第十話 精霊騎士の屋敷と風呂
風呂は好きですか?
怒涛の勢いで会議が進み、瞬く間に夜の帳が下りて来た。一応先にも説明があったが、エルフやドワーフの技術によって、一種の魔力による光源な物が都市には使われている。
それなりに明るく過ごす事が出来るが、現代の様な蛍光灯までの力を持つ訳でもなく、続きは後日と言う形で会議は終了した。
俺はと言えば、泊まる宿屋どうしようかと今になって気付いたのだが、後の祭りだ。と言うかここまで会議、大事になるとは思っても居なかったので、想定が甘いと言われればそれまでだが……。
「なら、私の屋敷に泊まれば……んー、折角だし一緒に住もうよ。私の屋敷、大き過ぎて部屋幾らでも空いてるし。うん、決定ね」
と、安芸があっさり解決策を提示してくれた。生活基盤も揃い、安全衛生面で万全の態勢で過ごせる場所を提供出来るのに、宿屋生活で不便を強いるなんて婚約者としてありえないと豪語された。
「すまんな、世話になる……」
「気にしないでね。と言うか神の使徒の肩書がある人物を、一介の宿屋になんてまず無理だよ? あれだけ大々的に公表されて、もし何かあったら首が飛ぶ位じゃ済まないもん」
その点精霊騎士たる安芸の屋敷であれば、少なくとも神の使徒でも受け入れ可能だし、体裁も守れるので問題ない。
俺自体創世神の加護を貰っているが、実はこれは偽装されており、現在は風の女神の加護、これに由来して神の使徒の称号で落ち着いている。
同じ風の女神の加護、寵愛を受ける者同士なら、周りから何も言われる事も無いだろうし、言われた所で物理的にも政治的にも黙らせる事も可能なので、と言うか我ながら物騒な発想出てくるようになったなオイ!?
『良いではないか、それで。お主は既に神格の一端を得ている、だから威張り散らせとは言わんが、それで民草の為にあの会議でも随分張り切っておったろうに』
俺の肩に止まる小鳥型に変化したガルーダからの念話だ。確かにこの世界の人々の為にスキルを開放、トラクターを始め複数の重機を渡した。
研究素材に使い潰す勢いで構わない、と言って渡しているので、下手をすれば原型すら残らないだろう。が、俺が召喚解除をすれば、再召喚に時間は要するが元通りになるとも伝えてある。
また、俺の発言を補佐する形で、安芸も随時援護射撃を入れていた。神童と呼ばれた人々の希望たる、精霊騎士レオナが傍に控えて居るのだ、安心感も桁違いだったのであろう。
だが問題が無い訳では無い。それは金銭問題だ。俺のスキルの欠点になるが、召喚、再召喚に制限はない。
が、召喚重機の耐久値次第では、再召喚に金銭と言うコスト、内約は修理、修復と言った物に応じて金が掛かる。
一応スキルによる素材保管で売却用の資金の目途は立っているが、早めに換金しないと不味い。
「まだまだ問題は山積みだけど、まぁ、取り合えず今日はもう休んで明日に備えよう。安芸、明日は冒険者ギルドで換金の予定を組みたいが、大丈夫か?」
「私は大丈夫。でも一体どんな素材を持ってるの? 換金する事も出来ない物もあるから……目録、何て無いだろうし、取り合えず屋敷の庭で出して貰う感じで……でも、今日は先にお風呂入って寝た方がいいかな」
「な、なに!? 風呂があるのか!! 風呂に入れるんだな!?」
俺は風呂と言う言葉に、目を見開き安芸の肩をガシッと掴んで、ガクガクと頭を揺さぶる感じで興奮している。
生まれ付き汗を掻き易いのもあり、また現世では職業柄汚れるので、熱い風呂でさっぱりするのが俺の唯一の楽しみであった。
「あ、あはは……ま、まぁ私も女だからね。現代日本で過ごしていたからこそ、やっぱりお風呂には入りたいもん。精霊騎士になって、漸くこの願いが叶ったんだ。感謝してくれて良いんだよ?」
「す、済まない暴走していた……本当に感謝する。にしてもやっぱり、この世界では風呂に入ると言うのは、ハードルが高いんだな?」
そりゃね、と苦笑いの安芸に風呂の説明を受ける。やはり一般的には普及しておらず、それこそ貴族でも上位、富裕層しか持てない代物だと言う。
一般的には濡れタオルで体を拭く程度が限度だが、精霊都市に至ってはお湯で体を拭く事が日常的に可能との事だ。
これは先々代精霊騎士の提案で、数十年前から始まった公共事業、完全には精霊都市全域に普及はしていないが、概ね上下水道が整備されつつある為だと言う。
将来的には全域に上下水道を整備する事を目標としているそうだ。
「……先々代は一体何者なんだ? 俺達現代日本人ならともかく、いや、でも……」
「転生者だよ。私達と生きてた『世界』は違うけどね。実は精霊騎士就任の際に挨拶に赴いたんだ。会った瞬間に聞かれたのが、君はどの『世界』から来たんだ? って言葉でね。先々代が様々な知識を広げ、今の形に至ってるんだって。感謝しないとね」
