第八十話 対決、水の精霊騎士
戦力の分散を決定し、俺は大賢者マコト君を伴い、水の精霊都市へと転移を行った。初めて訪れたが、そこは正に幻想的な都市とも言うべき、水の都。
「……安芸から聞いていたが、本当に美しい都市だ。緻密な都市計画に、張り巡らされた水路。この世界の技術レベルを甘く見ていたな」
「そうですね。でも、この張り紙で台無しですよ……何故、この都市の人達は何も思わないのでしょうか?」
そう呟きながら、マコト君が一枚の張り紙を引っ剥がす。神の使徒は人類共通の敵。と書いてある張り紙が、この壮観なる都市の景観を害しているのは、明らかだ。
「完全に支配下って事だろう。ともかくステルスを意識して行こう。流石に民間人が襲ってきても、倒す訳には行かない。まぁ、逆に襲って来てくれれば、解析の余地もあるかも知れないが」
余談だが、今は大賢者であるマコト君のお陰で、小規模な隠蔽を行いつつ行動している。隠蔽魔法、認識阻害魔法、消音魔法と三重に重ね掛けしつつ、中央の大神殿へと向かう。
俺もマコト君も、レベル、ステータス共に人外の化け物と称しても良い。全力でダッシュしながら大神殿へと進路を取るが、未だ誰にも感知されていない。
「さ、流石に一般人相手はちょっと……所で、マリンさんを止めるとは言いますが、実際どうやって? 少なくとも、俺の原初の記録書による解析は、静止対象でなければ厳しいですよ?」
「ああ。任せろ。そこは俺が責任を持って、マリンの動きを止める。それまでマコト君は、自衛しつつ隠蔽を継続。何度かチャンスを作るから、一度でやろうと考えなくて良い。もしも、まだ支配下でなければ、その手間も無くて済むがな」
出撃前に、各精霊都市が敵対していると言ったが、それは各都市上空で、航空偵察中のF-35BライトニングⅡが、消息と絶った事からの推測である。確定した訳では無いが、万一まだ取り込まれていないなら、共に戦う道も存在する。
「一応な、精霊騎士ってのは、自然界の於ける元素属性の頂点でもある。そして各都市の守護を担う、最上位の存在。聖獣の加護を有して居るだけに、完全な操り人形になってるとは考え難いのさ。マリンもレジストしている事を期待したい所だ」
とは言う物の、相手は異世界人でもある、勇者の兄。ハッキング技術も、この世界に来た事で凶悪なスキルに変貌している場合、レジストするのは難しいのではとも思う。
「ま、とにかくマリンと会ってからだ。多分他の精霊都市でも、皆同じ対応をすると思うぞ。その為の先発隊でもあるんだ。対策を練ってやれば、多少心持も違うだろうしな」
「了解。とにかく俺は援護に徹します。そろそろ着きますよ……って、フォースフィールド!!」
マコト君が瞬時にバリアを張ると、俺達目掛けて無数の氷柱が降り注ぐ。巨大な氷塊などではなく、刺し貫くかの様な氷柱だ。マコト君が魔力反応に気付き、的確にフォースフィールドを張った事で、俺達は事なきを得る。
「やるしかない、な。魔法は俺だけを指向していた。マコト君は、今以上に強力な隠蔽と、認識阻害で隠れてくれ……マリン、聞こえているな。俺は逃げも隠れもしない」
「了解……ユウキさん、ご武運を」
一応俺の感知にギリギリ引っ掛かる位まで、マコト君は存在感を消していく。同時に、俺の言葉に呼応するかの様に、目の前の景色が揺らぎ、無数の水滴が弾け飛ぶと、そこ佇むのは深窓の令嬢。精霊武装を完全開放した、事実上の地上最強の精霊騎士。
「……神に仇成す者に、天誅を。精霊騎士マリン、反逆者に天罰を下す……」
対話を、と思って居たが、その目に既に光は無い。完全に支配下、と言う事か。だが。付け入る隙はある。
「目を覚ませ、精霊騎士マリン! 真なる敵は他に居るんだ、今ここで俺達が戦うと言う事は……くっ!?」
「……全ては、魔神様の為に……魔神様に、仇成す者に、死を……」
速い! 何とか回避したが、やはりマリンの剣技は一線を画している。しかし気になるワードが飛び出たな。魔神、これがマリン達を操る者。と言う事は、勇者の兄は、魔神としての力を獲得したと言う事か?
