゃったのでやって無いですね。説明書も見てないですし……」
なるほど。
なら、この知識の無さにも納得だ。
ゲーマーなら事前情報を集めてからゲームするもんだと思っていたけど、この子はゲーム初心者だった。
そんなソラに数時間かけて基礎から戦闘を教えていると、俺の空腹アラームが鳴ってその日はお開きとなった。
◇ ◇ ◇
VRMMO用ヘッドギアを外して目を開けると、既に部屋には夕日が差し込んでいた。
俺はニュースアプリを開いて、デスゲーム事件の続報を検索した。
ざっと見た感じだが、このヘッドギアは既に販売停止となり、既に運営会社が回収を始めているらしい。
しかし、ヘッドギアはそれぞれが人それぞれの脳に合わせた特注品であり、個人情報の塊であったため購入者の情報は最先端のAIによってロックされており、それを解除するのは運営ですらできないらしい。
そのためヘッドギアの発見は本人や近親者からの申告が主で、思ったより回収は進んでいない。
俺みたいにゲームを続けたくて隠す奴もいるだろうしな。
俺はベットを降りて車椅子に乗り、車椅子があった場所にヘッドギアを隠すようにしまい込んだ。上から車椅子のカバーをかければぱっと見じゃわかんない。
父と母、それから弟と妹と俺の5人で夕飯を食べてる間の会話は少なかった。
食べ終えた後、介護ロボを連れて風呂に入って、ベットに潜り込んで寝た。
明日が楽しみだ。
◇
朝、父と母は仕事に行き、弟と妹が学校に行った後の事だ。
1人で固くなったトーストを食べながらニュースを見ていると、デスゲーム事件の報道が流れた。
そのニュースによれば、昨日発見された人は現在は脳死に近い状態であり、何故そうなったかなどの詳しいことは不明。
また、同じ状態で発見されたプレイヤーが東京と埼玉でそれぞれ一件ずつ発見されたらしい。
完全に死んでる訳じゃないという事に、少しだけ安心してテレビを消す。
部屋に戻って鍵を閉め、俺はヘッドギアを装着した。
◇ ◇ ◇
今日は朝10時に集合という約束をしている。
不登校やってる俺が言うのもなんだが、ソラも中々立派にニートをしている。平日の朝からゲームできるのなんて俺みたいな人種しかいないだろうからな。
と、勝手にそんな親近感を覚えていると、ソラもログインしてきた。
「おはようございます、ソラさん」
「おはようございます。待たせてしまってすみません」
「いえ、そんな待ってないですよ」
と、そんなデートの時みたいな会話もそこそこに初心者エリアでレベリングを開始した。
◇ ◇ ◇
正午になったので昼休憩を取ることになった。
ヘッドギアを外すと現実に意識が戻ってくる。ゲームの中と違って現実世界は暗く感じる。
そんな暗闇の中、母が用意した冷めた昼食を食べる
それを手早く食べた後、長期戦に備えてロボに手伝ってもらいながらトイレを済ました。トイレを怠り最初のフルダイブでやらかしてしまったのは記憶に新しい。……にがい記憶だ。
さて、午後からは攻略を進めて次の街を目指す事になっている。
下手をしたら死ぬ可能性だってある。
でも止まるわけにはいかない。
ヘッドギアを装着して電源を入れると、視界が明るくなった。
◇ ◇ ◇
「あのー……敬語やめませんか?」
攻略に使う消耗品を調達していると、ソラがそんな提案をしてきた。
「確かにタメ口の方がコミュニケーションは取りやすいですけど……見ず知らずの人にタメ口はちょっと……」
と俺が言うと、ソラはショックを受けたような顔をしてうなだれた。
「わたしたち、友達じゃ無かったんですね……」
「え!?」
「いえ、ごめんなさい。初めてこうやってゲームをやって楽しくて、勝手に友達だと思ってしまいました」
んん。
こういう時はどうするのが正解なんだろうか。わからん。こういうのには詳しくないんだ。
