[69] 「幻子」7
新開さんと六花さんが目を覚ました後も、ツァイくんから話を聞き出すのは簡単ではなかった。
六花さんの体力が思うように回復せず、ただでさえ白い顔を青くさせながら説明に四苦八苦する様を横目に見る内、何故かツァイくん方が貝のように固く口を閉ざしてしまったのだ。私としては六花さんの受けた精神的なダメージを考えれば、出来れば事情説明は最初からツァイくんにお願いしたかったのだけれど……。
先に目を覚ました新開さんと、希璃さん。坂東さんと私、そしてツァイくんの五人は、六花さんの病室に集まって話をした。
希璃さんは自分の目で見た惨状を説明する際、父と六花さんの出てきた部屋を「父が使っていた病室」と言ったが、実際は違う。父のいた病室はそのひとつ奥の部屋であり、新開さんと共に希璃さんの見た光景に思い違いがなければ、父と六花さんはもといた病室の隣の部屋から出て来たことになる。まともに動けない筈の父が、何故隣の部屋から出て来たのか……。
「私が、無理を言って、看護師さんに隣の部屋を用意してもらったの」
と、六花さんが口を開いた。外傷がないとはいえ、かなり辛そうな声だった。
「何故です?」
と問う私に、六花さんは微笑んで答えた。
「まぼたちが戻るまでの間、めいと三神さんを私の側に起きたくて」
コンクリートの壁一枚を隔てながら父とめいちゃんを同時に守っていたのだと聞いて、私だけでなく新開さんも坂東さんも顔を青くして唸った。人間業ではない。彼女がどれだけ心身を削って二人を守り通してくれたのか、想像しただけで熱いものが込み上げた。
「御曲りさんが現れた」
と、六花さんは言った。
その言葉に、希璃さんをはじめ誰もが息をのんだ。真相を知らないにも関わらず、呪いの根源が直接襲いかかってきた、そんな印象を受けたからだ。だが六花さんの語った話の内容は、そんな安易な想像を蹴飛ばすほどの衝撃だった。
「天原秀策。めいの口を借りて、彼は自分の名前を名乗ったよ。もうここまで来て、御曲がりさんは自分の存在を隠すつもりはないみたいだった。……いや、もしかしたら初めからなかったのかもしれないね。御曲がりさんはしきりに、カエセ、と呟いていたよ」
しかも六花さんは、めいちゃんが同じ言葉を柳菊絵の家で聞いている、とも語った。
カ・エ・セ……。
短くも意味深な言葉に、坂東さんが顔を曇らせる。だが彼だけでなく、その場に居合わせた全員が同じことを考えたはずだ。
新開さんが言う。
「じゃあ、めいちゃんが聞いたっていう、仏壇から聞こえて来たその言葉は、御曲がりさんが伝えようとした言葉だった、というわけですね? それってつまり」
新開さんの目が私と坂東さんの顔を見やった。「理由は分かりませんが、柳家の仏壇には御曲がりさんの魂が祀られている、あるいは、囚われている、ということでしょうか……」
その言葉には、私も坂東さんも返事が出来なかった。はいともいいえとも言えない、分からないからだ。だが死んだ人間の魂を捕まえ続けることなど出来るだろうか……。私がそう考え、やがて一つの答えに到達しかけたその時、六花さんが言った。
「私、聞いたんだよ、何を返せばいいのか、何を伝えたいのか」
病室に現れたという御曲がりさんの霊体(思念?)に、秋月さんは何度も質問をぶつけたそうだ。だが、御曲りさんからの回答を得る前に、父のいる隣の病室から無数の霊体が押し寄せて来たのだという。話を聞いた希璃さんは、それだけで具合が悪そうに目を細めた。
「ツァイくんは、間に合わなかったのですね?」
私が聞くと、
「いや」
と六花さんは頭を振った。「間に合ったよ、最高のタイミングで来てくれた。問題は、その後だったんだ」
「その、後?」
私がツァイくんを見やると、彼は口惜し気に唇を噛み、下を向いた。まだ、何も言うつもりはないらしい。六花さんが言う。
「壁一面に、霊体の顔が浮かび上がったんだ。その中に」
……三神さんの顔もあったんだ。
私に気をつかったのだろう。誰も、何も言わなかった。
「……つまり?」
尋ねる私に、六花さんは囁きで答えた。
「……死んだんだと、私はそう思ったよ」
「……」
間違いなく、私がその場にいれば同じことを思ったことだろう。相手がなんであれ、父の命をひたすら付け狙っていた連中だ。壁一面に浮かんだ霊体の顔の中に父を見つけたとあれば、私なら発狂しかねない。
「無我夢中だった」
と六花さんは言う。「一匹だけ、小柄だけどとんでもない霊力を持ったバケモノがいてね。おそらくそいつが連中の親玉だろうと思った」
とんでもない霊力のバケモノ? 顔をしかめる坂東さんに、
「傀儡だよ」
と六花さんは答えた。「一見して浮遊霊や地縛霊と見た目は似ている。死んだ人間の姿なんだ。だけど一匹祓って分かったよ、私たちやまぼを襲った傀儡と同じ消滅の仕方だった。木を依り代とした傀儡なんだよ、三神さんを取り囲んでいた霊障、その全部がね」
また、傀儡か、と新開さんが呟いた。
「そのバケモノじみた一匹は、角を生やした仮面をつけていた。身体は小さいけど、やっぱり手足が長くてね、鬼みたいだったよ。そいつが壁の中から三神さんの頭を掴んで引っこ抜いたんだ」
六花さんは見たままを説明しているのだろう。だが父の頭を引っこ抜くという表現が、私だけでなく希璃さんの顔をますます青くさせた。
「三神さんたちが隣の部屋から出てきたのは、それが理由ですか」
と新開さんが聞いた。
「うん。もちろん私は三神さんの身体を掴んで霊力を流し続けた。……そしたら治るんだよ、ちゃんと。壁から出て来た三神さんの身体は最初からボロボロで、相当、酷い戦いの中に身を置いていたんだろうと分かった。だけど……生きてさえいれば私がなんとかする。するし、ちゃんと、治せるんだよ……だけど……だけどさ、何度やっても、どれだけ力を注いでも、三神さんは……ッ」
六花さんがそこで言葉を切り、ガシガシと髪の毛を乱暴に掻いた。
六花さんはこう言いたかったのではないだろうか。
治しても治しても、父の身体はすぐまたボロボロに傷ついていったのだ……と。




