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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
25/146

[24] 「六花」7


 人から呪われる程、悪いことをしたのか……。

 両親の愛情を受けられなかった所か、目を覆いたくなるような虐待を受けて育っためいの口からは、決して聞きたくない問い掛けだった。

 何ひとつ悪いことなどしてない、するはずもない。そんな年端もいかぬ幼児期から理不尽な暴力に翻弄されて来ためいの言葉は、私の胸を激しくゆさぶった。せり上がる涙とそれを抑え込む意識がぶつかって、鼻の奥にツンとした痛みを走らせた。

 私は気取られぬよう、努めて冷静に答える。

「いや。そうじゃないよ、めい。そういうんじゃない。……呪いっていうものは、まあ、宗教的な見方や風俗的な慣習なんかも絡んでくるから、これが絶対だっていう真理を話して聞かせるのはすごく難しいんだけど、大雑把に言うとね、呪いには二種類あるんだ」

「二種類?」

 めいは賢くて優しい子だから、私の激しい感情の揺らぎにも当然気付いていただろう。しかしめいは懐中電灯を足元に向け、前を向いたまま私と話をした。あえて、こちらの表情を見ようとはしなかった。

「まずは、今めいが言った、死んだ人間が残してった怨念。まぼ (三神幻子)に言わせると怨念の怨は死者に当て嵌まらないってことになるけど、ファラオの呪いが本物だとすれば、発掘作業に関わる人間全てに降りかかる禍として、不特定多数にかけた呪いってことになるから、こっちのパターンだと思う」

「うん。祟りみたいなことだよね?」

「言い方はね、そう。それはだけど、相手がファラオだって分かってるから呪いという話になるけど、実は規模を縮小して考えればこの日本でだって、どこでだってあり得る話なんだ。単なる霊障のひとつだからね」

「どういう意味?」

「ファラオが生きている間に、自分の死後、墓を荒す奴は全員呪ってやるって宣言していれば、これは呪いとして機能しているし、成立する。だけど実際はそうじゃないし、そもそもあの話は都市伝説に近いんだよ。実際に死んだファラオの霊力が残っていたから作業員たちに霊障を及ぼしたのか、違うのか、本当の所は分かんないんだよね。たとえば全員が同じ死に方をするとか、発掘に携わってから何日か決まった日数で死ぬとかそういう…」

 そこまで言って口を噤み、私は思わず奥歯で頬の内側を噛んだ。

 具体的な呪いの症状を口に出せば、弥が上にも恐怖心を煽る。三神さんだけでなく、めいにも呪いの効果が発動する可能性が大いに残されているのだ。失言だった。しかしめいは何も気が付かない顔で、感心したように頷いてみせた。

「そっかぁ。じゃあ、偶然かもしれないってことなんだね?」

「うん、そう。実際日本でだって、自殺現場を通るだけで何があったか分かる人は分かるし、感じる人は感じる。別にいわくつきの場所だと知らなくなって、不思議な現象に悩まされる人は大勢いるでしょ。相手が誰だか分かんないからそれを霊障って呼ぶけど、それが名のある死者だったから『呪いだ』って叫ばれたんだと思うよ。まぁ、本当の話だと仮定するならね?」

「なるほど。じゃあ、もう一つの種類っていうと?」

「うん」

 言葉を切った私に、めいは立ち止まってこう言った。

「平気だよ」

「……」

 何も言い返せない私に、めいは尚も優しい声色でこう続ける。

「お姉ちゃんが側にいるもん。今なら、私は何を聞いても大丈夫だから。知らない方が、かえって色々想像しちゃって怖いかも」

「うん」

「呪いには二種類あって、一つは、亡くなった死者の怨念。じゃあ、あと一つは?」

 私は腹を括り、努めて短い言葉で簡潔に伝えようとした。

「生きてる人間の恨みだ」

 生きている、人間の……。

 思わず立ち止まり、復唱するめいの声が震えた。「……じゃあ」

「うん」

 私は意を決し、今まであえて口にしてこなかった言葉を告げた。「めいが受けた呪いは、おそらくこちらの方だ」

 めいは眉間にクっと力をこめ、唇を結んで恐怖に耐えてみせた。そして思案する顔のまま二、三度頷いた。だが、言葉は返ってこなかった。私は言う。

「ひとことで言えば生霊を飛ばすってやつだ。一般的に呪いとされる霊障の大多数はこっちだよ。だけどこれだけは聞いて欲しい。めいが、悪いことをしたってわけじゃないんだよ。それは私が保証する」

「……じゃあ?」

「めいはきっと、正脇茜が受けていた呪いを移されてしまったんだと思う」

「呪いを、移す? そんな事出来るの?」

「出来るか出来ないかで言えば、出来る。本来なら正しい手順と方法を理解してなきゃ無理なんだけど、稀に、何も知識のない人間でも偶然それを行えてしまう場合があるんだ。正脇茜の状況を私は聞いた話でしか知らないけど、恐らく、それをやってのけたんだと思う。呪いは、その効果が発動する前には何をしても防ぐことは出来ない。必ず目標に辿り着いて効果を発揮する。だけど一旦その効果が発動した後であれば、対象者から移動させる事が出来るんだ」

「ど、どうやって!?」

「専門的な事だから簡単には言えないけど、あえてひとことで言うなら、『霊障は祓えるけど呪詛は祓えない』、これを利用する」

 めいはギュッと目を閉じ、恐怖と混乱に対して必死に向き合おうとした。だがやはり、素養のない人間にこういった話はまず通用した試しがない。

「今はまだ分からなくていい。難しい事は全部私が引き受けるから。重要なのはね、成留(ナル)が跳ね返したおかげで、めいの受けた呪いは正脇茜に戻った。本来ならばこれで呪いは終わる。だけど今回の事件ではめいも知ってる通り、めいだけじゃなく三神さんや、チョウジの捜査員までもが呪いの対象者として被害を受けてる。つまり、天文学的な確率で全く同じ時期に呪いを打つ輩が何人も現れたか、あるいは、呪いそのものが移動している可能性があるんだよ」

「呪いが、移動? 意思を持ってるの?」

「意思を持ってるのは呪いじゃなくて、呪式を打った人間の方さ。だけどそいつが何を考え何を思い、何がしたくてこんな事をやってるのか、それはまだ分からない。それに、めいが受けた呪いだってまだ完璧に解呪出来たとは限らない。成留はまだ三歳だし、無我夢中で悪いものを弾き飛ばしただけで正しい手順を理解していたわけじゃない。……呪いを受けた印が、残滓という名の負のエネルギーとして魂に括りつけられたままだと、いつかはそれを辿って、まためいの所へ戻ってくるかもしれない。だから…」

「お姉ちゃん」

「う、うん?」

 ……話が難しい過ぎただろうか。

 めいはかえって落ち着きを取り戻したような表情で、

「もうひとつ聞いてもいい?」

 と、前を向いたまま私に聞いた。

「……うん」

「じゃあ……茜さんを殺したのは、私なの?」

「めい…」



 ピリリリリリ。



 携帯電話が鳴り、私とめいは飛び上がる程に驚いた。

 見ると電話の相手は、バンビだった。それは丁度、T字路で言えば横線の中央、縦線にあたる道路との交差点付近まで辿り着いた時のことだった……。







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