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『九坊 - kubo -』  作者: 新開 水留
109/146

[108] 「希璃」13


 父親の所有するゴルフクラブを握って玄関に立った。

 成留はまだ三歳だ。大人顔負けに話が出来る反面、当然他愛のない嘘をついたりもする。

「家の外に何かがいる、たくさんいる」

 成留のその言葉を信じるか否かを考えても意味はないし、議論する価値もない。確認してみないことには埒があかないことは分かり切っていた。

「泥棒、という線だってないことはないもんね?」

 と自分に言い聞かせて太腿の震えを叩く。

 それはそれで怖いはずなのだが、霊感のある成留が言う「何か」はおそらく人ではないと思う。こう言った分野には昔から慣れ親しんできたとは言え、やはり怖いものは怖いし、今はとにかく時期が悪い。あるいは一連の事件に自分たちが巻き込まれていなければ、大声を発しながら庭に突撃することだって出来ただろう。

「……天狗?」

 と私の背後に控えた成留が尋ねた。

「天狗……だといいねえ」

 と私は答えた。嫌味ではない、本音だ。

 その時だ。

「希璃?」

 うるさくした記憶はないが、私と成留の声を聞きつけて母が起きてきた。夜中にゴルフクラブを握る娘を見て、完全に泥棒が来たと思い込んだようだ。慌てて警察に通報すると言い出した母を止めて、成留と二人で奥に引っ込んでいてもらおうとした。しかし、成留が言うことを聞かずに私の足にすがりついた。

「どうしたもんかねえ」

 私は言うも、内心、たとえ小さな娘でも、側に誰かがいることの安心感はありがたかった。それだけで幾分足の震えはましになるのだ。

「成留」

 ゴルフクラブを顔の横で握り、玄関の扉を見つめながら私が言うと、

「うん?」

 と娘は私を見上げた。

「ずっと淋しい思いさせてごめんね」

「……うん。いいよ。お仕事お疲れさま」

 涙と一緒に鼻水が出た。

「お父さんも、忙しいの?」

「そうだねえ。お父さんは世界一頑張ってるからねえ、もう少し、かかるかなあ」

「お土産買ってきてくれる?」

「あははは、ああ、ちゃんと伝えてあるよ。何がいいんだっけね?」

「プリキュア」

「ああ、プリキュアかあ、そうだねえ」

「ディズニープリンセス」

「成留、お姫さまごっこ好きだもんねえ」

「うん!」

 そんな親と子の日常会話がこの上なく嬉しい。そしてそれはとても久しぶりな気がして、涙が止まらなくなってしまった。だが、状況が状況である。普段なら微笑ましい光景として見守ってくれる母は、

「で、警察どうするのよ」

 と、それどころではない。

「ちょっと、外の様子見てくる」

「え?」

「成留がね。外に誰かいるっていうのよ」

「お、お父さん呼ぶわね!」

「いや、いいよ。ちょっと見てすぐ引っ込むから」

「ええ? 何言ってるのよあなた」

 もしこれが本当に泥棒であったなら、正直ゴルフクラブがなくてもなんとかなる自信があった。以前、穂村光政にやってみせたように、内なる霊力を応用して他人の肉体を弾く程度のことは今でも普通にできるからだ。なんなら新開くんと付き合い始めてからというもの、私の持つ霊能力はさらに活性化されたように思う。母だっているし、寝ているとはいえ奥には父もいる。相手が人間ならば、ピストルでも撃ってこない限り問題ない。

 私はそろりと玄関の土間に降り、扉に耳をつけて外の音を聞こうとした。

 つまり、すりガラスのはめ込まれた玄関扉に対して私は横顔を向けた形になる。

「ヒッ!」

 と母が息を飲んだ。

「お母さんこっちこっち!」

 と成留が手招きする。

 慌てて私が戻ると、成留は上がり框の上から玄関を指さして、アレ、という。

 見ると玄関扉のすぐ向こう側に、誰かが立っていた。

 扉にはめ込まれたすりガラスの小窓から、人体と思しき黒い影がはっきりと映っているのが見えた。

「ど、どちらさんで」

 すか、と声をかけようとした瞬間、

「すみません」

 という男性の声が聞こえた。

「誰ですか、こんな夜中に!」

 人の話し声が聞こえたことで母も少しは安心したのだろうか。怒りのこもった声で「非常識ですよ」と強く窘めた。すると男性は恐縮しきったような態度でもう一度「すみません」と言い、そしてこう名乗った。

「新開さん、ですね。僕は、ツァイ・ジーミンです」

 


