[46] 「希璃」6
僕は君たちのことを内心では凄い兄弟だって、認めているんだ。
新開くんは確かにそう言った。言ったが、一番近くで声を聞いていた私は正直、寒気がするほど怖かった。彼の言動には普段、暴力的な要素は全くない。だけど私は昔から、彼が心底怒れる人間であることを知っている。そして暴力的ではないからと言って、怖さのない人間だとは限らないことも。
「だから何だってんだよ。お前に言われたって嬉しくもなんともねえよ」
背が高くてガタイの良い短髪の男、名を直政という穂村兄弟の兄は、自然と弟である光政の前に立って新開くんを睨み下ろしている。麗しき兄弟愛か、と思われたその時だった。長い髪を後ろでまとめた弟の光政が、兄の耳元でこう囁いたのだ。
「まずいよ兄さん。怒らせるとまずい。だってこいつ……『霊穴落とし』だから」
その言葉を聞いた瞬間、黙って聞いていた私の怒りが一気に頂点へ駆け上った。電気ケトルから吹き出す蒸気のように、真っ赤な感情がスパークした。
「なんだその言い方…」
「ああ?」
傾けた光政の顔が私の視界に入って来た。
……その霊穴に、新開くんは一体誰を落としてしまったと思ってるんだ……ッ!
「取り消せぇッ!」
光政に躍りかかろうとした私の身体を、新開くんが右腕で止めた。そして、売られた喧嘩は例え女子どもでも買ってやる、と言いたげな顔で前に出た光政を、兄・直政が止めた。
新開くんは言う。
「君たちは、まだ坂東さんですら事の起こりを把握していなかった段階で、三神さんが呪いを受けた事を知っていたね。ずっと不思議だったんだ。実際にR医大に現れて光政が匂いを嗅ぐまでは、二人だって相手が九坊だとは知らなかった。ではなぜ、そんな中途半端な事態を招いたのか。それはすなわち、君たちに情報不足なままで指示を出した第三者がいるっていうことだ」
冷静に話を進める新開くんの背後で、私は首を伸ばして舌を全部出した。ひどく醜い顔をしていたと思う。すると負けじと光政も舌を出し、おまけに鼻の穴を両手の指で左右に引っ張って見せた。
「……で? 言いたいことはそれだけか?」
直政がそう言うと、「まだあるよ」と新開くんは答えた。
「君たちに言ったところで響かないかもしれないけどね。僕が個人的にお世話になってたチョウジのベテラン職員が死んだんだ。死因は自殺とされているけど、本当は違う。それに、君たちよりも更に若い職員までもが殺された」
「弱かったんじゃねえか? その二人が」
即答する直政の言葉に、新開くんの背中が震えた。
「……あるいはそうなのかもしれないね」
そう答えた新開くんの声に、無意味な争いを繰り広げていた私は変顔をやめて俯いた。光政がガッツポーズを取ってニヤニヤと笑っている。
「だけどどうだろう。今はまだ、チョウジの職員が主な犠牲者だからとタカを括ってるのかもしれないが、次は君たちかもしれないよね」
「ああッ!?」
激昂する光政を、今度は直政も止めなかった。新開くんの胸倉を掴み上げる光政の肘が私に当たり、反射的に新開くんの目がギラリと光った。
「どーん」
慌てた私は、そう言って光政の肘を下から叩いた。すると「おおおっぷ」と変な声を上げて光政がたたらを踏んで後退した。一般人にこんなことはしないが、相手は天正堂の人間だ。右手から霊力を流し込み、光政の肘を弾いたのだ。まさか私がそんな手段に打って出るとは思わなかったのだろう。光政は目を丸くして自分の肘と私を交互に見た。
その時だった。
「おい、こいつチャカ持ってんぞ」
新開くんの乱れた上着の隙間から、それが見えたらしい。無遠慮に手を突き入れながら直政はそう言って弟を振り返った。
「おおおおー、こいつまじかよー。本気じゃーん」
はしゃいで首を突き出してくる光政の甲高い声に、
いい加減にしろよッ!
新開くんの堪忍袋が破裂した。
「いつまでそうやって子どもみたいにお道化てるつもりなんだ。分かってるだろ、みんな死ぬんだぞこのままじゃ。三神さんには二人ともさんざんお世話になっただろ! 六花さんだって知らない関係じゃないはずだ。しかも彼女の妹までもが九坊を打たれ倒れてしまった。チョウジだけじゃない。僕たちの間にもとっくに広まってるんだ! 自分たちだけ例外だなんて思うな!」
「……お前の嫁さんもだろう?」
微笑みを浮かべて直政はそう言い、その隣では光政が敬礼をして見せた。どこまでもふざけたガキどもだ、そう思いながらも私は何も出来ないでいた。
「そうだよ。今は一秒だって無駄に出来ない。君たちと言い争ってる時間も無駄なんだ」
すると兄弟は顔を見合わせて「っは!」と笑い、シラケたような素振りで首を振った。直政がぽんと新開くんの肩を叩き、
「行くわ」
と言い残して私たちの傍らを通りすぎた。だが、新開くんはその直政の手を掴んで止めた。
「待てよ。時間が惜しいって言ってるだろ。誰の指示でここへ来たのか教えてくれ」
「どーん!」
私の声色を真似て、光政が新開くんを蹴った。新開くんはもんどりうって倒れ、私は庇うように彼の身体に覆いかぶさった。
「楽しようとすんなよ」
直政は言う。「急がば回れなんじゃねえの? お前らは夫婦仲良くしっぽりと生ぬるい調査やってりゃいいんだよ。邪魔すると殺すぞ」
殺すぞー。光政はそう言って兄の後に続き、兄弟は坂を下ってカーブの向こう側へと消えて行った。
「すみません。格好悪いとこ見せて」
新開くんは体を起こしながらそう言い、見た目程ダメージを受けていない様子で私に謝った。私は彼の衣服についた光政の足跡を手で払いのけ、頭を振って無理やり笑顔を作った。正直、私のほうが泣きそうだった。
「……大変な仕事なんだねえ。毎日、ありがとう」
私がそう言うと、新開くんは思いの外嬉しそうに頬を染め、それとこれは違うんじゃないですか?と言って笑った。