「いや、えっと。俺も友達だと思ってます。でもネットゲームは顔が見えない声も聞こえない相手とプレイする訳で、誰とやるのでも敬意を持つのが大事なんですよ」
どっかのブログにあったネットゲームの心得その5にこんな事が書いてあった気がする。
「でも声はこうして聞こえてますし、顔も本物ではないですけど表情とかはちゃんと再現してるじゃないですか」
「確かに」
確かに。
VRMMOではネチケットとか気にするより現実っぽく接した方がいいのだろうか? うーん、わからん。
俺もソラの事を友達だと思ってる訳だし別にいいのかな。
あっ、でも歳上だとあれか。
こんな時間からゲームしてる訳だし、高二でニートしてる俺より10個以上歳上の可能性もある。
聞いてみるか。
「ちなみになんですけど、ソラさんっておいくつなんですか? 俺は17歳で高校二年生なんですけど……」
「高校一年生です。まだ誕生日が来てないので15歳ですが」
まさかの歳下。
まあ、ならタメ口でいいか。顔も見えるし声も聞こえるんだから。運動部みたいな堅い仕来りはこの世界に似合わない。
「あっ、でも1つ先輩ならさん付けはした方がいいかもしれない」
そんなソラの言葉でこの話題は締め括られた。
◇
少し距離が縮まった午後2時、俺たちは初心者エリアの端っこに立っていた。
「繰り返しになるけど、この森の中の敵はこれまでより1段階強くなる。それに木が死角を作るし、さっきまでよりかは足元も悪いし、罠もあるから気をつけて」
「はい!」
フォーメーションは俺が前衛で、ソラが後衛。
といっても前衛と後衛の間はほぼゼロで、RPGのマップ移動の時みたいにピタリとついている。
時々ソラが木の根につまずいたり足を滑らせて小さく悲鳴を上げるが、進行に支障は無い。
重要なのは敵に囲まれないようにする事だ。
それさえ避ければ、死ぬ事はない。
そういう訳で。
「ソラ!」
「は、はいっ! 『ファイアーボール』!!」
敵は見つけ次第、俺が接近し抑えてソラが魔法でサクッと仕留めていく。
使う魔法は最初から使える○○ボール系の物を使う様に指示している。同じく最初から使える初級攻撃魔法の○○ランスより威力が高いし当てやすいって攻略サイトに書いてあった。
そんな探索を続ける事、十数分。
順調に進んでいるので安全確認をした洞穴で休憩を取る事になった。洞穴は中を確認して敵がいなければ安全に休憩ができる。敵がいたとしても倒せば休憩できる。
肉体は疲れてないが、精神面で疲労しているし、ひとつのミスが命取りになってしまう。
次の街までは最速だと大体20分弱くらいだが、休憩や安全マージンを含めて1時間を目標に進む。
ソラも段々と慣れてきたのか、2回目の休憩を取る頃には木の根につまづく事もなくなった。
そして3回目の休憩を取る頃には目に見えて余裕が出てきていた。
だからだろう。
4回目の休憩を取る直前、俺たちはミスをした。
まず、ソラがゴブリンが仕掛ける鳴子の罠を盛大に鳴らした。事前にその存在をソラに知らせてはいたものの、実物は見ていなかった訳で、きっちりと教えていなかった俺のミスだ。
焦ったソラは集まってくる敵に対して魔法をドンドン放っていった。闇雲に撃った魔法は半分以上が当たらず、ソラの魔力は切れた。
大ピンチである。
「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい」
ソラはパニックに陥っていた。
俺もパニックになったソラを見て、逆に冷静でいられた。
落ち着け、鳴子の効果は既に終わっている。脅威はゴブリン15体だけだ。
β版の時は鳴子で敵を集めて倒して経験値を集める、通称鳴子狩りだってやっていた。だから落ち着けば大丈夫。
ここは鳴子狩りの手順を踏襲しよう。
鳴子狩りは鳴子で敵をポップさせた後、手頃な洞穴に逃げて囲まれない状況に持っていき敵をなぎ倒していく狩りだ。
