第三話 聖獣ガルーダ
少々悩んだのですが、ガルーダの主属性は風にしました。
薄れ行く意識の中思い出されたこれが走馬灯と言う物なのだろう。両親の死後から9年、安芸の死後から5年。ここまでが俺に残る記憶だ。
だがもうどうでも良い。考える必要すらなくなる、異世界と言う異国で死んでも地球の輪廻転生の輪に戻れるのか?
従順な仏教徒と言う訳ではないが、漠然と死後の世界を調べまわった事があったからこう思ったのだろう。
もう少しで逝く、その瞬間に俺の体は途轍もない暴風に巻き上げられ、麻袋や首縄、絞首台が次々と暴風により破壊されて行く。
死刑執行を見守る聴衆が騒ぎ、我先にと逃げ出し大混乱が刑場を恐慌に陥れる。無理もない。
あちらからすれば火事場の馬鹿力と言う感じで、俺が巻き起こした天災とでも思っているのだろうな。総じて異世界人に秘められた能力は一線を隔絶している。
尤も俺にその様な力がある訳もない。諦めていただけに今更何故、と思うがそれでも俺の心の奥底から沸き上がる言葉があった。もう喋りも言葉も取り繕う事もねぇ。
「ザマァ……」
その呟きの直後に、俺の体は何かに包まれる様な感覚を覚えた。とにかく優しく温かい。久し振りに感じた温かさ、と言える。
この世界に来てから碌な目に……いや、あちらの世界でも大概ではあったか。
『大丈夫か? 済まぬ、まさかナグツェリア王国がこの様な強硬策に出るとは思わなかったのでな』
一息付いた俺の脳裏に響く声。凛としたとても綺麗な声だ。霞む目を開き周囲を見渡した所で俺は目の前の巨鳥に度肝を抜かれた。
でも不思議と怖くは無い。何より彼、彼女? から向けられる言葉は何より安心するのだ。
『驚かせて済まぬが、今は一刻の猶予も無い。ある程度体力を回復させたが、今少しだけ辛抱せよ。出来るか?』
俺は無言で親指を立ててみる。グッとガッツポーズする感じを見せると、巨鳥は頷き一段と加速をしてその場を飛び去る。
だが、その加速に追い縋る物が複数現れた。この巨鳥の加護、庇護可にある為か、俺には追跡する者の姿がしっかり捉えられた。
只の中世的な世界ではなく、ファンタジー要素のある世界だと思っていたが、あれはまるで空飛ぶトカゲ。所謂ワイバーンと言う奴だと理解した。ワイバーンが四騎、巨鳥に迫り来る。
『小癪なトカゲ共め……済まぬがお主を庇いつつ振り切るのは難しい、辛いかも知れんが少々耐えよ。直ぐに終わらせる』
俺は気にするなと言う意識を送ってみる。巨鳥は俺を懐の羽毛の中に格納する感じで保護すると、瞬時に攻撃態勢に移行する。本来なら物理的にあり得ない速度で方向転換を行う巨鳥。
ワイバーンはその超機動に付いて行くのがやっとと言う所だが、乗り手、恐らく竜騎士と言われる騎士達が上手くワイバーンの制御を行い冷静さを保たせる。
『聴けぃ人間、トカゲ共! 我が名はガルーダ。風の女神セラフィーナ様の眷属であり、四方を護りし聖獣の一角である。立ち去るのなら追いはしない。引け!』
巨鳥、ガルーダの言葉にワイバーンと竜騎士が狼狽える。
彼らは王命に従い俺への追撃任務を行っているが、対するガルーダは女神の眷属と言う立場であり、幾ら王命とは言え神族の言葉に逆らう事は一兵士には難しいのだろう。
だが、竜騎士の決断は早かった。隊長格と思わしき騎士の号令で一斉にガルーダへと攻撃を開始する。ワイバーンのブレス攻撃に合わせて、竜騎士がその長槍による突撃を敢行する。
『愚かな……』
ガルーダが声を発すると同時に、四騎のワイバーンが極小の無数竜巻、鎌鼬により襤褸雑巾の如く切り刻まれる。
騎乗していた竜騎士達は、敢えて狙わなかったのだろう。だがどちらにしてもこの上空からの紐無しバンジーでは生還は絶望的だ。
支えを失った竜騎士達は悲鳴を上げながら真っ逆さまに地上へと墜落していく。君達に恨みは無いが、せめて安らかに眠れと追悼の意だけ表明して置く事にした。俺は何も悪くねぇ。
『その通り、お主は何も悪くない……助けが遅れて済まぬ、我にも直ぐに動ける状況になかったのであるが、許せよ』
竜騎士を撃破して悠々と飛び去るガルーダ。移動中に様々な話を聞かされるが、最初は殆ど聞き流す程度にしか聞こえていなかった。
たった一日での出来事であるが、濃密過ぎて乾いた笑いしか出ないのである。
ガルーダも苦笑いをしていたが、それでも話を止めはしなかった。この世界に来てから辛い事しかなかったが、今だけは落ち着いて、平静を保てている。
凛としたガルーダの声はとても心が安らぐ。
『無理に全てを聞く必要は無いぞ? 疲れているのだろう、休むが良い』
「大丈夫だ。と言いたい所なんだけど、済まないが近くに川か泉でも無いだろうか? 流石に糞尿塗れで気持ちが悪い」
ガルーダは、フム。と思案したのち、進路を変えた。少し飛ぶと何やら大きめの泉の様な場所が見えて来る。いや、どちらかと言えばオアシスに近い感じか?
