[38] 「坂東」5
自分で言うのは言い訳がましく到底口には出せなかったが、ずっと気になっていた。
俺自身が加藤塾で出した指揮の内容についてだ。
適材適所を意識して考案したとういうよりも、それが必然だと感じながらそれぞれに役割を振っていった。だが果たしてそれが正しい選択だったのか、俺はそればかりを考えていた。
秋月六花から、携帯電話を介さない着信を受けた。謎の着信、謎の通話。そして急いで駆け付けた美晴台で見た、妹のめいを抱えてひた走る彼女の姿が、俺の培ってきた経験による自信や自負を木端微塵に打ち砕いた。
俺は、間違えたのだ。
秋月六花を、秋月めいを、美晴台へ向かわせたのはこの俺だ。それが自然だと思っていた。単独であれば国内敵無しの霊能力者ながら、こと妹のこととなるとただの心配性になる。めいを隔離して秋月六花だけを調査へ向かわせるよりは、二人揃っていたほうが何かと安心、そして安全だろうと踏んだのだ。だがそうなるように敵側が仕向けていたのだとすれば、この罠を回避できたなかった俺に全ての責任がある。
そして更に、彼女らを車で拾って病院へ向かう途中、先ほど別れた新開から電話が入った。
「……有紀さんは、お亡くなりになられました」
ああぁぁ、やっぱりそうだ……。
やっぱり俺は、間違えたんだな。
有紀よ、お前を死なせたのは俺だ。この償いは必ずする。だけどもう少しだけ待ってくれ。めいがそっちに行ってしまいわないように、お前の可愛がってる後輩が連れていかれないように、無鉄砲で責任感の強い新開の嫁が連れていかれないように、これは単なる俺の我儘だけど、なんとかしてやるのが俺の責任だって思ってるから……。それまで俺は、お前に別れを言うのはやめておく。だけど有紀、なにもかもが全部終わった後、お前に言えるとしたらそれはきっとサヨナラじゃないと思うんだ。壱岐課長も言ってたしな。ちゃんとやるべきことをやったら、俺もそっちへ行くから。
「私も行くよ」
……は?
「実際に何が起こってるのか自分の目で見てみる」
新開水留の嫁、希璃がまたおかしなことを言い出した。
こいつは昔から無鉄砲に輪をかけたような奴で、無大砲の名がふさわしい跳ねっ返りだった。初めて会った時はまだ学生で、いかにもお嬢様然とした風貌や愛嬌のある表情なんかが可愛いとさえ思ったもんだ。だが実際はとんでもない奴だった。自分から危険に首を突っ込むは、周りを巻き込むは、しかもそれでいて、見よう見真似で『遠当て』をマスターする器用さを持った霊能者ときやがる。
新開はいつだってこの女に振り回されていた。傍から見る分には微笑ましい光景だったのかもしれないが、俺はまっぴらごめんだね。
「覚えてる?この並び」
ほら来た、また何か言い出したぞ。
「しもつげ村以来だよねえ、この三人の並びは。あの時は紅さんのご自宅で、相手はあの黒井七永だった。それでも私たちは無事に帰ってこれた。……何気に最強のチームだと思うんだよねぇ」
まじかよ。
こいつまじかよ。
あれだけ危険な目に会っていながら、何が最強だって?
