第十九話 蠢く影
鬼神を見送った俺は、ガルーダに乗り精霊都市へと向かう。やはり気が重い。魔王種は倒したとは言え、安芸が負傷、精霊騎士達の心のケアもある。フィリア達への言葉は、俺の自爆であるが。
しかし、俺はどうにも解せない。確かにこの世界には、モンスターと言う存在が居て、己の生存を賭けて人類を襲う。そこはまだ分かるが、何故精霊都市のこんな近隣に、魔王種と呼ばれる災厄級の存在が現れたのか。
この手の最上位のモンスターは、秘かに発生して成長。災厄を齎す存在に進化する訳だが、その工程を飛ばして、いきなり精霊都市郊外に現れた。数多の命を糧に、魔力と魂を貯めて進化するモンスターなのに、だ。
「都市の人間を養分とする為、にしてもリスクの方が大きい。一体何が起こっている? ともかく、安芸の復帰後に色々調べてみよう」
何にせよ、俺はこの世界の知識に疎すぎる。この世界の頂点の一角、精霊騎士レオナに転生した我が妹の安芸ならば、ある程度この辺の事情にも精通しているだろう。
問題は安芸はギガンテスとの戦闘で負傷。ガルーダによる応急処置で一命は取り留めているが、未だに意識は戻って居ないと聞いた。
無理も無い。俺は異世界人特融の超ステータス、固有スキルによるゴリ押しだが、安芸が持つのは風の女神セラフィーナ様の加護。そして自身がこの世界で努力し鍛えた技だけなのだ。
精霊騎士と言うジョブは、この世界の頂点の一角。高いステータスを持つが、それでも異世界人には遠く及ばない。また、ギガンテス級の巨大な敵となれば、ステータスに加え、物理法則等も無視出来ない。
「理不尽、と言わずして何というべきか」
だからこそこの世界では、勇者召喚と言う名の誘拐が起こっているのであろう。巻き込まれた側としては、堪ったものじゃない。
この世界の人間としては、何故力があるのに助けてくれないの? と言う感覚だろう。が、これも俺から言わせればクソ理論。プロボクサーは力があるから、虐められている人を助けて回れと?
金持ちはお金を沢山持っているから、無償で貧困者を助けて回れと? と言う事だ。
「まー色々対策を講じて、どうにもならなかったから。と言うのもあるだろうが……」
召喚。異世界から人間、主に地球から攫って来る訳だが、そもそもどうやって異世界と言う概念を知った? 仮説は幾らでも立てれる。
一番最初に召喚されたのが、偶々異世界の住人で、それが広まった。そう考えれば異世界が存在すると言えるが、この世界の知識レベルで、異世界と言う概念を受け入れられた、と?
「現世でさえ、人種問題も解決で来ていないのに、別次元、別の世界? 信じられんだろう。何者かが関与、ってそんな事出来るのは、それこそ……」
背筋が凍る。口には出さないが、まさか、神々と言う超常の存在が関わっている、のか? そんな事を考えつつ、精霊都市が視界に入って来るが、その光景に俺は自分の目を疑った。
「ガルーダ、俺は夢でも見てるのか?」
『いや、我にも主と同じ光景が見えておるよ。しかし、何故だ? 確かに人間種は弱いが、精霊騎士が一時的に離脱しているとは言え、この様な事が起こり得るとは……』
どうやら夢では無いらしい。精霊都市の至る所から煙が上がり、場所によっては火災が発生している。そして、逃げ惑う人々を襲うのが、大量のモンスター。迎撃も行われている様だが、如何せん人数が足りていない。
「急ぐぞ! とにかく今出来る事は、一人でも多く人命を救う事だ! 力を貸せ、ガルーダ!!」
『承知した!』
俺はガルーダに騎乗したまま、都市部上空へ移動している。その間にも、都市の至る所でモンスターが暴虐の限りを尽くしている。
