第七話 義妹は転生者
結論から言おう。義妹、安芸は死後、この世界に転生した。彼女、少女レオナ、レオナ・フィンガードは、13年前に当時5歳と言う若さでこの世を去った。
レオナ嬢の父親が騎士爵を有していた為、彼女は騎士の家系で育っていた。ある時、と北方ノルト共和国とレオナの住む国、ニルバーナ王国の間で戦争が起きた。
騎士爵を持っていた父を始め、フィンガード家所属の騎士達を含めて戦争へ駆り出された。残されたレオナ達は、父や兄弟子の帰りを願い待っていたが、一週間もしない内にニルバーナ王国の敗戦が伝わる。
戦線自体はニルバーナ王国側の優勢で進みつつあったのだが、禁断の悪魔召喚の儀式により、グレーターデーモンが召喚され、全てを蹂躙したのだ。
グレーターデーモンはその場にいた、ノルト側の指揮官を魅了し、受肉。グレーターデーモンは依り代に受肉する事で、その力を大幅に増幅させる。
一種の天災と言われる上級の悪魔、アークデーモンへと進化を遂げた。結果として、ニルバーナ側の兵力は一瞬でアークデーモンに魂を狩り尽くされる。これが敗戦の直接要因であった。
この敗戦を機に、ニルバーナ王国の臣民は国外脱出を国王から命じられる。レオナ達はこの命令に従い国を脱出したのだが……ニルバーナ王国は小国であるが、実は緻密な都市計画を練られており、国そのものを巨大な魔法陣として、設計されていた。
その魔法陣は、国王の命と引き換えに発動する、爆発魔術。都市外縁から中央に向けて威力が収束し、爆発の威力を一点に纒て解き放つと言う物。
国王は、精鋭の近衛騎士数名と共に、精神防護のアクセサリーを身に着け、悪魔の魅了対策をしつつ、都市中央の居城でアークデーモンとノルトの軍勢を待ち受ける。
全面降伏の旨を伝える使者を幾度も送ったが、それらは全て無視された故に、国民を守る為に王は決断したのだ。
結果として王と近衛騎士はニルバーナ王国と共に消滅。ノルトの軍勢とアークデーモンも同時に葬られたが、国を失った者達は悲しみに暮れる。
だが、悲しみに暮れていた国民に待っていたのは、生き地獄と言っても過言ではない状況だった。
戦争による難民と化した人々は、生きる為に様々な形態を取って行った。当然中には略奪、と言う行為も現れ始め……国民同士による殺し合いが始まってしまう事になる。
レオナ嬢はその時の被害者で、家臣と共に逃げ延びていたが、運悪く暴徒と化した略奪者に捕まってしまったそうだ。
まだ幼いとはいえ、このレベルなら十分奴隷として売り払えると言う事で、暴行を受け連れ去られるが、途中騎士の娘としての矜持を胸に、幼いながらに戦った。
尤も、戦いと呼べるものではなく、逆上した略奪者に殺されて森に捨てられてしまうのだが……。
その時女神セラフィーナ様により、地球から一つの魂がこの世界に渡り、レオナに宿ったのである。
その魂が俺の妹である安芸の物であったのは言うまでもない。
略奪者は既にその場から去っており、安芸自身も転生時にセラフィーナ様から貰った、風の女神の加護の力で何とか生き延びる事に成功する。
生き延びた安芸は、既に無き故国、死したレオナの意思を引き継ぎ騎士を目指し、この精霊都市へ辿り着き、戦災孤児として聖セラフィーナ教会が身元を引き受けこの都市で活動を始めた。
転生により家名を破棄する事を選んだ安芸は、ただのレオナとして活動。尤も五歳の子供であるが故に活動の幅も制限されているが、そこは現代日本からの転生者。
生前の知識を呼び起こし、と言っても安芸が選んだのは女性用の化粧品、所謂リンシャン等であるが、それで活動資金を得て、地道に活動していった。結果年々その功績は大きくなって行く。
そして若干10歳で冒険者ギルドに登録。神童と呼ばれし若き女性騎士見習いとして活動を開始した。
話を聞く上で俺が疑問に思うのは時間軸の事だが、神と言う存在からすれば些細な事なのだろう。どちらにしても若干5歳の少女に宿った安芸は、本来レオナが重ねる筈の年月を歩んでいた。
その過程でレオナは精霊騎士の資格を得るが、これも女神の采配であった。
その出来事をきっかけに、正式に聖セラフィーナ教会の神殿騎士として迎え入れられ、精霊騎士になるべく厳しい修練に励み、15歳の時に精霊騎士試験を突破。
歴代最年少記録を打ち立てる等、凄まじい結果を残す。
そして現在は、大怪我により引退した先代精霊騎士の跡を継ぎ、若干18歳にして精霊騎士の力を最大限に行使する天上の存在となって居る。
だが、決して奢らず昂らず。常に他人を立て一歩引いた所から全てを俯瞰する。常に努力を重ねていた、あの頃の安芸そのもので俺は安堵をした。
