7 ゴーレムマスターは薬草をとりに行く
翌日の早朝。朝特有の霞がかった青空の下を、リーフとアリスを乗せたゴーレムが走っていた。行く先は魔の森。目的は薬草の採取だ。
出発の前にギルドに行き、初心者用クエストについての説明を受けた。用意されたクエストは二つ。この薬草採取クエストと鉱山ダンジョンの討伐クエストだ。この二つを達成すれば無事、Eランクに昇格できる。
説明によれば、期限はないため、中には数か月かける人もいるという。
しかし、リーフは早いところこれらを達成してしまおうと考えていた。
別段、急ぎの旅ではない。しかし森を隔てた先にオリザ王国があることを考えると、早めにリューエンを旅立ったほうがいいだろう。路銀を稼ぐことも考えると、一か月程度だろうか。であるならば、見習いなど早々に卒業しなければならない。
「そういえばアリス。なんでお前も冒険者登録したんだ?」
実は昨日から気になっていたことをリーフは聞いた。商人を名乗った以上商人ギルドに所属しているはずである。冒険者ほどではないが税金の免除もあるため、わざわざ冒険者登録する必要は薄いあずだ。むしろ、都市を移動したら必ず命をかけてクエストをこなさなければならないというデメリットのほうが大きいだろう。
「あれ? 言ってなかったかしら。私もあなたの旅に着いていくつもりだから」
「は?」
寝耳に水である。予想外にもほどがあるアリスの答えに、リーフは一瞬思考が停止する。
「それに私、冒険者にも憧れてたのよね。大丈夫! 魔術には自信があるから、足手まといになんてならないわ!」
なぜかふふんと胸を張るアリス。風にたなびく紅い髪が、やけに様になっている。
「そうじゃない。俺はのんびり一人旅を――」
「それにあなたは私の提案を受け入れたじゃない」
「ちょっと待て、それはこの町にいる間だけじゃ――」
「私がリーフを助けてあげるんだから、リーフもちゃんと私を助けてね!」
「話を聞いてくれ……」
リーフの嘆きは爽やかな朝の風に吹かれて消えていった。
三時間ほどたったころ、二人を乗せたゴーレムは魔の森に到着した。
リーフは乗ってきたゴーレムを一旦バラすと、もう一度創造魔術を使って人間大の大きさに作り直す。森を強行突破した時とは違い、今回の目的は薬草の採取だ。繊細な作業が求められる。ゴーレムはその大きさに力が比例するので、採取目的なら相応の小ささにしなければならない。
「さて、さっさと済ませるか」
「そう言っても、生えてる場所知ってるの?」
「知らないが、当たりならつけれるさ。ドゥーズミーユ」
その声に、リーフの懐からドゥーズミーユが顔を出す。
「お呼びでしょうか」
「検索だ。薬草……提示はされてないが、まあリキュアだろう」
リキュアとは、回復用ポーションの原料である。まだ先王の時代だったころ、リーフが任務で怪我をするとよく支給された。その効果は高く、多少の傷なら飲んで一日もすれば完治する。その上消耗したマナも回復してくれるため、重宝していたものだ。
リーフが過去を懐かしんでいると、ドゥーズミーユが瞳をチカチカと明滅させる。どうやら、結果が出たようだ。
「……出ました。森林の一角に群生し、日の光とマナを好みます。光を得るために周囲の栄養を奪うので、群生地はリキュア以外の植物は生えてきません。マナを好みますが、あまりにマナ濃度が高いと生育できません」
既知の薬草であるからか、十分な情報が得られた。リーフはそこから自身の知識を基に、リキュアが生えていそうな場所を考える。
「なるほど。魔の森なら、マナ濃度の薄い浅部や、日の光のが届かずマナ濃度も高い最深部には生えない。すると、森の外縁部か」
リーフが、自身の出した結論に一人納得していると、まだ説明が終わっていなかったのか、ドゥーズミーユは話を続ける。
「また、リキュアは特有のマナを帯びており、採取された場合魔物をおびき寄せることがあります。なので、一度の採取で大量に採ることは推奨されていません」