「マリン、以前全力で戦いたいと言って居たな。ならば見せてやる、神の使徒、サクラユウキ。全力を出させて貰う。重機召喚、PC350ブレーカー配管仕様、D475ブルドーザー、90式戦車! 超重機融合、重機外装展開。行くぞ!!」
召喚した重機をその身に纏い、一気にマリンとの距離を詰める。右腕に装備された、ブレーカーユニット。左腕に備えた排土板シールドで、防御を固めつつ攻撃を仕掛ける。
「……」
「ちぃ!」
正拳突きの要領での、ブレーカーユニットでの攻撃は、マリンの使う加護剣、ブルーガーディアンによって切り払われてしまう。即座に排土板シールドを構えると、剣による刺突により、俺は軽く弾き飛ばされる。
けれど、内心で俺は思う。まだ、マリンは完全に取り込まれてはいないと。その証拠に、マリンが使う剣は『儀礼用』の物で、以前俺が剣舞を習った時に使われた物。
「速いッ!?」
それでも、やはり技術によって昇華されている。儀礼用の剣とは言え、威力は段違いとなって居る。だが、それでも捉えられない訳でもない。何より、本気のマリンなら……俺は既に何度も切られて、文字通り何度も死んでいるのだ。
弾かれ、態勢を整え着地と同時に、斬り上げられる様に剣が振るわれる。着地狩りは戦闘の基本。やはり百戦錬磨の精霊騎士。一筋縄では行かないか。
「だがッ!!」
排土板シールドでの防御は間に合わないと踏み、ブレーカーユニットでの迎撃。マリンの剣閃は美しい。だからこそ読み易く、ほんの僅かに切っ先を当ててやれば――。
「……!」
空を切る加護剣、ブルーガーディアン。着地狩りに失敗したマリンへ、排土板シールドを叩き付ける。所謂シールドバッシュ的な運用方法。巨大な鋼鉄の盾を打ち付けられて、無事で済む筈も無い。
「目を覚ませッ、マリン!!」
「……!? 使徒は、敵……我が、主は……魔神、様……」
恐らく、シールドバッシュによって脳が揺さ振られている居る為だと思う。マリンの意識が一瞬戻ったか、または洗脳的なモノが揺らいでいるのだろう。
そして、その一瞬を逃さず、マコト君が原初の記録書による鑑定を開始したのを確認した。まだ一時的な停止とは言え、流石は大賢者と言う所か。
「使徒、は……敵!!」
ち、シールドバッシュによる、一時的なショック状態が解かれた為か、マリンは再び剣を振るい斬り掛かって来る。だが、ショック状態の為かその剣閃は鈍い。
その為、マコト君の解析は速度が低下したが、洗脳的なモノの解析をし続ける事が可能となって居る。
「マリン、ちょっとだけ、痛いのを我慢しろよ!」
引き続き、マコト君の解析を援護する為に、俺は回避した勢いそのままに、遠心力を使って回し蹴りを放つ。女性に手を上げる等、あってはならない事だ。けれど、今は!
「うぐ……」
回し蹴りを腹部に受け、うめき声を上げながら、完全に足を止めるマリン。精霊武装を展開しているとは言え、その防御力は、俺の攻撃力の前には意味を成さない。もっとも、本気で蹴ったなら、例えマリンでも無事では済まないだろうが。
「まだ、負ける、訳には……魔神、様の、為に……」
「マリン、いい加減に目を覚ませッ!! 魔神だか何だか知らないが、最強の精霊騎士は、そんなもんなのか!? 世界の守り手としての、覚悟と矜持は何処に行った!!」
精霊騎士は世界の守り手。生半可な覚悟で出来るものではない。だからこそ、俺は呼び掛け続ける。必死に、全力でマリンは抗っている筈だ。だから、救い出す。
足も完全に止まり、俺の言葉で精神を揺さぶられるマリン。結果として、マコト君の解析の速度と、精度が上がって居るのを確認出来る。もう少し、と言う所か。
「まじん様……く、わ、たしは……」
「ッ!!」
ゆらり、と。まるで幽鬼の様に立ち上がるマリン。その背後には、黒い影が揺らめいている。間違いない、あれが本体。マコト君に視線を送ると、無言で頷くのみ。マリンが姿勢を正した所で、黒い影が引っ込んで行く。
俺はもう一度踏み込み、ブレーカーユニットで攻撃を仕掛けつつ、再びシールドバッシュを狙う。何度も同じ手を喰わないとは思うが、マリンは被弾し、また首を垂れる。