手頃な洞穴というのが曲者だが、次の休憩で使おうと思っていた洞穴がすぐそこにあるはずだ。安全確認はしていないが、大丈夫だと思うしか無い。
「ソラ! 走れるか?」
「あ……あ、はい、がんばります」
ソラはそう答えたが、ダメそうだった。
よし、背負って運ぼう。
鞄から取り出した煙玉を叩きつけて白い煙を森に漂わせる。
そして煙幕の中、前方のゴブリンの頭に1発、その左右のゴブリンの胴体を切りつけて、俺はソラを背負って走り出す。
できる限りの全力疾走で森を駆け抜けた。
◇
洞穴に着いたのでソラを下ろすと、ゴブリンから離れたからかソラも落ち着いていて口を開いた。
「ごめんなさい、わたしのせいで」
「気にしないで、お互い様だし」
半分くらいは俺のせいでもあるのだから本当に気にしないで欲しい。
「……すごいですね。あの全力疾走。わたしは1人で歩くのですらおぼつかなかったのに」
「まあね。走るのは得意だったから」
「だった……?」
「事故で下半身が動かなくなっちゃってさ。陸上部だったんだけど退部して。だから、まあ、現実みたいに動けるこのゲームに手を出しちゃった訳だけど」
死んじゃうかもしれないのにね、と自嘲気味に言った。
それを聞いてソラは「そうなんだ」と呟く。
そして「わたしも」と続けたその言葉を俺は遮る。
「時間も無いし、過去話はここまでにしよう」
俺がそう言うとソラはハッとしたあと神妙に頷いた。
「鳴子トラップは全滅するかされるまでずっとこっちを追い続けてくるように設定されてるんだけど、今ならモンスターの視界外だからログアウトはできる。するなら再発見されてない今しかないけど、どうする?」
メニューウィンドウを出しながらソラに聞いた。
ログアウトするなら今だ。
なんとか洞穴に逃げられたとはいえ、俺たちは消耗しすぎた。ゴブリンに追いつかれたら命の保証はない。
ここでログアウトすれば詰みセーブになるけど、それでも死ぬよりマシだ。このゲームを遊べなくなるのは嫌だけど、それでも死ぬよりはマシだ。
そんな俺の言葉にソラは最初に俺が見た時の様な顔になって首を振った。
「わたしはしません。死んでもやりたかったから、このゲーム」
その言葉を聞いて、ハッとした。
他の意識不明のプレイヤー達もそう思っていたのかな、と。
俺がまたログインしたのも、俺も死んでもこのゲームをやりたかったからなんだ、と思った。
「わたしに取って、このゲームは暗い現実に差し込む唯一の光だから。暗い現実で生きるくらいなら明るい仮想世界で死にたい」
その言葉に俺はうなずき、アイテムウィンドウに切り替えた。
◇
そうと決まれば、使い切ったソラのMPと俺のSPの回復だ。
完全回復は無理だったが、ポーションやらなんやらでどちらも半分までは戻せた。
1分もしない内に洞穴に向かって来たゴブリンを見ながら、俺とソラは気合いを入れた。
戦闘は前と同じだ。
俺が前衛で抑えてソラが後衛で魔法を当てる。ただ俺の体力もソラの魔力も心許ないので、省エネを意識する。
20秒ぐらいかけてゴブリンをやっと1匹倒した。
15秒経って次の1匹。
そんな感じで数分経って、ゴブリンの数が残り半分になった時。
意外といけるじゃんなんて俺が思った時、ソラが叫んだ。
「後ろに何かいる!」
ソラの後ろ、つまり洞穴の奥。
いるのはオークだろうか。着いた直後に来なかったから油断していた。寝てたとか? それでゴブリンとの戦闘音で目を覚ましたとか。……くそっ。
オークとはβ版では何度か洞穴の奥で戦った。洞穴には1匹しかいなくて、1対1なら時間はかかるが今のステータスでも確実に倒せる。経験値が美味しいし、ギリギリのバトルになりやすくハラハラ感が楽しくてよく戦った。
だが今回は外にゴブリンがまだ7匹いる。ギリギリもハラハラもいらない。