「初心者用にはうってつけというわけだ」
魔の森外縁部にはそこまで強力な魔物はいない。せいぜいがDランクだろう。難易度はそう高くないはずだ。万が一失敗するようであれば、そのような人材はギルドには必要ないということなのだろうと、リーフは納得していた。冒険者登録に試験はないが、これがその役割を果たしているのだろう。
「なるほどな。よし、じゃあ行くか」
「ドゥーズミーユってすごいわね……。聞いたら何でも答えてくれそう」
「私には一万二千冊の本の内容が記録されています。その範疇の質問でしたら答えることができます」
「本の数は適当だがな。置いていくぞ」
リーフはゴーレムを伴ってさっさと森へ入ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってよ~!」
慌ててアリスもその後を追うのであった。
・・・
薬草を探してずんずん進んでいく。道中、幾度か魔物に遭遇したが、ゴーレムが適当に追い払っていた。人間大の大きさしかないとはいえロックゴーレムのランクはCである。Eランクの魔物がどうこうできる相手ではない。
途中、何度かアリスが炎魔術を撃とうとしていたので、そのたびにリーフが慌てて止めていた。
「お前は炎以外の魔術が使えんのか。それとも学習能力が無いのか」
「ば、馬鹿にしないで! 使えるわよ当然!」
「だったら土や風を使ってくれ。全く、初心者の造ったゴーレムでも、もう少し言うことを聞くぞ」
「むぅ、だ、だって……炎が一番得意だし……それに……」
目に見えて落ち込むアリス。リーフを信頼させる、と言った通り、彼女は自分に活躍を見せたいのだろう。その気持ちが、リーフにはなんとなくだが分かってしまった。
次の文句が言えなくなったリーフは、一つため息をつく。
「分かった、もう一つのクエストはダンジョンだったか。その時は頼らせてもらうから、今回は任せてくれ」
「……そうするわ! 次回は大いに頼ってもらうんだからね!」
その言葉に一転、アリスは機嫌をよくする。
単純なやつでよかった。そうリーフは思った。少なくとも、この町にいる間は行動を共にするのだ。関係は良好なほうがいいだろう。
「そういえば、リーフは創造魔術以外の魔術は使えるの?」
機嫌を直したアリスはそう聞いてくる。
「基本魔術なら四大すべて使える。もっとも本職ほどじゃないが。やはり一番得意なのは無属性魔術だ」
魔術は3種類に大別される。地水火風の四大属性にマナを変換する基本魔術、創造魔法や身体強化などマナを属性に変換することなく行使する無属性魔術、そして血統によって継承される血継魔術だ。
このうち、基本魔術はさらに各魔術とその位階である下位、中位、上位に細分化される。例えば、アリスの使っていた“中位爆発”は、火属性であり、中位に位置する、爆発の魔術、ということになる。
「四大全部!? 聞いた話だと、ゴーレム使いはあんまりそっちは使えないって聞いたけど……」
アリスはリーフのその言葉に驚きの表情をつくる。
リーフは得意げに、しかしなんともなさげな様子を取り繕って言う。
「俺の場合はゴーレムにも応用するからな。才能もあったし、ついでだな」
「ふぅん……」
「お前こそ、商人としたら珍しいんじゃないか。さっきの言い方じゃ、お前も基本魔術は全属性使える感じだったが」
魔術自体は生活に深く根差しているため、誰でも使える。しかし、それは生活レベルであり、しかも才能や教養も関わってくるため、いわゆる一般人が複数の魔術を行使するということはほぼない。
「そ、そんなこといいじゃない。それより見て、あそこ!」
アリスは慌てたように指をさす。その下手なはぐらかしにリーフは乗ってやり目をむけると、日の光が差し込む場所が見えた。まるで、そこだけ森でないかのように木々が途切れており、地面には光を浴びてキラキラ光る四つ葉が広がっていた。