第十八話 強さの果てに何を望む?
有名なセリフの一部を引用しています。強さの果てに――貴方なら何を望みますか?
再びやって来た鬼神の住処。ガルーダに促されて挑んだ相手だが、完膚なきまでに叩きのめされた。そして、魔王種の出現により、俺は鬼神との組手と言う名の手解きは中断されたが……。
終わったら今一度来る、と言う約束を交わした俺は、ここに舞い戻った。
鬼神の住処を奥へ奥へと進む。最深部に彼は居た。俺を見送った時と同じく、座禅を組んだままである。
「……まさか本当に戻るとは思わなかったぞ、若人よ」
「礼には礼を。義理と人情を忘れたら、貴方が生きた日ノ本の男児として、生きていけませんから。待って居て頂き、ありがとう御座います」
口約束が信用できないから、契約書なんて物がある。尤も破るからこそ条約と言う物でもある。だが、俺は決してこの約束を破るつもりは無い。
「礼を述べる人間など、この世界では其方が初めてである。良いのか? 我は其方等の言う、危険なモンスターだぞ?」
鬼神の俺を挑発するような言葉。確かに鬼神程の存在なら危険とも言えるが、彼は違うと断言出来る。何故ならば――。
「善悪の価値観は人それぞれ、俺は礼を尽くすべき人には礼を尽くす。貴方が悪しきモンスターだと言うなら、俺は既にこの世に居ませんよ」
俺の答えに鬼神は、ただ無言で頷くのみ。そう。彼が本当に危険なモンスターだと言うなら、最初から俺を殺す事は造作もない事だ。
鬼神はすっと目を見開き、座禅を解くと、台座から降りて腰を落とし構えを取る。
「良い。其方は信ずるに値する。我が技術、其方に伝授しよう……そして、これだけは確認させてくれ。強さの果てに何を望む?」
そう語る鬼神の目からは、全ても見透かすかの様な真っ直ぐな視線が向けられている。嘘を付くつもりもない。俺はただ純粋にその問いに答えた。
「強さに際限は無い、ただ愛する者を守る為。俺にとっては、それ以上もそれ以下も無い。今度こそ、俺が彼女を守る。もう二度と彼女を失わない為に!」
答えは十人十色であろう。力を求め続けたら際限がない、俺の目的はただ一つ。愛する人を守る為に。再び巡り合えたこの奇跡を、一時の物で終わらせない為に。
「良かろう、其方の覚悟は受け止めた。気を抜くなよ若人よ。ここから先は、踏み外せば真っ逆さまの谷底よ。其方ならば超えられよう。超えられぬならそれまでだ」
俺の答えを聞いた鬼神からは、先の稽古の時とは比べ物にならない程の圧力を感じる。そう、間違いなく殺気だ。
確かに格上との戦闘は、何から何まで糧となる。しかし所詮は稽古であり訓練でしかない。何より実戦に勝る物はない。鬼神はそう伝えたいのだと本能で理解した。
「承知……!! 往くぞ、荒ぶる鬼の神よ。人として、少しでも貴方の頂に、近付かせて貰う!!」
ガルーダ立ち合いの元、再び俺の稽古が始まった。先程とは段階が違う、踏み外せば落ちるの意味、それ即ちこの命を懸けて挑む物なり。
「良い顔つきになった。先の其方は、ただの軟弱な男であったが、見違えるようになった」
「貴方のお陰ですよ。あの手解きがあったからこそ、俺は最愛を守る事が出来た。どんなに感謝すれば良い事か」
そんな会話をしながら、超高速での攻防を繰り広げる。最初に対峙した時からすれば、俺の動きも格段に上がって居た。だが、鬼神の動きはそれ以上。まるで赤子の手を捻るかの如く、ギアを一段階上げている。
「ふ、フハハ! 良いぞ、良いぞ! 滾る、心が滾る! この様な気分を味わうなど、ここ数百年無かったわ!!」
「ご、期待に、添えて、何より……ですッ!!」
鬼神に追い縋る俺。だが、付いて行くので精一杯。そんな俺を見抜いたのか、鬼神は更にギアを一段階上げて来る。
「ッ!!」
「まだだ、まだ行けるだろう? 滾れ、滾れ滾れ滾れ!!」
先の訓練では届かなかった俺の攻撃。俺の拳が鬼神の拳と競り合う様になってきている。だからだろうか、鬼神の動きが格段に向上する。
「おおおお!!」
「はあああ!!」
暴風圏と暴風圏の競り合い、俺も鬼神も一歩も引かない。徐々に押され始めるが、俺も引く訳には行かない。既に全力を出しているが、未だに鬼神に届かない。
「ま、まだだ……!」
「ククク、では、更に段階を上げるとしようか。死ぬなよ、若人よ!」
マジか、この上が更にあんのかよ!? だが、俺は諦めない。折れない、揺るがない。全ては最愛を守る為に!!