 真夜中の来訪者は、台湾出身の霊能者、ツァイ・ジーミンくんだった。

 R医大で柳菊絵の襲撃を退けた彼は、自分のピンチに駆け付けてくれた三神幻子との相談の上、R医大を離れることに決めたそうである。その際、病院を離れ際に同じく建物から出て来た私を見かけて、なんとなく心配になって後を付いてきたそうなのだ。

 私は母に自分の知り合いであることを告げて家に上がってもらい、客間でツァイ君の話を聞いた。

「体の中に、使役されて来た悪鬼(霊体)を押し込んで結界を張っています。柳菊絵がどうやって僕を見つけたのかわかりませんが、あのままR医大にはいられないと思いました」

「なるほど」

「移動して行方を眩ませることが目的なので、場所はどこでもいいんです。さっき新開さんを見かけたとき、とても不安そうな顔をされていたので、つい。すみません、勝手な真似をしました」

 眉根を下げて何度も頭をさげるツァイくんを両手でなだめ、

「ありががとうございます」

 と礼を述べた。「心強いです、本当に」

 するとツァイくんは私がお茶をいれた湯呑を持ち上げ、

「大したことは何もできませんけどね」

 と申し訳なさそうに頭を掻いた。

 こら、成留。

 母の声が聞こえ、廊下で待ちくたびれた成留が部屋の中へ入ってきた。ソファに座っていた私の足にすがりついて膝の上によじ登ると、成留は正面からツァイくんと向かいあった。

「おお、娘さんですね。初めまして、僕はツァイ・ジーミンです。どうぞクロードと呼んで……」

 その瞬間、

「うわあああん!」

 とてつもない勢いで成留が泣きわめき、反対向いて私の首筋にしがみ付いた。びっくりしたツァイくん湯呑を落っことしそうになりながら立ち上がり、私も成留をあやそうとしてツァイくんから少し離れた。

「どうしたどうした、成留、言ってごらん。優しいお兄さんだから平気だよ。まぼちゃんのお友達だよ?」

 しかし成留はますます火が付いたように激しく泣き、息が止まりそうなほど強く私の首にすがりついた。私は死にそうになりながらなんとか成留を床に降ろし、正面から抱きしめた。

「困ったな。子供受けは悪くないと思うんだけど」

 弱った様子でツァイくんがそう言うので、

「ごめんねさい、人見知りする時期で」

 と適当な嘘をついて謝った。

 すると成留が、なんの前触れもなく左手をスーっと持ち上げ、ツァイくんを指さした。

「こら、成留。人に指を指したらダメでしょう」

 私が叱ると、成留は顔を上げて私を見た。そして彼女は左手の指先をツァイくんの顔ではなく、腹部あたりを指し示してこう言ったのだ。

「お母さん、鬼だよ。あそこにいっぱいいるよ」

 私ははっと息を飲み、ツァイくんは青ざめながら自分のお腹を押さえた。

 外になにかがいる。

 いっぱいいる。

 成留の言葉は、ツァイくんのことを意味していたのだ。

「……どうして見えるんだ?」

 とツァイくんは言った。

「成留には霊感があるんです」

 私が言うと、ツァイくんは頭を振った。

「例えそうでも、外から見える程度の結界じゃないんだよ。柳菊絵に悟らせないように、内側からも破られないように、相当な回数結界を張りました。それなのになぜ……」


 ピーンポーン。


 さらなる来訪者が呼び出しブザーを押した。

 成留は体をビクッとさせて私にしがみつき、廊下の母はさすがに怯えた声で、

「またあなたの知り合い?」

 と私に尋ねた。

 そんなわけはない。少なくとも身に覚えはない。

「僕が出ます」

 とツァイくんが言って私に頷きかけた。

 私が無言でお願いし、成留を抱きあげて廊下に出た。

 何者が現れたにせよ、その正体は知っておくべきだと思ったのだ。

「お母さんは、お父さんの側にいて」

「で、でも」

「お願い、そうしてほしいんだよ」

 開けますよ、いいですか、とツァイくんが私たちを振り返った。既に土間に降りている彼はドアノブに手をかけていた。私は家の奥へと母が戻るのを見送って、ツァイくんに向かって頷いた。

 ガチャリとドアが開いた。

 そこに立っていたのは見知らぬ男性だった。

 しかし、何故だかとても懐かしいと感じた。



「ほお。これはまたなんともえぐいなぁ。普段のあの人ならいざ知らず、呪いを喰らった上でこれを押し返していたとはねえ。うーんむ……さすが、としか言いようがありませんな。が、やはり危険だ。そろそろこのモノ共も、本気で出たがっているようだよ?」





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