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窓ぎわの東戸さん~親戚の東戸さん~

作者: 車男

 ひいおばあちゃんが亡くなった、と聞いたとき、僕は悲しさなどの感情を抱くことはなかった。今年で14歳になるけれど、ひいおばあちゃんと最後にあったのは僕が幼稚園を卒業した時が最後らしい。道理で、まったく顔を思い出せないはずだ。卒園記念として買ってもらったというお皿は、今も僕の家の食卓に並んでいるらしい。

 お葬式は亡くなった翌日に執り行われることになった。最近は家族葬をする場合が多いそうだが。ひいおばあちゃんは生前、かなりの人と交流があったらしく。僕たち親戚一同だけでなく、かかわりのあった人達なるべく多くの人に送ってもらいたいという、おばあちゃんたちの意向もあって、かなりの参列者が訪れていた。お通夜だけの人もいたらしいが、日曜日のお葬式には、あいにくの雨だったにもかかわらずだいたい50人くらいの人が来ていた。会場となった知り合いのお寺には、朝早くから続々と参列者が来ていた。僕たち家族は、そのお寺に近いところに住んでいるという事情から、受付や会場のお手伝いをすることになっていた。主にお父さんとお母さん、高2になる姉で会場の設営や参列者の相手をして、僕はお寺のお坊さんと一緒に受付を担当することになった。開始まであと10分、参列者の列がようやく途切れたとき、またひとつの家族がやってきた。夫婦と、2人の姉妹。姉の方は僕と同い年くらいかな?学校の冬制服に身を包み、11月のこの季節にはまだあまり学校では見ない、黒タイツを合わせていた。靴は白いスニーカーだ。中学生だろう。妹の方もフォーマルな格好にストラップシューズ、黒いソックスを履いていた。代表してお父さんに書いてもらった名前は、「東戸」さんというらしい。ひいばあちゃんの苗字ではないので、お母さんのほうが孫とかにあたるのかな。記憶の中ではたぶん一度もあったことのない親戚だ。僕としては、今日の参列者の中では顔見知りの方が少なかった。

「ありがとうございます。会場は畳ですので、靴を脱いでおあがりください。イスが必要な場合はお申し出ください」

4人は会釈をすると、静かに会場内へと入っていった。黒タイツの女の子も、スニーカーを手を使わずにスポスポと脱ぐと、きちんとそろえてる。その様子をじっと見つめていたせいか、再び立ち上がったときにふと目線があってしまった。慌てて目線を逸らして、またそっとその子に視線を向けると、にこっと会釈をしてくれた。僕のクラスにはいないような、かわいらしい女の子だった。肩まで伸ばした、やや茶色がった髪、眠たげで優しそうな眼。背は小さく、足は細かった。黒タイツの足先や、かかとの部分から肌色が透けているのが何とも良い。

 間もなく式が始まろうというとき、僕はお父さんに手招きされて会場内へと戻った。最後尾に空いている座布団があったので、お父さんと並んでそこに座った。お母さんと姉は前の方にいるらしい。司会の人が会式を告げ、やがてお坊さんの読経が始まる。退屈だな、と思いながらあたりを見回すと、斜め前に先程の女の子が座っているのに気が付いた。下の方に視線を向けると、正座して見える足の裏を、スカートなどで隠すようなことはしておらず、黒タイツに包まれた足の裏が丸見えになっていた。足先やかかとの部分は肌色が透けて、畳がいくつかくっついていた。正座で足がしびれているのか、足の指がしきりにくねくねと動いている。読経に合わせて、くね、くね。くね、くね・・・。僕はいつしか彼女の足の裏から目が離せなくなっていた。

