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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
68/146

[67] 「坂東」13


「クボウ……? 九人の、坊主と、書いて?」

 現役の俺の目から見ても、もと刑事だというその老人の反応にウソは感じられなかった。

 三島要次(ミシマヨウジ)と名乗る齢八十の老人は、ただの団地管理人とは到底思えない存在感を放っていた。一度会っているからか、昔のよしみがあるせいか、新開はいたって普通にその老人と話をしている。だが初めて会った俺には分かる。この老人は間違いなく、凄まじい修羅場を数々潜り抜けてきた歴戦の猛者だ。その猛者が、新開の口にした『呪い』の名を聞いて大きく首を傾げた。

「単刀直入すぎやしないか」

 と俺は新開の肘を摘まんで後ろへ引いた。隣で正座している奴の右頬が僅かに下がり、「いや、ここは攻めましょう」とやたら強気な言葉を返して来た。俺は三島老人に出された湯呑を掴み、熱いお茶をゴクリと飲んだ……。



 崖団地を訪れ、三島要次の部屋に上がり込んだ。別室にうず高く積まれているという事件資料を早速拝んでみたい気もしたが、取りあえずは礼儀正しくしておいた。すると、幾日も経たずに再訪した新開に三島老人は面喰いもせず、「来ると思っていたんだ」と意味深な言葉を口にした。茶を淹れてもらい、机を挟んで畳に座ると間髪入れずに新開がこう聞いた。


 九坊を、知っていますか……。


「聞いたことはないが、何か重要な話なのかな?」

 刑事らしい返答だった。

 新開は上着の懐から携帯電話を取り出すと、老人の前に置いた。画面には白黒の写真が表示されている。

「んんー、これはまた小さい」

 三島老人は机に覆い被さるようにして携帯の画面を見下ろした。新開が図書館で閲覧したという、古い新聞記事の掲載写真である。

 と、バネ仕掛けのように、老人の首が跳ね起きた。「こりゃあ、君」

「先日三島さんから見せていただいたファイルに書かれていた、『ウラガミ』とは、これじゃないでしょうか?」

 新開の問いに、老人は再度携帯電を穴が開く程見つめた。

「どこでこの写真を?」

「偶然、大謁教(おおえっきょう)を調べていて、発見しました」

 三島老人の興奮した目が新開を捉えた。

「大謁教を……」

「ご存知ですね?」

「もちろんだ。だけど何故今んなって大謁教を調べているんだね? まさか新開くん、君も、刑事なのか?」

「いえいえ、その肩書は、こちらの坂東さんの方です」

 老人の目が俺を見た。

「……坂東さんと仰いましたね」

「うす」

 三島老人はしばらく俺をじっと見据え、やがておかしな質問を口にした。

「本名ですか?」

 俺は一瞬返答に困り、隣の新開を見た。新開も驚いた様子で、俺と老人を交互に見ている。

「いや、違います。何故気付いたんです?」

「何も気づいてなんかいやしません。ただなんとなくそう思っただけです。……お苗字からして、違うのですか?」

 俺は薄気味悪くなって、あえて嫌悪感を顔に出してみた。

「すみません」

 と三島老人は素直に謝り、「大昔に知っていた男に、あなたの雰囲気が似ていたものですから」と言い訳した。

「はあ、別にかまわなないっすけど、本名を教えたりなんかしませんよ?」

「いやいや、かまいません、失礼しました。……あのー」

「はあ」

「……『志摩』、さんか?」

「……いえ、違います。というか、教えませんて」

「今、お幾つで?」

「四十五、ですが」

「四十五……、ふうん、計算が合わないな。……確かですか?」

「何をぶつぶつ言ってんだあんたさっきから」

 素の俺が飛び出し、新開が慌てて間に入った。

 老人は俺の顔に誰かの面影を重ねたようだっかたが、新開が尋ねた所では今すべき内容の話ではなさそうだった。当然だ。俺の本名は志摩ではないし、例え志摩だとしてもそうだとは絶対に認めない。

「大変失礼しました」

 と三島老人は頭を下げた。「大謁教、ウラガミと来たもんで、ついつい昔を思い出したものですから。それで、新開さんは私に何を聞きたいのです?」

 新開は居住まいを正し、背筋を伸ばしてこう切り出した。

「僕が大変お世話になっているある方が、……そのう、急速に、そして急激に、体調を崩してしまわれたんです」

「ご病気ですか?」

「いいえ、違います。僕たちはその急激な体調の悪化を、とある人間から受けた『呪い』であると考えています」

「のろい?」

「そうです」

「人を呪うとかの、あの呪いですか」

「そうです」

「それはまたなんとも」

 三島老人は身体を起こし、視線を新開から俺へと向けた。目の前に座る若者の発言が真剣なのか戯言なのか、それを俺の表情から判断しようというのだ。そして俺の顔を見た三島老人の目がスっと細まり、新開へと戻った。

「とある人間というのは……?」

「まだわかりません。その人物を追っています。そしてその人物の放った呪いは大昔から存在すると言われ、名を、『九坊』といいます」

「さきほどの。……呪いに、名前があるんですか」

「というより、その技法に、です」

「ははあ、難しい話ですな。で、何故大謁教が?」

「呪いを受けた僕の恩人が、大謁教を紐解け、というメッセージを残していたんです」

 三島老人は真剣な眼差しのまま大きく息を吸い込んだ。

 俺たち刑事はなんだって疑ってかかる。だがその疑いは、受け付けないとか寄せ付けないという意味ではない。全てを受け入れて尚、頭から信じ込んだりしないということなのだ。新開の話を信じているかどうかはさておいても、三島老人が真面目に耳を傾けてくれていることだけは確かだった。非科学的なことを言う、と一笑に付すことだって出来たはずだが、俺は三島老人の懐の深さに刑事の神髄を見た気がした。

「大謁教というのは、かつて日本中に多くの信者を抱えていたとされる、巨大な宗教団体でした」

 新開は携帯電話を下げながら言い、自分でもう一度その写真を確認した。「その宗教がなぜ、三島さんが長年調べている『ウラガミ』の文字を使用していたのでしょう。ウラガミとはなんなのか。もしかしたらそこに、僕たちの追う『九坊』の秘密が隠されているのではないかと、そう思うわけなんです」

 黙って新開の話を聞いていた三島老人は唇を真一文字に結び、やがて力強く頷いた。

「よろしい。少し長くなるかもしれませんが、お話しましょう」

「ありがとうございます!」

 新開は興奮に頬を紅潮させ、俺に笑顔を向けた。俺はぬるくなった茶をすすり、想像を巡らせた。

 もし、この三島老人から大謁教に関する話を聞くことで、『九坊』、もしくは呪いを打った人物に近づけた場合、三神三歳は最初から事の発端にまで思い至っていたことになる。果たしてそれを吉と捉えて良いのか、あるいは凶ととるべきなのか、俺の中で迷いが生じていたのだ……。




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