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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[39] 「坂東」6


 希璃が斑鳩の病室へと走ったのは新開の指示だそうだ。

 鍵はかかっていたが、病室の扉は外からは開けられる仕様になっている。希璃は数度のノックを経て、やがて一息に扉を開いた。するとそこには、乱れたベッドの上、塞がりかけていた首筋の傷から血花を咲かせて絶命している斑鳩の身体が仰向けに横たわっていたという。

 新開に呼ばれて振り返り、俺が視線を戻した時にはもう、そこに斑鳩の姿はなかった。

 受けた呪いの効果が発動して死に絶え、そして残された霊力だけが俺たちに最後の姿を見せに来た。どうやらそういうことであるらしかった。斑鳩は俺と、馬淵・有紀の名前を巡って言葉を交わしたように思われた。だが聞いた話によると、二神七権の自宅前で三神幻子と出くわした際、移動する車内でも同じ会話を交わしていたという。有紀は自分のことを馬淵と呼んだ斑鳩に恐怖を感じたと語ったらしいが、今となってはこの謎も容易には解けない。そもそもそこに謎があったのか、単なる覚え違いなのかなんなのか、そこからして理解不能な事態であると言えた。

 また、俺の周りで人が死んだ。九坊による犠牲者はこれで三人目だ。そしてその他呪いを受けたとされる人間は、三神三歳、秋月めい、新開希璃、分かっているだけでも三人いるのだ。

「どうやって止める……」

 握り締めた拳に行き場はなく、噛み締めた奥歯が不快な程にギシギシと鳴った。




「慌ただしさもあって、散らばったままの情報を整理出来ていません……」

 そう切り出したのは新開だった。

 斑鳩の遺体は、そのままこのR医大病院の安置所へと移動された。

 本来ならば病院内と言えども斑鳩の死は不審死であり、居合わせた人間全員が重要参考人として、任意同行でしょっ引かれるはずである。だが居合わせた人間全員が、ただの一般人ではなかった。公安の薄暗い部署にいる厄介者、天正堂の拝み屋が四人もいて(内一人は病人、内一人は元・天正堂だが)、他はその家族である。それは暗に、「ここには怪異しかない」、そう言っているのと同じことなのだ。

 通報を受けて到着した制服警官や捜査員は俺たちを見て一様に目を丸くし、やがて苦虫を噛んだような顔を見せて押し黙った。素性に関して言えば俺たちは皆、逃げようがない程知られた面子ばかりである。捜査員たちの気持ちは分かる。本音で言えば、関わることすら嫌なのだ。

 やがて静まり返った未明の受付待合で、凪いだ水面の波紋を打つように新開が話し始めた。

「病院の朝は早いですから、いつまでもこの場所でたむろしているわけにはいきません。本来であれば小原さんや坂東さんの仕切りが相応しいとは思いますが、この場は敢えて情報に乏しい僕からの質問という形で状況を整理させてください」

 処置室にいる秋月六花とめいの容態を案じているのだろう。新開は廊下の奥を一瞥し、それから俺達の顔を見渡した。この場にいるのは小原桔梗、新開水留、新開希璃、そしてこの俺、坂東の四人だけだ。面子としてはなんとも珍しい顔合わせであり、素人が混じっている分些か心許なくもあるが、そう言っていられる場面ではなかった。

 新開は言う。

「まず、幻子に聞きそびれた事があります。それは坂東さん、なぜ、斑鳩くんと有紀さんが二神邸に向かったのか、という点です」

「……なんだって?」

「台湾で仕事をしていた幻子を呼び戻したのは、僕です。彼女は帰国後、二神さんの元へ向かったようですが、青葉さん(柊木青葉、二神七権の孫)にしか会えなかったそうなんです」

