4 ゴーレムマスターと紅い髪の少女
「まったくついていないな」
リーフは悲鳴の聞こえてきた方向へゴーレムを走らせる。
何かあったとしたら、ここで見過ごすのは気分が悪い。せっかくの門出にケチがついてしまう。
「リーフ様はそういう星のもとに生まれてきたのかもしれませんね」
「茶化すな」
リーフの操るゴーレムは、うっそうとした森の中を立ち止まることなく走り抜けていく。細い木々や悪路などものともしない。
急いだこともあって、数分と立たないうちに現場付近まで到着する。
「このあたりのはずだが……」
「あちらで音が聞こえます。激しく動いているようですね」
「戦ってるのか……? ちっ…間に合ってくれよ……」
焦燥から舌打ちがもれる。
戦闘音のしたほうへゴーレムを向ける。そのまま走らせようとしたリーフは、しかしその後に続いた赤い光と爆発音に驚き足を止める。この現象を彼らは知っている。
「この森に爆発系の魔術を使える魔物はいたか?」
「少なくとも、王国の資料にはありません」
リーフやドゥーズミーユの知る限り、すなわちオリザ王国側の資料では、この森に炎系、しかもその中でも強力な爆発系の魔術を扱う魔物など確認されていない。それどころか、魔術を使う魔物がまれだ。
このあたりは、ウルフ系やラビット系などの獣タイプ、ビートル系などの甲虫タイプの魔物が主で、まれにゴブリンが出るくらいだ。
「いるはずのない魔物…新種か……?」
「行ってみればわかるかと」
「言われなくとも」
彼らの知らない魔物がいる。それは十分脅威ではある。
だが、ここで襲われているであろう人間を見捨てる選択肢などない。何故気楽な旅の前に、心にしこりを残す行為をしなければならないのか。
ゴーレムに戦闘態勢を整えさせながら、リーフは音の源へ突入する。そして状況を確認すべく、戦いの現場であろう方向へ顔を向ける。
「大丈夫…か……?」
リーフは思わず言いよどみ、目の前の光景に目を疑う。
そこにいたのは、炭化したウルフ系と推察される魔物の死体数匹、そしてこちらを見てきょとんとしている一人の少女だ。
燃えるような紅い髪に瞳、やや気の強そうな印象ではあるが整った顔、纏っているのはところどころ焦げてはいるが、妙に質のよさそうなコート。夜中の、しかも森の深部という場所には、およそ似つかわしくない格好だ。
だからこそ、リーフは困惑する。
「いったい、これはどんな状況だ……?」
「おそらく、そこの少女が、叫んだあと爆発系の魔法を放って魔物を返り討ちにした、といったところでしょうか」
「いや、それはそうなんだが……」
そんなリーフの正面で、ようやく少女がハッと動き出す。
「え、え、なんでここにゴーレムがいるのよ!」
どうやら、本来この森に生息しないはずのゴ-レムが突然現れたことに、困惑しているようだ。
しかも、あいにくリーフたちの姿は目に入っていないらしい。夜の森という環境と、ゴーレムの半身に構えた戦闘態勢が災いして、彼らの姿を隠してしまっている。
「でもゴーレムごとき! 私の魔術で吹き飛ばしてあげる!」
非常に物騒な言葉を聞いたリーフは、思わずドゥーズミーユに話しかける。
「おい、あいつ俺たちに気づいてないのか?」
「どうやらそのようですね」
そうリーフたちが話している間にも、少女は右手の杖をゴーレムに向ける。その先端に魔力が通じ、陣を形成する。
「火よ! 荒れ狂う蛇蝎の灯火よ! 我がマナのもとに集い炸裂せよ! “中位爆発”」
その詠唱により、陣の中心から卵大の火球が撃ちだされる。それは放たれた矢のようにゴーレムに真っすぐ吸い込まれ――
「ちっ!」
強烈な光と轟音とともに真っ赤な炎の花を咲かせる。その爆発により、ゴーレムは跡形もなく吹き飛ばされてしまった。
「な、なんつーやつだ……」
リーフは間一髪でその爆発から逃れていた。だが、ゴーレムを完全に吹き飛ばされたことに思わず絶句する。
ゴーレムというのは、ベテランの冒険者がようやく倒せるレベルの強さであるとされる。その要因の一つに、構成素材由来の硬さがあげられる。