どうする? ここままじゃ挟み撃ちだが、前衛が俺1人じゃ両方を相手にできない。
そう迷っていると、ソラが更に言葉を続けた。
「ゴブリンはわたしがなんとかするから、奥のやつ、お願いします! ダメそうならわたしがおと――」
「いや、大丈夫。ゴブリンは頼んだ!」
迷っている時間は無い。
俺は返事をしてソラと立ち位置を入れ替えた。
◇
クガさんがいなくなって1人でゴブリンと戦うのは、正直すごく怖い。
ゴブリンの造形自体がなんというか気持ち悪いし、まだまだたくさんいるし、ビビってちびりそうだ。いつかの様に現実ではもう出てるかも知れない。
……トイレはちゃんと行ったからそれは無いと信じたいけれど。
でも大丈夫。
クガさんに教えてもらった杖での戦いはわたしにすごくしっくり来てちゃんと敵を倒せてる。それにクガさんが洞穴の奥の敵と戦うのだから、わたしも戦わないといけない。
もう決めたんだ。あの時、あの広場で。
死ぬかもしれなくても、それでもこのゲームを遊ぶんだって。
この世界の景色を、この目で見るんだって。
「『アイスランス』!」
洞穴に声が響いて、氷の槍がゴブリンを貫通していく。
◇
ソラが放つ魔法が聞こえて、俺はオークと相対する。
足場は湿っており良くは無いが、問題ない。事故に遭うまで俺は雨でも雪でも、地面が泥だらけになってても走っていたんだ。
俺が死に物狂いで鍛え上げた足腰の感覚は、この程度で不利になるほどヤワじゃない。
大きく横なぎしてきたオークの戦斧を屈んで躱し、俺は剣で切り上げて反撃する。
ただ剣を振るだけで消費していくSPを気にしつつも着実にオークのHPを削る。
近接職にも魔法の様なスキルが無いわけではない。だが、初級剣技はSP消費が大きいので今は使えない。
ソラの為にもはやくオークを倒さないとという焦りと、焦ってミスしたら逆にオークに倒されてしまうというジレンマが頭を支配する。
そんな風に戦闘に集中できてなかったからだろう。
湿った岩場に足を取られた。
転びはしなかったのが幸いか。
しかしオークはその隙を逃さず戦斧を振りかぶる。回避はできそうにない。
俺は剣を構えて戦斧を受けた。
ギィンと馬鹿でかい金属音がして俺のHPが2割ほど削れた。2割しか減らなかったのは幸運だった。
だが、同時に不運も起きた。
減ったHPを戻そうとポーションに手をやったとき、剣が砕けるエフェクトが視界に入った。
「クガさん!!」
俺はソラの声を聞いて、さらに事態が悪くなったのではないかと思った。例えばソラがゴブリンに押されているとか。
そうならないために俺はさっさとオークを倒さないといけなかったのに。
「これ、使って! わたしは大丈夫だから、なんとかなってるから! 安心してください!」
ソラは戦闘の合間に鞄から最初会った時持っていた片手剣を俺の方に転がした。
オークの戦斧の振り下ろしを転がって躱して、ソラの方を見ると既にゴブリンを2匹倒していた。
俺は片手剣を拾ってオークと向かい合った。
◇
結局、それから3分と低級HPポーションを4本使ってオークを倒し切った。
振り返ると、ソラは2匹のゴブリンにアイスランス貫通させて倒していた。
威力が低いランス系魔法にはそういう使い方があったらしい。
そしてその2匹が最後のゴブリンだったようで、振り向いたソラと目が合った。
「やった! やりました! 倒せた!」
「ああ、うん。少し休憩しよう。もうここは安全だし少し疲れた」
長めに休憩をした俺たちは、気を引き締めて攻略を再開した。
◇
残りの森を歩いている間、特に問題は起きなかった。
もう罠には引っかからなかったし、ゴブリンの群れ以上の敵は森にはいないのだ。
そうして、森の中にある、エルフの街ギノツに俺たちは着いた。
ギノツの門を通って安全圏に入ると、エルフのNPCだけでなくプレイヤーもたくさんいた。
