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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[58] 「六花」11

 

 天正堂を辞めた後、公安部・広域超事象諜報課にも籍を置いていた。

 だが、すぐに辞めた。

 当時、課長として現場を率いていた壱岐琢朗という腕っこきの調査員とそりが合わなかったのが、一つの理由としてある。だがもう一つ、本命と言える確かな理由があった。それはチョウジ職員として生きるには致命傷ともいえる欠陥であり、私ははっきりとそれを告げて壱岐課長に頭を下げた。


 私はそもそも、他人を救いたいと思ったことがない。


 困った人間を見れば手を差し伸べる。他人に優しく接する。そういったヒトとしての基本性能自体は備わっているものの、それを己が生きる使命に置き換えることなど絶対に出来ない。……出来なかったのだ。

 バンビは凄い。壱岐課長は凄い。だけど、自分は違う、凄くない。

 そんな劣等感を抱いたまま仕事に命を懸ける根性などあるはずもなく、それは私の持つ異能を持ってしても、壱岐課長が引き留めるに値しない人間性に違いなかった。

 妹のめいは、私を世界一やさしい人間だと信じて疑わない。幼い頃に彼女をひきとった状況だけで判断すれば、周りも私をそう見るかもしれない。だけど私には、死んだ彼女の両親を救えなかった負い目があるし、最初から結婚する気もなかった私にとっては、年の離れた少女を引き取る事がそこまで高いハードルではなかったのだ。

 こう言えば、なんだ、その程度かとさげすまれるかもしれない。だが全くもって、それで構わない。はっきり言って私はその程度だし、幸せになりたいとも思っていない。幾人かの気の合う友人たちがいれば、今更もう誰かに好かれたいとすら思わない。だけど、これだけは言える。

 めいだけは別だ。

 めいだけは何があっても幸せにする。

 そのことだけが、私にとってたった一つの絶対だ。

 私が今も生きている理由は、めいだ。



「今どこにいる?」

 携帯電話でそう尋ねた時、いかにもあいつらしい答えが返って来た。

「都内には、います」

「だからそれどこなのよ?」

「なぜ聞くんです? 何かありました?」

「大ありだよ、まぼ!」

「……はい」

 私は病室でめいに発現した呪いの効果についてを、幻子に説明した。幻子は黙って聞いていたが、話の最後になって「ん」と鼻で唸ったような声を差し挟んで来た。

「なんて言いましたか、今」

「だから、まぼが力を吹き込んでくれた『いちご大福』があって助かったって話」

「ほとんど新開さんですけどね。で、どんな風だった、と仰いました?」

「ええ? だから、呪いの効果が発現した瞬間、めいの胸に置いてたいちご大福が飛び上がって、ぐあーーーって高速で回り始めたんだよ」

「いちごは高速回転なんてしません」


 ……なんだって?


「新開さんの力によっていちごの索敵能力はかなり広いです。病院内だとちょっとした心霊現象にも反応してしまう懸念は、確かにあります」

「……ああ」

「回数制限の話は聞いていますか?」

「うん。何回かまでは分からないけど、ある程度複数回は、結界を張ってめいを守ってくれるだろうって」

「いちごは邪気を感じ取ると、ふわふわと浮遊しながらゆっくりとその場で一回転します。そして周囲の霊障を捕捉し、結界を張ります。……一回転するだけです」

「……どういうことだよ」

「推測ですが、めいちゃんに呪いの効果が発現したその瞬間、考えたくない回数の霊障を同時に受けたのだと思われます。もしかするともう、いちごには結界を張る力は残されていないかもしれません」

「そんな!」

「今からそちらへ向かいます」

「頼むよ!」

「六花さん」

「何!?」

「……父を、よろしくお願いします」

「……ああ、分かってるよ。絶対に死なせたりなんかしない。私の命に代えても絶対に死なせたりなんかしないから! だからまぼ! 早く戻ってきて!」



 私は、実際に人体に触れていなくとも治癒の力を注ぎこむ事ができる。だがもちろんその物理的な距離には限界があって、今現在めいのいる病室と、三神さんが戦っている病室とでは明らかに離れ過ぎていた。それはめいの持つ『超聴力』も関係していて、この世ならざる者の声を聴くめいには、二十四時間霊障に晒され続けているという三神さんの側に近付いて欲しくなかったのだ。

 だが、そうも言っていられる状況じゃなくなった。私は看護師数人に声を掛け、無理を言って三神さんがいる病室の隣を開けてもらった。そしてベッドに乗せたままめいを運び、壁一枚隔てた位置関係に二人を並べ直した。私はめいのいる部屋の壁際に立ち、三神さんにも治癒の力が届く場所に陣取った。

 三神さんから、すぐに反応があった。優しく私の霊気を押し返す波動を感じたのだ。

「……ッ!」

 三神さんは今も耐え忍び、戦っている。私は大きく息を吸い込み、めいの手を握った。

「さあ、来い。私は絶対に諦めないからな……ッ」



 ずっと、考えをめぐらせていた。

 腑に落ちない点が二つある。

 いずれも、振動、についてだ。

 三神さんの記した日記には、近隣住民の目撃談として「『U』の家が何度も振動していた」とある。私もその振動を美晴台にて体験し、新開も同じくK病院にて遭遇している。ただ、私の目から見てあの振動は霊障の一種であり、局所的に引き起こされる振動はおそらく、第三者の目には映らないはずなのだ。新開から聞いた話でも、彼が強い揺れを感じた直後に出会った看護師からは、それらしい証言は得られなかったという。

 そしてもう一つが、振動する条件だ。新開と私は経験し、三神さんと幻子は経験していない。三神さんについては、この病院に来て以来話せていないから実際には分からない。だが日記にはそれを示唆する記述はなかった。そして新開の借りている仕事部屋で傀儡に襲われた幻子も、揺れを感じてないという。

 状況だけを見れば、傀儡に襲われるタイミングで揺れが起きている、とも考えられる。私とめいがそうだったし、K病院を訪れた新開が揺れを感じた後、チョウジの有紀くんが死んだ。もし彼が自殺に見せかけて傀儡に殺されたのであれば、私たちと同じ状況下にあったのだ。それでもやはり、振動を感じないまま襲われた幻子、このR医大で亡くなった斑鳩くん、そして最初の被害者である正脇茜については振動に関する証言がなく、疑問が残る。そこにあるのは、『U』の家が振動するのを何度も目撃しているという、近隣住民の証言との矛盾である……。

 何かを見落としているのだ。『九坊』と『傀儡』、そして『振動』を繋げる何か。それが分からなければ、この負の連鎖を断ち切ることはできないのかもしれない。





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