第二十話 再会と誓い
物語は新たな盤面へ。
どれ位意識を失って居ただろうか? 目を覚ませば、見知らぬ天井、では無く最近よく見る天井。精霊騎士レオナの屋敷の一角、俺が借り受けている部屋の天井だ。
「気が付かれましたか?」
そう言って声をかけて来るのは、屋敷を統括する執事長その人だ。ご老体ではあるが、随分と疲れ果てている様な気がする。いや、無理も無い。俺がどれ位寝ていたか分からないが、少なくとも俺が戦っている最中、安芸は意識戻って居なかったと聞く。
「レオナは、無事なのか?」
「はい。今、お隣におられますよ」
隣、だと? 確かに安芸の部屋は隣だが、未だに回復して居ないと言う事か?
「そう、か。まだ目を覚ましてないんだな……俺は何日眠って居た?」
「……失礼とは思いますが、本気で言ってます? レオナ様なら、『お隣』で添い寝されておりますが?」
そう言えば、確かに右半身側に体温を感じる。視線を動かせば、俺に抱き着く様に安芸が静かに寝息を立てていた。
「所であれから何日経った? 街は、人々は?」
「ユウキ様が倒れられてから、約五日経っております。街の方は被害が大きいですが、フィリア様を始めとした陣頭指揮で持ち直しております。そしてこれもガルーダ様のお力添えの賜物で御座いましょう。少数の犠牲者が出ただけで済んだと聞いております」
執事長の話を統括すると、犠牲者が出た物の、大多数は守る事が出来たそうだ。俺が眠って居た五日の内、初日には騒動が解決した。やはりガルーダの読み通り、召喚魔法によるもので、召喚者を倒した所モンスターが減り、手数不足が解消。一気に持ち直したそうだ。
なんでも、魔王種ギガンテス自体が囮だったらしく、その間に魔族が変化魔法にて都市に侵入。要所要所で召喚魔法を行使し、大規模なモンスター召喚を行っていたらしい。
俺が倒した、神雷のケリュケイオスに付いては一切情報が無いが、恐らく奴が全ての指揮を取って居たのであろう。何とか倒す事が出来たが、あんなのが後三人もいる。更にその上に魔王と邪神、ちょっと荷が重い。
「んん……」
「おや、では後の事はレオナ様にお任せします。今暫くで朝食の準備が整いますので、ご支度が終わりましたらお越し下さい」
そう言って部屋から出て行く執事長。そう言えば、五日も寝ていたせいか、物凄い飢餓感を覚える。
「ぁ、兄さん、おはよう……もう、二度と起きないんじゃないかって、心配したんだよ……」
「それはお互い様だぞ。本当に生きた心地しなかったんだぜ? もう二度と、安芸を失わないと決めた矢先にあれではな」
フィリアを守り、ギガンテスの一撃を受けて、止めを刺されそうになった安芸。間一髪で救出に成功したが、本当に危機的状況だった。安芸をフィリア達に預けて、鬼神との再戦を終えた段階で、意識が回復しない状態と聞き、とても動揺したしな。
そんな精神状態に加え、都市が攻撃されていると来れば、脳の処理能力が追い付かず、俺は半分混乱していたのだと思う。少なくとも意識不明の安芸も、被害に遭っているのではと、焦りが先行したのだろう。
結果として、住民の無残な状態に激高し、理性を失い欠ける。少女の一言で回復したが、そこで油断していたのだろう。まさかの、四天王との遭遇戦。俺自身、魔法に対する防御耐性が弱いので、相性最悪の相手であった。結果、相討つ形での決着となった。
「ま、とにかくお互い生きてて良かったよ。取り合えず腹が減った、生きてりゃ腹は減る。生きてる事に感謝しなきゃな」
「……うん」
色々話したい事はあるが、取り合えず飯だ。俺はさっとクロークに袖を通し、安芸を待つ事にした。のんびりと起き上がる安芸は、薄いネグリジェの効果か、とても艶やかで、今にも押し倒してしまいたくなる衝動に駆られる。
「ごめん、先に行ってて? 着替え、部屋に戻らないとだから」
「ん、そうか。なら、お手を拝借するよ。お姫様、こちらへ」
「……もう」
そう言いながら、頬を薄く染めながらも、しっかりと手を取る安芸。生きている、生きてるからこそ伝わる温かさ、鼓動。良かった、無事で。
着替えを終えた安芸と、食堂まで手を繋ぎ歩く。食堂までは僅かな時間しか掛からないが、ゆっくり一歩ずつ。お互い無言のまま。だが、気まずさの類は一切ない。