しかもこれはリーフ謹製のゴーレムだ。
構成素材こそ岩石だが、そこらの自然発生や遺跡の番兵とは違う。全身にマナを巡らせて硬度を上げているうえ、その体表には薄く魔力の結界が張られている。森林地帯をごり押しで突破するための措置ではあるが、当然防御力は上がっている。通常のものよりはるかに硬い。
そしてリーフが驚いているのは、森というこの環境下で、それほどの防御力をもつゴーレムを一撃で吹き飛ばす威力の爆発魔術……つまり炎系列の魔術を、平然とぶっ放したことに対してであった。
「やばいな……まともじゃない」
「先ほども爆発させてましたし、爆破狂なのでは」
「ん……あら、あなたは……」
そこでようやく、少女はリーフの存在に気付く。それの言葉にリーフは呆れるが、一応の確認をしておく。
「……さっきの悲鳴はお前のか?」
「え、ええ。暗がりから突然魔物がでてきたからビックリしちゃって。もうみんな、吹き飛ばしちゃったけれど」
少女はリーフを見上げて、自慢げに胸をはった。
・ ・ ・
「――ということがあったのよ」
「ああ、うん、なるほどな」
何があったかはだいたいドゥーズミーユが推察したとおりであった。すなわち、歩いていたら急に魔物が出てきて、魔術で吹き飛ばした、ということだ。ちなみに何故こんな時間、こんなところにいたのかの説明はなかった。
そこで少女はハッとしたようにリーフから距離をとり、警戒を露わにする。
「で、あなたは結局誰よ。なんでこんな時間にこんな場所へ?」
「あー、旅の途中に道に迷ってな。悲鳴が聞こえたからこっちに来たんだ」
「へぇ、ふぅん、ほーん?」
リーフはさらりと嘘をついた。
少女は訝しむようにリーフを見る。
彼女がこの場所でこんな時間に何をしているか、当然リーフも聞きたかった。しかし、その問いは彼にブーメランとして帰ってくるのである。リーフからすれば少女は危険人物だが、少女からすればリーフが危険人物なのだ。
だが、意外にも少女はあっさりと警戒を解いた。
「ま、いいわ。あなたも運が良かったわね。もう少し早く来てたら、ゴーレムにやられてたわよ」
「……そうか」
「けど安心して。私が吹き飛ばしてあげたから」
少女はまだ気づいていない。吹き飛ばしたゴーレムが目の前の男のものだと。
その態度にリーフは少しカチンときたが、状況を考えるとやむなしか、と考え直す。暗がりで魔物に襲われた直後にゴーレムが現れたのだ。パニックになってもしょうがない、乗っていた自分が見えなくてもしょうがない、と。
彼は大人なのだ。少女の多少の間違いなど、多めに見てやるものだ。
「あ、でもあのゴーレム、簡単に吹き飛んじゃって、そこまで強くなかったからいらない心配だったかもね」
「おい今なんつった」
リーフの大人で男な堪忍袋の緒が切れた。
「いいか、そもそもあれは移動用だ、戦闘用じゃねぇ。しかもだ、あの時はとっさのことでろくに防御もできなかった。きちんと防御態勢をとっていれば粉々なんて結末にはならねぇよ。だいたい出会い頭に、森の中で炎魔術なんざ撃つな頭沸いてんのか」
まくしたてる。最初は呆気に取られていた少女だったが、リーフの言葉でスイッチが入った。
「な、なによ! あのゴーレムあなたのだったの!? ていうか、そもそもこんな暗い森の中でゴーレムなんか乗るんじゃないわよ! 見分けつくわけないでしょ! それにあの魔術だって範囲指定型だし、あなたがあのチャチな人形に自信があるように、私だって炎魔術には自信があるのよ! 被害なんて出さないわ!」
顔を真っ赤にして返すアリス。だが、その台詞がさらに事態に油を注ぐ。
アリスの言葉に、リーフもまた顔を真っ赤にする。
「チャ、チャチな人形だと! 確かにあれは即席で作ったもんだが、あんたのそれこそチャチな火遊びよりよっぽど高等なんだよ! アホ抜かしてんじゃねぇぞ!」
「火遊び!? あなた、あれが火遊びに見えたの!? 才能がないって哀れね! あの芸術のような魔術を見て火遊びだなんて! へそで茶が沸くわ!」
