閑話 サラビエは激怒した
「どうなっているアシェード!!」
「は、ははー!」
オリザ王国王城、王の間に怒鳴り声が響く。
リーフを追放した時よりも装飾が増え、豪勢になった玉座にふんぞり返るのは、当然サラエボである。その鼻息は荒く、顔色は怒りのためか真っ赤に染まっている。烈火のごとく怒る彼の視線の先にいるのは、王の怒声に縮こまり、冷や汗をかいて震えるアシェードだ。
「何故国境のゴーレムに甚大な被害が出ている! 前回の記録では、ここまでの被害は出ていなかったぞ!」
「は、は……それは、今回のスタンピードが、予想をはるかに上回るものでして……」
「見苦しい言い訳を! 前兆を察知したからこそ、貴様が自慢する新型ゴーレムを配置したというのに!」
サラビエが怒る最大の理由は、まさにここにあった。ゴーレムを武器として輸出するオリザ王国は、前王の時代から、自国の戦力にもゴーレムを組み込んでいる。ゴーレムは基本的に国境付近や都市、村の警備として、各地に配備されている。
それらは他国に輸出するゴーレムよりも一段性能が高く、また、数年に1度更新される。
今回もまた、憎きリーフ謹製ゴーレムを更新し、新たにアシェードが設計したゴーレムが国境に配置されていたのだ。
「貴様は言ったな! 自分の造るゴーレムは、これまでよりコストは低く、それでいて性能は底上げされていると!」
そう、サラビエは確かにそう聞かされていた。そして、聞かされていた通り、確かにコストは下がった。
だが、性能がこれまでのものと比べ向上しているかと言うことに関しては、疑問が残るものであった。と、言うのも、今回、魔の森付近で起きた大規模なスタンピードにおいて、更新の遅れていたリーフのゴーレムが高い戦果を挙げたからである。
対してアシェード製ゴーレムは、配備したうちの8割以上が損壊、または行動不能に追い込まれ、危うく戦線が崩壊しかけたのだ。
「そ、それは……」
それ以上の言葉を続けることはなく、しかしアシェードは恨めし気にサラビエを見上げる。確かに新型ゴーレムの基礎設計をしたのはアシェードである。だが、散々設計に口出しをした挙句、最終的にほぼすべてを書き直したのはサラビエであった。
アシェードの考えたアイデアはほとんど現行のゴーレムに反映されていない。あのゴーレムはもはや彼ではなく王が設計したゴーレムだ。だから、性能が足りないと言われても、自分の責任ではなく王の責任だ、そんな思いがアシェードの中で渦巻いていた。
といっても、そんな文句など口が裂けても言えない。だからアシェードは、言葉を濁すより他になかった。
「今はまだいい! だが、早急に問題を解決しろ! 輸出の在庫が残っているうちにな!」
そんなアシェードの思いは露とも知らず、サラビエはさらにまくし立てる。
当然の如く、すでに他国には新型ゴーレムを輸出するようにしてある。だが、今のままではこれまでの信用を失ってしまうだろう。オリザはゴーレム輸出で成り立っている国だ。すなわち、ゴーレムが売れなくなってしまうということは、国そのものが立ち行かなくなってしまう。
その前にどうにかしなければいけない。その焦りが、サラビエをさらにイライラさせていた。
打開策が見つからぬまま、ただ叱責だけが王の間に響く。と、不意に、王の間に通じる分厚いドアが開かれた。
突然のことにサラビエもアシェードも困惑してそちらを見る。そこに立っていたのは白銀の鎧を纏った銀髪の女性だ。一目見れば誰もが振り返るであろう端正な顔立ちには、しかし深い怒気が現れている。
その顔を見た瞬間、赤くなっていたサラビエの顔が今度は青く染まる。
「き……貴様は……オーレリア・ストレイプ……」
「へえ……私を呼び捨てにするとは、偉くなったものね、アウル……」
ポツリとサラビエが呟けば、女性は纏う怒気とは裏腹な、冷ややかな声で応じる。
彼女こそは、オーレリア・ストレイプ。オリザ王国騎士団の団長である。
ゴーレムの活用が始まってから、騎士の数は減った。ゴーレムが戦える以上、人を前線に送るのは金と食料と命の無駄遣いである。ゴーレムを指揮する魔術師が一人、前線にいればいいのだ。
そのため、オリザ王国軍は最小限の人数しかいない。治安維持などの目的で、最低限の数がいればいいと判断されたのだ。
だが万が一、最大戦力樽ゴーレムを指揮する魔術師が反旗を翻したら。もし、ゴーレムに不具合が起きて暴走したら。それを鎮圧するのが王国騎士団である。選抜に選抜を重ねた結果、少数であるにも関わらず、国内のゴーレム全てが反旗を翻したとしても鎮圧することのできる精鋭集団となった。
騎士に与えられる白銀の鎧は、騎士たちの自負の表れであり、国に忠誠を誓った証であり、王国の民すべての羨望の的である。その頂点に立つのがオーレリアなのだ。
「お、オーレリア騎士団長! 突然入ってきたと思えばその暴言! 陛下に対しあまりに無礼では……」
先ほどまで震えていた姿はどこへやら。突如乱入してきた狼藉者に対し、アシェードは甲高い声でわめき散らす。だが……
「あんたは黙ってろアシェード」
「は、はいぃ……」
オーレリアがじろりとアシェードを睨めば、アシェードは情けない声を上げ、先ほど以上に縮こまってしまう。そして、コソコソと王の間の端のほうへ下がるのだった。
その意気地のないさまをじろりとねめつけて、オーレリアは再びサラビエへと向き直る。
「な、なんだオーレリア。だ、大体私は王だぞ! アシェードの言うとおり、無礼だぞ!」