 読経が終わり、お焼香に移る。人数が多いので、家族などでまとめてやっていくことに。座ったまま順番を待っていると、前の彼女は正座を崩して横座りになっていた。両足の指がくね、くねと動く。手で足の裏をぐっと握ってみたり、さすさすとなでてみたり。そんな様子を眺めていると。彼女たち家族の順番がやってきた。僕とお父さんも、何人か挟んでその後ろに並ぶ。彼女は立って列に並んでいる間も、片方の足をもう片方の足にのせてみたり、足の指をぐにぐにと動かしたりしていた。お焼香を済ませて戻ってくると、彼女は再び横座りをしていた。先程座っていた時と比べ、畳や木くずなど、足裏についているものが多くなっていた。

 親戚何人かのあいさつなど一連の流れが済むと、お葬式は終了し、出棺。僕たち親戚は火葬場までバスに乗って移動する。お父さんと一緒にバスに乗り込むと、先程の女の子も乗っていた。僕とお父さんは、通路を挟んで彼女の隣の列に座る。ふと横を見ると、彼女は眠たげな様子でうとうと。足元に視線を向けると、急いでいたのか、かかとを踏んでいたスニーカーを脱ぎ、黒タイツの足をその上に乗っけていた。相変わらず、足先はくね、くねと動いている。火葬場まではバスに乗って20分。彼女は発車してすぐに眠りに落ち、着いたころには隣にいる妹さんに頭を叩かれながら起こされていた。

 納骨までは時間があるらしく、待合室でお茶を飲みながら待つことになる。待合室に入ると、彼女の姿を見つけた。堅苦しい雰囲気はいったん終わったのでリラックスしているのか、体育座りになって、おせんべいをかじっていた。残りの場所があまりなく、僕は彼女の横に座ることになった。僕の横は姉だ。

「一太郎、眠くない?あたし、やっぱりだいぶ眠いわ・・・」

お通夜からお手伝いを頑張っていた姉はかなり眠そう。隣の彼女はというと、妹さんと楽しげに話しつつ、黒タイツに包まれた足先を触っている。

「あー、そこにいるのは東戸さん姉妹じゃない?」

「え・・・?ど、どちら様でしょう・・・?」

姉が彼女に声をかける。驚いた様子でこちらを見る東戸さん。

「あたし、いとこの草間だよ!草間、一葉!覚えてない、かな?」

「草間さん・・・。・・・あ!一葉さん!」

どうやら姉と東戸さんは顔見知りの間柄だったらしい。ということは、僕と彼女は、いとこ・・・?

「なつかしいなあ。最後にあったの、あたしが小学生の時だもんね」

というと、僕は小学校低学年かな?彼女と会った記憶がない・・・。

「あ、こいつは弟の一太郎!覚えてる?一回しかあってないんだっけなー」

「一太郎くん・・・。こんにちは!」

「こ、こんちは・・・」

僕の方を向くと、東戸さんはやさしげな笑顔であいさつしてくれた。か、かわいい・・・。恥ずかしくなって、思わず横を向いてしまった。テーブルの上には、おにぎりやお茶菓子が並んでいる。東戸さんや僕が先程からぱくぱく食べていたせいか、僕たちの周りだけ減りが早い気がする。

 それから姉と東戸さんで女子トークで盛り上がり、僕は時折話を振られてうなずくか一単語で返すかという時間が過ぎ、納骨の準備ができたということで、納骨室に向かうことに。東戸さんは黒タイツのまま地面に降りると、自分のスニーカーを探してかかとを踏んで履いた。妹さんはストラップシューズに足を入れ、ストラップをパチンと留める。

「ちょっと姉―、親戚の人もいるんだから、靴ちゃんと履いてよー」

「だ、だって、タイツなんか普段履かないし、ちゃんと履いたらむずむずするんだもん・・・」

「あとちょっとだから!我慢、だよ姉!あたしだって、ほんとは靴下脱いじゃいたいけど・・・」

こそこそと話をしているが、真後ろにいる僕にはその声が聞こえてきた。そっか、普通はタイツじゃなくて、靴下派なのかな・・・?