「口が減らねぇな! いいだろうだったら――……」
「リーフ様、それ以上は」
続く言葉は、ドゥーズミーユの制止によって遮られた。
突然の、それも小型のゴーレムという乱入者に、少女も驚きからか、次の言葉を継げない。大方、肩に載っている人形だと思っていたのだろう。
「……ならドゥーズミーユ。お前がこの女なら、どう対処する?」
「暗がりから、急に目の前にゴーレムが現れ、しかもその直前に魔物に襲われているのです。吹き飛ばすのが妥当でしょう」
極めて冷静な口調でドゥーズミーユはリーフを返答する。その言葉に彼は一気に毒気を抜かれる。
「そもそも、このような状況での間違いなど笑い飛ばしてやればよかったのでは?」
「お、おう……」
そこまで言われてようやくリーフの頭が完全に冷えた。なるほど、確かに言われてみれば一理ある。
「ほらね! 誰だって攻撃するわよ!」
ドゥーズミーユの言葉に、少女は勝ち誇ったように笑う。だが、ドゥーズミーユの矛先は少女にも向かう。
「まずは驚かせて申し訳ありませんでした。しかし、お嬢様の行動にも問題があると考えます」
「な、なによ! あんたさっき私の行動は納得できるって……!」
たじろぎながらも少女は強気に返す。しかし、先ほどまでの勢いは霧散していた。
「吹き飛ばすには賛成ですが、炎魔術を使うとは言ってません。この森にゴーレムが生息していないことを考えると、水か風の非殺傷魔術で様子を見るべきです」
「うっ、い、いやだけど……」
理路整然としたその言葉に、少女もまた言葉を継げなくなってしまう。強気の態度もどこへやらだ。
双方とも黙り込む。どちらがどちらも、自身の行為を棚に上げてけなしあっていたのだ。そこに正論を放り込まれて諭されると、どうにも気まずくなってしまう。
「あー……悪かった。どうにも悪癖がな……」
さすがにリーフが先に謝った。彼はすでに大人なのであり、しかも基本的には理知的なのである。
「むぅ……す、すまなかったわね……!」
応じて、渋々ながらに少女も謝る。
「この件はこれで終わりでしょうか。せっかくなので、自己紹介でもしてみては。人というのは、初めて顔を合わせたら挨拶をするものなのでしょう?」
そんな提案を、ドゥーズミーユがしてくる。
「……そうだな」
「……そうね、いいわよ」
リーフも少女も不満げな表情を隠さない。だが、一応場の空気は収まった。
リーフは一つため息をつくと、自己紹介を始める。
「俺はリーフ。ゴーレム使いの旅人だ。リューエンへ向かう途中だったんだが、少し迷ってたんだ。こいつはドゥーズミーユ。俺の作った最高傑作のゴーレムだ」
「ドゥーズミーユです。よろしくお願いします」
「しゃべるどころか、人格までありそうね……。こんなゴーレム、初めて見るわ……」
次は私の番ね、と、一つ咳ばらいをして、少女は自己紹介を始める。
「私はアリスよ。商人をやってる。リューエンでクエストを依頼して冒険者たちとここに来たんだけど、はぐれちゃったのよ。で、時間も時間だからどうしたものかと考えていたの」
「なるほどな……」
冒険者たちとはぐれた、と。嘘を言っているようには見えないが、とリーフが考えを巡らしていると、アリスが一つの提案をしてくる。その顔はいかにも名案を思い付いたという表情だ。
「あなた達、こんな時間にこんな場所にいたってことは、迷ってたんでしょ? リューエンまで案内してあげるから、ゴーレムに乗せてってよ。正直、こんな森の中で警戒しながら野宿なんて嫌だし」
その言葉にリーフは一瞬思案する。別に彼らは迷っていたわけではないから町への案内は別に必要でない。だが、この旅最大の目的は町の観光にある。彼女はリューエンの町を、精通とまではいかずともそれなりには知っているだろう。なら、ついでに町の中まで案内してもらえばいい。
リスクとメリットを天秤にかけて、しかしリーフの中でメリットが上回った。
「しょうがないな……」
ため息交じりに、リーフは了承した。