「そんな最強の一角が、こうして俺の傍にいてくれるのはとても心強いよ。でも良いのか?」
「良いのです。全てはセラフィーナ様の御心のままに……なんてね。私にとっては13年振りの再会なんだよ? それを突き放そうなんて、何て酷い事を」
「待て待て俺はそんなつもりで言ったんじゃないぞ!?」
この冗談めいたやり取りも、本当に久しい。しかし、容姿は安芸から遠く離れた事も有り、現在進行形で俺の理性がヤバイ事になって居る。
元々血の繋がりは無いだけに、転生と言う形で得た第二の人生、婚姻すら可能な状態になっているのだ。
そんな状況で、サラサラロングの金髪、吸い込まれそうな透き通る碧眼。
それだけでも俺のストライクゾーンに剛速球が直撃しているのだが、更に女性として成熟していると言う追加攻撃が危険過ぎる。必死に堪え平静を装う俺。
「んーそう言えば兄さん、エルフとか姫騎士とか好きだったもんね。私は求められるなら拒まないけど――」
余談だがレオナ嬢は祖先にエルフが居る家系でもあり、血は薄いがその美しさは代々受け継がれていると言う情報を安芸から頂いた。必死に平静を装っているが、彼女にはお見通しだったのだろう。
「……ノーコメントだ。それと冗談でもそんな事を言うな、自分を大事にしてくれ」
それはレオナとしてではなく、安芸としての言葉。話によればレオナ嬢自身は既に輪廻転生の輪に戻り、別の土地で新たな生命としてこの世に舞い戻って居る。
悲しき記憶は浄化され、真っ新な状態で。
なので名実共に彼女は第二のレオナではなく安芸と言う事になる。だが、だからと言って、俺は彼女を受け入れるには、まだまだ色々足りな過ぎる、それに……。
「冗談でこんな事は言わないよ……大事な、大切なパートナーになる為なんだよ。決して嘘偽りは無いよ、女神セラフィーナ様の名に懸けて」
「……安芸。だが……思い出したくないだろうが、パートナーになる、と言う事は男女の関係になると言う事でもあるんだぞ。俺は……迎え入れたいと思っているよ、でも」
直接言う事は出来ないが、安芸はただ殺された訳では無い。決して望まない男と、少なくとも複数人から、危害を加えられた上で、口封じも兼ねて殺害されている。
そんな彼女の心の傷を思えば、俺はただ寄り添い守るのが最善なのではとさえ思えてくる。
しかし同時に、現世でも最後まで慕ってくれていたからこそ、そして転生者として、精霊騎士として世界の頂点の一角に届かんとする彼女だからこそ、俺は迎え入れたいと考えても居る。
想像以上に辛い立場故に、傍で支えたいからだ。
だが、今の俺では届かない。例えるならそれは、王侯貴族と平民の結婚と同等か、それ以上の難しさと考えても良い。それだけ彼女の影響力は強い。
超えなければならない壁も、果てが見えない程高いのだ。
「あー……そかそか、成程ね。心配しなくても良いよ? それ、全て一発で解決出来るから。二つの意味で」
「は、はぁ? 安芸、そんな裏技的な方法がある訳が……」
そんな俺を見て安芸は、異世界だから、世界感的にと言う所で囚われ過ぎている。もうちょい簡単に考えれば良いと俺を諭してくる。
二つの意味で、と言う点はスルーして置くが、そんな方法が、ある……訳が……。
いや待て。ある、確かにあるな。この世界では神々の言葉は絶対、そして神々からのメッセージが神託として届くと聞く。
こちらから神々へ祈りを捧げると、と言う場合も神託が下るらしい。そして俺は、女神セラフィーナ様が目に掛けている、と。
だがしかし、流石にそれは虫が良過ぎやしないだろうか。確かに安芸との再会には感謝をするが、その上で安芸と結ばれる為に、神々にお願いすると言うのは本当に良いのか?
「うんうん、その様子だと気付いたみたいだね?」
「……本気なのか?」
「当然です。それとも……私を幸せにする自信、ない?」
俺の問い掛けにノータイムで答えつつ、コテンっと首を傾げる安芸。仕草とは裏腹に物凄く挑発的な笑み。イカン、流されてはイカン。
罠だ、これは罠だ。落ち着け落ち着くんだ俺、冷静になれクールダウンッ! クールダウンッ!!
「分かった。しかしその前に筋を通すのが先だ。だが、一つだけ言っておく。間違いなく茨の道だぞ、少なくとも――」
言い終える前に、俺の唇を安芸の唇で塞がれてしまう。そっと離れると、それはもう素敵な笑顔を向けてくれる安芸さん。ダメだこれは、もう抗えそうにねえわ……。
「改めて、ご挨拶をさせて頂きます。不束者ですが、何卒……最期の時まで、宜しくお願い申し上げます。お慕いしております、お兄様……」
「……かなわねぇよ、本当にな」
ガリガリと頭を掻くと、そっと彼女の頭を抱き寄せる。今度こそ、俺は失わない。彼女も、そして俺達が紡ぐ未来もだ。