「お待ちしておりました。本日はユウキ様の体調を考え、麦粥を始めとする、胃腸に優しい食事をご用意致しました。ご賞味下さいませ」
「なん、だと……」
正直肉系統の料理をがっつりと行きたい気分だったが、まぁ確かに一理ある。普通に考えて五日も寝込んでいたのだ。俺自身は衰弱を感じていないが、臓器の働きは低下している可能性がある。
と言うか、この指示は俺が起きる事を前提として、なのか? 偶然にしては、出来過ぎな気がするが。
「実際の所、私が目を覚ましたのも二日前。まだ体が弱ってるから、このメニューを頼んで置いたんだよ。私の分に加えて、量が増えるだけだから大丈夫だよ。ね?」
「勿体なきお言葉。我々はレオナ様の為でしたら、全身全霊を以て、事に当たらせて頂く所存に御座います」
と言うか驚きの事態は更に続く。安芸も目を覚ましたのは二日前、単純に俺が倒れてから、三日は意識が戻って居なかったと言う事だ。心肺停止ではないので、脳にダメージは無いらしいが、やはり臓器の機能が弱って居たそうだ。
「それにしても、四天王かぁ。私も噂には聞いていたけど、遂に攻勢に出たんだね、魔王軍」
朝食を終えて、リビングルームでの安芸との会話。俺が倒したのが、神雷のケリュケイオス。四天王の一角で、魔王の右腕と言われる程の実力者。実質四天王の筆頭であり、過去に勇者とも戦った超越者でもあると言う。
「でも、流石兄さん。私からすれば良く倒せたと思うよ? 少なくとも、兄さんの話からすればだけどね。私達、高位精霊騎士四人で連携して、倒せるかどうかって所だよ」
成程、だから召喚勇者に、魔族を叩かせようと、国ぐるみで召喚を行っている訳か。精霊騎士は強いとは言え、成長限界のある現地人。転生者である安芸だから、それ以上の強さを持つ訳だが、それは高位精霊の加護を持つ、他の精霊騎士も同様だ。
「……人類側の戦力、本当に足りていないと思うよ。転移門から入った情報によれば、一番被害の大きかったのが地の精霊都市。ノーラちゃんは重傷……一命は取り留めているけど、復帰にはちょっと時間が掛かるみたいなの」
「地の精霊都市は、ここから正反対の所だったな。他はどうなんだ?」
「水の精霊都市の被害は皆無。水の精霊騎士マリンの強さは、私を遥かに超えている。出現したモンスターの中には、アークデーモン級の敵も居たらしいけど、マリンは一刀で切り伏せたそうよ。高い魔法、物理耐性を持つ存在を、良くやれるよ」
流石、歴代最高峰。過去の勇者に迫るレベルを持つと言う、精霊騎士マリンの強さは一線を画している。だが、次の話を聞いて、俺は一つ違和感を覚えた。
「最後に火の精霊都市なんだけど、私もその情報に困惑したと言う感じ。予想では苦戦はするだろうけど、撃退可能ってレベルの筈なんだけど……被害は皆無だったらしいの。ダークドラゴンが出たと言うのに、だよ?」
ダークドラゴンとは。上位の魔族と同等かそれ以上の力を持つ、魔界の竜種。条件次第では、四天王の座をも揺るがす存在に進化する。過去に対峙したと言う文献によれば、精霊騎士総出で戦い何とか討伐出来たそうだ。
「アリシアも強いんだけど、幾ら何でも被害が皆無と言うのがあり得ない。アリシアはのスキルや技は防衛には向かないんだ。何やら、刀を持った武人さんが共闘した事で倒せたって聞くんだけど……ダークドラゴンの首、一発で刎ねたそうで」
刀を持った武人。安芸は高位精霊騎士の実務経験中に何度も、火の精霊都市で修行の一環として、精霊騎士アリシアとの戦闘訓練を重ねている。しかしながら、その様な人物に一切心当たりが無いと言うのだ。
「それ程の力を持つ人なら、何故今まで表舞台に出てこなかったのか、と言うのが分からない。過去には、同じクラスのモンスターの大襲撃もあった筈なのに」
俺は一つの仮説を立てた。いや、ある意味答えなのかも知れない。彼は、何時の日か会おうと言い残しこの世を去り、この世界の輪廻へと加わった。もし、彼が女神様の導きで、火の精霊都市、精霊騎士アリシアと出会う運命を得たとしたなら?
だとしても正直解せない。火の精霊都市への襲撃も、この風の精霊都市との同時進行であった筈だ。時期的にそんな短時間で、都合の良い形で転生など、ありえるのだろうか?
