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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
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[18] 「幻子」4

 

 私の眼から見ても、新開さんには昔から『感応術』の才能があった。いや、そもそも私と出会う前から素質はあったのだ。私たちが出会った十年前には自らでその力を制御できなかったと言うが、何を隠そう彼は霊道を開いて地縛霊を顕現させる規格外の男なのだ。そしてもともとそこにいる霊たちに感応する力だけで言えば私や父よりも敏感で、強い。その霊能力を応用し、父の助力をもとに完成させたのが『大福ちゃん』シリーズである。

 天井隅に張り付いていた異形が不意に長い足を本棚に突き刺し、バラバラと数冊の本が落下した。

「ちょ、怒られるの私なんだから」

 ほんの少し慌てた私の隙をつくように、異形の胸部が突然裂けてもう一本の腕が飛び出してきた。見えていた四肢よりも長く伸びたその腕に私は首根を掴まれ、とてつもない力で宙吊りにされる…。一瞬で首の骨をへし折られそうな力ではあったが、異形のくせして直接的な攻撃に出たのがそもそもの間違いだ。

 私は右手に大福ちゃんを持ったまま、左手で異形の腕を握った。

(かえ)れ」

 そうひと言呟くと、節くれだった細長い異形の腕がドクドクと波打ち、次の瞬間異形はもう片方の腕で己の首を絞めた。バキンと音がしたかと思うと、異形の頭部がゴトリと絨毯に落ちた。

 解放されて私は着地し、大福ちゃんを椅子の上に戻した。そうする間にも異形の四肢はするすると収縮し始め、普通の人間サイズに戻る頃には体全体が乾き、干ばつによるひび割れを起こした大地のようにあらゆる部位が裂けてしまった。

 大福ちゃんの髪も元に戻り、やがて異形のものは単なる木で出来た人形へと姿を変えた。もちろん、絨毯に転がっている頭部も、木である。

 しゃがみ込んで人形の背中をこちらに向けると、……あった。

 黒く変色した血に汚れた、小さな白紙の人型……呪符である。

 その時、室内のどことも判然としない空間から、


 怖い…怖い…怖い…怖い…怖い…


 そう繰り返す声が聞こえてきた。めいちゃんの話に聞いたのは、これか。

 私が左手を伸ばしてその呪符を剥がそうとすると、背後で再び大福ちゃんの髪が伸びた。

「……」

 私は彼女を振り返り、ゆっくりと呪符へと指先を近づけた。

 ズズズズ、と大福ちゃんの髪が伸びる。

「二段構え」

 日本には古くから、霊力を込めた呪符を用い、傀儡として霊魂を操る『操霊術』がある。地縛霊などを術者の意のままに行動させる呪術の一種で、器と称される事物に霊魂を憑依させて攻撃対象を襲わせる。器になる者もこの世ならざる存在の影響を多分に受けるため、生きた人間を起用するのは禁呪とされている。が、今回のように自らの意志を持たない木などの無機物を使用する場合、それはそれで禁呪とまではいかないにせよ(外法は外歩だが)、遥に高度な技術と術者の霊能力を必要とする。実存する事物を霊的存在へと近付ける技法など、決して誰しもが習得できるものではないからだ。

 しかも、その傀儡が倒された場合に備えて見える部分に呪符を貼り、手を伸ばした人間を自動的に呪うといった念の入れようだ。

 ここまで材料が揃えば、もはや明白だ。

 今回の一連の事件には偶然では済まされない、明確なる敵側の意志があるということだ。

 

 突如、電話が鳴った。


 怖い、と繰り返す声は今も室内に漂い続けている。

 大福ちゃんは僅かに髪を伸ばすも、霊力の出所が分からず震えてくすぶっている。

 電話に出ると、相手は新開さんだった。

「平気かい?」

 との第一声。

「……なぜ、聞くんです?」

 新開さんは溜息をつき、何故だろうね、と答えた。自分でもよく分かっていない様子だった。一般的に勘が鋭いとか虫の知らせなどと言うが、研ぎ澄ませば彼のようになる。自分の意志や予想を遥に超えた高い感度で、嫌な予感を的中させてくる。

