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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[83] 「幻子」10


 ……病室の扉がノックされる。

 その音は叩く手の甲に興奮が乗っかっているような、トトトン、とせわしないリズムだった。「失礼します」扉が開き、やはり興奮気味の表情を浮かべた女性看護師が私たちを見つめて、こう言った。

「秋月めいさんが、意識を取り戻しました!」

 リクライニングベッドに背中を預けていた六花さんが掛布団を引っぺがし、両足をベッドの外に投げ出した。入口の側に立っていた新開希璃さんが一足先に病室を飛び出し、私は六花さんに肩をかして歩いた。

「まぼ」

 と六花さんが私を愛称で呼んだ。

「はい」

「本当なのか。希璃の中に、御曲がりさんがいるって」

「それは、六花さんも同じ見立てだったはずでは?」

「呪い……じゃないんだな?」

「呪いですよ、『九坊』ではないというだけで。御曲がりさんの強い念が希璃さんの中に入り込んでいます」

「呪いだというなら、その効果はなんだ?」

「んー」

 呪いの本質というのは、『機能』と『効果』でワンセットだと言える。『効果』とはつまり呪力のもたらす事象、死や禍を意味する。そして呪いを受けた人間に死や禍を運ぶ手段や方法が『機能』である。新開希璃さんの中にある呪いがなんらかの形で機能した場合、彼女は一体どうなってしまうのか、という話だった。

「それは、今はまだわかりません」

「……怨嗟って、恨みのことだよね。天原秀策(アマハラシュウサク)の恨みが、どうして希璃の中に……」

「六花さん、まずは、めいちゃんの顔を見て、落ち着いてから考えましょう」

「……うん」

 めいちゃんは眠っている時間が長かったせいか、まだ体を起こせるほど回復したわけではなかった。しかしベッドの傍らに立つ希璃さんを見上げる目が、六花さんの訪れによって花咲くように輝くと、見る間に彼女の頬に赤味が戻り、めいちゃんは震える両手を持ち上げて姉を迎え入れた。

「めい」

 涙を堪えて妹を抱きしめる六花さんを見つめ、希璃さんの目にも光るものがあった。

 だが、ほっと息を付いたのもつかの間、私はいきなり後ろ髪を引かれて振り返った。

 そこには誰も立っていなかったが、右手で触れたひっつめ髪に先に、わずかに残っている霊力を感じた。後ろ髪を引かれたと言っても、心残りのことではない。文字通り、誰かに髪の毛を引っ張られたのだ。

「……」

 私は廊下へと出て左右を交互に確認し、思い当たるものはないかと探したが、何も発見出来なかった。私の後から、希璃さんがついて出て来た。

「どうかしたの?」

「ええ、……まあ」


 ……まぼッ!


 呼ばれて振り返った。

 私を呼ぶ声の主はどこにもその姿を見せなかった。

 しかし、その声には聞きおぼえがあった。

「……ツァイくん?」




 聞いた話だ。

 R医大病院の地下霊安室へと移動したツァイくんは、その明るさと清潔さに自分が思い違いをしていたことに気付いたという。確かに近年日本では、病院の霊安室も昔ほど暗く湿った雰囲気ではない所も増えて来た。私は台湾の病院事情に明るいわけではないが、どうやらツァイくんの慣れ親しんだ部屋とは大きくかけ離れていたようなのだ。まさかストレッチャーに乗った遺体が所狭しと並んでいる様を思い浮かべたわけではないだろうが、特にこのR医大の霊安室は綺麗だった。明るい照明の灯った二十畳ほどの洋間で、壁の一面がロッカー式の遺体安置室になっていた。当然、見えるところになど遺体は置かれていない。

 ツァイくんが行う『結界の重ね掛け』にとって、周囲に遺体があるなしは関係ない。ただ、人目を避けたいという思いがあったのだ。明るく綺麗な霊安室とは、すなわち遺族らの訪れる機会が多いことを意味している。体内に格納している呪力がこれまでとは桁違いに強く膨大だった為、まかり間違って内側から結界が破られた場合、バラまかれた霊障により居合わせた人々は卒倒するだろうと予想された。それでなくとも、三神さんの身体から漏れ出した呪詛にあてられ無関係の患者たちが甚大な被害を被っている。悪くすれば即死する人たちも出てくるだろう。

