9 ゴーレムマスターは戦闘する
「ゴーレム! 行け!」
リーフの指示に従い、ゴーレムは逃げる男と巨大な甲虫の間に躍りこみ、そのまま不意打ち気味に蹴り飛ばす。その一撃に甲虫はよろめき、勢いを緩める。
「!?!?!? ギチギチ!」
甲虫は一瞬戸惑う様子を見せるが、すぐに乱入してきたゴーレムを敵と認識し襲い掛かった。巨大な顎が振り回されるたびに木々がスッパリと切り倒される。凄まじいほどの切れ味だ。
ゴーレムはそれをなんとか掻い潜りながら攻撃を当てていくが、有効打を与えられてはいない。
「だ、大丈夫!?」
ゴーレムが甲虫と戦っている隙に、男は必死に逃げてくる。肩で息をする彼に、アリスは心配そうに駆け寄り、肩を貸した。
「ハァ……ハァ……あ、あんたらは……」
その男は息も絶え絶えに彼らに問う。だが、リーフはそれを取り合わなかった。
「そんなことはあとでいい。アレは何だ」
ゴーレムは劣勢であった。今のところなんとか戦えているが、与える攻撃はすべてその甲殻によって弾かれ、ダメージを与えられてはいない。明らかにパワー不足だ。
ゴーレムの戦闘能力はその大きさに比例する。採取用に小さくしたゴーレムでは、単純にパワーが足りない。炉心や装備など、他に介在する要素もあるが、少なくとも今戦っているゴーレムにそれらは搭載されていない。このままではジリ貧なのは火を見るよりも明らかだった。
「あ、あいつはたぶん……で、デスブレード・ビートル……ってやつだ……」
「デスブレード・ビートル。それが分かれば十分だ、アリス!」
「な、なに!?」
肩を貸したままのアリスに言う。
「風か地魔術で壁を作っとけ。このおっさんを頼む」
「わ、分かったわ。リーフはどうするの」
「お前にゴーレム魔術ってのを見せてやろうと思ってな。まあ見てな。くれぐれも炎魔術をぶっ放すなよ」
アリスにそう釘を刺すと、ドゥーズミーユを懐から取り出し、肩に乗せて走り出す。
そのタイミングで、戦っていたゴーレムが、その胴体を真っ二つにされた。ギチギチとデスブレード・ビートルが勝ち誇る。
「やはり、あれじゃ無理か。ドゥーズミーユ、あいつを検索しろ」
「すでに完了しています。デスブレード・ビートル、Bランクの魔物です。全長はおおよそ7~8メートル、主に魔の森中心部に生息し、刃のような顎で相手を切り裂きます。その切れ味は鋭く、程度の低い金属であれば容易に切断できます。甲殻も頑丈で、多少の衝撃であれば弾きます。性格はどう猛で、目の前の獲物は執拗に追いかけてきます」
「なるほど。で、ちょうどその獲物を倒したってことは当然――」
デスブレード・ビートルはギチギチと不快な声を上げて顎を震わせたあと、リーフへと向き直る。
「俺が次の獲物ってわけだ」
「リキュアを持っていますしね」
彼を切り裂こうと迫りくる顎をヒラリとかわしていく。ビートルの突撃は非常に速いものの、直線軌道でありよけることは難しくはない。勢い余ったビートルは、直線状にある木々を切り裂きながら旋回し、幾度もリーフを狙う。対するリーフも倒れた木々を足場に使い、器用に避けていく。
「アイツ、大丈夫なのかしら……」
風の魔術で壁を作った後、アリスは男を肩で担ぎながらリーフの戦いを見ていた。
余裕のある態度は決して虚勢だったわけではないらしく、リーフは華麗に攻撃を避けていた。たなびくマントがまるで影を思わせる。
「お、おい……。あの兄ちゃん、ご、ゴーレム使い……なんだろ? 大丈夫…なのか?」
まだ息が整わないのか、荒い呼吸をしながら男が言う。アリスも同じことを考えていた。
一般的に知られるゴーレム使いは、その戦闘能力をゴーレムに依存している。彼らの戦闘はゴーレムを戦わせることであり、ゴーレムを失うということは戦う力を失うということである。リーフがいくら優秀なゴーレム使いでもそれは変わらないはずだ。
そして彼は現在、そのゴーレムを失っている。それは決定的な攻撃を与えられないことを意味する。いくら彼の身のこなしが軽いとしてもいずれ体力が尽きる。このままでは勝ち目がないと、アリスも男も考えていた。
「に、逃げようぜ……! あの兄ちゃんに引き付けられてる…ハァ…今なら逃げれるはずだ!」
男はそうアリスを促す。しかし、それに彼女が頷くことはない。
「私とリーフは協力してるの。アイツが戦ってるのに、私だけしっぽを巻いて逃げるなんて、そんなことありえないわ」
ゆっくりと男を地面に降ろし、冷ややかな目で彼を見下ろす。
