第六十六話 艦橋での出来事
ケートスとシードラゴンを見送った俺達は、一路ティタニス侯爵領を目指す。武人、グラニート・ティタニス侯爵。ヴァルの支援者の一人で、本人もヴァルと同等の力を持つ、魔界でも古参に数えられる武人の一人だ。
そんな最強格の武人も、迫り来る魔王配下の貴族連合には手を焼いている様だ。高空から観察した結果、戦力比は十対一と言う所か。良くこの戦力で持たせていると感心する。
攻城戦と言う物は守る方に分があり、攻める側は最低でも三倍以上の兵力で攻めるのが基本とされている。それがこの戦場では、守りの十倍に匹敵する戦力が投入されているのだ。正に神懸り的な防衛戦と言える。
けれど、それは正しく紙一重の上に成り立っている物であり、何かが一つでも欠ければ、そこから全てが崩壊していく危険性がある。恐らく、武人グラニートの配下も、恐ろしく有能だと言う事だ。
「ヴァル、見立てではグラニート侯爵はどの位持ちそうだ?」
「ああ、この航空写真からの見立てでは、あと数日と言う所か。尤も、兵糧の問題もあるから純戦力で、と言う感じだ」
既に戦艦ヤエザクラの艦載機、F-35Bによる航空偵察は済んでいる。この事からヴァルの回答を得た訳だが、ネックは兵糧問題か。
「兵糧に関しては何とかなる。問題は敵戦力の排除だな。艦砲射撃でやっても良いが」
ただし、この方法は諸刃の剣。先にザイン伯爵が驚いた様に、下手をすれば戦線が混乱する可能性がある。それに加える様にヴァルが口を開く。
「それだけではないな。グラニート侯爵の領地は、多くの民間人が生活を営んでいる。万一誤射でも起これば……」
「……ヴァルの支持が無くなり、侯爵が離反し、罪なき民間人の殺戮と言うバッドステータスが俺達に付く訳だな」
俺も精霊首都シンフォニアで、この半年政務に関わって来た。故に、素人に毛の生えた程度ではあるが、支持率の大切さも身を以て知っている。
「ヤエに限って誤射はないだろうが、砲撃による轟音、爆音が市民の不安も煽る。従って今回、艦砲射撃はなし。上陸戦を行う」
「妥当だな。久し振りの戦闘だ、腕が鳴るぜ」
俺の言葉にヴァルが答え、指の骨をパキパキと鳴らす仕草を行っている。が、同時にジュリア嬢とマイヤ嬢から厳しい視線が向けられる。
『ヴァル様』
話によれば、ジュリア嬢とマイヤ嬢の仲はとても良いらしい。その為かヴァルを心配して、咎める声がハモる様子に俺は苦笑いを浮かべた。
「……必要な事だ」
ヴァルに至っては、スッと視線をジュリア嬢達から逸らしつつ喋っている状況である。
「笑ってる場合じゃないよ?」
「ですね。本当ならあなたにも、戦場には立って欲しくありません」
と、こちらも声を揃えて俺の出撃に否定的な意見を出してくれる、嫁さん二人。俺も安芸、ノーラを戦場に出したくはないんだがな。
「どちらにしても、やるしかない。気持ちはわかるけど、保身を図ってたら、何の為にここに来たのか分からない。俺達は人魔の未来を切り開く為に、来たんじゃないのか?」
「ユウキに同意だ。簡単に死ぬつもりは無い、だから……お前達の力を、俺達に貸してくれ。一人一人は弱くても、集まればそれは、比類なき力を発揮する、違うか?」
『わかりました……』
俺とヴァルの言葉に、渋々ながらも同意をしてくれる女性陣。何度も言うが気持ちは分かるだけに心苦しい。
「……決定だな。ヤエ、全速前進だ。ティタニス侯爵領の港湾施設に接舷後、自衛戦闘。ヴァルも使い魔による連絡を頼む」
「了解です」
「分かった」
俺の言葉に返事をして、それぞれの任に付く。現在時刻は、地球で言う昼過ぎと言う辺り。ヤエの計算ではティタニス侯爵領へは、遅くともあと半日と言う所だ。
「夜戦、強襲になる。今の内に勇者パーティは休息を」
『了解』
この作戦会議に同席していた、勇者パーティが各自の部屋へと戻る。正直言えば、あの様な若者たちに戦いを強いるのも気が引けるが、これも俺達が選んだ道。突き進むしかない。
「……にしても、意外になんの妨害も無くここまで来れるか」
乗組員を含め、休憩を促しながら数時間が経過している中、俺は艦長席で呟く。考え過ぎだっただろうか、いや。間違いなく妨害が発生している。これは事実だ。
「……あれ。兄さん、休まないの?」
ボンヤリと考え事をしていた為か、艦橋へ続く扉が開いた音に俺は気付かなかった。入って来たのは、安芸。少し眠そうな表情で問い掛けてくる。
「いや、一応仮眠は取ってたよ。基本何かあれば、即時ヤエが連絡をくれるから、ここで待ってる事も無いんだが……なんとなく、な」
「そっか。所で兄さん、ちょっとだけ良いかな?」
なんだろう。何か、こう……安芸から滲み出る桃色のオーラが、見える気がする。眠そうな為か、普段よりこう、フワフワしている感じに見えるのは気のせいか?
