[25] 「めい」5
姉を困らせたかったわけではない。
ただ、どうしても知っておきたかったのだ。
あの日遊園地を訪れた私は時間の感覚や記憶が飛んでしまい、新開さんや成留ちゃんと出会う夕暮れまで、まるで自分が自分でないような、意識と肉体が分離したような状態で園内のベンチにただ一人、座り込んだまま動くことさえ出来なかった。あの経験が何を意味するのか、単なる疲労や恐怖から来る錯乱とは違うのか、私には分からない。しかし姉を始めとする専門家たちが、口を揃えて『呪い』と言うならばそうなのだろう。
だから、知っておきたかった。
私は何をしたのか。なぜ呪われてしまったのか。私を呪う程の理由が誰かにあるなのら、解決すべきはまずそこなんじゃないかと、ずっとそう思っていたからだ。少なくとも三神さんは、絶対に人から恨まれたリ呪われたリして良い人じゃない。新開さんや坂東さんが必死になって事件を捜査する気持ちも分かるし、当然私も協力を惜しむつもりはない。
だけど、私はどうなんだと、そう思えてならなかった。被害者面をしているが、本当は私も誰かにとっては加害者なんじゃないかって、ずっと不安で肩身が狭かった。私が悪いわけじゃないと姉は言うけれど、ずっと、姉の心臓はバクバクと激しい音を鳴らしていた。やっぱり私にも言えないことがあるんだと、そう思わざるをえなかったのだ。
ピリリリリリ。
突然電話が鳴り、姉が出る。
「……ああ、うん、私。どうした、なにかあった?」
安心しきったような姉の声に思わず私は目を見開き、そして、心の底から震えた。
「……こっちはまあ、かなりの収穫があったと言ってもいいねえ。この後も、まだちょっと見に行くんだよ。ああ、馬鹿だな。変に隠し立てしてる場合じゃなかったんだ」
お姉ちゃん、……何を言ってるの?
「あのねバンビ。私らはこれから、実際に崖団地を見に行こうと思ってるんだよ」
姉は電話で話をしているつもりなのだろう。確かに、着信音は鳴った。姉には坂東さんの声が聞こえているのかもしれない。だが私の耳には、何も聞こえてはこなかった。この至近距離で、ともすれば受話口から漏れ聞こえてもなんら不思議ではない相手の話し声が聞こえないことなど、これまでは絶対にありえなかった。
「夜中に知らない土地を出歩くのは、めいのためにも避けたいのが本音だけどね。そうも言ってられない。時間との勝負だからね。戻ったら色々話せると思う。……じゃあ、新開にもよろしく。気を付けるんだよ」
姉は一体誰と、いや何と話をしているんだ。
「……お姉ちゃん?」
「ん? あ、ごめん切っちゃった。バンビと話したかった?」
ずっと姉を見て来た私には分かる。姉は噓などついていない。本当に、坂東さんと話していた、そういう表情だった。この疑問に対する解答には二つの可能性がある。姉が坂東さんと電話で話したと思い込んでいるか、私の聴力が消えたかだ。
だが、その答えはすぐに出た。
私たちが歩いて来た夜道の遥か前方から、自ら答えがやって来たからだ。
「どうした、めい」
姉がそう言った声に、私の身体が反応する。
右足が、自然と元来た方向へ逃げるように一歩を踏み出していた。
「め……?」
怪訝な顔をする姉には目もくれず、私は真っすぐに伸びた道の前方を見つめた。
……ペたっ。
つま先から頭頂部にかけて、得体の知れない電撃が突き上げた。
「お姉ちゃん」
言いながら、私は尚も元来た道へと戻り始めた。視線は『崖団地』へ向かう道の前方を見据えながらも、身体ははっきりと拒否反応を示した。スキップのようにトトン、トトンと移動し始めた私に、「お、おい」と姉が追いすがる。
「お姉ちゃん、聞こえる」
「え、何?」
「向こうから何かがやって来るよ!」
ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
「来たっ!」
私は顔面を蒼白にしながら背を向けて全力で逃げた。
しかし、姉が私の背中を掴んだ。
「おね」
「逃げたって無駄さ。めい」
「嫌ッ!」
「私がめいを守るから。だからここにいな。私から離れちゃいけない」
私は、一瞬とはいえ姉を疑った自分を猛烈に恥じた。しかし後悔にも似たその感情を、総毛立つ恐怖があっさりと塗潰した。姉の右肩越しに見えた道路の真ん中に、もうすぐそこまでそいつは来ていたのだ……。
手だった。
右手首から先が道路の真ん中に落ちている。そしてその傍らには、左手の指先が地面から生えていた。
「……なんだ?」
姉が上擦った声を出して首を突き出す。
右手と不完全な左手が夜道をぺたぺたと音を立てて走って来た、そういう事なのだろうか? だが私は薄汚れたその手を目の当たりにした時、まるでその汚い手で首を絞められてでもいるかのような息苦しさを感じ、眩暈を起こした。
グラついた私の身体を気遣うように姉が振り返った時、地面の下から顔が出て来た。
「いやっ…」
人間の鼻から上の頭部、右手首、左手の指が道路の真ん中から生えているのだ。私は無意識に視線をそらし、禍々しいそれらを視界から追い出そうとした。だがその途端ぼやけた視界でまたもやそれが蠢き、頭部が顎の部分までせり上がって来る様を見てしまうのだった。
「お姉ちゃん、……こわいよ」
すると姉は震える私の身体を右腕に抱き、「大丈夫」と言った。
耳ではなく肌で感じる姉の心臓は、少しも高鳴ってはいなかった。
「そこまで怖いもんじゃないよ。心配しなくていい」
「ほんとに?」
私が姉の横顔を見上げた、その時だった……。




