第四話 風の女神セラフィーナ
ガルーダの話を聞きながら、俺なりに解釈を進めてみたのだが、どうやら俺を救い出したのがこの
世界の創世に携わる四柱の女神の一人、風を司る慈愛の女神セラフィーナ様だと言う事が分かった。
聞けば俺達が呼び出された勇者召喚の儀式、と言うのはこの世界を保護する結界に穴を作り出して、無理矢理繋ぎ他の世界から呼び出すと言う物で、一歩間違えば結界が崩壊する事により、事象崩壊が発生し、世界が滅亡する危険性のある行為だと言う。
そこまでの出来事なら神々の力で止めれないのかとも思うが、当然俺の発想は神々が行っている模様。それを無視して自分達の利益の為に勇者を呼び出す国もある程だと聞く。
実際の所俺を呼び出した国、ナグツェリア王国も、自国の利益の為に呼び出していると言う事を知った。
あの時は勇者の口添えもあったとは言え、利益を得る為に犠牲にした国庫であるが、それで呼び出したのが勇者に至らない者、と言うのが決め手だったらしい。
女神様達は事象崩壊を防ぐ為に、必死に結界の維持を行っていた所、異世界人である俺の不遇の扱いに気付くのが遅れてしまった。
緊急に動かせる聖獣が唯一ガルーダだけだったのだが、ガルーダ自身も俺の処刑にギリギリ間に合うかどうか、と言う所だったそうだ。
本来ならワイバーン程度、俺一人を運びつつも撒く事が可能であったのだが、全力で行動していた故に最大出力を抑えて移動せざるを得なかったと言う背景がある。
「何にせよ、助かったよ。と言っても俺はこれ以上何をすれば良いのか分らんがね……」
俺の言葉にガルーダは少し思案したかと思うと、眩い光に包まれて行く。俺は目を瞑り光が収まるのを待つ。
瞼に受ける光量が減ったので目を開けば、そこには神々しいとしか形容できない超絶美女が微笑みを浮かべていた。
それ見た瞬間俺は膝を付き、首を垂れると言った行動を取って居た。
自分で行動した訳ではない、何か本能に呼び起こされるがままに動いた感じだ。俺の推測が間違ってなければ、あの御方は――。
「頭を上げて下さい、本来なら私が頭を下げなければならない事態なのです……あ、私神気切ってない!? ま、待って今切ります!」
――本当に女神様なのだろうか?
「失礼しました。頭を上げて下さい、サクラユウキ様。私がもう少し早く気が付いていれば、あのような事態には……重ね重ね」
「……貴女は」
彼女は神気と言った。俺がその神々しさに充てられたのも、その力が出されたままだったからだろう。
傍から見れば少々間の抜けた美人さん、と言えなくも無いが流石にそれは不敬と言う奴になるだろう。
「申し遅れました、私はセラフィーナ。この世界を創世から見守った原初の神々の一柱にして、風を司る慈愛の女神を務めております。まずは貴方に謝罪をしなければなりません」
そう言って深々と頭を下げる女神セラフィーナ様。なんだろう、彼女が謝罪するような事態……確かに俺はこの世界に呼び出された訳だが、少なくとも神々の意思や介入は無かった筈だ。
王都からの救出にしても文句を言う筋合いも無い。これで助けが遅い等と言えるのであれば、それは本当に救う価値のある存在なのかと言わざるを得ない。
「あと一歩、私の判断が遅れて居たら、本当に取り返しの付かない事態になっておりました。申し訳御座いません……貴方を、失う訳には行かないのです……」
俺を失う訳には行かない、か。考えられるのは異世界人は保護、または監視対象だからと言う辺りだろうか。恐らく現世にも、女神セラフィーナ様みたいな神々が存在しているのだろう。
いると仮定しての話だが、恐らく星々の持つ魂の総数は決まっている。輪廻転生の輪から外れたのが恐らく俺達、異世界に連れ去られた者たちと考えられる。
仮に保護さえしておけば、万一現世の神々と相対しても謝罪の条件位にはなるだろうか。
なんて、突飛も無い考え方だが……俺自身は既に生きる気力を失いかけていた。そんな時に死後の世界やらなにやらと、調べた事が今の発想に至っているのだろう。我ながらスピリチュアルだな。
こんな事を聞くのは無礼そのものだろうが、俺は聞かずには居られなかった。軽蔑されても良い、俺には失う物など……ないのだから。
「待って下さい、決してそのような意味ではありません! 私は、私は……ごめんなさい、今はまだお話しできませんが、必ず……」
「話せない内容なんですね。いえ、不躾な質問で申し訳ありませんでした」