「逃げるなら一人で逃げなさい。私は……すでに、彼に賭けているの」
「う……」
その強い瞳に男は何も言えなくなる。すっかり黙ってしまった男から眼を外し、アリスは再び戦いに集中する。
戦いの場は大きく様変わりしていた。木々がまるで舞台のように円状にきれいに切り倒されている。倒木の上でビートルの突撃を避け続けていたリーフは、唐突にアリスたちに呼びかける。
「さぁてお前ら! 俺のゴーレム魔術、しっかりと見とけよ!」
迫る刃を飛び上がって避け、木の枝に着地する。そして高らかに詠唱する。
「我が名のもとに鋳造せよ! 我が意のもとに力を示せ! マナの光を偽りの命に換えよ! “創造:巨木人形”」
創造魔術の行使により、いくつかの倒木が光を帯び、組み合わさっていく。
「ギチギチ!?」
その光景に一瞬ビートルは動揺を見せる。それでもすぐさま、リーフへ向かって突撃していく。だが、刃がリーフに届くことはなかった。
木でできた腕がその顎を受け止め、足が踏ん張り勢いを殺す。瞬く間に組みあがった10メートルほどの大きさのゴーレムが、デスブレード・ビートルを完全に抑え込んでいた。
「すごい……」
「まじか……」
その光景をアリスと男は、風の壁の内側から呆気にとられながら見ていた。完全に彼らの理解の外に会ったからだ。
通常、ゴーレム使いの使役するゴーレムは工房で作られる。彼らは自然物からもゴーレムを作れるが、その性能は工房製に劣る。さらに、自然物からゴーレムを作るにしても、組み上げるにも時間がかかる。ましてBクラスの魔物を倒すゴーレムなど、この戦いのさなかに作れるはずがない、それが常識だ。
だが、現に目の前で、Bクラスの魔物を抑え込むほどの巨大で強力なゴーレムをリーフは作り上げた。その事実に彼らは言葉が出なかった。
呆気に取られていた彼らを現実へと引き戻したのは、ミシリミシリというなんとも嫌な音だ。見れば、ゴーレムの手にビートルの顎が徐々に食い込んでいる。力も拮抗しているようで、その顎を強引に外すことができない。
「や、やっぱり無理だ! いくらおっきくたって、木人形であの刃が止められるもんか!」
「……」
男がわめく横で、アリスは黙ってリーフを見上げる。その眼に映ったのは、まるで余裕を失わないリーフの姿だった。
「さすがBクラスの魔物ですね。魔力で固めたというのに受けきれませんか」
「だがこれは想定内だ」
リーフは両手を広げる。
「マナよ! 細く、長く、強く! 我が念を運べ! “操糸送念”」
広げたその両指から細くマナの糸が伸び、ゴーレムの両手に繋がる。瞬間、ゴーレムの関節からマナの燐光が輝き、拮抗が崩れる。
「行くぞ! “巨木戦人形”!」
ゴーレム――ガルガンチュワは挟み切ろうとするその顎を逆に押し広げると、そのまま放り投げる。ビートルは木々にその体を強かに打ち付けられるも、なんとか体制を立て直し、ガルガンチュワの体を切り裂こうと再度、突撃を仕掛ける。それをガルガンチュワは真っ向から迎え撃った。
金属すら切り裂く鋭い刃が、木でできているはずの体を捉える。だが、先ほどと違い傷一つすらつけることができない。
自身を挟む顎を、ガルガンチュワは掴む。そして力任せに地面に叩きつけた。
「ギ……ギギ……」
「流石、虫だ。生命力だけは強い……」
いかに硬い甲殻を持つデスブレード・ビートルといえど、叩きつけられたダメージを殺すことはできなかった。しかし、さすがにBランク。かろうじて立ち上がろうとする。
「フ、興が乗ってきた! もう一つ、面白いものを見せてやろう!」
リーフはゴーレムを空高くジャンプさせ、詠唱を始める。
「風よ! 渦巻く碧羅の風よ! 我がマナに集い障壁をなせ! “中位乱風壁”」
発動した魔術は、マナの糸を伝ってゴーレムの右手に宿る。
「“乱風拳”!」
落下の勢いのまま、乱風を宿した拳がビートルへ叩きつけられる。その拳は完全に甲殻を砕き、吹き荒れる風が体内をズタズタに切り裂いた。
「ギィィィィ……!」
不快な断末魔を一つ上げ、デスブレード・ビートルは完全に動かなくなった。
「お見事です。リーフ様」
「トドメに風を炸裂させてやるつもりだったんだが、必要なかったな」
余裕の表情で枝から降りてくるリーフを、アリスと男は呆気にとられながら見るしかなかった。
デスブレード・ビートルって名前を思いついたとき、どっかで聞いたことあるなと思って調べたらデュエマの最初期のスーパーレアでした。すっごい懐かしい気分になりました。