「それが?」

「おそらくその時点ではもう既に、二神さんは街へ降りて来ていたのだと思われます」

「ああ」

「二神邸を訪問した幻子から連絡を受け、彼女に迎えをやりました。僕が直接、六花さんにお願いしたんです」

「姉さんを?」

「正確にはめいちゃんと二人です。ですが彼女らが到着する前に、何故か二神邸に現れた有紀さんと斑鳩くんの乗って来た車に同乗し、幻子はその場を去っています」

「……」

「幻子は僕からの電話で迎えが来ると聞いた時、天正堂の人間だと思ったそうです」

「……? だろうな。お前もあいつもそうなんだ。お前が人をやると言った以上、普通にタクシーを呼んだとは思わないだろう」

「今とはなってはこの話の裏を確認する方法がないのですが、幻子はこう言っていました。現れた有紀さんと斑鳩くんは、自分たちを天正堂から派遣されて来た人間だと名乗ったそうです」

 ……はあ?

 俺と小原さんの声が揃う。新開も俺も、自然と小原さんの更なる反応を待った。

 それもそのはずだろう。「天正堂から派遣」と言えばいかにもなそれらしく聞こえるが、派遣する側の人間がここにいるのだ。だが当の本人、天正堂階位・第四の代表代理、小原桔梗の顔は驚きに満ちていた。

「いや、そんなはずはありません」

 と小原さんは言う。「所詮は拝み屋の集まりですから、各人がそれぞれの思惑で動くことはある。だけどそれはあくまで天正堂の拝み屋としてです。坂東くんがここにいるから言うわけじゃないが、チョウジはチョウジで自分たちの信念を胸に戦っている人間だと思う。どういった指揮系統で動いているか知りませんが、彼らが天正堂を名乗るなんて馬鹿なことは……」

「小原さんが指示を出したわけじゃないんですね?」

 そう聞いたのは怖いもの知らずの新開希璃だ。小原さんは若干不機嫌な顔で頷き、

「ありません」

 とだけ答えた。

「小原さんは指示を出してはいない。だが、ひょっとしたら有紀の判断で看板を偽ることはあったのかもしれない」

 俺がそう言うと小原さんは顔色を変え、「そんなバカな」と納得のいかない様子だ。古い人間だからこその矜持というやつだろう。自分がどういう人間か、面子ではなく信念に重きを置いているのだ。所詮拝み屋と言いながら、自分が天正堂の人間である事を心底誇りに思っているのだろう。

「坂東さんはその辺り、何かご存知ありませんか?」

 新開の問いに、俺は即答できなかった。正直、分からないとしか言いようがなかったのだ。

 有紀と幻子が斑鳩の両肩を支えてこの病院に駆け込んで来た時、俺は確かに有紀に尋ねている。何故この面子なんだと、おかしな組み合わせに疑問を持ったことは間違いない。だが斑鳩の容態は単なる怪我ではなかったし、有紀自身もかなり混乱している様子だった。

「こっちも色々わけありなんだと、それしか言ってなかった」

「わけあり?」

 当然俺の返答に納得のいかない様子で新開は首を傾げた。

「これまでにもこういう事はあったんですか?」

 と希璃が尋ねる。「例えば仕事中に止む無く天正堂を名乗ったりだとか…」

「ない、だろうな」

 と俺は答え、横目でチラリと小原さんを見た。「この人の手前あまり言いたくはないが、正直、肩書を必要とするような場面なら当然俺達は(警察)手帳を出す。敢えて拝み屋を騙る意味など…」

「だけど」

 と今度は新開が言う。「霊障被害を受けた相手によっては、国家権力よりも(まじな)い師を名乗った方が安心する人たちだっていますよ?」

 俺は「もちろんだ」と頷きながら奴を見つめ返す。

「じゃあ、お前だったらどうする。仮に一般市民を相手にして、警察は嫌だ、他に頼れる人間はいないかと言われたらどうする。お前がその時ウチの職務で動いていた場合、そんときゃあ天正堂を騙るのか?」

「あー…いやー…」

 新開は理解したように頷き、「ないですね」と答えた。

「もしそんな相手なら、素直に三神のオッサンや小原さんに直接話を振ればいいだけのことだ。だけどもし、有紀らが本当に天正堂を騙ったってんならそれはきっと、相手がどうこうって問題じゃない。そうせざるを得ないような問題が、あいつら自身にあったってことだ」 






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