「あんたが粋がったって、これっぽっちも怖くないわ。王たるなら、まずは王に相応しい威厳をみにつけることね、アウレウス・スターフ・サラビエ国王陛下」
「口が減らないヤツめ……」
どれだけサラビエがすごんでも、オーレリアは意にも介さない。逆にサラビエの気勢はどんどん削がれるばかりである。
サラビエは顔色を赤くしたり青くしたりしていたが、しばらくしてため息をついた。そして諦めたようにオーレリアに問う。
「……まあいい。何をしに来た、リア。こっちは忙しいんだ。それにお前だって暇は無いだろ。スタンピードの後始末はどうした」
「部下に任せたから問題はないわ。それに、今はそんなことはどうでもいい。今日私は、あんたに問いただすためにこの場に来たのよ」
スッと、オーレリアはサラビエを睨む。
「なぜ、リーフを追放したの?」
言葉は静かであった。だが、彼女の纏う殺気が王の間を包みこみ、重圧をかける。王の間の隅に引っ込んでいたアシェードが、小さく悲鳴を上げた。
その静かな怒りを正面に受けたサラビエは、しかし急に落ち着きを取り戻す。
「……その件はもう一か月以上前の話だ。それが、今更なんだ?」
「とぼけないで。一か月前、辺境の魔物退治に騎士団を動員したのはどこの誰よ。スタンピードの後始末を押し付けたのもね」
騎士団はしばらくの間、魔物退治の命を受け、王国辺境まで遠征していた。そして帰ってきたと思ったら、スタンピードの後始末が待っていたのだ。それを命じたのは当然、サラビエである。
「奴は不正を行い、しかるべき処分を受けた、それだけの話だ。顛末は書面にして騎士団にも送ったはずだが?」
「それ、本気で言ってる? 私もそれは読んだけど、あんなこと、あいつがすると思う? 兄弟同然のあんたに分からないわけがないでしょ?」
静かにサラビエが返答をすれば、烈火のごとくオーレリアが怒鳴り返す。
「人は変わるのさ、リア。俺たちとお前は幼少の頃から交流もしていたが、所詮お前にはあいつの本性が見えてなかったのさ。」
「あんたは、その変化に気がつけたって?」
「ああ。兄弟同然に育ったからな。奴は父の魂を裏切り、国に仇なしたんだ。追放で済んだだけ、マシだと思ってほしいな」
つらつらとサラビエは語る。平坦な言葉が、無機質に王の間に響いた。
「……そ。分かったわ」
そこまで聞いたオーレリアは、あっさりと頷いた。もっと食い下がるだろうと考えていたサラビエにとっては予想外で、いささか拍子抜けしたようにポカンとしていた。そして、半ば無意識に、オーレリアに退がるよう促す。
「なら早く仕事に戻るんだな。こんなところで油を売っている暇は無いだろう」
「ええ、そうする。じゃあ、しばらく空けるから、指示は副団長に回してね。引継ぎも済ませてあるから」
「……ん?」
何が何だか分からないという風に、サラビエは間の抜けた声を上げた。
「分からない? リーフを探して、連れ戻してくるわ。その間、国を開けるって言ってるの」
「ま、待て待て! 誰の判断だそれは!」
「私のに決まってるでしょ。騎士は国に忠誠を誓う。そしてこの国にはリーフが必要。ならあいつを探して連れ戻すのは騎士の務めじゃない」
サラビエは慌てたように声を荒げる。だが、オーレリアは全く持って動じない。むしろ、なぜいけないのかという風に、首をかしげる。
「あいつは罪人だって言っただろうが! そんなことは俺が許さんぞ! だいたい、どんな権限があって……」
「騎士団長には国難に際し独立した行動、判断権限が認められている。それは王にも侵害されることはないわ。知ってるでしょ?」
「ぐ、ぐぬぬ……! だが、罪人を連れ戻すことは国難とは認められんぞ……!」
国防の要である騎士団の長には、いくつかの特別な権限が与えられており、独立行動権もその一つである。実際には、対応が急を要する場合、すなわち敵国に襲われただとか、内乱が起こっただとか、凶悪な魔物が出現しただとか、そんな場合に行使されるものである。
しかも、ことが収まり次第、団長に対する査問会が開かれ、行動の是非について問われる。それがもし真に国難に対するものでなければ、団長にはそれなりのペナルティが加えられ、最悪、国家反逆罪に問われる代物である。
「先のスタンピードでも分かった通り、王国のゴーレム戦力を増強するのは必須よ。それにはリーフの力がいる。十分、国難だと思うけど。それに、それを判断するのはあんたじゃなくって私よ」
だがそのリスクの代わり、その行使は団長の一存によって決まり、その決定には王は口を挟むことはできないのである。
「じゃあ、そう言うことでよろしくね」
押し黙ってしまったサラビエをしり目に、オーレリアはスタスタと王の間を去ってしまう。
「お、王よ……大丈夫ですか……」
絶句したままサラビエはしばらくの間固まっていた。ようやく隅からはい出てきたアシェードが、恐る恐るサラビエに声をかける。
しばらく固まっていたサラビエではあったが、立ち去っていったオーレリアを小バカにするように鼻を鳴らす。彼女がいくら探そうと、すでにリーフは処分している。彼女も飽きれば帰ってくるだろう、そんな思いだった。
そしてサラビエは、じろりとアシェードをねめつける。そして言い聞かせるようにゆっくりと、命令を発した。
「アシェェェェェェドォォォォ……貴様の仕事は……分かるなぁ……?」
「は、ははぁーーー!」
その恫喝に、アシェードはただ、ひれ伏すのであった。