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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[42] 「新開」12


 どちらかと言えば、有紀さんよりも、斑鳩くんと話をした回数の方が多かったように思う。

 僕が坂東さんに誘われてチョウジの臨時職員になった時、正直、有紀さんはあまりいい顔をしなかったのだ。今にして思えばそれはきっと、警視庁公安部の誇りからくる非正規雇用者への差別なんかでは決してなく、天正堂とチョウジ双方の看板を背負っていた僕の神経を疑ったのだろう。

 坂東さんが僕のことをどこまで職場の人たちに説明していたのか分からないが、少なくとも僕がキャリアでない事は知られていたし、日によっては天正堂の肩書で現場に赴く事もあったから、おそらく全部分かられていたのだとう思う。

 坂東さんの手前、有紀さんはほとんど僕に文句を言わず、その坂東さんも人当たりの良い男ではなかったから、認めてももらえず擁護もされない、そんな居心地の悪さを感じながら最初の一年を過ごした。その内現場での微妙な空気を察した三神さんの計らいもあって、「うちの若いのをよろしく頼むよ」という彼の推挙で、天正堂から出向してきた見習い職員、といった珍しい立ち位置が受け入れられ始めた。

 数年後、馬淵くんがチョウジに加わった。そしてその後、馬淵くんの後輩である斑鳩くんがやってきた。だがほどなくして、馬淵くんが地縛霊の霊障に当てられ精神を病み、自害してしまう。入庁間もない斑鳩くんのショックは大きかった。馬淵くんに憧れて後を追いかけて来たと言っても過言ではない彼にしてみれば、馬淵くんの死は、未来への明るい扉を目の前で閉ざされたのと同じことだった。

 その後は相談というわけでもないが、斑鳩くんの方から僕に話をしてくれることが増えた。心細さもあったのだろう。だけど僕とて他人にアドバイスをしてあげられる程仕事の出来る人間ではなかったから、お互い試行錯誤しながら全力でぶつかるしかないね、とかなんとか、なんの益にもならない愚痴を言いあうことしか出来なかった。やがて斑鳩くんの教育係を有紀さんが勤めるようになり、ようやく僕も彼から声をかけてもらえるようになった。それ程までに僕と他のチョウジ職員の間には、容易には縮まらない距離感があったのだ。

 話せばすぐに、有紀さんはユーモラスな人だと分かった。常にカリカリ何かに怒っている坂東さんと違い、平和主義で温厚な人だった。だが同時に、超のつく真面目人間でもあった。どういう立場なのか今一つはっきりしない僕に不満を抱えていたのは、やはり彼の生来の真面目さから来るものだったのだ。


「いいか新開、仕事ってのはなんの職種でもそうなんだよ。自分をごまかしたら駄目だ。例えばお前は、道に落ちてるゴミを跨いで通過しちゃいないか? 100%拾えると自分に断言できるか? 気付かなかったなんて言い訳はなしだぜ。そういうごまかしの効かない自分への真面目さが、仕事の結果を生むんだよ。俺たちは一見ありえない、超のつく事象を相手にせにゃならん。そういう時こそ自分に対する信頼がないと、すぐに心が折れちまう。そしてそれはきっと、依頼者にも伝わるんだ。真面目が馬鹿をみるなんて嘘だぞ。お前は絶対、自分をごまかすんじゃないぞ」


 そんな有紀さんがたった一人、病室の天井から首を吊って死んでいるのを発見した時、僕は恐怖なんかよりもずっとずっと強い憤りに震えた。有紀さんが僕にかけてくれた言葉を思い出しながら、このままで終わらせてなるものかと胸に誓ったのだ。だが現実はあまりにも残酷で、僕よりも遥に若い人間をも連れ去ってしまった。斑鳩くんの死を悟った時、僕の心の中のまだ壊れていなかった部分までもが、ガラガラと音を立てて崩れ行くのをはっきりと感じた。




 広域超事象諜報課のトップは、現在室長の肩書を持つ坂東さんが努めている。その坂東さんの上には上司として公安部の部長が存在する。名を椎名さんと言って、年齢は六十歳ながら見事な白髪で有名な人だ。公安部全体の部長であることから、その下に組織された極秘部署のことなど気にも掛けない人物かと思われたが、意外にもその椎名部長こそが、チョウジ発足の切っ掛けを作った張本人だという。霊能者と呼べるほどではないにせよ、子どものころから不思議なものを見たり聞いたりすることが多かったそうだ。つまり彼にも、霊感があるのだ。

 その日、椎名部長と連絡をとった坂東さんは、頭を振りながらを僕たちに言った。

「やはり椎名さんも知らないそうだ。有紀にも斑鳩にも、天正堂を名乗るような指示を出してもいなければ、そもそも二神のじい…、二神さんの家に迎うように言った覚えもない。つまりあの二人の行動は全てが謎のまま、振り出しに戻ったわけだ」

 R医大病院を出る間際、僕と先輩は秋月六花さんに呼び止められた。

「悪いと思ってる」

 と彼女は切り出した。

「何がです?」

 尋ねる僕に、

「私はここで一旦リタイアだ」

 と、秋月さんは涙を浮かべた目で僕たちを見つめた。

「当然ですよ」

 と先輩は言い、「めいちゃんの側にいてあげてください」と微笑み返した。

「三神さんとめいちゃんをよろしくお願いします。出来るだけ早く戻ります」

 そう言って僕が頭を下げると、秋月さんは握った拳を震わせ、悔しい、と言った。

「希璃を任せた。絶対に守り通してね。それから、……あんたも気を付けるんだよ」

「分かりました。成留を悲しませるわけにはいきませんから」

 僕の言葉に秋月さんは歯を食いしばって頷き、美晴台を訪れた際にお邪魔したという、柳さんと仰る方の話をしてくれた。そして最後に、こんなアドバイスをくれたのだ。

「めいが呪いを受ける直前、私たちの周りだけが激しく振動する事象が起きた。これは三神さんの日記にあった記述と一致するし、あんたがK病院で感じた揺れと同じものだと思う。きっとこれも、今回の事件にとって重要な意味をもってくると思う。あと、……崖団地には今も人が住んでるね?」

 驚く先輩の隣で、僕は俯き加減に小さく頷いた。いつか本人には伝える気でいたが、今このタイミングはさすがにバツが悪かった。

「辿れる道筋は、今んところそれしか思いつかない」

「僕もそうです。これから向かいます」

「え、人が住んでるって何、まだあるの? 団地が?」

 そこへ、僕を問い詰める先輩の言葉を遮るようにして、

「俺たちも出る」

 そう言いながら坂東さんと小原さんが院内から現れた。「今から小原さんと二人でK病院を視察した後、俺たちも美晴台へ向かう」

「え、小原さんもここを出るんですか? 六花さん一人にお任せするんですか?」

 先輩の視線をかわして僕が驚いた振りをすると、

「助っ人を呼びました」

 と小原さんが答えた。「今まで彼は御大の捜索にかかり切りでしたが、呼び戻します」

「助っ人…。誰ですか? まさか穂村兄弟ですか?」

 すると小原さんは苦笑を横に振って、

「ドイくんです」

 と言った。

「ど……え?」

 一瞬誰のことだか分からなかった。

 ドイというのが、土居零落(ドイレイラク)という人物のことを言っているなら、これはもの凄いことだ。何を隠そう土居さんは天正堂階位・第五に位置する霊能者で、僕も坂東さんも一度としてその姿を見たことのない、『実在しない男』と呼ばれた人物である。






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