8 ゴーレムマスターは故郷の話をする
「これがリキュアか」
「外見的特徴も一致します」
「キレイね……」
アリスはそう呟く。マナを含んでいるからだろうか、日の光を受けたその四つの葉はまるで星のようにキラキラと輝いている。
「確か一人十株だったな。早速採取しよう」
リーフが指示を出すと、ゴーレムが武骨な外見に似つかわしくない優しい手つきで、リキュアを摘み始める。
「根にも薬効があるそうです。採り尽さない限り再生するので、根まで採ればよろしいと考えます」
「まあ、ゴーレムに任せればいいだろう。腹も減ったし飯でも食うか。おぉい!」
自分の分を採取しようとしていたアリスに呼びかける。
「一緒に飯を食わないか。お前の分も採っといてやるから」
「え、いいの?」
「どうせゴーレムにやらせるからな、ついでだ。十も二十も対して変わらないしな」
「そう? じゃあお言葉に甘えて……」
適当なところに腰を下ろし、買っておいた弁当を取り出す。リューエンの町は朝から出発する冒険者が多いため、それをターゲットにした弁当屋も多いのだ。
「さて中身は……値段相応には豪華だな」
鶏の香草焼きと腸詰、そして黒パンといった内容だ。お値段は350ゴル。稼げる冒険者向けの値段設定なのだろう、それなりに高い。保存のきかない品が多いのは、少なくともその日のうちに食べることを想定しているからだ。森もダンジョンも非常に近い距離にあるからこそ、こういった内容なのだろう。
「おっ、結構うまいな」
早速香草焼きを口に運ぶ。当然冷えてはいるがうまみは十分だ。爽やかな香草の香りが鼻を抜け、程よい塩加減が腹に染み渡る。
そんなリーフの様子を見ていたアリスは、自分の弁当を取り出しながら聞く。
「リーフってオリザ王国出身でいいのよね」
「何でだ?」
「昨日からギルドでもご飯でも感動しっぱなしだし……。ほら、オリザ王国って結構貧しい国じゃない?」
それはオリザ王国に対する外国での一般的な理解であった。
オリザ王国は古くは鉱物資源の輸出で栄えた国である。金銀鉄に加え、魔鉱と言われる特殊な金属を豊富に産出していた。特に魔鉱の一種である魔鉄はオリザ王国産に勝るものなしとも言われるほど高品質なものだった。半面、土地は貧しく、食料は輸入に頼るところが大きかった。
風向きが変わったのは50年前。魔鉄の人工的な生産方法が確立され、安く出回るようになった。これにより王国は大打撃をうけた。他の鉱物も年々産出量が減っていき、このままでは国が滅びかねないほど困窮していった。
「昔ほどじゃないさ。ゴーレム輸出もあるしな」
興味なさげに、リーフは言った。実際、既に何の関心もない。暗殺されかかった事実すら、死を偽装する手間がはぶけたな、くらいにしか彼は感じていなかった。
「そうなの? 質がいいとは聞いたことがあるけれど、そんなに売れているのね……」
「おかげで食うのに困らない程度には回復したらしい。ま、食べ物の味に文句を言えるほどでもないがな」
状況を打開したのは、先王サラビエ3世である。どうにか売れるものは無いか考えた結果、防衛力としてゴーレムを売り始めたのだ。彼は優れた魔導技師であり、その腕と発想で作り上げたゴーレムは性能が非常に高かった。特に30年前の魔族との戦争においてめざましい活躍を見せ、オリザ王国のゴーレムは飛ぶように売れた。結果、王国は息を吹き返し、以後ゴーレム輸出が主要な産業になった。
ちなみにサラビエ3世は、リーフの魔術の師匠でもある。
「ああ、そう言うことね」
「何がだ?」
「あなたが旅に出た理由よ。ずっと考えてたんだけどね。つまり、魔術の師匠についていて、最近免許皆伝した。それで、独り立ちしたあなたは美味しいものを食べるために旅に出た! どう? 当たってるでしょ?」
「……さてな。まあ、そんなところだ」
「でしょでしょ! ふふん、さすが私ね!」
自慢げにしているアリスを見て、リーフはかすりもしていないことは黙っておこうと思った。そもそも、なぜ自分が旅に出たかなど話すつもりもない。追放されたなどと話して、痛くもない腹を探られるのは勘弁したかった。
「もちろん食べ物を食べるためだけってわけじゃないがな、旅をすることが俺の目的なんだ。なにせ俺はオリザ王国のことしか知らないからな」
「見分を広めるために、ってことね!」
「そうだ。だからついてこなくても――」
「これでついていく理由がもう一つ増えたわ! 私も世界を見て回りたかったの! いい道連れができたわ!」
「…………商人のくせにホント人の話を聞かないやつだな」
ひょっこりとドゥーズミーユが顔を出す。
「アリス・フラメルに対する評価を下方修正しますか?」
「そうしてくれ」
「むぅ! 今、私の悪口言ってたでしょ!」
こういうところだけ耳ざといものだ。アリスはやいのやいのと言ってくる。
適当にあしらいながら昼食を食べ終わるころには、リキュアの採取は終わっていた。
「ようし、じゃ、さっさと帰るか」
ゴーレムから受け取ったリキュアを腰の皮袋に入れる。
「リキュアは魔物を引き付けるんだっけ? 注意しながら帰らなきゃね」
「俺のゴーレムをどうこうできるやつが、この外縁部にいるとは思えんがな」
ゴーレムを先頭に、群生地から帰路に着こうとしたその時だった。
「助けてくれ~~~~~!!!!」
森に助けを求める野太い声が響く。遅れて、ビィィィィィンという耳障りな音と、ドシンドシンと何かが倒れる音がする。心なしか、こちらに近づいてくるような気がした。
「この森はトラブルしか起きないのか」
「どうするの!? 助けに行く?」
「いや、その必要はないな……」
なぜかと聞こうとしたアリスも、数瞬後にはその言葉の意味を理解する。
「うわああああぁぁ~~~!!」
何故なら全力疾走してくる皮鎧姿の男と――
「ギチギチギチ」
大きく広げた二本の顎で木々をなぎ倒しながらそれを追いかける、巨大な甲虫がこちらに向かっていたからだ。