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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[93] 「新開」27


 R医大に担ぎこまれた三神さんの病室の前で、台湾から戻ったばかりの幻子が声をかけた。

 必ず助けます、と力強い言葉を口にする娘に対し、三神さんの返した言葉は「気張らんでええ」だった。そして僕が放った「必ず救ってみせる」という言葉にも、三神さんが返したのは「そうか」という一言だけだった。なんとなく、おかしいとは思っていた。

 幻子が指摘した通り、三神さんは『九坊』の呪いを自ら進んで受けた可能性がある。だがそれとは別の理由が、やはり三神さんにはあったのだ。

 三神さんは知っていたのである。

 自分を打ち倒したものの正体を。

 それがどれ程途方もない呪力の塊であるかということに、彼は最初から気が付いていたのだ。

 かつて『九坊』の呪いに倒れた坂東さんに対し、手がかりや助言を与えていたのも三神さんだったという。驚きこそあったものの、その事実に対してさほど疑問はない。三神さんの人柄や呪い師として生きて来た経歴を思えばさもありなんという所だ。しかしここで問題なのは、三神さんにしろ坂東さんにしろ、切れ端のような状態ながら『九坊』に関する重要な情報を掴んでいたにも関わらず、どうしてなにも対策が取れなかったか、という点である。これは何も、二人に限った話ではない。

 坂東さんが倒された時、彼の命をつなぎ留めたのは二神七権、天正堂の最高責任者であり最も力のある霊能者だった。その二神さんをもってしても、『九坊』の力を逸らすことしかできなった。つまり解呪出来なかったというのだ。これが一体何を意味するのか、僕には到底理解が出来ない。

 呪いを構築したとされる人物の名前も分かっている。呪いを受けたらどうなるか、というシステムさえ把握している。それでも止められない呪いとは、一体何だというのか……。

「ミナガセ、デンパチロウ」

 その男が何を目的にこんな恐ろしい呪いを構築せしめたにせよ、今ここで止めるしかなかった。そして何十年も前に作られた呪いを今また持ち出し、柳菊絵が何を企んでいるのかを突き止める必要があった。一旦発動した呪いが目的の効果を成し遂げるまで消え去らないことは、僕自身も嫌というほど知っていているのだから。




 美晴台に到着したのは、深夜零時に近い時刻だった。

 坂東さんの運転する車について、穂村兄弟たちの乗る大型のバンも崖団地の敷地へと滑りこんだ。性懲りもなく何度も訪れて申し訳ないとは思いながらも、こういった事案に全くの素人であるビスケさん、そしてイチ書店員である残間京さんを巻き込むわけにはいかなかった。三島さんのご自宅で待機してもらうより、他に方法はないと思ったのだ。

 バンから降り立った直政に歩みより、坂東さんが聞いた。

「あの爺さんはどこまで知ってるんだ?」

 直政は一瞬ためらいの表情を浮かべたものの、鼻から吐息を逃がしてこう答えた。

「ある意味、全部だ」

「ある意味、とは?」

「あの爺さんは若い頃刑事だった。当時、西と東の無法者たちが入り乱れての血生臭い事件が多発し、巻き添え食って多くの人間が死んだ。爺さんはその事件を追ううち、やがて足を突っ込むべきじゃない領域にまで入り込んじまったのさ。……俺たちみたいな人間が立ってる、虚ろな領域へな」

 坂東さんは考え、そしてこう言った。

「……別件だってのか。あの爺さんが追ってた事件と、今回のヤマは」

「何十年前の話だと思ってんだ」

 と光政が割って入る。「当時の関係者なんざほとんど死んでらぁ」

「なら、何故いまだに?」

「復讐って、そういうものなんじゃないですか?」

 思わず口にした僕に、三人の視線が集まる。

「時間は関係ありませんよ、きっと。復讐って個人的なものですから、自分が納得できるかどうか、それが全てじゃないでしょうか」

「言うじゃねえか」

 と直政が感心したように笑った。「あの爺さんは何十年も前からこの美晴台で多くのものを見て来た。しかし自分が関わった事件の延長線上にはない、見ても理解の出来ない事象をもその目で見ちまってる」

