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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[85] 「希璃」11


 意識を取り戻しためいちゃんの病室で、まぼちゃんを呼ぶ何者かの声を聞いた。それは声と言うよりも、私にとっては強い念のように感じられるものだった。私よりも数倍感度の高い耳を持つめいちゃんなどは、姉である六花さんと涙の抱擁を交わす場面でビクリと体を震わせる程だった。六花さんが体を起こして私を見やるも、私は病室を飛び出したまぼちゃんが気になって後を追った。

「どうかしたの?」

「ええ、……まあ」

「今のは一体……」

 病室前の廊下で視線を巡らせていたまぼちゃんが、

「ツァイくん!」

 と突然名を叫んだ。

 先程まぼちゃんの名を呼んで訴えかけて来たのは、どうやら病院の地下へと移動したというツァイくんのものであるらしかった。私は一瞬、彼が抱え込んでいるという傀儡を封じ込めた結界が解けたのかと思った。

 だが、そういうわけでもなさそうだった。

 まぼちゃんはこめかみに手を添えて目を閉じると、瞼裏のスクリーンで何かを見た。

「来た……」

 とまぼちゃんは言った。

「な……何が来たの?」

 まぼちゃんは目を開き、足元を睨みつけながらこう答えた。

「……柳菊絵が来ました」

 私は慌てて病室へと戻り、六花さんにまぼちゃんの言葉を伝えた。六花さんは携帯で坂東さんに連絡を取ると言い、私は再びまぼちゃんの側へと駆け戻る。するとまぼちゃんは病院の廊下にも関わらず膝を折って座り、背筋をピンと伸ばして私にこう言ったのだ。

「希璃さん。私の身体をよろしくお願いします」

「え、何、どういうこと?」

「ツァイくんを助けに行ってきます」

「行くって」

 正座したまま……? 聞くだけ野暮だとは思いつつも、やはりまぼちゃんの言動には整合性がないと感じられた。座ったまま助けに行くとはどういう意味なのだ。

 と、その時だった。

 ゾン! とまぼちゃんの肉体から巨大な霊力が真下方向へ向かって抜け落ちたのが分かった。それは思わず私が悲鳴を上げてしまうほど唐突で、移動するエネルギーの大きさも速度も、いまだかつて味わったことのない感覚だった。

 まぼちゃんは私の目の前で正座したまま動いていない。目を閉じ静かに座っている姿だけを見れば、普段となんら変わりはない。だが彼女の意識は今、ここにはないのだ。

「まぼちゃん……」

 思い起こせば十年前、私は一度だけまぼちゃんの起こす奇跡をこの目で見たことがある。そして、後に彼女の奇跡がこう呼ばれていることを知った。

「生霊飛ばし……」

 それはかつて私たちがまぼちゃんや三神さんたちと知り合う切っ掛けとなった、『リベラメンテ事件』という名の霊障事件に関わった時のことだ。事件現場であるマンション近くの児童公園で、私たちは『物凄く臭いなにか』に襲われた。体中の穴という穴から侵入してくる糞尿や腐敗臭といった暴力的な悪臭に、私をはじめ新開くんや三神さんまでもが命を削られるようなダメージを被った。その時私たちを救ってくれたのが、三神幻子の生霊だった。当時彼女は私たちのいた児童公園からは大分と距離の離れた場所にいたようだが、私たちの危険を察知して、天空を切り裂いて何もない空間から舞い降りて来たのである。当時、まぼちゃんはまだ高校三年生だった……。




 まだ自力で立ち上がるのも困難なめいちゃんを守るように、六花さんはベッドの足元に立って私の背中を見つめている。私は扉を閉めた病室の入口に立って、中からまぼちゃんの身体を見守っている。

 六花さんからの連絡を受けた坂東さんと新開くんが戻ってくるか、まぼちゃんがツァイくんを助け出して戻ってくるか、事態が進展するとすればその二つに一つだ。他には考えない。……考えたくはなかった。

「希璃」

 六花さんが私を呼んだ。

「はい」

「とりあえず箒は置いておきな? あんまり、意味はないと思う、それは」

「ああ、はい」

 私は手に持って構えていた掃除用の室内箒を手放し、ファイティングポーズをとって外の廊下を睨んだ。

「いや、それもなんか」

 六花さんは言うも、私はただなにもせずにぼーっと立っていられない心境だっただけなのだ。ふふ、とめいちゃんは笑ってくれるのだが、別に私は面白いと思ってやっているわけでもなかった。

