[74] 「希璃」10
「『U』は?」
私と六花さんは同時に同じ事を考え、疑問を口にした。なんなら、最も早い段階で時系列にその名を記しているのが、『U』ではなかったのか。
まぼちゃんは言う。
「『U』に霊能力はないと父が断言した以上、その時点で『九坊』の輪からは外れてしまいます。無関係でないことは間違いありませんが、不確定要素が強い為一旦除外とします」
「だけど」
と六花さんが割って入る。「三神さんはノートにこう書いてる。Uが受けるはずだった呪いを自分が引き受けたんだって」
「そうです」
まぼちゃんは即答する。「……つまり『U』は、呪いを受けていない可能性の方が高いのです。それに、土井零落がもたらした有紀さんのテープレコーダーから得た情報が真実なら、馬淵さんが死んだ二年前から、この事件は始まっていることになります。もし私の考えるこの順番に間違いがないなら、一番最後に呪いを受けためいちゃんに『九坊』を移した人間が正脇茜である以上、茜が一番最初の犯人にはなりえません。もし茜が犯人なら、めいちゃんの呪いが打ち返された段階で、やはり『九坊』の効果はそこで終わりになるはずなのです」
確かに、そうかもしれない。……いや、かもしれないでは済まない。まぼちゃんの説明には何一つ穴などなく、ぐうの音も出ない程完璧な推論だった。
「さらには」
とまぼちゃんは続ける。「『九坊』はそもそも、攻撃対象全員に打つ必要はないんです。霊能者を転々と渡り歩く伝染病であるがゆえに、強力無比とされているのですから」
……それって。
不意に六花さんが呟いた。
「それってつまり、犯人は無差別に呪いをかけてるってことにならないか?」
まぼちゃんは六花さんを振り返らず、そして答えもしなかった。尚も、六花さんは言う。
「犯人が『九坊』を打つのはたった一回でいい、そういう事だよね? だけどその後呪いが誰を辿って対象者を取り殺していくかは、操作出来ないんじゃないか? もしそれが可能だというなら、そこにメカニズムを解く謎が隠されてるはずだ」
……おそらくですが。
まぼちゃんはそう答えるも、振り返ろうとはしなかった。
「操作は、しなくて良いのです」
……しなくて、良い?
どういう意味だと問う六花さんに、まぼちゃんは答える。しかし彼女の目は、先程からずっと私の目を見つめていた。あるいは、私の中にあるという『呪いの印』を見据えているのかもしれなかった。
「私の考えが正しければ、『九坊』とは、個人を狙って打つ呪いではありません。歴史を振り返る必要があるので事細かに説明は出来ませんが、『コミュニティー全体を破壊するための呪い』、そう考えていただくのが分かりやすいのではないでしょうか」
私と六花さんの呼吸が止まった。一瞬、まぼちゃんが何を言っているのか分からなかったのだ。コミュニティーとは共同体のことである。あるいは地域社会そのものを指す言葉だ。それらを壊す呪いに私たちが巻き込まれているとは、一体何を意味しているのか……。
まぼちゃんは言う。
敵の狙いは……私たち全員です。
「ぜ」
六花さんが息を詰まらせ、私は目の前が真っ暗になった。
全員とは、どういう意味だ? 新開くんや私、六花さんやめいちゃん、まぼちゃんや三神さん、そしてチョウジの皆、あとは……あとは……。
「な……成留もか?」
六花さんが娘の名を口にした瞬間、
「ふざけないで!」
私は自分を抑える暇もなく、そう叫んでいた。「どうして成留が!なんでッ!」
希璃、落ち着け、と六花さんが言う。しかし糸の切れた凧のように、私の感情は全速力で私の手から離れていった。
「落ち着けるわけないでしょうが!ねえまぼちゃんなんでッ!?なんで成留が狙われないといけないのよ!答えてよ!」
まぼちゃんは僅かに後悔を滲ませる顔で、こう答えた。
「成留ちゃんが狙われているわけではありません。もし私たちのコミュニティに彼女がいなければ、当然狙われることはありませんでした」
「そ」
「おい、まぼ、私も悪いが、お前ももうちょっと言い方に気を付けて話を……」
「言い方なんてなんだっていい! それはつまり、成留が私と新開くんの娘だから呪いを受ける……そういう事なの? そう言いたいの!?」
「そうです」
頷くまぼちゃんの背後で、六花さんが顔を両手で覆う。
「……信じられない」
無意識にそう零していた。
どうしてそんな話になるんだ。いや、それは別にどうだっていい。本当なのだろうか。本当に、私たちの娘が……三神さんのように? 斑鳩さんのように首筋から血を吹いて……? 死ぬの?……成留が?
「犯人が誰だか分からないの?」
こう聞いたのも私だったが、やはり意識せずに漏れ出た質問だった。
「犯人は、まだわかりません」
「まぼちゃんでも?」
「私でも、です」
三神幻子がもつ千里眼、そして予知夢を持ってしても犯人は見通せないという。まぼちゃんは夢で未来を視る。そして離れた場所にいる人間の動向を感知することもできる。それほどまでに高い霊性を持った彼女ですら、事件の犯人を特定できないとは、一体どういうことなのか……。
「先程六花さんが仰ったように、犯人が『九坊』を打ったのは一度きりだと考えられます。その後何人かの被害者を渡り歩くようにして、霊能者たちに伝染して行った。これまでに何人の人間が呪いを受けたのか、それすら分からない状況では、到底犯人に辿り着く事はできません」
「最初の一人が誰なのか、分かんないのかよ」
と六花さんが尋ねるも、まぼちゃんは頭を振って応じた。そして、
「今出来ることは」
と彼女は言う。「父の呪いと深い関係にある、『U』という人物を探し出すことです。そしてそこからさらに先があるなのら、どこまでも辿って行くしか方法はありません。現時点で『九坊』関係者のうち生き残っている可能性があるのはもう、正脇汐莉と、『U』だけです」
「呪い自体を止める方法はないのか?」
振り絞るように言う六花さんの問いを受けて、まぼちゃんは天井を見上げながら背筋を伸ばした。そしてまぼちゃんはこう告げた。
「考えてみれば、やはりそれしか方法がないのかもしれません。父がその身を投げ出したように、この私が『九坊』を引き受け、犯人が特定されるまで抑え込めばいい。『九坊』という呪いの被害を、私で終わりにすればいい」
それは私たちが予想だにしなかった、とんでもなく恐ろしい解決策だった。そしてまぼちゃんはさらにこう続けたのである。
「その前に、希璃さん。あなたの中にあるものを、私が借り受けることにいたします」
私の中にあるもの。……そうだ、私も呪いを受けているのだ。いや、だが待てよ、やはりおかしい。まぼちゃんの語った「『九坊』の呪いを受けた順番」の中に、私の名前がなかったのは……何故だ? 私は一体、何をされというんだ……?
「希璃さん。あなたの中にある呪いは『九坊』ではなく、『御曲りさん』が残した、怨嗟の声です……」