『距離的にも追手は届くまい。我は少し狩りに行って来る。その様子では碌に食べても居ないのだろう?』
「すまない、本気で助かる。因みにこの水は飲んでも大丈夫か?」
ガルーダは問題ないと言いその場を飛び去る。とにかくまずはこの糞尿を落とすのが先か。俺は泉から流れ出る川に向かい、更に下流の方で衣服を脱ぎ全身を洗う。
「づぁぁぁぁ……くっそ染みるな、体力が戻って来てるから平気かと思ったが、こいつは効くな。いててて」
確かにガルーダの魔法、多分回復魔法、またはリジェネ的な魔法だと思うが、傷までは治って居ない。
暴行された跡、赤黒い痣、体中の至る所にある切り傷。と言うか、これ非常に不味いのではないだろうか。傷口から糞尿による感染症とか洒落にならないだろう。
傷口には染みるが、下手な感染症も嫌なのでとにかく全身を清める。少なくとも、あのままでいるよりは随分マシな筈だ。
「まぁ、取り合えずこんなもんか。クッソ、腹も減ってるから余計にイライラする。何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ!? っと、魚発見。捕れるか……っふ!」
現世で同じ事をやったら、何やってんだアイツ。と馬鹿にされる動きだとは俺も思っている。だが、何となく召喚された時の内容を思い出したから試してみた。
俺はこの世界の住人から見れば破格のステータスを持っているらしい。なら、筋力や敏捷性も高いと踏んで、熊が魚を捕る様に腕を振り抜いてみた訳だ。
「いや、まさか本当に捕れるとは思わんかったぞ。つっても小魚レベルだし、もうちょい捕るか。やってやれない事は無い、二匹目ゲットォ!!」
魚相手にイライラをぶつけても仕方が無いが、取り合えず食料確保の為にその命を貰う事にした。他の命を頂く以上、いただきますと言う言葉は決して忘れてはいけない。
「しかし、捕ったは良いが参ったな。川魚は火を通さないと寄生虫の問題が……どうする?」
『ほう。自前で狩りが出来るまで回復したとは、流石は異世界人と言う所よな』
どうやって調理しようか悩んで居る所に、複数の果物と、大きめのウサギ? をハントしたガルーダが戻って来た。
俺は取り合えず火起こしをしたいと言った所、ガルーダが火の魔法を出してあっさり薪に着火した。
「便利だな」
『異世界人なら、この手の初級魔法の習得は容易な筈だ。まぁ先に魚を火に掛けよ。このウサギも内蔵は抜いてある、丸焼きにでもするが良い』
取り合えず焚火に火は入ったので、魚を木の棒に刺して立てかけ、ウサギも太めの木にぶっ刺してローストする事にした。
焼けるまでの間に、果物を齧ってみるが、生憎と味を感じない。だが、俺は無心に食った。こっちに来てから何も食べてないだけに、とにかく食った。
食ってる俺を見ながら、ガルーダが初級魔法の詳細と発動の仕方を解説するので、しっかり聞き耳を立てながら果物を齧って居る。
何でも大気中には魔素と呼ばれる元素? 物質? が存在しており、それを発動素体として魔法を行使するそうだ。
「んー、んー? んー……ん? これか」
大気中にある、と聞いたので取り合えず目を瞑って、魔素の気配を探ってみようとした。何か重みのあると言うか、温かみのある様な変な物質が漂っている気がする。
『ウム、恐らくそれであっておる。後はそれを集めて、塊にする。その状態まで出来れば、大抵の魔法の発動素体になる……にしても流石は異世界人よの。それを感知するには、人間は結構時間が掛かるのだぞ?』
「そうなのか。無理矢理連れて来られたんだから、逆に特典として欲しい位だよ。火起こしすら俺の世界では科学と技術だったけど、今は無いしな」
どちらにしても、俺は会社内でも珍しくタバコを吸わない人間だった。故に、ライター等持ち歩いていない。と言うか異世界召喚なんて考えもしない。
仮に想定して持っていたらそれはちょっと引く。
『まぁ後は修練次第だ。お主なら上級魔法でさえ、容易く習得出来るかも知れんしな。して、焼いた食べ物はもうそろそろ良いだろう。焦げても良いならば止はしないが』
「うおっ!? すまねぇ魔法に夢中で忘れてたわ。あちち! っと、いただきます。あっつい!?」
『……食べ物は逃げはせん。落ち着いて食べるが良い』
「お、おう」
ともかく、何とか食べ物を腹に入れて、イライラも落ち着いてきた。やはり味は感じなかったが、満腹にはなったので良しとする。味覚、味覚は、置いてきた。多分、五年前に――。
猫派? 犬派? 本作品主人公は、鳥派です。