「……もしかしてだけど。兄さん、何か心当たりでもあるの?」
「確証は無いが、あると言えばある。俺はギガンテスを討伐した後、もう一人の魔王種を倒す事になってしまったんだ。その人が転生したとすれば、安芸が知らないのも無理は無い、と言う仮説だ」
もう一体の魔王種、と言う言葉に安芸が動揺を隠せない。無理も無い、倒すつもりは無かったとは言え、魔王種との連戦。一応万全の状態で戦えれば、安芸もギガンテスに後れを取る事は無かったが、戦闘に万全な状態などない。勝負は時の運とも言う、負けは負けだとは安芸の言葉である。
また、帰還後に都市での戦闘、四天王の撃破。立て続けに起こった戦闘を、安芸が意識不明で眠っている最中も戦い続けていた事実に、安芸は項垂れて頭を左右にブンブンと振って、何かを振り払う様子だ。
「ごめんなさい、私が――」
「気にするな。本来なら最後まで戦い抜くつもりだったんだがな、四天王と言うビッグネームにしてやられただけだ。そう言えば、他の四天王の情報はあるのか?」
安芸の言葉をノータイムで切り返し、更に四天王の情報を求める。少なくとも後三名、情報があるに越した事は無いんだが。
「……うん。えっとね、獄炎のインフェルナグ。絶氷のクリスコフィン。地神グランゲイル。そして兄さんの倒した、神雷のケリュケイオスで四天王と呼ばれているよ」
獄炎のインフェルナグ。ダークドラゴンの進化系で、地獄の業火を操る竜魔人との事だ。先にダークドラゴンが条件次第で四天王を脅かすと言ったのは、このインフェルナグが最たる例だからだと言う。
次に名前の挙がった絶氷のクリスコフィン。元人間、大賢者だったと言われるが、詳細は不明との事。各方面で様々な噂があるが、当時所属していた国、大賢者を召喚した国は消滅しており、詳細が分からないまま噂だけが広まっているそうだ。
そして地神グランゲイル。天界で罪を犯し、地上に堕とされた天使。堕天使として進化したが、高密度の魔力体の為、受肉して肉体を定着させる必要があったそうで、たまたま討伐されたアースドラゴンの亡骸に受肉。その後、アースドラゴンを倒した高位冒険者を喰らい、人型に変化したと言われている。
「すまん、安芸。これなんて厨二病発表会?」
「……お願い言わないで。私も文献を見て、同じ事を思ったよ……」
そう言って両手で顔を隠し俯く安芸。無理も無い、厨二と笑える内容ではあるが、この世界では間違いなく最上級の脅威である。ファンタジーな世界だからこそ、なのだろう。
「すまんすまん。脅威なのは間違いない、しかし当然こいつら、魔法を使うよな?」
「え、うん。私もだけど、あれ? 兄さんも魔法は扱えるよね、ガルーダ様に教わったと言ってなかったっけ?」
「あぁ、魔法は俺も使えるんだが……攻撃のみ、でな。耐性がさっぱりなんだよ」
そう、俺の欠点は魔法に対して、耐性を持たない事だ。重機外装は、いわば鉄や複合装甲。物理耐性が異常に高い反面、魔法耐性が著しく低い。異世界人特有のステータスがあるとしても、防御力は装備に依存する。
つまり、魔法に対する防御装備をある程度準備しないと、今後予想される、魔法に対してレジストする事はおろか、対抗する事も難しくなる。
「んーでも、確かに対魔法装備を整えるのは難しいよ。基本的に高価、兄さんからすれば大した額ではないけどね。ただ、戦闘で通用するとなると、アクセサリー関係だけど……」
そう、俺の装備、重機外装を展開すると、その時装備している鎧等は、一時的に解除される。盾や鎖帷子と言った類の物も同様だ。一応、リング、ネックレスと言ったアクセサリー関係は解除されないが、効果が低い。
「無いよりはマシだけど、折角ならちゃんとした魔法耐性アクセサリーを装備したい所だね。でも、そうなると地の精霊都市の協力が不可欠。現在の状況では、特注のアクセサリーを作るのはちょっと難しいかも」
「いや、可能性は無くは無い。身分を盾にする事になっちまうが、精霊騎士ノーラの代役として守護の任務を請け負えば、その間の経済活動は何とかなるだろう」
現在、地の精霊都市は、高位精霊騎士ノーラが戦線を離脱している。急遽、引退した先代精霊騎士が矢面に立ち、後輩の下位精霊騎士が補助に回る形であるが、全体的な戦力不足に変わりはない。
水の精霊都市は言わずもがな。火の精霊都市も謎の武人の協力もあり、問題ない。この風の精霊都市にしても、フィリア達五名が、高位精霊騎士にあと一歩の所まで来ている。安芸が指揮を執るなら、最悪の事態も大丈夫だろう。
「うん、今度は不覚を取らない。フィリア達も育って来てるし、ここはやっぱり兄さんが出張るべきなのかな……分かった。地の精霊都市にコンタクトを取るよ、でも……くれぐれも、ノーラちゃんに惚れちゃダメだよ? あの子、小動物並みに滅茶苦茶可愛いんだから」
「分かってる。誓っても良い、俺は安芸一筋だ。安芸を守る為なら、俺は鬼にでも悪魔にでもなるさ」
一先ず、俺の魔法耐性を強化する為、地の精霊都市との連携を取る事になった。上手く事が運んでくれれば良いのだが。