「希璃、あんた、体に変化はないの?」

 と六花さんは言う。「さっきの話だけど、あんたの中には……」

「私よりめいちゃん。めいちゃんは、もう、平気なの?」

 私が外を向いたまま聞くと、

「はい」

 と言ってめいちゃんは頷いた。「なんとなくですけど、ずーっとウンチを我慢していたような体の重さだったのが、今は少し楽になったような気がします」

「分かりやすくていいね」

 と答えて私は笑う。

「おそらくツァイくんがめいの呪いを受け持ってくれてるんだろう。どこまで持つのか分からないけど、負担は軽減されてるんだと思う。……それでもまだ、終わった、とは言えないんだけど」

 六花さんの説明に、

「うん」

 とめいちゃんは頷いた。彼女もそこは理解している様子だった。

 本当に強い子だな、と思う。

 一般的に知られた病気と闘うだけでも、相当のストレスと恐怖が付きまとう。にも関わらずめいちゃんは、誰にもどうしようもない『呪い』という超自然的な病と闘っているのだ。しかもそれは、自然発生由来ではない。誰かがめいちゃんに呪いを打ったのだ。めいちゃんは呪いが持つ得体の知れない霊障と同時に、呪いを打った人間の悪意とも闘っているのだ。

「私も負けてらんないな」

 そう呟いた時だった。


 ……まぼちゃんの両瞼が開いた。


「あ!」

 私は声を上げて病室の扉を開いた。

 まぼちゃんはすっくと立ち上がって私を見やり、

「どうだった!?」

 と尋ねる私に、

「大丈夫です」

 と答えて微笑んだ。

 よし!と病室の中から六花さんの叫ぶ声が聞こえた。




 まぼちゃんは事態の深刻さを憂いた。

 『九坊』という今世紀最凶と呼ばれた呪いの調査に腐心するあまり、重要なものを多く見逃している、と言うのである。例えば、と尋ねる六花さんに対して、まぼちゃんは恐るべき事実を口にした。

「例えば……私が六花さんから連絡を受けた時」

「連絡……」

 聞けばそれは、まだめいちゃんが処置室に運び込まれて間もない頃だった。私が譲った「いちご大福」には小規模ながら強い結界を張る能力が秘められており、めいちゃんの身に危険が迫った時には効力を発揮してくれるよう、お守りとして預けてあった。そのいちご大福が、たった一度の霊障を受けて無効化されたかもしれないという話を、六花さんとまぼちゃんは電話でかわしていたそうなのだ。

「その時」

 とまぼちゃんは言う。「六花さんの要請を受けて病院へ戻ると決意した私は、寸前まで『U』の所在を突き詰めるべく霊査を行っていました」

「うん」

 そこまでは六花さんも知っていた。だが、まぼちゃんはこう告げたのだ。

「もうあと一歩の所まで、私は彼女を追い詰めていました。その場所は、どこだと思いますか?」

「場所?」

 そう聞き返したのは、私だった。

 だがまぼちゃんは私や六花さんの返事を待たず、答えを口にした。

「美晴台です」

 息を呑む六花さんの顔はそれでも、やはりどこかで、そう思っていた、という表情を浮かべていた。

「私はあの時美晴台にいました。しかも、その場所というのは……柳家です」

「な」

 今度こそ六花さんは目を見開き、そしてめいちゃんと顔を見合わせた。六花さんとめいちゃんは先んじて美晴台を訪れていたばかりか、実際その柳家の中にまで入り込んでいるのだ。

「『U』が、あの家にいたっていうのか?」

 六花さんの言葉にまぼちゃんは頷き、

「それらしき人物や、何か異変のようなものはありませんでしたか?」

 と聞いた。

「いや」

 と六花さんは首を横に振る。「柳菊絵と、孫の奈緒子ちゃんしかいなかったよ」

「あ」

 と声を上げたのは、めいちゃんだ。「お姉ちゃん……思い出したよ」

「なにを」

「私たちが奈緒子ちゃんに声をかけた時、奈緒子ちゃんはすぐに、菊絵さんの家に案内しようとしてくれた」

「うん」

「その時、彼女こう言ってた。……奈緒子ちゃん自身が暮らしてる家の扉を開けて……」


 お母さーん、お客さんお婆ちゃん家に連れて来るー。


「返事はありましたか?」

 とまぼちゃんが聞いた。


 返事は、なかったそうである。








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