俺は悲鳴の聞こえた廊下の奥を睨みつけながら、希璃の戯言に振り回されないよう気を引き締めた。新開が先を行き、俺も後を追う。だが同じく歩き始めた希璃の背中が、震えているのが見えた。泣いているようだった。
……ッチ。
強がらずに後ろに引っ込んでりゃいいんだよ。
頼むから、これ以上俺に間違いを犯させないでくれ。
「調子狂うわー」
俺はさっさと希璃を追い越し、そして新開をも追い抜いた。
一番の矢面に立つのは、この俺じゃなきゃいけないんだよ。
「斑鳩ァッ!」
叫び声を上げる斑鳩を殴りつけた。だが手応えの無さにハッとした次の瞬間、奴の身体が水となって弾け飛び、また元の姿に再生した。「…ああ?」
斑鳩はまだ二十三、四と年の若い調査員だ。職務中に殉職したかつての調査員・馬淵が見込みのある後輩として連れて来たのがこの斑鳩で、二人は大学の先輩後輩の関係だという。馬淵は斑鳩よりも三つ年上で、こちらも若いながら器用でなんでもそつなくこなす有望株として将来を期待されていた。そんな馬淵が死んだ時、斑鳩は心に深い傷を負った。馬淵の死と斑鳩には何も因果関係はないが、誘われて入った世界は死に直結する非情な現場であったのだと、この時ようやく気が付いたらしかった。
その後、二人よりも大分と年の離れたベテラン職員、有紀が指導者として斑鳩の側に付くようになった。俺はと言えば、天正堂とチョウジ、二足の草鞋を履いていた新開水留を育てていたこともあり、そこまで深く有紀と斑鳩の関係に首を突っ込んでは来なかった。だが今となっては、やはりその事が悔やまれる……。
馬淵が推薦するだけあって、若いながらも斑鳩は出来る男だった。根性もあったし、あるいは若さゆえなのか、怪異の頻発する現場においても逃げ出すような真似はしてこなかった。だがそれは、いわゆる調査員としての仕事力を買っているのであり、例えば秋月六花や新開水留のような、生まれながらの霊能力エリートとは比較できるものではなかった。少なくとも俺の知ってる斑鳩は、己の身体を水へ変化させるといった、妖怪さながらの能力など持ち合わせてはいなかったはずだ。
「坂東さん」
背後で新開の呼ぶ声が聞こえ、とても小さな霊体の発する気配が俺の背中まで届いて来た。例の小福を打つつもりだろう。新開の視界を遮らぬよう体を一歩引いたその時、どこを見ているのかまるで分からない斑鳩がポツリと呟いた。
「馬淵さん…」
「……馬淵?」
俺は咄嗟に右腕を上げて新開を制した。
新開は上着の懐に手を突っ込んだまま、俺の指示を待っている。
「斑鳩。馬淵がどうしたって? お前、今でも馬淵の事気に病んでんのか」
俺はなるべく普段通りの口調でそう問いかけた。目の前にいる斑鳩が例え本物の人間じゃなかったとしても、呟いた名前にはきっと意味があるはずなのだ。
「馬淵さん、俺、死にたくないです……」
「……」
斑鳩の命を救った三神幻子もまた、斑鳩が同じセリフを繰り返したと言っていた。呪いを受けたその効果なのか、普段決して吐かなかった弱音をここぞとばかりに連呼し、ひどく取り乱していたという。
「斑鳩、お前は死なない。大丈夫だ」
俺はそう言いながらも、内心は首を捻る思いだった。仕事を続ける事に対して恐怖を抱くことも、ストレスを抱えることも当然あってしかるべきだと思う。問題はそんなことじゃない。
何故、馬淵なんだ……? あいつが死んだのは二年前だってのに。
「斑鳩よ。…有紀だよな? お前、覚え違いしてるんだよな? 仕事の愚痴を零すんならお前、せめて上司の名前くらいちゃんと覚えてやれって」
俺は努めて優しくそう問うも、それでも斑鳩は視線を空中に向けたまま、ポツリと呟いたのだ。
「……誰だ?」
いい加減にしろォッ!!
「二年間付きっ切りでお前を指導してた人間の名前も忘れたってのか!斑鳩!もうお前だけなんだぞ!馬淵は死んだ!有紀ももういない!あの二人の意志を継いでやれんのは斑鳩ッ!もうお前だけなんだぞッ!!」
坂東さん……。
新開が俺を呼び、そしてこう言った。
「斑鳩くんは、もう……」