その度に、黒い影が姿を現す。そこで俺は確信した。マリンは、あの黒い影をわざと出させている。どうすれば対応できるかを、身をもって俺に説明していると言う事だ。
「……まじんさまの、邪魔をする、モノは……我が剣にて――」
「マリンッ!!」
何度も俺に立ち向かうマリンに向け、俺は神剣を取り出し、最大出力で踏み込む。キャタピラユニットが盛大に土埃を巻き上げ、後方に流れて行く。
「……ごふっ」
超速での突進、排土板シールドによるシールドバッシュを決めると、マリンは力無く膝を付く。同時に、黒い影がヌラリ、と立ち上がる。
それと時を同じくして、マコト君による解析鑑定が終了。状況終了、との言葉に合わせ、俺は黒い影へと攻撃を仕掛ける。握りしめた神剣に、最大級の魔力を込めて。
「そこだぁぁぁぁ!!」
それは、恐らく最後のチャンス。この隙を逃せば、恐らくマリンの体力も尽きて、本当に死を迎える。神剣を薙ぎ払い、黒い影を一刀の元に切り裂く。
『ァァァァァァァァ!!』
黒い影は、断末魔の声を上げて、神剣による斬撃の元、光の中に消え去って行く。同時に、黒い影から解放されたマリンが崩れ落ちるが――。
「おっと、大丈夫ですか、マリンさん……気を失って居るだけ、ですね。ユウキさん、どうします?」
隠蔽魔法により、極限まで存在感を消していたマコト君が、しっかりとマリンを確保した。俺の予想としても、恐らく害意は無いと思うが……。
「回復魔法……いや、マコト君。俺に任せてくれ……神剣、ロード・オブ・シンフォニア、その力を我に示せ……開放、シャイニング・リカバー!!」
その技は、かつて瀕死の重傷を負ったノーラに掛けた、シャイン・リジェネレートの上位に当たる技。聖剣から神剣へと昇華された時に、その効果も大幅に強化されているのだ。
「…………ぅ」
眩い光に包まれ、マリンの傷が癒されて行く。と言っても、実質は体力回復のと言う所。切り傷の様な物は無いが、多少の黒い痣と、全身酷い打ち身と言う状態なのである。
「し、使徒、様……こ、これは、やはり、夢では無かった、のですね……う、ぐ……」
「よう、目を覚ましたか? 身を挺して教えてくれたんだろ、あの黒い影の倒し方。助けに来るのが遅れて、済まない」
その言葉に、微かに笑みを浮かべるマリン。多分、最後の最後まで抵抗していたんだと思う。本気で操られていたなら、儀礼用の剣で戦う訳もない。
「いい、え……十分、ですよ。です、が……少々、休ませて頂き、ます……ね……そう、だ。これ、を……」
と、震える手でマリンが、俺に一つの宝石を手渡して来た。それは、かつてガルーダから貰った宝玉。翡翠色の宝玉に酷似する、透明度の高い水色の宝玉。現世なら、アクアマリンと言う宝石に当たると思う。
「これは……」
「……水の精霊騎士に代々伝わる、守りの宝玉、と言う物、です。これのお陰で……最後の最後で、踏み止まれました……どうか、私を操った者、魔神を、倒してください……」
確かにマリンのダメージは回復したし、体の傷も癒す事は出来た。それでも、魔神と言う存在の支配によって、精神は擦り減っているのだと思う。そんなマリンの手を、強く握り俺は宣言する。
「ああ。必ず倒す。だから、今は休んでくれ……魔神を討ったら、また剣舞をやろうぜ」
「……ええ、必ず」
俺の問いに答えたマリンは、まるで水に沈んで行くかの様に、眠りに就いた。流石に死んでいないだろうな、と思いマコト君に様子を見て貰うと、確かに心臓の鼓動が聞こえるとの事だ。
これで一先ず、対マリンの戦闘は終了。だが、まだ水の精霊都市の解放は行えていない。さて、どう出るか――。
閲覧ありがとう御座います。操られながらも、最後まで抵抗を続けていたのが、最強たる所以。
一応作者の設定としては、本気の殺し合いをしたならば、実は軍配はマリンに上がります。
答えとしては、純粋にユウキは実戦経験不足。
万年を生きる海洋の絶対支配者は、本当はとっても強いんですよ(*'▽')