「なんだ、安芸も……寝ぼけてるのか? まぁいい、おいで」
実際俺も半分脳が寝ている状態に近い。だからだろうか、普通に妹扱いする様に安芸を呼び寄せた。ポンポンと太腿を叩くと、安芸は微笑みを見せる。
「はーい……んしょっと」
で、安芸が俺を背凭れにする感じで座る。ご丁寧に身体はぴったりとくっ付ける感じで。その瞬間に、ふわりと石鹸の香りが鼻腔を刺激してくる。この香りは、安芸がこの世界に来てから作った石鹸だな。
「石鹸、持ち込んでいたんだな」
「うん、まさか浴槽があるとは思わなかったからね。ヤエから聞いて、持ち込んで置いて本当に良かったよ」
安芸の言う通り、この戦艦ヤエザクラの個室、所謂士官室には、狭いながらも、全室簡易浴槽が備えられているのである。真水も製造出来れば、浴槽のシャワーからは温水も出るので、持って来ていたのだろう。
「ああ、全くだ。と言うかやはり、風の精霊都市が異常だったんだな。地の精霊都市は、完全上下水道ではなかったから、風呂に入れなかったしな」
そんな事を言いつつ、安芸の言葉に俺も深く頷く。やはり風呂と言う物は、日本人として決して外せない物だ。心の洗濯と言う位だしな。
「って言うか、流石兄さん。良く分かったね?」
「そりゃな。あん時が安芸と初めての混浴だったから、余計に印象に残ってるんだわ。それにな、これだけ近くて……気付かない訳もないだろ?」
思い返せば、あの時この世界に来て初めての風呂。そこにあった石鹸、レオナと刻印された石鹸を使ったんだ。それに、あの極限状況。忘れられる訳が無い。
「もしかして思い出しちゃった? 私なら何時でもウェルカムだからね。狭いけど、その分くっ付けると思うよ?」
「……そう、だな」
だがしかし、今は自重するべきだと思う。確かに生死を掛けた戦いの中では、生存本能がうんたらかんたら、と言う話を聞くがな。
「ま、それは魔王を打ち取ってからお願いするわ。それにしても……なんつーか、久しぶりな気がするな」
「それは、あっちでの事? こっちでの事?」
既に俺と安芸は、夫婦と言う間柄。今更恥ずかしがる事でも無いが、何となく俺は口を噤む。
「あれあれー?」
そんな俺に、安芸はニヤニヤと言う表情を浮かべる。流石に状況が状況なので、幾ら何でも自重するべきだと思うが、何故か思考が纏まらない。
「……よしよし」
「ぁぅ……」
なので取り合えず、何かこう、抵抗出来なくなる前にと、俺はそっと安芸の頭を撫でる事で意識を保つ。安芸も目を細めて嬉しそうにしているので、たまにはこう言うのも良いだろう。
「なんだか眠くなって来た……これも、人の温もりかも知れん……わり、少し寝るわ……」
この身に染みる、安芸の温かさを感じつつ、最愛である妻の髪を撫でていた為か、安堵の感覚に包まれて行く。自然と俺の瞼が重くなる。
「ふふ、お休みなさい。兄さん。ゆっくり休んでね」
どうやら、安芸は俺が神経を張り詰め過ぎていると思い、俺を寝かしつけに来たと言う事か……でも、ありがたい。ここ最近緊張しっ放し出会った故に。
だからだと思う。俺が眠りに落ちるまでに時間は掛からなかった。ただ、ここで眠りに就いた事が、どう言う事に繋がるのか気付くまでに、少々時間を要した。何故か。目を覚ました俺は、物凄く虚脱感がある感じで、安芸はこうツヤツヤしてる訳よ。
「ごちそうさまでしたー」
「……おう」
言ってしまえば、寝ている間に美味しく頂かれたと言う事だ。自重しようと思って居たのに、先手を打たれるとは思わなかった。考えてみれば、ここ最近ご無沙汰と言うのもあり、丁度良かったのかも知れない。
「って、よかねーよ!? どうせならこう、ああもう! こうしてやる!!」
「え。きゃっ!?」
なので、取り合えず仕返しとばかりに、思いっ切り安芸を抱き締めてやった。純粋なパワーでは、安芸は絶対に俺に勝てない。くっくっく。羞恥心に悶えるが良い、と思った直後、ガチャリと艦橋入り口が開く音。
俺も安芸も、ビクッとしながら恐る恐る振り返ると、そこにはもう一人の妻。ノーラがピキリと固まっている様子が伺えた。
「……」
「ノーラ?」
俺の言葉に、ノーラは満面の笑みを浮かべつつ、テクテクと擬音が聞こえてきそうな歩き方で、俺の傍に寄って来ると――。
「えいっ!」
「ちょ、まっ……」
まるで飛びつく様に俺にの背中に抱き着いて来た。背中に感じる、ノーラの柔らかさ。ノーラも平均以上にはあるので、現在進行形で理性がヤバイ。
そんな感じでノーラにも抱き着かれ、美少女に挟まれるおっさんと言う構図になってしまったのである。そして、その状態で更に扉が開き――。
『……ごゆっくり』
パタン、と扉が閉まる。マコト君を始めとする新生勇者パーティは、そそくさとその場を退散したと言う光景が、とても印象的な出来事だった。
毎度、閲覧ありがとう御座います。戦闘の中にも日常を。
と言う事で、途中からは嫁達とのイチャイチャ分を含めてみました。
書いてて思いました。このリア充共め!!
と。う、羨ましくなんてないんだからね。