自らの質問の非を認めながら、女神様の話をぶった切る。って、何をやっているんだ俺は……ここで彼女に当たるのは筋違いなのも分かっているが、こうなると自制が利かないのが俺の悪い所だ。
神気を止めたから、とは言え彼女は間違いなく神と呼ばれるモノ。不敬罪と言われて殺されても文句は言えない、でもこのまま死ぬならそれで……と思っていたら、ふわり、と俺の頭が女神様の胸元へと引き寄せられ、ぎゅっと抱き締められた。
「大丈夫、ですよ……貴方が感情を露にするのは当然の事です。でも、死ぬならなんて思わないで下さい……貴方は今まで苦難辛苦を乗り越えました、私はそんな貴方に今一度、新たな人生を――」
「どうしろって言うんですか……俺には何もない、何もないんだ」
女神様の言葉に否定の言葉を紡ぐ。元の世界に未練も無ければ、もう守るべき者も存在しない。仮にこの世界で第二の人生を送るとしても、あの国と勇者と言う存在がある限り、俺の生存権は存在しない状態でもある。
「勇者の事ですが、申し訳ありません……今はまだ、お伝えする事が出来ません。ですが、時が来たら必ず……」
「……お話出来ないと言う事は良く分かりました。待っているのは構いませんが、その間に俺が殺されるかも知れませんけどね」
俺に争う意思が無くとも、勇者は俺が生きていると分かっている以上、殺意を持って向かって来るだろう。
降りかかる火の粉を払うだけなら可能だが、それでは根本的な解決にはならない。対話による解決が出来れば一番だが、アレと対話は不可能と思っている。
となれば残された道は、俺か勇者、どちらかが滅びない限り……あれはそれだけの憎悪を向けている。
一応隠れ続ければ死ぬことだ無いだろうが、その場合決して光の下で生きて行く事は無い。一人細々と暮らし朽ちて行くしかないだろう。
女神セラフィーナ様は俺の言葉に少し困ったような表情を向ける。やめてくれ、俺の言っている事はただの愚痴だ。俺にそんな表情をするだけの価値は無い。
「申し訳ない。セラフィーナ様に愚痴った所でどうにもならないのに……分かってはいるんですが、アレ以降……俺は、俺は……」
「大丈夫、大丈夫ですから……はい、深呼吸をして落ち着いて下さい。私なら平気ですから」
女神セラフィーナ様の行動は、まるで聞き分けの無い子供をあやす様な、母親から子に向けられる温かさ……女神の腕に抱かれたまま、ぽんぽんと頭を叩かれる。
これでは本当に子供だが……信じられない程に俺の心は穏やかになって居る。
「すみません、本当に失礼な事ばかり……お陰で落ち着けました。一応やれる限りの事はやってみます。ですが、俺一人では――」
「――いいえ。貴方は一人ではありません」
俺の言葉を遮る様にノータイムで答える女神セラフィーナ様。そう言い放つ彼女の言葉は、とても威厳に持ち溢れた物。女神様の言葉には、何物にも代えられない重さだと思う。
深い闇から俺を救い出してくれるような、絶対的な安心感がそこにはあった。
「貴方に神託を授けます――ガルーダを伴い東へ向かいなさい。大丈夫、貴方は何があっても私が、私達が護ります……今一度、人の幸せを、貴方に」
「東に、何が……くっ!?」
閃光が満ちる。俺が言葉を紡いだ時には、既にその場に女神セラフィーナ様の姿は無く――まるで俺に忠誠を誓うかの様にガルーダが平伏していた。
「……ガルーダ?」
『セラフィーナ様ならお帰りになられた。後の事は我に託す、またお主と再会する日に、と言われてな』
ガルーダ自身もあの短い時間の内に、女神セラフィーナ様の神託により、俺と行動を共にする事を決定したと言う。
最初にガルーダが受けた指令は、純粋に俺の救出だけだったのだが、直接俺をその目で見た女神セラフィーナ様は、俺自身の闇の深さに随分と嘆き悲しんで居たそうだ。
本当なら自分自身で俺を救い出したい、とすら言っていたらしい。
『……お主は疑心暗鬼になり過ぎておる。辛かろうが、我もセラフィーナ様もお主の味方だ。今直ぐ信じろと言うのは酷だろうが、頼ってくれれば良い』
そう言ってガルーダはそっと俺に寄り沿う。同時に瞼がどんどん重くなっていく。
『生身で神と相対したのだ、消耗するのは当然であろう……今は休むが良い。安心せよ、我は何処にも往かぬよ』
その言葉を聞いた瞬間俺の意識は落ちた。疲れを取る為の睡眠すらまともに取れていなかった筈だが、今だけは本当に安心して眠る事が出来そうだ……。
女神様によしよしされたい。荒んだ日常続いてるし……。