[13] 「六花」4
古い家特有の生活臭に後ろめたさを感じながら、私とめいは柳さんのご自宅へとお邪魔した。
私たちを案内してくれたのは、今年十七歳だという地元の学校に通う高校生で、名前を、柳奈緒子さんと言った。奈緒子さんとご両親は隣に建てた新しい住居で生活し、こちらの家屋には今現在、柳家の当主とも呼ぶべき父方の祖母、菊絵さんがお一人で暮らしているという。
広い家だった。私とめいの前を行く奈緒子さんは、廊下を進みながらひと部屋ひと部屋を覗き込み、菊絵さんがいらっしゃないか確認しながら話をしてくれた。
「やたらと、部屋数だけはあるんですよ、昔は、……なんていうか、寄り合い? みたいなのも全部、ウチだったんで。(この住宅地の)下に、……公民館が出来る前までは、もう全部、……ウチで」
そう言って最後に振り返った明るい笑顔の奈緒子さんに、私は堪え切れずに話しかける。
「あの、本当に良かったんでしょうか? こんな、どこの誰とも分かんないような人間を二人もご自宅に上げていただいて」
すると奈緒子さんは和室の障子を開いて首だけ突っ込みながら、
「まあ、もう慣れっこですから、こういうの」
と答えた。
こういうの……?
「それにお婆ちゃんからも、全部自分が引き受けるから、四の五の言わずにつれて来いって言われてるんで」
何の話だ? やはり私たちは何か具体的な目的をもった来訪者だと、勘違いされているのだろうか。
「いや、あのー…」
私はただ、この辺りの昔話が少しでも聞ければそれでいいと思っていた。そこで得た情報を頼りに、『御曲りさん』に繋がる道を探しだそうという大雑把な計画でしかなかったのだ。だが、どう切り出して良いものか決めあぐねて首を捻る私たちに向かって、奈緒子さんは振り返ってこう言い放ったのだ。
「崖団地の話ですよねえ?」
私とめいの全身に鳥肌が立ち、まるでギュッと両足首を掴まれたように動けなくなった。
あてもなく訪れたのだ。かつて新開やその妻、希璃が住んでいた土地とは言え、少なくとも今から二十年以上前の話である。古い集落であればそうそう顔触れが変わることもないだろうと、タカをくくろうと思えばいくらでも出来た。だがそれはただの願望でしかない。
村を訪れた初日、偶然出会った女の子の口からピンポイントで目的地の名前が出て来るなんて、三神幻子以外に予想出来る筈がないじゃないか。
一旦通過した和室の障子が少しだけ開いていて、奈緒子さんに続いて通り過ぎた私の眼の端に黒い人影が映り、思わず身構える程に驚いた。あ、いました? 珍しいな、この部屋か。言いながら奈緒子さんが障子に手をかけたところで、
「奈緒子」
と室内から声が上がった。
凛とした、強い意志を感じる声だった。
「うん。お婆ちゃん、お客さん。出版社の人だって」
間違いではない。丸っきり間違いではないが、なんとも決まりが悪い。
「お前は下がりなさい」
口調はそうでもないのだが、声色に有無を言わせぬ強さがあった。奈緒子さんは慣れているのか、「なんだよ」と軽く口を尖らせた後、私たちに向かって「じゃあ」とニッコリ笑った。笑うと目の下にえくぼの出来る、健康的で明るい素敵な女の子だった。
「本当にありがとうございました」
私とめいが深々と頭を下げると、奈緒子さんは少し照れたように頭を振って、元来た廊下を戻って行った。
「どうぞ」
と声がして、私たちは背筋を伸ばして見つめ合い、頷いた。
開きかけの障子に指をかけて中に入ると、着物を着た小柄な老婦人が美しい姿勢で座っていた。数多い部屋の中でこの和室がどういった意味をもつのか私には知る由もないが、その老婦人を中心として静謐な空気が部屋中に満ちていることだけは分かった。
豊かではあるが真白い髪を綺麗に後ろで束ね、頭の上に纏めあげている。その為、黙って座っている表情からはほんの少し冷たい印象を受けた。
緊張しながら入室する私の目の端に、仏壇が映った。私はそちらを見なかったが、なんとなく、静謐な空気の意味を理解したような気がした。
御婦人の前に膝を折って座り、
「初めまして。東京から来ました、秋月六花と申します。こっちは…」
「妹の、めいです」
と告げると、
「柳、菊絵と申します」
そう答え、菊江さんはすーっと視線を仏壇へと移動させた。
釣られて私もそちらを見やると、線香たてに火のついたお線香が三本、細い煙を上げているのが目に入った。
「……?」
瞬間的に違和感を覚えた。しかしそれがなんなのか、分からなかった。
「よくないお話のようですね」
唐突に、菊絵さんがそう切り出した。
私はお線香から視線を戻し、菊絵さんの横顔を見つめる。
「菊絵さん。初対面でこんなことをお尋ねするのは失礼かもしれませんが、率直にお伺いします。あなたは霊感のようなものをお持ちですね?」
直感でしかなかったが、こういう場面で私の直感が外れたことはない。
すると私の問いに菊絵さんは薄く微笑み、「私のものではありませんがね」と答えた。言葉の意味を測りかねていると、菊絵さんは私たちに向き直り、
「残り滓のようなもの、といった具合でしょうか」
と言った。
私は静かに息を吸い込み、「なるほど」と短く答えて、話を続けた。
「先程案内して下さった奈緒子さんに聞いたのですが、菊絵さんを訪ねて来られる方が随分と多いようですね」
「最近はそうでもありませんよ」
「それら全てが、崖団地についてのお話なんですか?」
「全てではありません。この土地にまつわること全般、大体が私の所へ話が回って来るのです。これもまた、私だからという事ではないように思います。…時に、そちらのお嬢さん」
不意に菊絵さんの視線がめいを捉えた。「あなたが来るべきなのはこの家ではありませんよ?」
私は愕然とし、震えた。
残り滓だという霊力でいきなりそこを突いて来るのかと、驚きを隠せなかった。
私とめいが『美晴台』を訪れたのは、新開希璃が夢に見た男、『御曲りさん』についての調査の為である。めいが呪いを受けたことに関して言えば、おそらく一連の事件と無縁ではないだろうが、今日に限って言えば無関係に近い。だが菊絵さんは、いきなりそこを指摘して来たのだ。
めいは、しかし狼狽えることなく、菊絵さんを見つめ返してこう答えた。
「菊絵さん。一ついいですか。どうして、お線香をたかれているのに、仏壇の扉を閉めているんですか?」
私はぞぶりと背中を撫でられるような薄気味悪い感触を味わいながらも、同時に「そうだ」と合点がいった。違和感の正体はそれなのだ。煙の立ちのぼるお線香が三本、それはほんの数分前に菊絵さんが火をつけたことを意味している。だが、仏壇の扉は閉められたままである。
じっと、菊絵さんはめいを見つめ返している。
だが見ようによっては、めいではなくどこか違う場所を見ているようも思えた。
「……ははぁ」
と、納得したような声を上げて、菊絵さんは頷いて見せた。
だが、次の瞬間言葉を発したのは菊絵さんではなく、めいだった。
「私はよっぽど嫌われてしまったようですね。……あの扉の向こうから聞こえて来る声は……あちらにいらっしゃるのは、ご主人様ですか?」