「もう我慢ならん。ガルーダ、俺は北部を中心に制圧する。飛び降りるから、ストームブラストを最大火力で俺に打ち込め! 俺に攻撃した後は、南部から北部方向へ遊撃しつつ、モンスターを叩いてくれ。都市中央部で合流だ!」
『承知……って、主よ本気か? 我の攻撃を最大で、とは。正気とは思え――』
「やるんだ! これ以上急ぐのであれば、それしかない! ぶっつけ本番? 上等、異世界人の耐久力見せてやんよ!!」
『承知した。死ぬなよ、我が主よ』
ガルーダに南部は任せ、俺は都市上空目掛けて飛び降りる。直後、ガルーダの必殺技、ストームブラストが放たれる。俺は重機外装にて召喚した、ブルドーザーの巨大な排土板を帆の代わりにして、ガルーダの攻撃を巨大な推進力に変換する。
『全く、無茶をする……だが、嫌いではない。さて、主の期待に応えるとしようか。我が庇護下の都市を襲う愚か者に、鉄槌を下さぬとな』
脳内に響く声に、チラリと視線をガルーダに戻せば、ガルーダもその身を急降下させて、南部に散らばるモンスターの討伐へと向かった。
「せめて、この子だけは……!」
「「「グギャギャ!!」」」
上空から高速で移動する俺の目に映るのは、まだ歩けない幼子を庇い、モンスターへ懇願する母親。その身は複数のモンスターによって甚振られたのか、服は破られ、素肌には無数の切り傷、出血も確認される。
この精霊都市に住む家族は、大抵父親や長男がモンスター討伐の任務を背負う者、防衛隊として内勤の者、他は外へ出て居る事が多い。故に残された母子の頼みは、都市内の防衛部隊だ。衛兵隊、警邏隊、それらに権力者保有の傭兵。これらが有事の際には都市内部の防衛に当たる。
しかし、戦域が広範囲である事が防衛の足を引っ張っている。防衛対象に対して、防衛部隊の数が足りない。冒険者として外に出て居なかった者、非番の兵士等が急遽参戦するが、それでも焼け石に水と言う状態だった。
「お、お願いします。何でもしますから、この子だけは!!」
そう懇願する母親に、モンスター達がニヤニヤと笑みを浮かべながら接近する。モンスターにはある程度の知性があり、ある程度ではあるが人の言語を理解する。故に、母親の言葉にモンスターが興奮して、手を伸ばす。ナニをするのか、されるのか、考えるまでも無い。
「さっせるかよ、クソザコがああああ!!」
「グギョ!?」
そう言って俺は、上空から超加速で地上へ舞い降りる。着地地点に居たモンスターを踏み潰し、狼狽えるモンスターに、次々と鉄拳をお見舞いする。
「し、使徒様……」
「ここは危険だ。中央の神殿へ向かうんだ。神殿なら神殿騎士が守りに就いている。非常事態故に人の数も多いが、纏まって行動すればその分守り易い。援護する、行くんだ!」
「は、はい!」
母子を護衛する形で、中心部の神殿へ進路を取る。途中、大声を上げながら、逃げ遅れた住民を集めて護衛する。現在の俺の最大速度は、素人目には瞬間移動している様にしか見えない。多少モンスターが多方面から現れた所で、対処は容易だ。
「そこ! おらぁ! 邪魔だ! セイ、ハァ!」
獅子奮迅、孤軍奮闘。俺が降り立った北部には、所謂ザコモンスターが大量に沸いている。俺からすればザコだが、冒険者ランクで言えば、ブロンズランクが普通に戦う位の相手である。戦闘能力のない民間人には、荷が重いと言うレベルでは無く、太刀打ちする事が出来ないレベルだ。
「良いですか、皆さんは必ず守ります。だから決して単独で行動しないで下さい。何かあったら大声で伝えて下さい! そこ! オラオラオラ!!」
集まる住人、住人を襲うべくモンスターも沸いて出るが、俺の前には只の案山子に過ぎない。片っ端から瞬殺し、可能な限り住民を救出する。だが、それでも既に手遅れの者も、居ない訳では無い。
衣服を剥かれ、全身傷だらけで力無く横たわる若い女性。子供を庇う様に倒れ、子供ごと剣で貫かれ、息を引き取っている高齢者。年端も行かない子供が、身の丈に合わないロングソードを持ったまま、息絶えている。