 ひいおばあちゃんのお骨はとても小さくて、とても細かった。一つ一つを骨壺に詰め、ふたを閉じる。これで、一連の流れはすべて終了した。

「それでは、再びお寺へと戻ります。また20分ほどかかりますので、お手洗いに行かれる方は今のうちにどうぞ!」

「あ、じゃあ私ちょっと・・・」

「あたしも行く!」

お寺へと帰るとき、東戸さん姉妹はトイレへと急ぎ足で向かっていった。

「一太郎は大丈夫?お寺よりこっちのトイレの方がきれいだよ」

姉の助言もあって、僕も行っておくことにした。少し遅れて向かったせいか、僕がトイレに入るのと同時に、東戸さん姉妹が出てきた。出会った瞬間、先程までとの違いに気づく。先程まで彼女の足を覆っていた黒タイツが消え去り、まぶしい素足が露わになっていた。その素足はスニーカーまで続いている。履いていたタイツは右手にもち、靴下も履いていない・・・?妹の方も、黒いハイソックスが消え、素足に、ストラップシューズという格好に。靴下やタイツが濡れたのだろうか?二人同時に・・・?

その光景が頭から離れないまま用を足すと、すでにみんなバスに乗り込み始めていた。帰りも息とだいたい同じ座席に座る。通路を挟んで横にいるのは、東戸さん。座った途端、スニーカーを脱ぎ、靴下焼けもない綺麗な素足をスニーカーの上にのせていた。タイツを履いていた時よりも激しく、足の指が動く。うごめく。

「あー、やっぱりタイツなんか履きたくないなあ。素足が一番だよ!」

「もう、姉―、靴脱ぐなんでだらしないなあ。でも、素足が一番はわかるよ!あたし、もうちょっと素足で学校行こうかな」

「私は朝は靴下履くけど、いつの間にか学校で脱いじゃってるんだよね。無意識に・・・」

「え、ほんと?それ、大丈夫・・・?」

東戸さん姉妹の会話を聞くと、どうやら二人は素足が大好きのようだった。靴下が濡れてしまったわけではないらしい。もし同じクラスだったら・・・。気になって仕方がなかっただろう。

 バスはやがてお寺に着き、解散。

「それじゃあね、東戸さん!またラインするね!」

「うん、こっちの話もいろいろ聞かせて!」

姉と東戸さんはいつの間にやらラインを交換したらしい。僕はとてもそんな勇気が・・・と思いながら、遠くからそれを見ていると、東戸さんと目があった。バスから降りるときに慌てて足を突っ込んで、かかとを踏んだままのスニーカー。そのスニーカーで砂利を踏みつつ、近づく。

「えーっと、一太郎くん、だっけ?」

「は、はい!」

「よかったら、ライン交換しない?こっちの中学生の流行りとか、教えてほしいなー!」

姉から聞いたけど、東戸さんたちは僕たちとは別の県に住んでいるらしい。流行りとかはわからないけれど、東戸さんのラインを教えてもらえるなんて。クラスの女子のラインも数人しか登録されていないのに(グループはあるけれど・・・)。

「う、うん、いいよ」

「やった!じゃあQRコード、見せて!」

あまりやったことのない操作なので手こずりながらなんとかQRコードを表示すると、一瞬のうちにそれを読み取り、登録終了。

「あは、アイコン、これ一太郎くんちのワンちゃん?」

「うん、マルチーズ、なんだ」

「かわいいな。スタンプ送るから、私の方も登録しててねー」

それを言い終わらないうちに、スタンプが送られてきた。最近はやりの、ネコのキャラクターのスタンプ。東戸さんのアイコンは、謎にリンゴだった。

「姉ー、いくよー!パ〇コよってかえろ!」

「あ、いいね!私、ツ〇ヤにもいきたいなー」

かかとを踏んだまま駆けだしたせいか、走る途中でスニーカーが脱げてしまった。きれいな素足の足裏が見えた。

「あわわわ・・・」

あわてて履きなおす。かかとは相変わらず踏んだまま。そして思い出したように僕の方を向くと。

「また、どこかで会おうね!」

その笑顔に、僕は生まれて一番ドキドキしてしまった。


つづく

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