「全部見て来た。だが、理解しきれてない部分も多いってこった」

 光政の補足に直政は頷いた。

「君たちにとって、柳家はどういう存在なんだい?」

 そう僕が尋ねた所へ、

「ねえ、立ち話しにきたわけ?」

 とビスケさんが声をかけてきた。

 僕たちは視線を交わらせ、崖団地・右棟を見上げた。




 三島さんはほとんど何も聞かずに、ビスケさんと残間京さんの身柄を保護する役割を受け入れてくれた。というより、僕たちと穂村兄弟が並んで立っている姿を見た彼は、おおよその事を理解してくれた様子だった。実を言えば、三島さんよりビスケさんが厄介だった。自分もついて行く、と言って聞かなかったのだ。側に体調の思わしくない残間京さんがいなければ、誰の説得にも応じなかったかもしれない。

 歩いて柳家へと向かい始めた道中にて、坂東さんは開口一番、

「なんなんだあのビスケって女は」

 と穂村兄弟に向かって聞いた。質問というよりは、愚痴に近い口調だった。

「嫌な予感がするんだってよ」

 と、光政が答えた。

「……なんの話だ?」

「ビスケさんは、いわゆる未来予知の力を持ってる」

「予知?」

 坂東さんが僕を見た。僕の知る限り、未来予知と聞いて三神幻子の右に出る存在は思い浮かばない。この仕事を始めてから、幾人かはそういう種類の人間とも出会って来た。しかしそのほとんどが眉唾で、いても本物は一人か二人、しかも現実的な対応を可能にする程詳細な未来を予知出来た人間は、皆無だった。

「嫌な予感なら、俺もずーっと感じてるが?」

 坂東さんが言うと、光政は舌打ちし、

「ちゃかすんなら聞くんじゃねえよ」

 と唾を吐いた。

「三神んとこの女が、予知夢を見るそうじゃねえか」

 と直政が言う。

「女って……幻子は三神さんの娘だよ、知ってるだろ」

「ああ、その女は夢で未来を見るらしいが、ビスケさんは起きてても嫌な予感を感じとる。例えば、お前ら二人がニッケルフロアに現れることはずっと前から知ってた」

「いや、待て」

 と坂東さんが遮る。「それならカラクリがある。あいつの親父は俺の上司だ。前々から残間京についての相談をしてたようだから、その線で来客を予想出来るだろ」

「日時まで分かるのか?」

 と、直政が冷静な声でそう言った。あるいは、知ろうと思えば事前に知る手段はあったかもしれない。椎名部長と綿密にやりとりしていれば可能だろう。だが直政の口調は、そういう雰囲気ではなかった。

「ビスケさんはあの小屋のオーナーだ。普段は週末しか顔を出さないし、もぎりも自分じゃやってない。現れる人間がひょっとしたら知ってる人間かもしれないと思って、自らあそこに座って待ってたそうだ」

「とは言え、全部勘なんだってよぉ」

 と光政が補足する。「ある程度、事柄や日時を細かく知ることは出来るんだ。だけど、何故そうなるのかは分からないんだってよ」

 ……幻子と、似ている。

 幻子の場合もそうだった。彼女は夢で未来の映像を見ることが出来、事象の正確さで言えば類を見ない。しかしビスケさんと同じく、何故そうなるのかだけはまるで分からないそうだ。これはなにか、未来予知に関する絶対の法則でもあるのかもしれない。

「俺達がライブハウスを尋ねることが、どうして嫌な予感なんだ?」

 坂東さんの問いに、

「嫌いなんじゃねえか?お前らのこと」

 と直政が答えた。

「あの女、新開と会えて嬉しそうに抱き合ってたぞ?」

 ちょ。

「殺す」

 光政が掴みかかって来た。「殺す殺す殺す殺す」

「ちょ、ちょっと待てって! じゃあここまで付いてきた理由はなんだ!柳家に行くと分かってて、どうしてそれでも付いて来ようとするんだよ!嫌な予感がするって、彼女は何を感じ取ったんだ!」

 光政の攻撃を交わしながらそう言った僕の疑問に、直政はこうぽつりと呟いた。

「死ぬんだとよ。



      ……俺」







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