安芸はこの精霊都市に来た当初から、上下水道がある事に驚いていたそうだ。現代日本ならともかく、中世ヨーロッパの様な世界なのに、と。
同時にこれならお風呂に入れるかも、と入浴の為に頑張れたという側面がある。
一応、万が一入浴が出来なさそうな場合でも、魔法やスキルを使って自分で何とかしようと考えたらしい。
と言うのも、俺達の過ごした現世の家は、薪で沸かすホーロー風呂であった。構造だけで言えば何とかなりそうだったのだが、当時は色々障害が多く実行出来なかった様である。
とまぁそんな話を、ガルーダの風結界に護られながら話す俺達。会議場から安芸の屋敷まではそう遠くなかったのか、時間にして歩いて10分程度だったが、随分と濃密な会話をしていた気がする。
「……でけぇな」
「有り余って困ってるんだけどねー……一応精霊騎士はこの国の象徴的な存在だから、半ば強引に押し付けられてね。使用人さん達にも住み込みで働いて貰ってるけど、はっきり言って、旅館よこれ。良く管理出来てると逆に感心するよ」
そんな事を言いつつ門を潜ると、まさに宮殿、と言わんばかりの白亜の城。魔力による光源を惜しみなく用いて居る為か、その光景は幻想的な美しさを醸し出している。俺は安芸に手を取られるがまま、その広大な庭を進む。
手を繋いだまま玄関を開ければ、そこにはずらりと並ぶ、執事、メイドの列と道。余りの光景に俺は一瞬虚を突かれた。まさにポカーンと言う感じで。
「今帰ったわ。湯浴みをします、準備は?」
「既に完了しております。お忙しかったでしょう、ごゆっくりご寛ぎ頂ければと思い、準備を進めておりました」
なんと、老齢執事さんは安芸の帰りを見越し風呂の準備を終えていたようだ。と言うのも、会議終了後に安芸は屋敷へと念話による連絡を飛ばしていた。
現代日本のボイラー風呂でも十数分もあれば風呂は沸かせるのだが、この世界では魔法の力を使えばあっさり沸かせるらしいので、俺達が屋敷に着くまでに万全の状態に調整していたそうだ。
そのまま俺は安芸に連れられ、大浴場へ到着した。執事長が、自分が案内するので、お休みになられて下さい。
と言っていたが、安芸はその意見を黙らせ、俺をここまで連れて来た。良いのか、良いんだろうな。俺は考えるのを止めた。何故なら……。
「ねぇ、兄さん……お風呂、一緒に入ろうか?」
「済まんが遠慮して置く。と言うか多分、汚れ酷過ぎて落ち着いて入浴にならんと思うぞ?」
安芸によるとても魅力的な提案ではあるが、ここに来るまで碌に汚れを落としていない。一週間程ではあるが風呂に入れなかった弊害か、恐らく垢やら汚れやらで本当に酷い事になるだろう。
一応創世神の加護を貰った段階で、清浄魔法による簡易浄化は行っているが……。
「んー。じゃあ後でね」
そう言って足早に立ち去る安芸。すまんな、と言うか正直な所歯止めが効きそうに無いので、こうせざるを得なかった。決して嫌ではない、いや寧ろ是非一緒に風呂に入りたいのではあるが、流石にこの汚れは見せたくはない。
脱衣所に入り服を脱ぐ。はやる気持ちを抑えて浴場へ。大浴場と言うだけありとても広いが、しっかり手入れも清掃も行われており、本当に温泉旅館と言う感じである。恐らく安芸の指示でこの様な形になったのだろう。
入浴前にお湯を掛け、椅子に腰を付ける。備え付けの石鹸にはレオナと銘打たれていた。これも安芸がこちらの世界に来て作り、売り出したものだそうだ。そう言えば自作石鹸、学校で作ったな等と思い出しほんわかした気分になった。
「……上下水道の概念があるのに、石鹸は安芸が? まぁ、細かい事を考えるの後だ…………予想してたけど、泡立たないって相当だわな、これ」
ともあれ洗う。肌も擦れば擦る程に出てくる垢。毎日拭う程度すれば多少は違うのだろうが、ホントここに来るまで長かった……ともかくゆっくりじっくり攻めて行こう。待ってるのはあの湯舟だ。汚すわけには行かない。
と、普段なら軽く洗うだけだったが、時間をかけて洗っていると不意に開く浴場の扉。鍵なんてものは、付いていなかった。
後でね、と言った安芸は一緒に入らないとは言って居ない。
大浴場に入る前と打って変わり、サラサラの金髪ロングだった安芸は、髪をアップにしてまとめている。普段と違う色気に思わず心臓が高鳴った。
「お背中、お流し致します。ご迷惑ですか?」
「迷惑だなんて、言える訳ないだろ……頼むよ」
俺の答えに安芸は、微笑みを浮かべながら歩み寄り、俺の隣に腰を下ろす。全く、とんでもない入浴になったもんだ。
俺好みの容姿を持ち、心から慕ってくれて、婚約している彼女を前に、俺の理性は崩壊寸前だった――。
普段と違う髪型だと、印象が変わってドキっとする事ありませんか?