「部屋に、侵入されました」

「……し、侵入って泥棒か!?」

「まあ、何を取ろうとしていたかは、一般のそれとはまた違うのでしょうけど」

「…い、な、…なんだって?」

「探さなくても見える所に大福ちゃんを置いていてくださって、助かりました。さすが、新開さんですね」

 電話の向こうで息を呑む音が聞こえ、電話を握り締める音まで聞こえてくるようだった。

「……何が来た?」

「…さあ、はっきりとはまだ。ですが、分かった事もあります」

「何だい?」

「やはり……新開さんの懸念されていた通りでした」

「…自然派生した呪いを偶発的に受けたわけじゃないかもって、僕がそう言った話か?じゃあやっぱり、狙いは僕たちなのか?」

「あるいは、我々のうちの、誰か」

「呪いの正体は、九坊だと思うか?」

 私の目が、横たわる異形の人型に自然と吸い寄せられた。

「……おそらく、そうではないかと」

 新開さんの喉がか細く鳴いた。

 そこにあるのはきっと、恐れではないのだと、なんとなくそう感じた。

 私がそうだったからだ。

 そこにあるのはきっと、怒りなのだと思う。

 この時点ではまだ、始まりの場所がどこだったのかまでは分からないし、九坊であるとも断言はできない。だがこれまで被害者として名前の挙がっている「U」、「正脇茜」、「斑鳩捜査員」、そして彼女らに関わった事で伝染する呪いをその身に受けた「三神三歳」、「秋月めい」、「正脇汐莉」、おそらく「新開希璃」の顔ぶれを見た時、私たちは言われずとも薄々感じ取っていたのだ。

 呪いが打たれた目的と動機を考えた場合、本当は逆なんじゃいか、と。

 逆とはつまり、もともと被害者として表に名前の出て来た人々ではなく、彼らに関わる事で呪われてしまった人間たちこそが、本来の対象者として狙いを定められた者たちなのではないか、ということだ。

 何故なら『九坊』とは、現時点では解呪の方法か確立されていない最凶の呪法であり、意図して一般人を殺める為に選ばれる手段としては、絶対に用いられることはないと断言出来るからだ。強い霊能力を持つ呪い師が念じた祈祷や、言霊といった誰しもが打ててしまえる波動としての『呪』とは一線を画している。全盛期の二神七権をもってしても、呪いを対象から「逸らす」のが精一杯だったそうだ。メカニズムの解明も、解呪法も、何も分からないままただ逃げ惑うしかなかったという。

 呪いとは、機能と効果である。

 効果をこの場合、術者の目的と言い換えた場合、機能はその手段、あるいは方法となる。

 呪いを打つ際、期待する最大の効果とはもちろん、対象者の死である。

 そして今この世界に、「三神三歳」、「秋月めい」、「新開希璃」の命に王手をかけた、死の呪いを打った人間が存在しているという現実がある。決して解くことが出来ないと言われた呪いを、彼女らは受けてしまったのだ。この事に対し、私も新開さんも、怒りを抱かずにおれるはずがなかった。

「今からそちらへ向かうよ」

 奥歯を噛んでそう言った新開さんに対し、

「結構です」

 と私は突き放した。「皆さんそれぞれが奮闘なさっている筈です。新開さんも、ご自身の役目を一刻も早く。どうか、お気を付けて」

「……わかった」

「それでは」

「まぼろ…ッ」

 振り切るように、通話を終える。

 私は髪を後ろで束ねていた三神三歳特注の数珠ゴムを外し、傀儡の上に投げ捨てた。

 大福ちゃんの綺麗な髪が、元通りの長さに戻る。

 傀儡が完全なただの木に戻るのを見届けながら、思う。

 決して、収穫がなかったわけでもない。

 もし此度の呪いが本当に九坊であった場合、打てる術者などそう多くいる筈もないからだ。

 それこそ……



 『御曲りさん』クラスの術者が存在しない限りは……。







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