「……クソが!!」
地獄の様な光景が目の前に広がる。何が神の使徒だ、何が皆は必ず守るだ。それもそうか。最愛の妹すら守れない俺に、この都市を守る事など。
「っ!?」
「おにいちゃん、とてもこわいかおしてるよ……でも、だいじょうぶ。わたしも、おかあさんもみんないるから、だいじょうぶだよ!」
「こ、こら! 使徒様、申し訳御座いません。娘がご無礼を……」
小さな娘に手を握られ、俺は我に返った。母親が必死に頭を下げているが、逆に礼を言うべきだろう。怒りは全てを見失わせる。最高の結果を望むが、今は最善を尽くすだけか。
「気にしないで下さい、お陰で冷静になれましたよ。お嬢ちゃん、怖くってごめんな。皆聞いてくれ。もう直ぐ神殿だ、神殿の地下は広大だ。一応この都市の住人全てを収容し、一月程度なら持ち堪えられる備蓄もある。落ち着いて行動してくれ」
俺の言葉に、命を救われた住民は無言で頷き、誘導の神殿騎士に従い神殿内へと避難していく。その間も俺は、迎撃している神殿騎士の援護に入ったり、住民を追って来たモンスターを迎撃する。
時には少々持ち場を離れ、逃げ遅れた住民の捜索、そして救出と迎撃。手遅れな住民を見て、怒りに燃えつつモンスターを倒す。どれ位時間が経過したのか、モンスターの声も小康状態になり始める。
『主よ、そちらの状況はどうか?』
「ガルーダか、小康状態と言う感じだ。出てくる数は減ったが、キリがない。南部はどんな感じだったんだ?」
『うむ。南部全域で、極少数ではあるが、巨大な魔力反応を持つ者がおった。それらが召喚魔法を使用し、モンスターを呼び出していた』
召喚魔法。俺達がこの世界に呼ばれた召喚とは別に、この世界からモンスターを呼び出し使役する魔法。俺の重機召喚も召喚魔法の様な物だが、自律行動する訳では無い。召喚魔法は使役、呼び出したモンスターを意のままに操れるのが、俺のスキルとの違いだ。
「成程な。俺は召喚者を倒していないから、呼び続けられている訳か、厄介な事だ。俺には魔力の逆探知と言う高等テクニックを取得出来ていない、ガルーダ済まんが」
『分かっておる。こちらはもう直ぐ片が付く。我がそちらの召喚者を討伐する、もう少しだけ耐えてくれ』
「問題ない。俺はもうあの時のクソザコじゃねぇ。とことんまで戦い抜く!」
そう言ってガルーダとの念話を切り、念話中の隙を突いて来たモンスターを一撃に沈める。直後、いや、モンスターを叩くと同時に、凄まじい速度の、強力な魔法が俺に襲い掛かる。
「ぬぐっ!? ぐあああ!?」
俺の重機外装は、無敵の防御装甲ではない。ある意味で無敵に近いのだが、俺にダメージが無いのではない。重機外装の特徴は、重機がダメージの肩代わりをして、耐久力が減っていく。
重機の耐久力は無限ではない。耐久力が無くなり切るまでは、ノーダメージかと言えば、そうではない。この装甲の欠点が、魔法攻撃に対しては、耐性が全くと言っていい程存在しないと言う点だ。
「おや? まさか攻撃が通るとは思いませんでしたよ。ギガンテスを倒したから少々警戒していたのですが、過大評価だったでしょうか」
「な、何を……ぐわああああ!!」
超速の強力な魔法を放ったと思われる人物が、俺の前方に現れる。直後、立て続けに雷系の魔法を放たれる。雷速で迫る魔法に、俺に打つ手は無い。無抵抗のまま、無数の稲妻を喰らい、俺は項垂れ膝を付く。
「ぐ、この野郎、がああああ!?」
「成程、そう言う事ですか。神の使徒、でしたか。恐れる程ではありませんね。では……」
そう言うと、魔力感知を持たない俺でも感じる、想像を絶する強力な魔力の塊を作り出す人物。不味い、た、耐えれるのか!?
