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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[8] 「めい」3


 三神さんは戦い続けているのだという。

 病院のベッドの上でただ仰臥する被害者のままではいなかったのだ。

 が、その姿は想像するだけで涙が溢れた。

 新開さんが言うには、長年拝み屋として生きて来た三神さんの体内には、常に一定量の練り上げられた気が堆積しているという。分かりやすく携帯電話で例えるなら、コンセントに繋いだアダプターからエネルギーを補給しなくても、一定時間は蓄積された充電エネルギーだけで駆動可能なのだそうだ。私たちは朝昼晩と食事をすることで血肉を得ているが、三神さんならば常人より遥に多い量の『気=エネルギー』を備蓄来ているはずだという。もちろん空腹かどうかはまた別問題だ。そしてその目には見えない『気』という超自然的な力によって、内側から霊障を押し返し続けている。

「二十四時間…」

 目を見開いてそう復唱する事しか出来ない私に、新開さんは頷いて、言う。

「本来三神さん程の人なら、体内に浸食する負の力をたった一息で、体外へ弾き出す事も可能だと思う」

「そうなんですか!?」

「うん、だけどね、めいちゃん。それをすることに、あまり意味はないんだ」

「何故?」

「呪いというものは、根元を断たないとなんの解決にもならないんだ。呪いはいずれ必ず戻って来る。生半可に体外へ押し出しても、また戻ってくる。例え六花さんが彼の身体を全回復させた所で、事態が好転することはない。だから三神さんは、正気を失わないギリギリの所で踏ん張っている筈だよ。傍から見れば死にかけの病人に見えるだろうけど、最低限の力で自分の命を防護し続けているんだ。僕たちが、彼にかけられた呪いを解くまで」

「そんな……」

 新開さんの説明はこの上なく分かりやすかった、だからだろう。一人孤独に耐え、こうしている間も死の淵で戦い続けている三神さんの姿が、容易に想像出来てしまうのだ。私は後から後から湧いて出る涙を拭い、悔しさに机を叩いた。そしてそんなことしか出来ない自分に、嫌気がさす思いだった。

「で、だ」

 と、坂東さんが後を引き継ぐ。「ここからは専門的で少し複雑な話になる。…めい、ちゃんと聞くんだ」

 言われて私は、突っ伏していた顔を上げた。

 坂東さんの口調に厳しさを感じ取ったのか、有紀さんと小原さんが私と坂東さんを交互に見やり、心配そうな顔をしている。私は無言ながら強く何度も頷き、ぐっと唇を結んだ。

「これまで俺たち諜報課や、小原代表代理を始めとする天正堂が、一体何と戦い、一体何を、三神のオッサンが提唱する『あるべき姿』へと戻そうとしてきたのか。ひとことで言うなればそれは死者たちの怨念、優しく言えば心ということになる」

「意義を唱えます」

 力強く話をする坂東さんの声を遮って、まぼちゃんが右手を挙げた。

「幻子」

「死んだ人間に『怨』などありません」

 言われて、坂東さんは右手で首の後ろをボリボリと掻いた。

「…じゃあ、言葉を言い直してお前が説明してみろ」

 坂東さんが突き放すように言うと、まぼちゃんは音もなく立ち上がり、私を振り返った。

「人は死ねば、そこで全てが無に帰ります。生きている人間には、もちろん心も、ひょっとしたら魂だってあると思います。ですが、命を失った人間に、その先はありません」

「はい」

 まぼちゃんを見習い、私も右手を挙げた。めい、と坂東さんに名を呼ばれ、立ち上がる。

「さっき、新開さんの話を聞いて、三神さんの現状を想像しました。もし、誰かの命に終わりが来た時は、例えばその人が三神さんのように強い霊力やエネルギーを持っていた場合、その力や魂は、どこに行きますか?」

「どこにも行きません」

 とまぼちゃんは即答する。

「消え…るの?」

 恐る恐る尋ねる私をじっと見据え、そしてまぼちゃんはこう答えた。

「強い霊力やエネルギーだけが磁場のように留まり続けることはあります。ですが人は死後、あの世とか、いわゆる霊界のような次元に旅立ったりはしません。そう言った意味では、消えると言って良いと思います」

 私は一瞬混乱し、尚もこう聞いてみる。

「それは、その場に留まるものを、エネルギーや霊力と言わずに、亡くなった方の思いとか、魂と言い換えることは出来ないの?」

 するとまぼちゃんは理解が出来ないという風に首を傾げ、別物です、とひと言呟いた。そこへまるで吐き捨てるような口調で、どっちだっていいんだよ、と坂東さんが言った。

「そんな言い方するな、お前が指名したんだろ」

 と姉の六花が怒り、

「まあまあまあまあ」

 と、温和な表情をした小原さんが手を挙げてなだめた。「どうだろうね、こことはひとつ折衷案を私が提示したいと思います」

「代表代理、発言するなら手、挙げて」

「はい?」

 坂東さんと小原さんの間にピリついた不穏な空気が生まれ、近くに座っていた有紀さんが立ち上がった。

「バカバンビが」

 有紀さんは坂東さんをなじると、「こいつすぐ調子に乗るんで、すいません、どうか、先を続けてください」と小原さんに向かって深くお辞儀した。

「……まあまあまあ、そういうことでしたら」

 小原さんは真顔のまま優しく返し、私とまぼちゃんを交互に見やった。「私も、この坂東くんも、いわゆる死生観を戦わせたくてここにいるわけではありません。この場合、現状起きている事象を理解するのに必要な知識をかいつまんで、…めいさんと仰るのかな、あなたにお伝えしています」

「は、はい。秋月六花の妹、めいと申します」

「小原桔梗と言います。めいさん。そちらの、三神幻子さんの仰る言葉は、私も真実だと思います」

 言われて私は正直驚き、そしてまぼちゃん本人も同じ様に目を丸くしていた。どうやら理解を得られるとは、まぼちゃん本人も思っていなかったらしい。

「宗教的な観念をひとまず脇に置いて、話をします。人が死ねば、全てが無に帰す。そこには誰も異論を挟む余地などありません。死んだら終わりです。ですがこの世には不思議な出来事が確かに起こっていて、それに苦しむ人々が大勢います。その方たちを救いたいと思い、第一優先をそこに置いた場合、坂東くんが言ったように、名称や言葉は、そこまで重要ではないのかもしれません」

 なるほど、私が頷くと、まぼちゃんも感じ入ったようにウンウンと頷くのが見えた。

 小原さんは言う。

「依頼者の方がそれで納得しうるなら、起こっている怪現象を『悪霊の祟りです』と説明しても良いと私は考えます。そうすることで依頼者が『やはり』と手を打ち、その後我々の助力によって事が良い方向へ向かうなら、常に真実をつまびらかにする必要などないのです。我々が戦ってきたのは死者の怨念であり、そしてその場に留まり続ける強力な霊体エネルギーでもある。それはどちらも正しく、どちらも間違っている可能性を孕んでいる。本質がどうあれ、霊障に苦しむ人間が解放されるなら、私たちが意見を戦わせる時間などそもそもが、無駄じゃないでしょうか?」

 仰る通りです、そう言ってまぼちゃんが着席すると、異議なし!と有紀さんが手を叩いた。

 お前どっちの味方なんだよ。

 奥歯を噛んだまま坂東さんが言うと、有紀さんは坂東さんの顔も見ずに、「平和」と答えた。








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