「負けない、俺は……貴方を超えて見せる!」
「良く言った若人よ! 我が全力を持って其方を沈める。悪く思うな若人よ、我を本気にさせた事、末代まで誇るが良い!!」
くっそ!? ここに来てギアが上がる!? この人の引き出しはどれだけあるんだ。だが、まだ行ける。まだ俺は負けてはいない!
「ああああああああ!!」
「ぬおおおおおおお!! く、くく。案ずるな若人よ、これが我の限界、よ。超えれたらこの場で皆伝をくれてやるわ!!」
安堵の息は付かない。まだある。油断はしない、燃えろ心よ魂よ。限界を超えて、この『武神』を超えて行く!
お互いの拳が、幾度と無く交差する。ここまで俺も鬼神も一歩も引かない。お互いボロボロであるが、それこそ気合だけで立って居る状態だ。正直長くは持たない。
と、俺の拳が鬼神の拳と衝突し、お互いが微動だにしない状況に陥る。俺は軽くバックステップで後方へ移動し、構えを取り直す。
「くっ、はあ……はあ……ふっ、ふぅー……最後の、一撃。行きます」
「ふむ……受けて立とう。この鬼神を超えて見せよ、日ノ本の若人よ!!」
精魂尽き果てる一歩手前。それは鬼神も同様だったのが、俺の提案を受け入れてくれた。大きく息を吸い、しっかりと腰を落とす。打つのは正拳。鬼神も何が来るのか把握し、撃ち落とす構えを取る。
「――ッ!!」
一呼吸の後、閃光の如き一撃の正拳を解き放つ。文字通り、俺の全身全霊を掛けた、一撃。これが通らないならば、俺の完全敗北だろう。
「フ、フハハ……ああ、良くやったぞ若人よ。誇るが良い、我を……超えた、事を……」
「え……ッ!? 鬼神殿!?」
打ち流され払われると思ったその一撃は、深々と鬼神の身体を穿っていた。それはまるで……自ら受け入れたかの様に。
「ゴフッ……く、くくく。良い、良いのだ若人よ。我は長生きした、そして……我はもう、これ以上自我を保ち続けられぬ。自我を失い、ただの獣に成り下がるならば、同じ日ノ本の男児と戦い散った方が、華と言う物よ」
「まさか、貴方は最初から!? ダメだ、貴方は!!」
「良いのだ。我は、生涯最後に、この様な若武者と手合わせ出来た事を、誇りに思う」
既に鬼神は限界を超えている。今喋っているのも、死ぬ前の僅かな余韻に過ぎない。殺すつもりなど、毛頭なかった。彼を信じていたからこそ、俺は本当の全力を尽くせた、なのに。
「俺は、貴方を超えれたとは思っていない。こんな結末、俺は望まない!」
「其方は我を超えた、それはこの鬼神が保障する。なに、心配はいらぬ……この世界の輪廻の輪に帰るだけだ。また其方と手合わせ出来る日を、待っておるぞ。さらばだ」
そう言って崩れ落ちた鬼神は、金色の粒子を散らしながら、天へと帰って行ったのであった。
「…………承知した、鬼神殿。俺は幾千幾万年でも、貴方を待ち続ける。文字通り死線を超えた死合、ありがとう御座いました」
天に帰る鬼神を、俺は手を合わせて見送った。創世神様から貰った不老の力があれば、彼を待ち続ける事も可能であろう。再び巡り合えるか?
会えるに決まっている。俺は既に彼女とも再会しているのだから。