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第二話 走馬灯

注:この物語はフィクションです。実在の人物、団体、名称等とは関係ありません。

 俺の母親は、小さい時に事故で亡くなった。男手一つで育ててくれた父が、苦悩の果てに再婚を選び、無事再婚を果たした。再婚した相手には子供がいて、年齢は俺の一つ下で安芸ちゃんと言う。


 図らずしも俺は兄として振る舞う事になり、とにかく気丈に誠実に振る舞い続けていた。


 苦手だった勉強も、嫌だった運動も、今までの分を取り返す勢いで努力をした。両親が仕事で不在の時は、覚束なかったけど義母から家事を習っていたので掃除や洗濯と言った事もしていた。


 安芸ちゃんも俺の手伝いをして行く内に、何時しか本当の兄妹の様になっていく。


 最初は当然壁はあったが、お互い小さいながらに親に迷惑を掛けない様にと思ったのだと思う。中学、高校を経て俺は就職をした。


 一年後安芸ちゃんも卒業と同時に就職の道を選んだ。実は俺達には秘かな目標があった。


 苦労続きの父と母へ、小旅行贈る為の計画を立てていた。俺と安芸で計画を立て、秘密裏に資金を貯めて。再婚した日に合わせて準備を進めて行き、実行に移す。

 

 父は鳩が豆鉄砲を喰らった顔に、母は涙を流しながら俺達を抱き締めてくれた。


 普段は寡黙な父も、この日ばかりは口が緩んでいたのを俺は見逃さない。まだ未成年ではあるので、一緒に酒は飲む事は出来ないが……成人したら酌み交わそうと言って茶を濁す。





 だが、この約束が果たされる事は無かった。



 両親は旅行へ向かった。向かったのだが、何気なく付けたテレビを見て俺は一抹の不安を覚えた。某空港発の旅客機の墜落事故、らしい。


 茶の間で同じくテレビを見ていた安芸も同様に不安が隠せない。あの飛行機は、この時間はまさか?


 最悪の事態を想定してお互い正気で居られない。急いで空港へ電話をする。まさかと思いたい、あり得ないと思いたい。


 空港と繋がり、事故の事と両親の機の事を話し回答を待つが、それは俺達の望む結果ではなかったのは、言うまでもない。


 安芸が泣き崩れる。俺も力無く抱き寄せるが、俺自身も頭が真っ白になっている。


 どうしてこうなった? 俺が旅行の計画を立てなければ両親が事故に遭う事は無かったのでは?




 そんな思いを汲み取った安芸も顔面蒼白となっている。


「だ、大丈夫だ。安芸、良いか気を確かに持て……ある筈が無い、こんな……こんな事……ッ!!」


 俺がきつく抱きしめる腕の中で安芸が震え続けながら、うわ言の様におとうさんおかあさんと嘆き続けている。


 どうすればいい、どうすればいいんだ。考えた所で未だ成人もしてなければ人生経験も余りない俺にはどうする事も出来なかった。


 


その後は何がどうなったのかは朧げにしか覚えていない。


 ただ確かに言える事は、両親の肉体は既に判別不能な状態を通り越して木っ端微塵に四散していたらしく、葬式に遺体も無ければ骨壺にも納められなかったと言う事だけだ。


 まだ未成年であった俺達であるが、両親の残してくれた保険金、その他諸々の財産、謝罪賠償金と言ったものを受け取った事で親族が続々と湧いて出てくる。




 今まで見向きもしなかった佐倉家に、ハイエナの様に擦り寄ってくる。


 未成年なのだから叔父さん達が管理してあげる、とか。安芸ちゃんは叔母さんと一緒に暮らそう、とか。


 未成年である事は間違いが無いが、俺が成人するまでと言う期限付きで叔父に世話になる事になった。ほぼ強制的と言った感じだったか。


 世話になる間も俺は自分なりに司法の勉強を行い、弁護士にも相談に乗って貰っていた。


 そのお陰で何とか成人後に様々な手続きを踏まえて正式に独立、と言う形で佐倉家の家督を継ぐ形で落ち着いたが、俺も安芸も心の傷は完全に消え去ってはいない。それだけが心残りではある。


