マンドラゴラとえろちしずむ 前編
黒の方舟の朝は遅い。
リーダーの春野翔太が飼っているニワトリのネギまがコケコケと鳴き出すのは、午前8時頃だ。
ネギま自体は午前5時頃には起きているそうなのだが、昨晩の私のように、夜中に行動する人間への考慮を含め、起床は8時となっている。
「ネギまちゃん。この前私の肩に鳥の糞が落ちてたんだけど?」
「コケっ!? 私じゃないですよ〜」
ネギまは特殊な個体で、ニワトリというペットでありながら、人に化ける事ができる。
聖母という言葉が似合う包容力に富んだ女性で、白髪の前髪の一部が、赤く染っている。
私と彼女はなんというか、早起き仲間である。
午前6時前に起床するのは、私の他にはネギまくらいなのである。
「畑仕事、手伝いましょうか〜」
ネギまはニコニコとそんなことを尋ねてくる。
彼女には凡そ悪意というものが存在しない。
ドワーフの国では災厄を撒き散らしていたらしく、また
初めて出会った時も問答無用で攻撃してくるような子だった。なのに今では人間との関わりに順応し、今の生活を楽しんでいるようでもある。
今の彼女のこの性格も、聖母と言われる由縁である。
「3歩前のことは忘れちゃいましたよ〜」
と、過去の事を掘り返すといつも躱されてしまう。
彼女も彼女で、過去の自分には思うところがあるのかもしれない。
「じゃあ、今日はマンドラゴラを引っこ抜くの手伝って貰えるかな?」
私は教会のそばに畑を持っていて、そこで様々は植物を育てている。
そろそろマンドラゴラの収穫時期だ。
「でも〜、マンドラゴラが叫んだら、みんな起きちゃいませんか〜?」
ネギまは眉毛を八の字に曲げてそう言った。
だが、甘い。
私は光の勇者なのだ。
攻めるのが魔王なら守るのが勇者。
「私の結界魔法があれば、音くらい簡単に遮断できるよ」
というか、マンドラゴラの叫びってモロに聞いたら死んじゃうからね。
これくらいの準備なしじゃ、育てられないもの。
「では抜いてみますか〜?」
「うん。じゃあ、結界を張るね」
私は周辺に音を遮断する結界を張る。
「静寂の世界をここに【無音の間】」
よし、これでマンドラゴラの叫び声は聞こえなくなるはずだ。
「あ、そうだ。ネギまちゃん。マンドラゴラを抜いたらすぐに殺しちゃってね。愛着持つ前に殺さないと、可愛くて手放せなくなっちゃうから」
マンドラゴラは可愛らしい少女の見た目をしており、その魅力に惹かれて殺すことを躊躇った人間が叫び声を聞いてしまい、結果死に至るという事例が多く存在しているのだ。
故に、可愛いと感じるまもなく殺してしまう必要がある。
死んだマンドラゴラは体の栄養が全て体の中心にある魔石へと還元されるため、一気に老婆のような見た目になるのだ。
おばあちゃんは可愛くない。だから、胸も痛まない。
「ナイフで頭を刺せばすぐ死ぬから。……あ、お腹は刺さないでね? 魔石が割れちゃうから」
私は再三の忠告をする。
しかし、ネギまは私の話を聞いている様子はない。
「え? 何? 無視?」
ダメだ。全然聞いてない。
しかも、あろう事か、ネギまはそのままマンドラゴラを抜いてしまった。
おぎゃあ、と泣くマンドラゴラ。
声こそ聴こえないが、多分すごい声量だ。
周囲の草木が揺れ、ピリピリと振動が伝わってくる。
ネギまはマンドラゴラを愛する我が子のように抱き、微笑み掛ける。
しばらくして、ネギまの温もりを感じて安心したのか、マンドラゴラはすやすやと眠ってしまった。
「聖母だ……って! ちょっと、早く殺さないと!」
私はナイフを持って、3歩で彼女との距離を詰めると、そのマンドラゴラの顔を覗き込む。
人の肌と大差ないような瑞々しい皮膚。
……何あれ超可愛い。
私はマンドラゴラの少女のほっぺを人差し指でつつく。
ふみふみと緩やかな反発をする頬。
女らしさのひとつもない私ではあるが、ただ胸のうちに燻るこの感覚──母性本能というやつだろうか?
それが、私に語りかけてくる。
『この子を慈しみ、大切に育てなさい』と。
私がだらしなく頬を歪ませて、何度も頬をつついていると、突如ネギまが動き出した。
……何をしているのだろう。
創作ダンスだろうか。
私はよく分からないままに、彼女の動きを真似てみる。
あれ、なんか怒り出した。
私は大袈裟な口パクで何かを伝えてくる彼女の唇の動きを読む。
『け・っ・か・い・を・と・い・て・く・だ・さ・い・〜』
ああ、なるほど。
私は音を遮断する結界を解いてこれでいいかと尋ねる。
「はい〜。大丈夫ですよ〜。ところで、リシアさん〜。この子、家で育てませんか〜?」
少しだけ頬を赤くしてはにかむネギま。
完全にこの子の虜だ。
「ネギまちゃん。貴女さては天才ね!? 是非そうしましょう!!!」
そして、虜になってしまったの私も一緒。
私達はマンドラゴラを飼うことになった。
──あれ? でも、何か忘れてるような気がする。
まぁ、いいか。3歩も前の事だしね。
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