 ツァイくんは霊安室を諦め、同じ地下にあったボイラー室に陣取ると決めた。R医大のボイラー室はそれでも想以上に広く綺麗だったが、張り巡らされたパイプと蒸気設備、剥き出しのコンクリートが、いかにも人目を避けるに適しているとツァイくんは感じたそうだ。

 入口から一番遠い奥の壁に背中を預けて胡坐をかき、精神を集中させて目を閉じた。

 体内に封じ込めてある霊体どもの数を数え、正面から目を合わさぬよう心がけながらつぶさに観察していった。それはあやかしや物の怪といった、古来より伝わる独立独歩の霊障とは違い、無形の念の集合体とも言える暗黒の塊に見えたそうだ。病室で見た時はそれぞれ人の形をしたいわゆる『幽霊』然とした見た目だったにも関わらず、動かずじっと丸まっているその霊障たちには生物らしき形状はなかったという。ただ、禍々しさだけは全く衰えていなかった。

「一体これはなんなんだ」

 とツァイくんも首を捻ったそうだ。

 傀儡、という呪法があることはツァイくんも知っていた。その名の通り、人型の無機物や人間そのもの、あるいは死体さえも使役する禁じられた呪術である。重要なのは、術師がその場から動くことなく指一本で呪いをかけた対象物を操れる利点にある、と考えられて来た。極端な話、アリバイを用意した状態で人を殺せるということだ。その場合必ずしも傀儡自体に凶暴さは求められないし、かえって不都合を生む場合だってある。傀儡であることを知られぬにこしたことはないはずだし、ましてや直視することも憚られるような禍々しさなど、本来傀儡には求めないずなのだ。

 ツァイくんは、結界に抑え込んだそれら傀儡の胎動、霊力の蠢きを感じるだけで吐き気を催したそうだ。時には意識が飛びそうな程連続して結界を成形し、それを体内に格納して傀儡どもを抑え込んでいく、という地味ながら血の滲むような戦いを繰り返した。


 ギイイーーーーアア……。


 突然、ボイラー室の扉が開く音が聞こえた。

 ツァイくんは驚くも、初めは作業員が入ってきたのだと思ったそうだ。

 しかしそうではなかった。

 明らかにこちらの存在を意識した、ヒタヒタと静かに忍び寄る気配にツァイくんは肝を冷やし、見開いた両目で気配が近づいてくる方向を凝視した。強力な結界を何十にも重ね掛けしている関係上、容易くその場から動くわけにはいかなかったのだ。

「誰ッ」

 と思わずツァイくんは声に出して尋ねた。仮に病院関係者や作業員に見つかったのであれば、自分が台湾人であることを利用して「迷った」とウソをつく算段だったという。

 しかし突如姿を見せたのは、和服に身を包んだ小柄な老女だった。場違いな出で立ちが否応なしに恐怖心を煽った。

「……だ、誰だ」

 とツァイくんは呟いた。

 こんな人間がいるのか、と思ったそうだ。

 ツァイくん曰く、それはまるで、人の皮を被った別の生き物に見えた。

 例えるならば、

「……鬼」

 ツァイくんはそう直感したのだという。

 

 ……いい加減、返してもらおうか。


 と、その老女は言った。

 一瞬何の話か分からなかったが、それが自分の封印する結界内の傀儡どもだと悟ったツァイくんは、かつてない恐怖に全身がガタガタと震えたそうだ。脂汗が額よりポタポタと垂れ、座禅の上に置いた両手の(イン)がブルブルと痙攣した。


「あんたは、一体、なにものなんだ」

 とツァイくんは聞いた。

 老女は忌々しさ隠そうともしない口調でこう答えたそうだ。

「お前が知ったところでなんの意味もない」



 ……死ね。







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