「ああそうそう、冥土の土産に教えて差し上げます。私は魔王様の配下で、四天王の一角、神雷のケリュケイオスと申します。親しき物はケリィと。では、サヨナラです……」
そう言って手を振り翳すと、天空から無数の落雷が降り注ぎ、俺の周囲を取り囲む。そして、竜巻の様に高速回転しながら、放電による超エネルギーを、四方八方からぶつけて来る。
俺は必死に防御の態勢を取るが、如何せん魔法攻撃に対しては、然程効果も無い。異世界人特融のステータスを有するが、それすらも貫通する強力な魔法攻撃に成す術が見当たらない。
「ほう、まだ耐えますか。私の攻撃に耐えたのは、初代勇者に次いでの快挙です。ま、それもいつまで持つでしょうか?」
「ぐ、まだ、この程度で、やられる物か!」
本当は限界に近い俺の精一杯の強がりに、神雷のケリュケイオスは、俺の姿を見てヤレヤレと言う仕草をする。直後、俺を取り巻く雷の嵐が、その威力を倍増させる。重機の耐久力もガンガン削られて行く。
「哀れな、死んでしまえば楽になりますよ? 諦めては如何ですか?」
「……だが、断るッ!!」
「はぁ。雑魚が粋がりますねぇ。では望み通りに……死になさい」
どうやら神雷のケリュケイオスは、まだ余力を残している様だ。トドメ宣言をして、手を大きく振り被る。その手には新たに巨大な魔力が練り上げられて行く。
しかし、それは明らかなる隙、油断だと言える。素人の俺から見ても、何処からどう見ても誘いには見えない、余裕と侮蔑を秘めた隙。逃さん、その隙を突かせて貰うぞ。
「そこだぁぁぁぁ!!」
「!?」
一瞬、一瞬の魔力チャージの隙を突き、俺は超重機融合を発動する。その右腕には、明らかに重機とは一線を画す、巨砲が備えられていた。発砲。轟音と共に、超高速の砲弾が神雷のケリュケイオスに着弾し、その胴体を大きく穿つ。
同時に、貫通した砲弾の余波で、都市内の家屋が複数纒て崩壊した。守るべき都市を破壊しては本末転倒だが、この神雷のケリュケイオス相手に、手加減出来る余裕は無い。
「ば、馬鹿、な……貴方の、何処に……そんな、力が……ごふっ」
「窮鼠猫を噛むって、な。仮にも神の使徒、だぜ。そう、簡単に……負けてやる訳、ねーだろが……」
俺が召喚したのは、世界最高峰と呼ばれる火器管制能力を持つ、某極東の島国が誇る陸戦の王者が備える物。その名も44口径120ミリ滑空砲。この雷の嵐の中でも、正確に敵を打ち抜いてくれた。
「あ、ありえ……ない、そんな。魔王、様……申し訳、御座いません……」
そう言って仰向けに、どさりと倒れれば、間もなく神雷のケリュケイオスは、光の粒子となって天へと昇って行った。
「く、駄目だ……ガルーダ、聞こえてるか? すまねぇ、後は頼む――」
ガルーダにそんな念話を送り、俺の意識は闇の中へと沈んで行った――。