エルフを口説こうとしてる人とか。
酒場の様な場所で顔を赤くしてジョッキを掲げる人とか。
木と木を繋ぐ吊り橋の下を陣取りエルフのパンツをのぞいている奴とか。
そんな活気に満ちた、紛れもない街を見て俺はゲームのこれからに胸が躍った。
そして、たぶん俺は死ぬまでこのゲームを遊ぶんだって、そう思った。
そのまま歩いているとエルフの街の中心部にある広場に着いて、俺たちは適当なベンチに腰を置いた。
「とりあえず今日はこの辺りでお開きにするか」
「え、もうちょっとだけやりません? 新しい街だよ」
「俺も散策したい気持ちはそりゃあるんだけど、ちょっと時間がな」
アクシデントもあってもう時刻は4時になろうとしているところだ。
そろそろ親や弟妹が帰って来ていてもおかしくない。部屋の鍵は閉めてるけど万が一がある。このゲームをやってる事がバレるのは色々と非常に不味い。
そんな事を手短にソラに説明すると、納得したような顔になった。
「あー……そりゃそうですよね。ならわたしもログアウトしようかな」
「時間があるなら街を散策してもいいんだよ? 街中なら死ぬ事は無いんだし」
「いや、やめときます。せっかくの新しい街だから……クガさんと一緒に街を歩きたい、です」
「そっか……っと時間がやばいな。じゃ、また明日、今日と同じ時間で!」
俺は【ログアウト】を押して、自分の手足が霧状に消えるのを見てると、ふとソラの顔が目に入った。
ソラは顔を赤らめながら「これってデートの約束みたいですね」なんて呟いてからメニューボードを開いて、ソラの手足は霧状になっていった。
◇ ◇ ◇
ログアウトすると、相変わらず現実は暗かった。
わたしは手の感覚を頼りにヘッドギアを取り外す。
「……カーテン、開けてくれる?」
そう声を掛けると、家に搭載されているスマートAIが「かしこまりました」と言って自動開閉式のカーテンを開けてくれた。
強い西陽があったかく感じるが、相変わらず何も見えない。
わたしの顔は今も赤いだろうか。
「あと、ラジオもつけて」
また「かしこまりました」と言い、スピーカーからラジオが聞こえてくる。
ニュースをやっているようだ。アナウンサーがデスゲーム事件の危険について語っていて、回収への協力を呼びかけている。
それを聞いても、わたしはヘッドギアを手放そうとは思えなかった。
今だって家族にバレないよう、ヘッドギアを隠しているし。
わたしは生まれつき目が見えない。
だから、初めて見えたあの仮想世界を諦めるつもりは無い。
「デスゲーム事件についての速報です。本日午後3時ごろ、ヘッドギアを外した状態で意識が戻らない方が神奈川県で発見されました。これで同様の症状は4件目。原因は未だ不明ですが、いずれも脳死に近い状態との事です」
でも、怖いな。
死んでる訳じゃないとはいえ、もしわたしがそうなったら父も母も悲しむだろう。
「……チャンネルを変えて。えーっと、ニュースじゃないやつ。あんまり暗くないやつね」
スピーカーが「かしこまりました」と言ってチャンネルを変えると、ラジオから「リクエストありがとう!」とテンションが高めのパーソナリティの声が聞こえて、楽しげな曲が流れ始めた。
今日は楽しかった。
長いフルダイブで精神的に疲れたし、クガさんに迷惑もかけた。自分が嫌になりそうな時もあったけど、でも楽しかった。
ギノツに着いた時は、他のプレイヤーがたくさんいて、全員が楽しそうにしていて、胸が高鳴った。
たぶん死ぬまでこのゲームをやるんだろうなって、そう思った。
ベッドの上でそんな事を考えていると、疲れからか眠くなって来て、わたしは布団を被る。
明日はもっと楽しくなるといいな。
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