 とにかく俺に出来る事は、安芸が嫁ぐまで何としても守り切ってやる事だと思った。血の繋がりは無いとは言え、彼女は正真正銘俺の唯一の家族に違いは無い。






 しかし、運命と言う物は、残酷なものである。


 両親の死から四年後、俺が23歳、安芸が22歳の時だ。この時俺は辞令により遠方の仕事へ向かう事になった。


 と言っても一応時間さえかければ帰宅は出来る距離の現場を任された。片道車で二時間と言う所だ。


 若くして現場を任される、と言えば聞こえは良いが半分以上は研修の意味合いも有り、実質はただの歯車の一つにしか過ぎない。


 でも俺はそれでも必死になったさ。少しでも頑張って笑顔で安芸を送り出してやるんだと意気込みまくってね。


 朝早く夜遅くと言う生活を続ける俺を、安芸も精一杯支えてくれていた。俺が無理し過ぎないようにと。本当に良い子だよ。そんな日々が続いたある日、平穏は打ち破られる。


 何時もの様に車を走らせて、自宅へと戻った俺が感じたのは途轍もない違和感。この時間なら安芸が帰宅しており、電気類も付いている筈なのだが……家の灯は真っ暗に、落ちたままだ。




「残業とは聞いていないし、安芸の車もある……って、何故鍵が開いている? 待てよ、まさか!?」


 俺はドアをあけ放ち、手元の懐中電灯で室内を照らしつつ照明を付けて行く。最近は暗くなるのが早いからと安芸に渡されていた物を車に積載して居たのが功を奏した。


 実際暗がりで転んで怪我をした事が有ったので、安芸に随分心配を掛けたっけな。


 照明に照らされた室内が物語るのは、空き巣、と言った類に荒らされたとしか言えない状況だったと言う事だが、そんな事より今探すべきなのは、それは間違いなく安芸だろう。



 スマホにコールを掛けると、微かな着信音が安芸の部屋から聞こえてくる。


 コールしつつ慎重に安芸の部屋へと向かう。荒らされた室内は至る所で物が散乱しており、慎重に進まなければならないと言うのもあるが、この状況でコールに出ない。



 それが意味する物を信じたくないと思いつつ俺は薄々感じ取っていた。


「あ、安芸……? 居るのか? 入る、ぞ?」


 安芸の部屋のドアに手を掛ける。手が震えているのが分かる。安芸の部屋から何か、生臭さの様な物が漂っている。絶対にただ事ではない。俺は意を決してドアを開く。そこに居たものは――。


 部屋の至る所に飛び散る変色した赤と白と思わしき液体。至る所に刺し傷、切り傷のある、安芸の変わり果てた姿が俺の目に飛び込んできたのだ。


 この惨状から何があったかは想像が付くが、それを認めたいと思う人間は存在しないだろう。


「あ……ぁ……嘘だ、嘘だろ……あ、安芸!! おい、返事をしてくれ!! なあ、嘘だと言ってくれよ、安芸ぃぃぃぃ!!」


 俺は力なく横たわる安芸の手を取りながら、ただ我武者羅に叫ぶ事しか出来なかった……両親の死の際には、まだ安芸と言うブレーキ、支えが存在した。




 だが今の俺には無いも無い。ただ、泣き、叫び、異様なその状況に、隣人が通報をしてくれたらしい。


 大の男が血塗れになりながら女の手を握り泣き叫ぶ状況。当然俺は即時警察へと連行、事情聴取をされた。


 尤もまともな精神状態では無い中での事情聴取だった為か、そして俺には肉親が存在しない事から、身元保証人として会社の上司が事情説明に来る事に。


 これにより俺が安芸を殺害する事は不可能、と言う事を証明され解放されたが失われた命は戻って来ない。


 傷心の状態だが解放直後に警察へ詰め寄り、必ず妹を殺した相手を捕まえてくれと涙を流しながら懇願し、俺は崩れ落ちた。


 あれから五年、未だに安芸を殺害した犯人は捕まって居ない。安芸の件は強盗殺人で処理されている。


 あの惨状から強姦などもされているだろうが、それの公表は控えて貰った。死後に人権は無いとしても、性的暴行等と公表したくないのが家族としての心情だ。


 どんなに辛くても生きて行く上では働かなければ生き残れない。どんなに絶望しても腹は減る。


 と言ってもこの五年、飯に味を感じた事は無い。本当に栄養だけ補充している、そんな日々を送っていた為だろうか。





 そう、俺が異世界に召喚され、冤罪で死刑判決まで持って行かれても動じず、ただ全てを受け入れて居たのは――全てを諦めていたからに他ならなかったからだ。





今は亡き祖母が落し物の財布を拾い、最寄りの警察に届けました。あれ、祖母だったから良かったものの、多分俺なら怪しまれてと言うパターンががが。

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